退職後の傷病手当金申請、会社の記入義務はある?

退職後の傷病手当金申請、会社の記入義務はある? メンタルヘルス対応
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ある日突然、退職した元社員から「傷病手当金の申請書を送るので、会社欄を記入してほしい」と連絡が届く——こうした場面に戸惑う経営者・人事担当者は少なくありません。「もう退職しているのに対応しなければならないのか」「断ったらトラブルになるのか」。専任人事がいない中小企業では、誰に聞けばいいかもわからず、書類をとりあえず机の引き出しにしまったまま……というケースもあります。この記事では、退職後の傷病手当金申請に対して会社がどう対応すべきか、法的な根拠と実務的な手順をわかりやすく解説します。

傷病手当金とは何か、退職後でも申請できる理由

傷病手当金は、在職中の社員が業務外の傷病で働けなくなったときに支給される健康保険の給付です。実は退職後でも、一定の要件を満たせば引き続き受給できる仕組みがあります。

制度の基本と法的根拠

傷病手当金は健康保険法第99条に基づく給付です。業務外の病気やケガで療養中であること、働けない状態であること、4日以上連続して仕事を休んでいることが主な支給要件となります。支給期間は、2022年1月の改正により「支給開始日から通算1年6か月」に変更されました。

退職後でも受給できる「資格喪失後継続給付」の仕組み

退職(健康保険の資格喪失)後も受給できる制度を資格喪失後の継続給付といい、根拠は健康保険法第104条です。この制度を使うには、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。

  • 退職日(資格喪失日の前日)までに継続して1年以上の被保険者期間があること
  • 退職日時点で傷病手当金を受給中、またはすでに受給できる状態にあること
  • 退職日(最終日)に出勤していないこと

「退職日に出勤してはいけない」は会社側も知っておくべき落とし穴

3つ目の要件は特に注意が必要です。休職中の社員が退職日当日に「挨拶だけ」「荷物を取りに来ただけ」として出社した場合でも、就労とみなされると退職後の受給権が失われる可能性があります。会社側が善意で「最終日だけ顔を出して」と声をかけることが、結果的に社員の権利を奪うことにつながりかねません。休職から退職に至るケースでは、退職日の取り扱いについて慎重に対応する必要があります。

会社に記入義務はあるのか

結論からいうと、会社は正当な理由なく傷病手当金申請書の事業主記入欄への記入を拒否することはできません。法律に明示的な罰則規定はないものの、実務上の協力義務があると解釈されています。

申請書の「事業主記入欄」に書く内容

協会けんぽや健康保険組合の傷病手当金申請書には、事業主(会社)が記入する欄が設けられています。具体的には以下のような情報を記入します。

  • 賃金計算期間と賃金の支払状況
  • 申請期間中の出勤・欠勤の状況
  • 給与(賃金)が支払われたか否か
  • 事業主の氏名・署名・押印

これらはあくまで「在職中の事実関係を会社が証明する欄」です。医師の診断内容などは別の欄(医師記入欄)に記入するため、会社が医学的判断を求められることはありません。

法的根拠:健康保険法第58条の協力義務

健康保険法には事業主の記入を強制する罰則条項は存在しませんが、健康保険法第58条は保険者(協会けんぽ等)への協力義務を定めており、保険給付に必要な証明・報告に事業主が協力する義務を負うと解釈されています。また、正当な理由なく記入を拒否した場合、元社員の保険給付を妨害したとして損害賠償請求のリスクが生じ得るほか、協会けんぽ等から照会・指導が入ることもあります。

記入を断れる、限定的なケース

次のような場合は、記入対応を断れる正当な事由となり得ます。ただし、これらはあくまで例外的な扱いです。

  • 在職期間が1年未満など、資格喪失後継続給付の要件を明らかに満たしていないことが確認できる場合
  • 申請書の内容が事実と著しく異なる記載を求めるものである場合(虚偽記載への関与は不正受給のほう助となり得ます)

単に「退職した社員だから」「手間がかかるから」という理由で断ることは、法的リスクの観点から避けるべきです。

退職社員からの申請書が届いたときの対応手順

書類を受け取ったら、できるだけ速やかに内容を確認し、事実に基づいて記入・返送します。以下のフローを参考に対応してください。

確認・記入・返送の流れ

手順 内容
書類の受け取り 元社員または代理人(家族・弁護士等)から申請書が届いたことを確認する
記入欄の確認 事業主記入欄に記入が求められている期間・項目を確認する
社内記録との照合 在職中の出勤記録・賃金台帳・給与明細等を確認し、事実を把握する
記入・署名・押印 事実に基づいて記入し、代表者または担当者が署名・押印する。不明な箇所は「不明」と記入し、補足コメントを添えることも可
返送 元社員または指定の宛先(協会けんぽ等)に返送する
記録の保管 提出した書類のコピーを会社控えとして保管する

記録が不十分なときの対処法

担当者の異動や記録管理の問題で、在職中の出勤状況や賃金支払い状況が確認できないケースもあります。その場合、確認できる範囲の事実を記入し、不明な部分は「不明」と明記することが認められています。「わからないから全部空欄にする」「不安だから返送しない」という対応は避け、わかる範囲で誠実に対応することが大切です。

書類の返送先・問い合わせ先を確認する

傷病手当金申請書の返送は、元社員が加入していた健康保険の保険者(協会けんぽまたは健康保険組合)に対して行います。対応に迷ったときは、保険者に直接問い合わせることも有効です。協会けんぽの場合、都道府県支部ごとに窓口が設けられており、手続きの確認ができます。

退職の経緯が複雑なケース・メンタル不調が絡む場合の注意点

ハラスメント案件や労使間のトラブルを経て退職した社員から申請書が届いた場合でも、事業主記入欄には「在職中の客観的事実」を記入することが基本です。感情的な判断や余分な情報の記入は避けましょう。

記入欄には「事実」だけを書く

退職に至る経緯(ハラスメントの有無・労使間の対立など)は、傷病手当金申請書の事業主記入欄に記入する内容ではありません。記入欄はあくまで「出勤日数」「賃金支払いの有無」などの客観的な事実を証明するための欄です。余計な情報や主観的なコメントを書き加えると、後のトラブルの原因になりかねません。「事実のみ、簡潔に」を意識することが大切です。

専門家への相談が必要なケース

以下のような状況では、記入対応を進める前に社会保険労務士や弁護士に相談することを検討してください。

  • 退職の経緯に労使紛争が含まれており、元社員から法的な主張がなされている
  • 申請書の内容が事実と異なる(または事実の確認が難しい)
  • 元社員の代理人として弁護士から連絡が来ている
  • ハラスメント案件として社内調査中、または調査が完了していない

こうしたケースでは、会社が単独で判断して記入することで余計なリスクを生む可能性があります。専門家に状況を共有したうえで対応方針を決めることが安全です。

メンタル不調の社員を抱える会社が事前にできること

休職中の社員が将来退職し、傷病手当金の申請書対応が必要になる可能性は決して低くありません。在職中から出勤簿・賃金台帳・休職に関する書類を整備し、いつでも事実確認できる状態を維持しておくことが、退職後の書類対応をスムーズにします。「記録がないから書けない」という状況は、会社にとっても元社員にとっても不利益です。

会社の規模・状況別に考える対応判断のポイント

専任人事がいない中小企業では、対応できる人材・知識・リソースが限られています。自社の状況に応じた判断ポイントを確認しておきましょう。

就業規則・休職規程が整備されている会社の場合

休職期間の定め、退職事由の取り扱い、傷病手当金申請への協力に関する条項が就業規則に盛り込まれていれば、対応の根拠が明確です。就業規則に「会社は保険給付に必要な手続きに協力する」などの記載があれば、申請書への記入が義務であることを社内でも共有しやすくなります。

社労士と顧問契約がある会社の場合

顧問社労士がいれば、申請書の記入内容の確認・協会けんぽへの照会・書類の送付代行まで依頼できるケースがあります。複雑な経緯がある場合や、記入内容に迷いが生じた場合は、まず顧問社労士に相談することを優先してください。

専任人事も顧問社労士もいない会社の場合

この状況でも、基本的な対応は可能です。まず協会けんぽ(または加入している健康保険組合)に問い合わせ、記入方法を確認しましょう。電話で丁寧に案内してもらえることがほとんどです。それでも判断に迷う場合や、法的リスクが懸念される場合は、スポット相談として社労士や弁護士に相談することが選択肢の一つです。

まとめ

退職後の傷病手当金申請において、会社は正当な理由なく申請書への記入を拒否することはできません。健康保険法第58条の趣旨から事業主には協力義務があり、拒否した場合は元社員からの損害賠償請求リスクや保険者からの指導につながる可能性があります。記入内容は「在職中の客観的事実(出勤状況・賃金支払状況)」に限定し、不明な箇所は「不明」と記載する対応が認められています。退職の経緯が複雑なケースや、ハラスメント案件が絡む場合は、専門家に相談したうえで対応方針を決めることが重要です。

ウェルセンス株式会社では、メンタル不調社員の休職・復職支援から退職に至るプロセスの対応まで、専任人事のいない中小企業の経営者・人事担当者をサポートしています。本記事で取り上げたような書類対応に加えて、休職に至った背景、復職の可能性、退職時の手続きなど、トータルでのご相談をお受けしています。「どこに相談すればいいかわからない」という段階からでも、ぜひお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 退職後に元社員から申請書が届きました。会社は必ず記入しなければなりませんか?

A. 原則として、正当な理由なく記入を拒否することはできません。健康保険法第58条の趣旨から、事業主は保険給付に必要な証明・協力の義務を負うと解釈されています。記入を拒否すると、元社員から損害賠償請求を受けるリスクや、協会けんぽ等から指導が入る可能性があります。在職中の事実に基づいて、誠実に対応することが基本です。

Q. 当時の担当者が退職しており、出勤記録が手元にありません。どう対応すればいいですか?

A. 確認できる範囲の情報を記入し、不明な部分については「不明」と記載することが認められています。空欄のまま放置したり返送しないでいると、元社員の権利侵害につながるリスクがあります。給与明細のデータや雇用保険の届出記録など、代替資料から事実を確認できる場合もあります。判断に迷う場合は、協会けんぽまたは顧問社労士に相談してください。

Q. 休職中の社員が退職日に荷物を取りに来ました。これは「出勤」とみなされますか?

A. 退職日の「出勤」として就労とみなされるかどうかは、実態によって判断されます。荷物の受け取りや事務的な手続きの範囲であれば就労と扱われないケースもありますが、業務に従事した場合は就労とみなされ、退職後の傷病手当金の受給権が失われる可能性があります。休職からの退職の場合は、退職日の取り扱いについて社労士や保険者に事前確認しておくことをおすすめします。

Q. 退職した社員との間にトラブルがありました。申請書への記入でトラブルを蒸し返したくないのですが……。

A. 申請書の事業主記入欄に書くのは「出勤日数」「賃金支払いの有無」など客観的な事実だけです。退職の経緯やトラブルの内容を記入する欄ではないため、過去の問題を蒸し返すことにはなりません。ただし、労使紛争が継続中・または法的な主張が相手側からなされている場合は、記入前に弁護士や社労士に状況を共有し、対応方針を確認することをおすすめします。

Q. 社員が在職1年未満で退職した場合、傷病手当金の申請書に記入する必要はありますか?

A. 退職後の継続給付(健康保険法第104条)を受けるには、退職日まで継続して1年以上の被保険者期間が必要です。在職期間が1年未満であれば、退職後の継続給付の要件を満たさないため、退職後分の申請書への記入は不要と判断できるケースがあります。ただし、在職中の期間分(退職前の申請分)については記入対応が必要になる場合もあるため、個別の状況を確認したうえで判断することをおすすめします。

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【監修】ウェルセンス株式会社
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