解雇撤回後の同意書と労務リスク、どう対処すればいい?

解雇撤回後の同意書と労務リスク、どう対処すればいい? 労務管理
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「とりあえず撤回できたから、一件落着だ」——解雇を告げた後、話し合いで従業員に復帰してもらったとき、そう胸をなでおろした経験はないでしょうか。しかし実務の現場では、撤回後こそ労務リスクが潜む局面です。書面が残っていない、合意の内容が曖昧、再発時の対応を決めていない。こうした状態が続くと、後日のトラブルで会社側が不利な立場に立たされかねません。この記事では、解雇撤回後に整えておくべき同意書の作り方から、記録管理・再発防止策まで、専任人事がいない企業でも実践できる手順を解説します。

「撤回すれば白紙に戻る」は誤解——法的に残るリスクを知る

解雇を撤回しても、過去の解雇通知という事実は消えません。この点を見落としていると、後日のトラブルで思わぬ形で不利になります。

解雇通知が「到達」した瞬間に法的効力が生じる

解雇は、使用者から労働者への一方的な意思表示です。民法第97条の規定に基づき、解雇通知が従業員に到達した時点で原則として法的効力が生じます。したがって、一度告げた解雇を使用者が単独で「なかったことにする」ことはできません。撤回が有効になるのは、従業員が同意した場合に限られます(判例法理)。つまり、解雇撤回とは「解雇をなかったことにする」のではなく、「双方の合意によって雇用関係を再設定する」行為だと理解してください。

過去の解雇通知書が後日の訴訟で「証拠」になる

撤回後も解雇通知書は手元に残っています。その後、別の理由で紛争が起きた際、従業員側が「会社にはもともと解雇する意思があった」という主張の根拠としてこの通知書を使うことがあります。労働契約法第16条(解雇権濫用法理)に照らして解雇理由が不十分だったり、手続きに不備があったりした場合は、撤回後の合意そのものを無効・取消しと主張される余地も残ります。民法第93条(心裡留保)・第96条(詐欺・強迫)を根拠に「合意は強要されたもの」と訴えられるケースも実際に起きています。

「同意した=安全」ではない理由

口頭での撤回合意や、曖昧な書面だけで終わらせているケースは少なくありません。しかし後日「そんな条件では合意していない」「撤回に伴う約束が守られていない」と主張されたとき、会社側に立証手段がなければ労働審判・訴訟で不利な判断を受けるリスクが高まります。「本人が戻ってきた」という事実だけでは、法的な安全は確保されないのです。

解雇撤回合意書の作り方——盛り込むべき5つの要素

解雇撤回合意書は、双方の合意内容を明文化し、後日の「言った・言わない」を防ぐ最も重要な書類です。専任の法務担当がいなくても、以下の要素を押さえれば自社で作成できます。

必ず記載しなければならない基本事項

合意書には、次の内容を必ず盛り込んでください。

記載事項 具体的に書くべき内容
解雇通知の特定 通知した日付・方法(口頭/書面)・解雇理由の概要
撤回の合意 「会社と従業員は、上記解雇通知を撤回することに合意した」と明示
撤回後の労働条件 職種・賃金・労働場所・雇用形態を具体的に記載
附帯合意事項 再発時の取扱い、解雇予告手当の返還有無と方法など
署名・日付 双方(会社代表者と従業員本人)の自署・捺印と作成日

解雇予告手当を支払済みの場合の注意点

労働基準法第20条に基づき解雇予告手当をすでに支払っていた場合は、返還の要否と方法を合意書に明記しておく必要があります。「返還する場合は分割でよいか」「返還不要とするか」など、双方が納得した内容を書面化してください。この点を曖昧にしたまま復職させると、後で「手当は返さなくていいと言われた」「返せと急に言われた」といったトラブルに発展することがあります。

合意書は2通作成・双方で1通ずつ保管する

合意書は必ず2通作成し、会社と従業員がそれぞれ原本を保管します。「コピーを渡せばよい」と考えているケースがありますが、後日の紛争では原本の有無が重要視されます。また、合意書の作成後は「就業規則や雇用契約書の内容と矛盾がないか」を必ず確認してください。就業規則に基づかない特別条件を口約束で加えると、後日その約束の履行を巡って争いが起きます(労働基準法第89条・第106条も参照)。

撤回後の「処遇」をどう決めるか——職場復帰の設計

合意書ができたら、次に「どういう条件で復帰させるか」を設計します。ここを曖昧にすると、同じ問題が再発しやすくなります。

元の職務・部署に戻す場合のリスク

解雇に至った原因(業務上のトラブル、職場内の対立、業績不振など)がそのままの環境に従業員を戻すと、同じ問題が起きやすくなります。特に従業員数が20〜50名規模の企業では部署の選択肢が少なく、「元に戻す以外ない」という状況になりがちです。そのような場合は、職務内容・業務範囲・直属の上司の3点だけでも変えられないかを検討してください。物理的な異動が難しくても、担当業務の線引きや報告ルートを変えることで、再発リスクを一定程度下げることができます。

配置転換を行う場合の法的確認

配置転換を行う場合は、雇用契約書や就業規則に「配置転換を命じることができる」旨の規定があるかを確認してください。規定がない場合、従業員の同意なしに配置転換を強行すると、それ自体が新たな労務トラブルの火種になります。撤回の合意書の中で「復帰後は〇〇部門での業務を担当する」と明記しておくことで、この問題を防げます。

周囲の従業員への対応も忘れない

解雇通知→撤回という出来事は、当事者だけでなく職場全体に影響を与えます。「自分も突然解雇されるかもしれない」という不安が広がると、心理的安全性が低下し、離職につながるリスクがあります。対外的に詳細を説明する必要はありませんが、「引き続き一緒に働くことになった」という事実を適切なタイミングでチームに伝え、マネージャーが個別に声かけを行うことが望ましい対応です。メンタルヘルス面での影響が懸念される場合は、専門家への相談も検討してください。

再発防止のための記録管理——「次に何かあったとき」に備える

撤回後の記録管理は、再発時に会社が正当な対応をとるための基盤です。記録がなければ、「また解雇しようとしている」「二重処罰だ」という主張を覆す手段がなくなります。

残しておくべき書類の一覧

  • 解雇通知書の原本・控え
  • 解雇撤回合意書(2通のうち会社保管分)
  • 撤回に至る経緯のメモ(日時・場所・出席者・発言の要旨)
  • 過去の業務指導・面談記録(過去分の整理を含む)
  • 撤回後の業務指示書・評価記録
  • 復帰後の面談記録(定期的に残す)

特に「撤回に至る経緯のメモ」は、後日の紛争で「どのような話し合いがあったか」を証明する重要な資料になります。話し合いの翌日以内に作成し、できれば出席者の確認サインをもらっておきましょう。

記録のタイミングとフォーマットを統一する

記録が断片的・不統一になりやすい原因は、「何かあったときだけ記録する」という後追いの姿勢にあります。撤回後は、月1回程度の定期面談を設定し、そのたびに面談記録票を作成することをルール化してください。面談記録票には「日時・参加者・話し合った内容・次回の確認事項」を記載するだけで十分です。就業規則に面談義務の規定がある場合はその様式に準拠し、ない場合も社内で統一したフォーマットを用意することで、記録の信頼性が増します。

再発時の対応を事前に決めておく

再発防止で最も重要なのは、「もし同じ問題行動が起きたらどうするか」をあらかじめ決めておくことです。合意書の附帯事項として「再発した場合は就業規則第〇条に基づく懲戒処分の対象とする」と明記しておくと、再発時に「また一からやり直しだ」という誤解を防げます。また、再発時に即座に解雇を選ぶのではなく、口頭注意→書面警告→懲戒処分というステップを踏むことが、解雇権濫用法理(労働契約法第16条)への対応としても有効です。

就業規則と社内体制の整備——トラブルを繰り返さないために

解雇撤回という出来事は、会社の制度面の不備を映し出すサインでもあります。再発防止の本質は、個別対応の改善だけでなく、仕組みを整えることにあります。

就業規則の解雇事由・制裁規定を見直す

解雇に至った原因が就業規則上の解雇事由に明確に当てはまっていなかった、あるいは制裁規定(懲戒処分の種類・手続き)が不明確だったというケースは少なくありません。労働基準法第89条・第91条に基づき、解雇事由・懲戒事由・制裁の種類と程度を具体的に規定しておくことで、次回以降の対応が正当性を持ちます。就業規則の周知義務(労働基準法第106条)も忘れずに確認してください。従業員が内容を知り得る状態でなければ、制裁規定は効力を持ちません。

専任人事がいない企業でできる体制づくり

従業員数が20〜50名規模で専任の人事担当がいない場合でも、次の3点を整えるだけで、労務リスクを大きく下げることができます。

  1. 問題行動の記録を残す「担当者」を決める(経営者自身でも可)
  2. 外部の社会保険労務士や弁護士と顧問契約を結ぶ——問題が起きた初期段階で相談できる体制を持つ
  3. メンタルヘルス面の専門家へのルートを確保する——産業医・EAP機関など、メンタルヘルス面の問題が絡むケースで早期につなぐ

この3点が整っているかどうかで、トラブル対応のスピードと正確さが大きく変わります。

まとめ

解雇撤回は「一件落着」ではなく、新たなリスク管理の起点です。撤回後に必要な対応を整理すると、まず合意書を作成して双方で保管し、撤回後の労働条件・再発時の取扱いを明文化することが最優先です。次に、過去の経緯から復帰後の面談記録まで、一連の書類を統一したフォーマットで継続的に管理してください。そして、就業規則の解雇事由・制裁規定の見直しと、外部専門家への相談体制の整備によって、同様のトラブルを繰り返さない仕組みを作ることが重要です。

解雇撤回後の対応について「合意書の書き方がわからない」「現在の対応が正しいか確認したい」「再発防止策を一緒に考えてほしい」と感じられているなら、ウェルセンス株式会社にご相談ください。メンタルヘルス対応・休職復職支援・人事労務の課題を専門とする私たちが、貴社の規模と状況に合わせた実務的なサポートをご提供します。

よくある質問

Q. 口頭で解雇を告げ、口頭で撤回しました。今からでも合意書を作成できますか?

A. 作成できます。日付は「作成日」を正確に記載した上で、解雇通知の日付・撤回の合意をした日付をそれぞれ本文中に明記してください。後付けであることを隠す必要はなく、「〇年〇月〇日に口頭で合意した内容を書面化したもの」として作成することで、一定の証拠力を持たせることができます。ただし、従業員が書面への署名を拒否する場合は、その経緯も記録に残しておくことが重要です。

Q. 撤回後、同じ問題行動が再発した場合、また解雇できますか?

A. 再発した場合でも、いきなり解雇を選ぶと「二重処罰」や「解雇権の濫用」と判断されるリスクがあります。まず口頭注意・書面警告・懲戒処分というステップを踏み、就業規則の解雇事由に該当することを確認した上で解雇を検討してください。撤回合意書に「再発時は就業規則に基づく処分の対象とする」と記載しておくと、再発時の対応に正当性を持たせやすくなります。

Q. 解雇予告手当を支払済みですが、撤回後に返還を求めなくても問題ありませんか?

A. 返還を求めないこと自体は違法ではありません。ただし、「返還不要」とする場合でも、その旨を合意書に明記しておくことが重要です。曖昧にしておくと、後日「返還の約束があった」「なかった」という争いに発展する可能性があります。返還を求める場合は、一括・分割など具体的な方法を書面で確認してください。

Q. 解雇撤回合意書は、弁護士に依頼して作成しなければなりませんか?

A. 必須ではありませんが、解雇理由が複雑なケース・従業員との関係が悪化しているケース・すでに弁護士や労働組合が関与しているケースでは、専門家への依頼を強く推奨します。シンプルなケースであれば、記事内で紹介した5つの記載事項を押さえた書面を自社で作成することは可能です。社会保険労務士に書面の確認を依頼するだけでも、内容の妥当性を担保しやすくなります。

Q. 解雇撤回の事実を他の従業員に知られることへのリスクはありますか?

A. 職場全体の心理的安全性や管理職への信頼感に影響する可能性があります。「なぜ解雇されると思った人が戻ってきたのか」という疑問が広がると、不安や不満が高まることがあります。詳細を全員に説明する必要はありませんが、復帰の事実を自然な形でチームに伝え、マネージャーが個別に声かけを行うことで、影響を最小化できます。メンタルヘルス面での懸念がある場合は、専門家への相談を検討してください。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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