賞与の支給時期が近づいたとき、ふと気づいてしまった——「そういえば、就業規則に休職中の賞与不支給について、何も書いていない」。今すぐ規程を確認したいけれど、そもそもどう書けばいいのかもわからない。休職中の社員に賞与を払わなければ問題になるのか、払わなくても大丈夫なのか、判断の根拠が持てないまま支給日が迫ってくる——そうした状況に直面している経営者・人事担当者の方は少なくありません。この記事では、休職中の賞与不支給が法的にどう扱われるか、就業規則に根拠がない場合のリスク、そして今からできる規程整備の進め方まで、実務に直結する形で解説します。
「休職中だから賞与は払わなくていい」は法的根拠にならない
「休職中なのだから賞与を払わないのは当然」という感覚は理解できますが、それだけでは法的な根拠にはなりません。不支給には必ず就業規則上の根拠が必要です。
賞与が「賃金」になるかどうかで義務が変わる
労働基準法第11条は、賃金とは「労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」と定めています。賞与がこの「賃金」に該当するかどうかは、就業規則や労働契約の書き方によって判断されます。就業規則に「賞与を支給する」と明記されていれば賃金性が認められやすく、不支給は未払い賃金の請求リスクに直結します。一方、「業績により支給することがある」「会社の判断により決定する」といった裁量的な表現であれば、使用者の裁量が広く認められます。
賞与の性質によってリスクの大きさが変わる
賞与には大きく分けて二つの性質があります。一つは、業績や個人の貢献度に応じて裁量的に支払う「功労報償・利益分配型」。もう一つは、基本給の補完として慣行的に支払われてきた「生活補助・賃金後払い型」です。後者に近い運用——毎回ほぼ全員に、ほぼ同額を支給しているケース——では、裁量的な不支給が認められにくくなります。自社の賞与がどちらに近いかを確認することが、リスク判断の出発点になります。
休職は退職ではないため「在籍」している
よくある誤解として「支給日在籍条項があれば休職者は除外できる」というものがあります。「賞与支給日に在籍している者に支給する」という条件は、最高裁の判例でも合理的と認められることが多い条件ですが、休職は退職ではありません。休職中の社員は支給日においても在籍しているため、支給日在籍条項だけでは不支給の根拠になりません。不支給には、それとは別に休職者を除外する規定が必要です。
就業規則の賞与条項が曖昧だと起きる具体的なリスク
就業規則の賞与条項が「支給することがある」程度しか書かれていない場合、実際に不支給の判断をしたときにトラブルへ発展するリスクがあります。どのような問題が起きうるかを具体的に確認しておきましょう。
未払い賃金請求・労働審判への発展
就業規則に不支給の根拠がないまま賞与を支払わなかった場合、社員や家族から「規程に反する」として未払い賃金を請求されることがあります。労働審判は申し立てから原則3回の期日で審理が進む迅速な手続きであり、会社側が対応を誤ると短期間で決定が出てしまいます。少人数の会社ほど、経営者や担当者が審判対応に追われるダメージは大きくなります。
「慣行」として定着した運用が会社を縛る
明文規定がなくても、長年にわたって休職者にも賞与を支給してきた実績がある場合、それが「労働慣行」として認定されるリスクがあります。労働慣行とは、就業規則に書かれていなくても、継続的な運用によって労使間の慣例として定着した扱いのことです。こうした慣行がある場合、突然不支給に変更することは不利益変更として問題になる可能性があります。
「感情での判断」が紛争時に不利になる
「あの社員の態度が気に入らなかった」「本当に病気なのか疑わしい」といった感情的な理由が不支給の背景にある場合、紛争になったときに会社側の正当性が著しく損なわれます。就業規則という客観的な根拠がない状態では、会社の主張が通りにくくなります。判断は常に「規程に照らして」行うことが重要です。
📄 【無料】休職・復職 実務書式パック(全5点)
休職の根拠規定・開始日・期間・期間中の取扱いを明示する休職指示書と、復職の条件・提出書類・手続の流れを休職の入口で本人に渡す説明書を含む、休職・復職の実務書式5点です。
就業規則に書くべき賞与条項の具体的な内容
不支給を適法に行うためには、就業規則に具体的な根拠条項を設ける必要があります。どのような項目を盛り込めばよいか、実務的な観点から整理します。
最低限必要な三つの記載要素
賞与に関する就業規則条項として、少なくとも以下の三点を明記することが推奨されます。
- 支給対象者の要件(支給日在籍・算定期間中の在籍日数など)
- 算定対象期間における欠勤・休職日数の取り扱い(控除方法または不支給基準)
- 休職期間中は算定対象から除外する旨の明示、または出勤率基準の設定
特に「算定期間中に○日以上休職した場合は不支給とする」または「算定期間中の出勤率が○%未満の場合は不支給とする」といった数値基準を入れておくことで、判断に迷いがなくなり、社員への説明も明確になります。
よくある書き方の比較
| 記載パターン | 不支給の根拠になるか | リスク |
|---|---|---|
| 「賞与は業績により支給する」のみ | なりにくい | 休職者への不支給根拠なし |
| 「支給日在籍者に支給する」のみ | 休職者には不十分 | 休職中でも在籍しているため除外できない |
| 「算定期間中の休職日数を控除する」明記あり | なりやすい | 控除割合・計算方法も明記すると確実 |
| 「休職期間中は賞与の算定対象期間から除外する」明記あり | なりやすい | 全額不支給とする場合は別途確認が必要 |
産業医・社労士との連携を前提にした整備を
就業規則の記載内容は、会社の規模・業種・賞与の支給実績によって最適な書き方が変わります。社員数20〜50名規模の会社では専任の法務担当がいないことも多く、独自に作成した規程が法的に不十分なケースも見受けられます。規程整備にあたっては、社会保険労務士(社労士)や産業医との連携のもとで進めることが、後のトラブル防止につながります。就業規則の細部について判断がつかない場合は、専門家に一度相談してみることをお勧めします。
就業規則を変更するときの「不利益変更」の壁
今から就業規則を整備する場合、変更の進め方を誤ると「不利益変更」として無効になるリスクがあります。特に現在休職中の社員がいる場合には慎重な対応が求められます。
不利益変更とは何か
労働契約法第10条は、就業規則の変更によって労働者の既得の利益を一方的に引き下げることを「不利益変更」として規制しています。賞与の支給要件を新たに設けたり、支給額を下げる方向に変更することはこれに該当しうるため、変更には合理的な理由と、労働者への周知の両方が必要とされています。
現在休職中の社員への遡及適用は原則できない
就業規則を変更しても、すでに休職中の社員に対して変更後の規定を遡及して適用することは、原則として認められません。たとえば、変更前に休職に入った社員の算定期間に、新しい不支給規定を当てはめることはトラブルの原因になります。変更後に新たに休職に入った社員から適用することが基本的な考え方です。
変更・周知のプロセスで信頼を守る
就業規則を変更する際は、労働基準法第106条に基づく周知義務を果たすことが必要です。具体的には、変更した就業規則を社員が容易に閲覧できる場所(社内イントラ・掲示板など)に置くとともに、変更内容を説明する機会を設けることが望ましいといえます。特に賞与に関する変更は社員の関心が高く、説明なしに変更すると不信感や混乱を招きやすいため、変更の理由・内容・適用時期を明確に伝えることが重要です。
不支給を社員・家族に伝えるときの実務的な注意点
賞与を不支給とする場合、休職中の社員本人やその家族への伝え方を誤ると、回復の妨げになったり、信頼関係を大きく損なうリスクがあります。通知の内容・タイミング・方法を丁寧に設計することが大切です。
通知は「事実の伝達」として簡潔に行う
休職中の社員への賞与不支給の通知は、感情的な表現や過度な説明を避け、「就業規則第○条の規定に基づき、今期の賞与は不支給となります」という形で事実のみを簡潔に伝えることが基本です。長文での説明や謝罪的な文面は、かえって混乱を招く場合があります。書面または電子メールで記録が残る形で通知することも実務上の重要なポイントです。
家族への情報提供には個人情報の取り扱いに注意
休職中は家族が窓口になるケースもありますが、賞与の支給・不支給に関する情報は給与情報であり、本人の同意なく家族へ伝えることは個人情報保護の観点から問題になりえます。家族への連絡が必要な場合は、事前に本人から同意を取るか、通知書を本人宛に郵送するなど、本人を通じた伝達を基本とします。
主治医・産業医との情報連携も考慮する
賞与不支給の通知が、休職中の社員の心理的な負担になる場合があります。特にメンタルヘルス不調による休職の場合、金銭的ストレスが症状を悪化させることもあります。必要に応じて産業医や主治医に事前に情報共有し、適切なタイミングを検討することも、会社として取れる配慮の一つです。
まとめ
「休職中だから賞与は払わなくていい」は、就業規則に明確な根拠がなければ法的に通用しません。賞与不支給を適法に行うには、算定期間の控除規定や出勤率基準など、具体的な根拠条項を就業規則に明記することが不可欠です。また、規程を変更する場合は不利益変更のルールに従い、現在休職中の社員への遡及適用は避けることが原則です。賞与対応の誤りは未払い賃金請求や労働審判につながるリスクがある一方、適切な規程整備と丁寧なコミュニケーションによって、会社と社員双方の信頼を守ることができます。
賞与の規程整備は、人事が一人で判断するにはリスクが大きく、実務的なサポートが必要です。「うちの就業規則、賞与の条項がこれで大丈夫なのか確認したい」「休職中の社員への対応をどう進めればいいかわからない」そうした状況にあるときは、ウェルセンス株式会社にご相談ください。メンタルヘルス対応・休職復職支援・人事労務の課題について、中小企業の実態に即したサポートを提供しています。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


