「本社は東京だけど、採用した社員は福岡在住でフルリモート。給与はどう設計すればいい?」——リモート採用が当たり前になった今、こうした場面で手が止まる経営者・人事担当者は少なくありません。地域手当を設けるべきか、最低賃金はどちらの基準か、同一労働同一賃金との兼ね合いは?疑問が重なるほど、判断が後回しになりがちです。この記事では、遠隔地採用における給与設計の基本ルールと、地域手当の3つの判断基準を実務目線で整理します。
最低賃金はどちらの都道府県が適用されるのか
在宅勤務(テレワーク)で遠隔地に居住する社員には、社員が実際に労働を行う場所、つまり居住地の都道府県の最低賃金が適用されるというのが実務上の有力解釈です。本社の所在地ではなく、労働の実態がある場所が基準になります。
「事業場の所在地」原則とテレワークの特例
最低賃金法(昭和34年法律第137号)第2条・第13条では、地域別最低賃金は「その事業場の所在地」が属する都道府県の金額が適用されると定めています。しかし在宅勤務の場合、「事業場」がどこかという点が問題になります。厚生労働省が公表するテレワークガイドラインも参照すると、実際に労働が行われる場所(=労働者の自宅がある都道府県)を基準とするのが妥当とされています。
本社が東京なら実務上は下回りにくいが油断は禁物
地域別最低賃金は東京都が全国最高水準です。そのため、東京本社の給与テーブルをそのまま適用すれば、地方居住者の最低賃金を下回るケースはほぼ生じません。ただし、産業別に設定される「特定最低賃金」が適用される業種(製造業の一部など)では、地域別最低賃金より高い水準が定められている場合があります。自社の業種が対象かどうかは、都道府県労働局に確認しておきましょう。
採用地と本社が逆転するケースへの備え
現状は東京が最高水準ですが、将来的に最低賃金の引き上げペースが都道府県間で変わる可能性はゼロではありません。また、本社が東京以外の企業が遠隔採用した社員の居住地が東京だった場合は、東京の最低賃金への対応が必要になります。採用時だけでなく、転居などで居住地が変わった際にも確認が必要な点として、運用ルールに明記しておくことをお勧めします。
地域手当を設けないことは違法にならないのか
結論から述べると、地域手当を設置しないこと自体は労働基準法上も違法ではありません。地域手当はあくまで任意設計の手当であり、法律が設置を義務付けているわけではないためです。ただし、いくつかの条件がすべてクリアされている必要があります。
違法にならないための3条件
地域手当なしで遠隔地採用を行う場合、次の3点を満たしていることが前提です。まず、居住地の最低賃金を下回らないこと(最低賃金法違反がないこと)。次に、就業規則および労働契約書に明示された賃金が実際に支払われていること(労働基準法第89条・第15条)。そして、正規・非正規間の不合理な待遇差がないこと(パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条)。これら3点が揃っていれば、地域手当を設けなくても法的には問題ありません。
「問題ない」と「最適」は別の話
法的にクリアであっても、採用競争力の観点では別の判断が必要です。地方採用の候補者から「東京と同じ給与なのに生活費の水準が全然違う」と感じられれば、オファー承諾率が下がる可能性があります。逆に「全国均一賃金」をフェアネスとして打ち出し、採用ブランドにしている企業も存在します。制度設計は法律の最低ラインを満たしつつ、自社の採用戦略に合わせて判断することが重要です。
同一労働同一賃金と地域手当の関係
同一労働同一賃金のルールは、正社員同士(無期・フルタイム)の地域間給与差には直接適用されません。この点を誤解しているケースが多く、「地域手当をつけると違反になるのでは?」という不安は根拠がないものです。
規制の対象は正規・非正規間の格差
パートタイム・有期雇用労働法(第8条・第9条)が規制するのは、正規雇用と非正規雇用(パート・有期・派遣)の間の不合理な待遇差です。正社員同士で東京勤務者には地域手当を支給し、地方勤務者には支給しないという設計は、同一労働同一賃金の直接的な問題にはなりません。
非正規社員が関わる場合は要注意
一方、地方採用者が有期契約社員やパートタイム労働者の場合は話が変わります。同じ仕事をしている正社員に地域手当が支給されているのに、有期・パートには支給されない場合、均衡・均等待遇の観点から合理的な説明ができなければ問題になりえます。パートタイム・有期雇用労働法第14条では、待遇差の内容・理由を説明する義務が使用者に課されています。非正規社員を含む給与設計の際は、手当ごとに支給根拠を明確にしておきましょう。
遠隔地採用における地域手当の3つの判断基準
地域手当を設けるかどうか、設けるならどう設計するかは、「法的リスク」「採用競争力」「運用コスト」の3軸で判断するのが実務的なアプローチです。以下の表を参考に、自社の状況に照らして確認してください。
| 判断基準 | 地域手当あり | 地域手当なし(全国均一) |
|---|---|---|
| 法的リスク | 就業規則への明記が必要(労基法第89条) | 最低賃金・均等待遇さえ守れば問題なし |
| 採用競争力 | 生活費の高い地域での採用に有利 | 「フェアな賃金」として訴求できる |
| 運用コスト | 転居・異動時の手当変更管理が必要 | シンプルで管理しやすい |
居住地ベース方式が向いている企業
フルリモート前提で全国採用を展開している企業には、社員の居住地域に応じた金額を設定する「居住地ベース方式」が適しています。生活費の地域差を手当で補正するため、候補者への説得力が高い反面、転居のたびに手当金額が変動するため、変更手続きと就業規則の整備が欠かせません。
勤務地ベース方式が向いている企業
一部出社や将来的な転勤が想定される企業には、通勤・出社する事業所の所在地を基準にする「勤務地ベース方式」が向いています。公務員や大企業の地域手当に近い考え方で、「どこのオフィスに所属するか」で金額が決まる仕組みです。ただし、フルリモートで事業所への帰属が曖昧な場合は適用ルールを明確にする必要があります。
全国均一方式が向いている企業
採用ブランドとして「どこに住んでいても同じ賃金」を打ち出したい企業、または手当管理の運用コストを最小化したい20〜50名規模の成長企業には、地域差を設けない全国均一方式が合理的です。この場合は給与水準を全国のどのレベルに合わせるか(東京基準か全国中央値か)が採用競争力を左右します。
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就業規則・労働契約書への記載と運用上の注意点
地域手当の有無にかかわらず、賃金に関するルールは就業規則と労働契約書に明記することが法的義務であり、後々のトラブルを防ぐ最大の防御策です。
就業規則への記載が必須になる項目
労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に就業規則の作成・届出を義務付けており、賃金の決定・計算・支払いの方法は必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」です。地域手当を設ける場合はその支給条件・金額・変更ルール(転居時の扱い等)を明記し、支給しない場合も「地域手当は設けない」と明示しておくことで、社員との認識齟齬を防げます。
労働契約書における個別合意の重要性
就業規則の整備に加え、採用時の労働契約書(労働条件通知書)にも賃金の内訳を明記します(労働基準法第15条)。特に遠隔地採用では、「居住地が変わった場合の賃金変更の有無」「フルリモートから出社形態に変わった際の扱い」などを事前に合意しておくことが重要です。後から「聞いていなかった」というトラブルになりやすい論点ですので、オファー時点での丁寧な説明と書面化を徹底してください。
転居・異動が発生したときの対応フロー
現在フルリモートでも、将来的に居住地変更や転勤・異動が生じるケースは十分ありえます。そのときに「手当はどう変わるのか」が就業規則に書いていなければ、都度個別交渉が発生し、社員間の不公平感を招きます。採用時の制度設計の段階で「居住地が変わった場合の手当見直しルール」まで決めておくことが、将来の運用コストを大きく下げるポイントです。
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まとめ
遠隔地採用における給与設計のポイントを整理します。最低賃金は社員の居住地(就業場所)の都道府県が基準になるため、採用地の確認は必須です。地域手当を設けないこと自体は違法ではありませんが、最低賃金の遵守・就業規則への明記・正規非正規間の均等待遇という3条件を満たす必要があります。同一労働同一賃金のルールは正社員同士の地域間格差には直接適用されませんが、非正規社員が絡む場合は注意が必要です。地域手当の設計方針は「居住地ベース」「勤務地ベース」「全国均一」の3タイプから、採用戦略と運用体制に合わせて選択することをお勧めします。
「自社の状況に当てはめるとどの方式が合うのか」「就業規則に何をどう書けばいいか」といった具体的な疑問は、専任人事がいない企業ほど判断しにくいテーマです。ウェルセンス株式会社では、人事労務の実務課題について気軽にご相談いただける窓口を設けています。制度設計の方向性を一緒に整理するところからお手伝いできますので、まずはお気軽にご連絡ください。
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