「裁判所から書類が届いた——でも、何のことかさっぱりわからない」。そんな経験をした経営者・人事担当者は少なくありません。給与差し押さえの通知は、突然やってきます。しかも、対応を誤ると会社が法的責任を負うリスクもあります。この記事では、給与差し押さえの通知を受け取ってから毎月の給与計算まで、会社がとるべき対応を実務レベルで解説します。
給与差し押さえとは何か、会社の立場を理解する
「第三債務者」として会社が登場する理由
給与差し押さえとは、従業員(債務者)が借金や税金・養育費などを滞納したとき、裁判所が債権者の申立てを受けて発令する手続きです。この手続きでは、従業員に給与を支払っている「会社」が第三債務者として指定されます。
第三債務者とは、債務者(従業員)に対して金銭を支払う義務を持つ第三者のことです。つまり会社は、従業員への給与支払い義務があるため、自動的に給与差し押さえの当事者になります。「うちには関係ない」とは言えず、裁判所の命令に従って対応する法的義務が生じるのです。
届く書類と確認すべき記載内容
裁判所から届く封書には「債権差押命令」と書かれた正式書類と、「陳述催告書(陳述書)」の書式が同封されています。差押命令書には次のような情報が記載されています。
- 債権者(差し押さえを申し立てた側):貸金業者、元配偶者(養育費)、税務当局など
- 債務者(従業員):氏名・住所
- 差押債権の表示:どの月の給与をどの程度差し押さえるか
- 送達日:この日から法定期限が起算されます
書類を受け取ったら、まず「送達日」を必ず記録してください。この日が、以後のすべての対応期限の起点になります。
受領後に必ずやること:陳述書の提出
2週間以内という法定期限を守る
給与差し押さえの通知(差押命令書)が届いたら、最初にすべき対応は陳述書の提出です。民事執行法第147条により、第三債務者(会社)は差押命令の送達を受けた日から2週間以内に、債権の存否・内容について裁判所(または申立て債権者)に陳述書を提出する義務があります。
陳述書の書式は差押命令書に同封されています。「当該従業員との雇用関係の有無」「差し押さえ対象の給与があるかどうか」「他に給与差し押さえの命令を受けていないか」などを記載します。提出を怠ると、過料(行政上の制裁金)が科される可能性があるため、期限内の対応が不可欠です。
陳述書の記載で迷いやすいポイント
給与差し押さえの対応で担当者が最も迷いやすいのは、陳述書の「差し押さえるべき債権の存否」の欄です。たとえば、その従業員がすでに退職していれば「雇用関係なし・差し押さえ対象の給与なし」と記載します。在職中であれば、雇用関係ありと記載したうえで、給与支払い日・支払い額の概要を書きます。
不明点がある場合は、弁護士や社会保険労務士に確認しながら記載することを強くおすすめします。期限内提出を最優先に、分からない部分は専門家に相談する判断が大切です。
いくら差し引けばいいのか:差押え可能額の計算方法
手取り額を基準にした「4分の1ルール」
給与の全額を差し押さえることはできません。民事執行法第152条により、給与差し押さえで差し押さえられる上限は原則として手取り給与(税金・社会保険料控除後)の4分の1です。
たとえば、手取り月給が28万円の場合、差し押さえ可能な上限は7万円(28万円 ÷ 4)となります。なお、手取りが月33万円を超える場合は「手取り額から33万円を引いた金額の全額」が差押え可能となります(例:手取り40万円なら40万円 − 33万円 = 7万円)。
養育費・婚姻費用は上限が「2分の1」に拡大
給与差し押さえの理由が養育費や婚姻費用(別居中の生活費)の場合は、上限が手取り額の2分の1に広がります(民事執行法第152条第2項)。子どもの生活を守るための制度的な配慮です。
手取り28万円の従業員に養育費の給与差し押さえ命令が届いた場合、差押え上限は14万円(28万円 ÷ 2)まで引き上がります。一般の借金と養育費が混在している場合は、それぞれ別々に計算・適用が必要になるため、複雑になります。給与計算担当者や外部の社労士と情報を共有しておくことが重要です。
複数の差押命令が届いた場合の処理
2通以上の給与差し押さえ命令が届いた場合は、差押え可能額の合計が上限を超えないよう各債権者に按分して支払います。ただし、複数の差押命令・仮差押命令が競合する場合は、会社が自己判断で配分することはできず、供託が必要になります。
供託が必要なケースと手続きの流れ
「供託」とはどういう意味か
供託とは、支払うべき金銭を直接相手に渡さず、法務局(供託所)に預ける手続きです。複数の債権者が同じ給与を争っているとき、会社が独自に「どちらに払う」と判断することは許されていません。そのため、法務局に預けて裁判所に配当手続きを委ねるのが供託の仕組みです。
民事執行法第156条により、給与差し押さえの命令が競合した場合に供託義務が生じます。供託しないまま一方の債権者にだけ支払うと、会社が二重払いのリスクを負う可能性があります。
供託の具体的な手順
供託の流れは次のとおりです。まず、差し押さえ可能額に相当する金銭を債務者(従業員)の住所地または義務履行地を管轄する法務局に供託します。次に、供託した旨を裁判所に「事情届」として提出します。その後は、裁判所が配当手続きを進めて各債権者に分配します。
供託は法務局の窓口で手続きでき、供託書の書式も法務局窓口またはオンラインで入手できます。初めて給与差し押さえへの対応をする担当者には難易度が高い手続きのため、弁護士や司法書士への相談も選択肢のひとつです。
従業員本人への伝え方と、やってはいけない対応
本人への通知は義務ではないが、実務上は必要
給与差し押さえの通知を受け取っても、会社が従業員に通知する法的義務はありません。ただし、実務上は「なぜ給与が減額されているのか」を説明しなければトラブルになります。できるだけプライバシーに配慮した場で、事実を淡々と伝えることが基本です。
「裁判所から給与差し押さえ命令書が届いた。会社として法的に対応しなければならないが、個人の事情には介入しない」というスタンスを明確にすることが大切です。責めるような言い方は避け、必要であれば専門家(弁護士・司法書士)への相談を促す一言を添えるとよいでしょう。
給与差し押さえを理由にした解雇は原則できない
「信用に関わるから解雇したい」という気持ちになるかもしれません。しかし、給与差し押さえを直接の理由とした解雇は、不当解雇と判断されるリスクが高いです。就業規則に「信用失墜行為」に関する懲戒規定があったとしても、給与差し押さえの事実だけで即解雇というのは難しい判断になります。
もし業務遂行上の問題や、社内で別の懲戒事由が発生している場合は、それを根拠とした手続きを踏むべきです。まずは就業規則と事実関係を整理してから、専門家に相談することをおすすめします。
メンタル不調が併発するケースへの対応
借金問題を抱えている従業員は、精神的なプレッシャーから、給与差し押さえ通知をきっかけにメンタル不調に陥るケースが少なくありません。遅刻・欠勤の増加、業務上のミスが増えるといったサインが見られたら、早めに上司や担当者が声をかけ、必要に応じて産業医や外部相談窓口への橋渡しを検討してください。給与差し押さえの問題と、メンタルの問題を切り離して丁寧に対応することが、離職防止にもつながります。
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退職・休職時の給与差し押さえはどうなるのか
退職した場合の給与・退職金への効力
給与差し押さえ命令の効力は「命令送達後に発生する給与」に継続的に及びます。しかし、従業員が退職した場合は、未払いの給与と退職金(支払いが確定しているもの)には引き続き差押えの効力が及びますが、それ以降の収入には効力が消滅します。
退職時には、残余の未払い給与と退職金の中から差押え上限額を計算して支払い(または供託)し、残額を本人に支払う処理が必要です。また、退職後は給与差し押さえ命令の債権者側に「雇用関係が終了した」旨を通知することが実務上のマナーになります。
休職中の場合の注意点
休職中でも給与(休業補償・傷病手当の立替払いなど)が発生している場合は、給与差し押さえの対象となります。ただし、社会保険から直接支給される傷病手当金は原則として差押えの対象外です(健康保険法第61条)。支払いの主体がどこかによって扱いが変わるため、支給形態を確認したうえで判断してください。
まとめ
給与差し押さえへの対応は、「受け取った日から2週間以内に陳述書を提出する」という初動が最重要です。その後は、手取り額を基準に差押え可能額を計算し、毎月の給与支払い時に正確に控除・送金(または供託)する継続的な管理が求められます。従業員への伝え方や、退職・休職時の扱いも、知っておかなければ思わぬトラブルを招きます。
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