就業規則にない行為を懲戒処分する際のリスクと対処法

就業規則にない行為を懲戒処分する際のリスクと対処法 コンプライアンス
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「問題のある行動だとわかっている。でも就業規則のどこを見ても、その行為が懲戒事由として書かれていない——」。そんな状況で処分を検討している経営者・人事担当者の方は少なくありません。特に専任の法務・人事がいない中小企業では、就業規則を作った当時の社労士にも今さら連絡しにくく、自己判断で動いてしまうケースが目立ちます。この記事では、就業規則の懲戒規定にない行為を処分する際のリスクと、実務上どう対処すればよいかをわかりやすく解説します。

就業規則に根拠がない懲戒処分は「原則無効」になる

結論から述べると、就業規則に懲戒の種別・事由が定められていない場合、その懲戒処分は原則として無効です。この立場は最高裁判例(フジ興産事件・最高裁平成15年10月10日)によって明確にされており、実務でも一貫して適用されています。

懲戒処分が有効と認められるための「二つの柱」

懲戒処分が有効と認められるためには、大きく二つの要件を満たす必要があります。一つ目は「実体的要件」、つまり就業規則に懲戒事由として定められた行為に該当すること。二つ目は「手続き的要件」、すなわち弁明の機会の付与や審査手続きの適正な実施です。どちらか一方でも欠けると、処分が無効と判断されるリスクがあります。

労働契約法第15条が定める「懲戒権濫用」の考え方

労働契約法第15条は、懲戒処分が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は権利の濫用として無効になると定めています。言い換えれば、「問題行動があった」という事実だけでは不十分で、就業規則上の根拠・合理的な理由・処分の重さのバランス、この三点が揃って初めて有効な処分となります。

「うちは小さい会社だから」では通用しない理由

従業員数が20名でも5名でも、労働契約法の適用に規模の例外はありません。むしろ中小企業ほど就業規則の整備が不十分なケースが多く、いざ処分を行おうとしたときに「根拠となる条文がない」と気づく場面が多く見られます。問題が起きてからでは後手に回るため、早めの整備が重要です。

「例示列挙」と「限定列挙」——自社の規定はどちらか

自社の就業規則が例示列挙か限定列挙かによって、規定外行為への処分が認められるかどうかが大きく変わります。この違いを正確に把握することが、処分リスクを判断する出発点です。

二つの列挙方式の違いと処分への影響

区分 特徴 規定外行為への処分可否
例示列挙 典型例を示したうえで「その他これに準ずる行為」などの包括条項を持つ形式 包括条項の範囲内であれば処分が認められやすい
限定列挙 「次の各号の一に該当する場合に限り」など、事由を完全に閉じた形式 規定外の行為への処分は認められにくく、無効リスクが高い

自社の懲戒規定を見分ける方法

就業規則の懲戒規定の末尾を確認してください。「前各号に準ずる行為」「その他会社の秩序を著しく乱す行為」「これらに類する行為」といった文言があれば、例示列挙の可能性が高いです。一方、各号が列挙されているだけで末尾に何も書かれていなければ、限定列挙と判断されるリスクがあります。判断に迷う場合は、専門家への確認をお勧めします。

古い就業規則でよく見られる落とし穴

10〜20年前に作成した就業規則には、SNSでの会社批判、テレワーク中の職務放棄、ハラスメント行為といった現代的な問題行動が想定されていないことがほとんどです。「不正行為を行った場合」「会社の秩序を乱した場合」という抽象的な文言しかなく、具体的な行為との対応関係が読み取れないケースも少なくありません。問題が発生して初めて「規定が薄い」と気づく、というパターンが中小企業では非常に多く見られます。

包括条項があっても「何でもあり」にはならない理由

就業規則に「その他これに準ずる行為」などの包括条項があっても、それがあれば自動的に規定外の行為を処分できるわけではありません。裁判所は包括条項の適用について、実質的な審査を行います。

裁判所が審査する三つの基準

包括条項を根拠に処分を行う場合、裁判所は主に次の点を確認します。まず、当該行為が「規定された他の事由と同等またはそれ以上に企業秩序を侵害するものか」という類似性・同等性。次に、労働者にとって処分の可能性が「予測可能な行為であったか」という予測可能性。そして、処分の種類・重さが違反の程度に見合っているかという比例原則です。この三点のいずれかを欠くと、包括条項があっても処分が無効と判断されるリスクがあります。

「予測可能性」が法的リスクの分岐点

たとえば、テレワーク中に長時間連絡が取れない状態が続いた場合、「職務専念義務違反」として懲戒処分の対象になり得るでしょうか。就業規則に「業務命令に従わない場合」という事由があれば、テレワークのルールを明示した業務命令違反として類似性を主張できる余地があります。しかし、テレワーク自体のルールが何も定められていなかった場合、労働者が「処分されるかもしれない」と予測することは困難であり、包括条項での処分が認められにくくなります。

重い処分ほど根拠の明確さが求められる

懲戒の種類は一般に、戒告・譴責(けん責)・減給・出勤停止・降格・諭旨退職・懲戒解雇の順で重くなります。処分が重いほど、就業規則上の根拠と当該行為との対応関係を明確に説明できなければなりません。特に懲戒解雇は労働者にとって最も不利益が大きい処分であり、裁判所も厳しく審査します。なお、減給に関しては労働基準法第91条により、1回の減給額は平均賃金の1日分の半額以内という上限規制がある点も見落とせません。

手続きの不備だけで処分が無効になるリスク

懲戒事由に該当する行為があったとしても、処分の手続きに不備があると、その処分は無効と判断されることがあります。実体と手続き、両方を整えることが不可欠です。

必ず行うべき手続きのポイント

  • 弁明の機会の付与:処分前に当該社員から事情を聴き、言い分を確認する。一方的な事実認定で処分することは手続き上の瑕疵(かし)になりやすい。
  • 懲戒委員会・審査手続きの実施:就業規則に「懲戒委員会を設置して審議する」などの定めがある場合、それを省略した処分は無効になるリスクが高い。
  • 処分の告知と理由の明示:どの懲戒事由に該当するのか、処分の内容と理由を書面で明示する。口頭だけの処分通知は後で争われた際に不利になる。
  • 証拠の保全と記録:問題行動の日時・内容・関係者の証言、指導歴などを記録として残しておく。後の労働審判・訴訟でこれらが有力な証拠になる。

「早く処分したい」という焦りが最大のリスク

他の社員から「あの人を早く何とかしてほしい」という声があがると、経営者や担当者は組織的なプレッシャーから拙速な判断をしやすくなります。しかし、手続きを省いて急いで処分した結果、後で無効と判断されれば、当該社員への賃金支払義務が生じたり、会社の信頼が損なわれたりするリスクがあります。問題行動が起きた時点から証拠を積み上げながら、手順を踏んで対応することが結果として最も早い解決につながります。

規定外行為に対して今すぐできる実務対応

規定にない行為が起きた場合、いきなり懲戒処分を検討するより先に取るべき実務的なステップがあります。自社の状況に応じて、以下の対応を段階的に進めることを検討してください。

まず就業規則の現状を正確に把握する

自社の懲戒規定が例示列挙か限定列挙かを確認し、問題行動と既存の懲戒事由との対応関係を整理します。包括条項の有無、弁明手続きの定めの有無、懲戒の種別ごとの事由の振り分けなども確認ポイントです。就業規則が10年以上更新されていない場合は、このタイミングで全体の見直しを検討することをお勧めします。

処分の前に「指導記録」を積み上げる

規定に明確な根拠がない段階でいきなり懲戒処分に踏み切るより、まず口頭・書面による注意・指導を行い、その記録を残すことが有効です。指導記録は、後に懲戒処分を行う際の「改善機会を与えた」という証拠にもなります。また、指導をきっかけに行動が改善されれば、懲戒処分自体が不要になるケースも少なくありません。

専門家に相談するタイミングを逃さない

専任の人事・法務がいない会社では、問題が発生してから専門家を探すと時間的な余裕がなくなります。問題行動が繰り返される段階で、社労士・弁護士への相談を検討してください。また、就業規則の見直しや懲戒規定の整備は、問題が起きる前に行うのが最も効果的です。従業員数が常時10名以上の場合、就業規則の作成・届け出は労働基準法上の義務でもあります。

まとめ

就業規則に根拠のない懲戒処分は、原則として無効と判断されるリスクがあります。自社の懲戒規定が例示列挙か限定列挙かを確認し、包括条項の有無・処分の手続き・証拠の保全を整えることが、処分リスクを最小化するための基本です。特に中小企業では、問題が起きてから就業規則の不備に気づくケースが多く、そのまま処分を急ぐと後で無効認定・労働審判という最悪のシナリオを招くことがあります。

ウェルセンス株式会社では、専任の人事・法務がいない中小企業の経営者・担当者の方向けに、就業規則の整備や問題社員対応・休職復職支援など人事労務の課題について相談をお受けしています。「うちの規定は大丈夫だろうか」「この行為は処分できるのか」といった疑問がある場合は、まずお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 就業規則に「その他会社の秩序を乱す行為」と書いてあれば、どんな行為でも懲戒処分できますか?

A. いいえ、そうはなりません。包括条項があっても、裁判所は「規定された他の事由と同等の企業秩序侵害があるか」「労働者にとって処分が予測可能だったか」「処分の重さが行為に比例しているか」を実質的に審査します。包括条項は万能ではなく、個々のケースで適用の可否が判断されます。

Q. 就業規則を今から変更して、既に発生した問題行動に適用することはできますか?

A. 原則としてできません。法律には「遡及適用の禁止」という考え方があり、規則が変更される前に発生した行為に対して、変更後の規定を遡って適用することは認められません。就業規則の整備は、問題が起きる前に行うことが重要です。

Q. 口頭での注意・指導は懲戒処分の代わりになりますか?

A. 代わりにはなりませんが、懲戒処分の前段階として非常に重要です。口頭・書面による注意・指導とその記録は、後に懲戒処分を行う際の「改善機会を与えた」という証拠になります。規定上の根拠が不明確な段階でいきなり処分するよりも、指導記録を積み上げてから処分を検討するほうが法的リスクを低減できます。

Q. 懲戒処分を行った後、当該社員が弁護士をつけて争ってきた場合、どうすればよいですか?

A. 労働審判や訴訟に発展した場合、会社側も弁護士に対応を依頼することが現実的です。その際に重要になるのが、問題行動の記録・指導の経緯・弁明の機会を付与した事実・処分通知書など、処分に至るまでのプロセスを示す証拠です。処分を行う段階から記録を整備しておくことが、争われたときの会社側の対応力を高めます。

Q. 従業員が10名未満の場合、就業規則がなくても懲戒処分はできますか?

A. 常時10名未満の事業場は就業規則の作成・届け出義務が免除されますが、懲戒処分を行うためには就業規則(またはそれに準じる書面)に根拠を設けることが必要です。フジ興産事件の最高裁判例が示した「就業規則上の根拠が必要」という原則は、従業員規模にかかわらず適用されます。書面の整備がない状態での懲戒処分は、規模を問わず無効リスクがあります。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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