退職後のSNS誹謗中傷を削除する3つの法的手順

退職後のSNS誹謗中傷を削除する3つの法的手順 労務管理
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朝、出社してスマートフォンを開いたら、退職した元従業員がSNSに「あの会社はブラック」「給料を誤魔化された」と書き込んでいた——そんな状況に直面した経営者・人事担当者からの相談が後を絶ちません。「今すぐ消したい」「でも動き方がわからない」「誓約書を取っていなかったから手遅れかも」。焦りと不安が入り混じる中、誤った初動対応が事態を悪化させるケースも少なくありません。この記事では、退職後のSNS誹謗中傷に対して法的に削除を求める3つの手順と、証拠保全の実務を具体的に解説します。

「誹謗中傷」と「正当な批判」の境界線を把握する

まず確認しておくべきことは、すべての批判的な投稿が法的に削除請求できるわけではないという点です。「何が問題のある投稿か」を正確に判断することが、対応の出発点になります。

名誉毀損が成立する3つの要件

刑法230条の名誉毀損罪、および民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求が認められるためには、おおむね次の3つの要件を満たす必要があります。「公然と」(不特定または多数の人が知り得る状態で)、「事実を摘示し」(具体的な事実を述べ)、「人の名誉を毀損した」(社会的評価を低下させた)ことです。SNSへの投稿は不特定多数が閲覧できるため、「公然と」の要件はほぼ自動的に満たします。

「事実の摘示」と「意見・論評」の違い

法的対応を検討するうえで重要な分岐点が、投稿の内容が「事実の摘示」か「意見・論評」かという判断です。「給与明細を改ざんされた」のように具体的な事実を述べているのが前者、「あの会社は最悪」のように主観的な評価を述べているのが後者です。意見・論評は原則として名誉毀損にはなりにくく、侮辱罪(刑法231条)の問題になりえます。侮辱罪は2022年の法改正で厳罰化され、1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金が科される可能性があります。

「真実」であっても削除請求できるケースがある

「残業代が未払いだった」という事実に基づく投稿であっても、削除請求の余地が全くないわけではありません。名誉毀損が認められる場合、刑法230条の2は「公共の利害に関する事実で、かつ目的が専ら公益のためで、事実が真実であると証明されたとき」に限り違法性が阻却されると定めています。投稿の目的が個人的な攻撃や報復である場合は、真実であっても公益目的の要件を満たさないと判断される可能性があります。判断に迷う場合は弁護士への相談を早めに検討してください。

削除請求の前に必ず行う証拠保全

法的対応を進めるうえで最初に着手すべきなのが証拠保全です。投稿が削除されてしまうと、その後の手続きで最大の武器を失うことになります。法的手続きに耐えられる形で記録を残すことが不可欠です。

スクリーンショットだけでは不十分な理由

多くの方がスクリーンショットで記録を取りますが、それだけでは「改ざんされていない」ことの証明が困難です。法的手続きで有効な証拠とするためには、投稿のURLと日時を含めた形で記録することが基本です。URLはブラウザのアドレスバーに表示された状態でスクリーンショットを撮影し、画面の日時表示も含めて保存してください。

公証役場の「確定日付」と民間の証拠保全サービス

より確実な方法として、公証役場での確定日付取得があります。印刷した投稿内容の書面に公証人が日付を押印することで、その日時に当該情報が存在したことを公証します。また、近年はインターネット上のコンテンツを第三者として保全する民間サービス(ウェブ魚拓の有償版や証拠保全専門サービスなど)も活用できます。費用と緊急度に応じて選択してください。

記録しておくべき情報の一覧

証拠保全の際に漏れなく記録しておきたい情報を整理します。

記録項目 確認ポイント
投稿URL 投稿個別のパーマリンクを取得する
投稿日時 スクリーンショット上に表示された日時を含める
アカウント名・プロフィール情報 アイコン・自己紹介・フォロワー数なども記録
投稿内容の全文 スクロールが必要な場合は分割して全体を記録
拡散・引用状況 リポスト数・コメントも記録(拡散規模の証明に使用)
記録した端末・日時 記録者の氏名・使用端末・記録日時をメモに添える

誓約書の有無で変わる法的対応の選択肢

「退職時に誓約書を取っていなかった」という中小企業は多いですが、誓約書がなくても法的手段は存在します。ただし、誓約書の有無によって選択できる手段と立証の難易度が変わります。

誓約書がある場合:債務不履行を根拠に加えられる

退職時の誓約書に「在職中に知り得た情報の漏洩禁止」「会社・役員・従業員の名誉を傷つける行為の禁止」などの条項が含まれている場合、民法415条の債務不履行を根拠とした損害賠償請求が可能です。不法行為(民法709条)に加えてこの根拠を使えることで、損害賠償請求の主張が強化されます。また、仮処分(投稿差止命令)を申し立てる際にも、誓約書の存在は疎明資料として有効に機能します。就業規則に退職後の義務規定がある場合も、合理性・明確性が認められれば同様に機能しえます。

誓約書がない場合:不法行為・名誉毀損で対応できる

誓約書がない場合でも、民法709条の不法行為(名誉毀損・信用毀損)を根拠とした損害賠償請求は可能です。刑法230条の名誉毀損罪、刑法233条の信用毀損罪・業務妨害罪も適用されます。投稿の差止め(削除・新規投稿禁止の仮処分)についても、人格権としての名誉権侵害を根拠に認められた裁判例があります。ただし、誓約書がない分、投稿の「虚偽性」または「社会的評価の低下」を会社側が立証する必要があり、証拠の質と量がより重要になります。

今後のリスク管理として誓約書を整備する

今回の案件対応と並行して、退職時の誓約書を整備することを強く推奨します。誹謗中傷禁止条項・秘密保持条項を含む退職時誓約書は、今後の退職者に対して有効な抑止力になります。ただし、条項の範囲が過度に広かったり曖昧だったりすると、公序良俗違反(民法90条)として無効と判断されるリスクがあるため、弁護士のレビューを受けた書式を使用することが重要です。

削除請求の3つの法的手順

証拠保全が完了したら、削除を求める手順に進みます。対応は段階的に進めるのが基本であり、いきなり訴訟を起こすのではなく、まずプラットフォームへの申請から着手します。

プラットフォームへの削除申請(自社申請)

最初に取り組むのが、各SNS・口コミサイトのプラットフォームに対する削除申請です。X(旧Twitter)はヘルプセンターの「不快なコンテンツの報告」から名誉毀損・虚偽情報として申請できます。Googleマップの口コミはGoogle社の「フラグを立てる」機能を使いレポートします。転職会議・Glassdoorなどの転職口コミサイトにはそれぞれ専用の異議申し立て窓口があります。ただし、削除基準はプラットフォームの利用規約に依存しており、必ずしも削除されるわけではありません。申請が却下された場合は次の手段に進みます。

発信者情報開示請求(匿名投稿の場合)

匿名アカウントからの投稿の場合、投稿者を特定するために発信者情報開示請求を活用します。2022年のプロバイダ責任制限法改正(正式名称:特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)により、「発信者情報開示命令」という非訟手続が新設され、従来の仮処分手続よりも迅速に投稿者を特定できるようになりました。この手続きでは、まずコンテンツプロバイダ(SNS事業者)に対してIPアドレス等の開示を求め、次にアクセスプロバイダ(通信会社)に対して契約者情報の開示を求めます。弁護士への依頼が実質的に必要な手続きです。

仮処分申立てと損害賠償請求訴訟

プラットフォームへの申請で削除されない場合、または被害が重大な場合は、裁判所への法的手続きに移行します。緊急性が高い場合は「投稿削除の仮処分申立て」を行い、保全命令を得ることで暫定的な削除を実現します。その後、損害賠償請求訴訟(民法709条の不法行為に基づく)を本訴として提起することができます。元従業員が特定されている場合は、内容証明郵便による削除要求と損害賠償請求の予告を最初に送付し、交渉解決を試みるアプローチも有効です。

対応を誤ると逆効果になる「やってはいけない」行動

SNS誹謗中傷への対応では、感情的な初動が事態を悪化させる典型的なパターンがあります。法的手続きと並行して、炎上リスクを高める行動を意識的に避けることが重要です。

SNS上での公開反論・コメント

会社の公式アカウントや経営者個人のアカウントから、問題の投稿に対して公開で反論することは避けてください。反論がきっかけで投稿が拡散し、当初よりも多くの人の目に触れる結果になるケースが多くあります。「炎上」の多くは、当事者が反応したことで火に油を注ぐ形で広がります。

元従業員への直接連絡(証拠なしでの接触)

証拠保全や法的準備が整っていない段階での、元従業員への直接連絡(電話・メール・DM)も慎重にすべきです。連絡した内容が「脅迫」「ハラスメント」として逆に証拠に使われるリスクがあります。連絡を取る場合は、内容証明郵便を弁護士名義で送付するなど、形式と内容を慎重に整えてください。

対応の放置・長期の様子見

「そのうち消えるだろう」と放置することもリスクです。口コミサイトの投稿は検索エンジンにインデックスされ、採用活動や取引先との商談に悪影響を与え続けます。また、発信者情報の保存期間には限りがあるため、特定を急がないと証拠が消滅することもあります。被害の深刻度を客観的に評価した上で、早期に専門家へ相談することを推奨します。

まとめ

退職後のSNS誹謗中傷への法的対応は、「証拠保全→誓約書の有無に応じた法的根拠の整理→プラットフォーム申請から仮処分・訴訟への段階的な対応」という流れで進めることが基本です。誓約書がなくても民法709条の不法行為・名誉毀損を根拠に対応できる手段はあります。一方で、SNS上での公開反論や証拠不十分な段階での直接接触は逆効果になりかねないため、初動の慎重さが求められます。

ウェルセンス株式会社では、退職トラブルの予防策(誓約書・退職時面談の設計など)から、実際に問題が発生した際の初動サポートまで、人事・労務の専門家として伴走支援を行っています。「今すぐ弁護士に頼むほどの案件かどうかもわからない」という段階でも、まずはお気軽にご相談ください。状況を整理して、次にどう動くべきかを一緒に考えます。

よくある質問

Q. 退職時に誓約書を取っていませんでした。それでも削除請求はできますか?

A. できます。誓約書がなくても、民法709条の不法行為(名誉毀損・信用毀損)を根拠に損害賠償請求や投稿の差止め仮処分を申し立てることが可能です。刑法上の名誉毀損罪(刑法230条)や信用毀損罪(刑法233条)も誓約書とは無関係に適用されます。ただし、誓約書がない分、投稿の虚偽性や会社の社会的評価への悪影響を会社側が立証する必要があり、証拠の質が重要になります。

Q. 「残業代を払ってもらえなかった」という事実に基づく投稿も削除できますか?

A. 一概には言えません。刑法230条の2は、公共の利害に関する事実で、専ら公益目的で、かつ真実であると証明された場合は名誉毀損の違法性が阻却されると定めています。ただし、投稿の目的が個人的な報復や攻撃である場合は「専ら公益目的」の要件を満たさないと判断される可能性があります。また、事実であっても過度に誇張・文脈を歪めている場合は問題になりえます。個別事案の判断は弁護士への相談が必要です。

Q. 匿名アカウントからの投稿ですが、投稿者を特定することはできますか?

A. 法的手続きによって特定できる可能性があります。2022年に改正されたプロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)では、新たに「発信者情報開示命令」という非訟手続が設けられ、従来の仮処分手続よりもスピーディーにIPアドレスや契約者情報の開示を求めることが可能になりました。ただし、この手続きは弁護士への依頼が実質的に必要です。また、VPNの使用などによって特定が困難なケースもあります。

Q. プラットフォームへの削除申請だけで解決しますか?

A. ケースによって異なります。明らかに利用規約に違反している投稿(虚偽情報・ハラスメント的な内容など)であれば、プラットフォームへの自社申請だけで削除されることもあります。一方で、プラットフォームが「利用規約違反に当たらない」と判断した場合は申請が却下されます。その場合は弁護士を通じた法的申請(削除仮処分の申立てなど)に移行する必要があります。まずは申請してみた上で、却下された場合の対策を並行して準備しておくことを推奨します。

Q. 今後の退職者に対して、同じトラブルを予防するにはどうすればよいですか?

A. 退職時の誓約書整備と、退職面談(オフボーディング)の質の向上が有効です。誓約書には秘密保持条項・誹謗中傷禁止条項を明確に盛り込み、弁護士レビューを受けた書式を使用することが重要です。また、退職者の不満が「投稿」という形で爆発するケースの多くは、退職プロセスでの対話不足が背景にあります。退職時に本人の感情・不満を丁寧に受け止める場を設けることで、リスクを大幅に低減できます。退職プロセスの設計についてはウェルセンス株式会社にご相談ください。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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