「育児中だから時短にしてほしい」「介護が始まったので在宅を増やしたい」——そうした申し出に、とりあえず「わかった、様子を見よう」と答えてしまったことはありませんか。ところがしばらく経つと、別の社員から「なぜあの人だけ特別扱いなのか」という声が上がってくる。個別に対応したつもりが、気づけば職場の不公平感を生み出している。個別対応と柔軟勤務制度の公平性を両立させることに悩む中小企業の経営者・人事担当者は少なくありません。この記事では、個別対応と公平性を両立するための考え方と、実務上の整備ポイントを整理します。
「個別対応=不公平」ではない。前提の整理から始める
個別対応が不公平に見えるのは、対応の「根拠」が見えないからです。柔軽勤務制度の基準を明文化し、誰でも同じ条件で申請できる仕組みにすれば、個別対応は「特別扱い」ではなく「制度の適用」になります。
「特別扱い」と「制度の適用」は根本的に違う
担当者の判断や感情によって決まる対応は「特別扱い」です。一方、申請要件・承認基準・期間・見直しタイミングがあらかじめ定まっていて、誰でもその基準を満たせば利用できる対応は「制度の適用」です。同じ結果(時短勤務の許可など)であっても、根拠があるかどうかで周囲の受け止め方はまったく異なります。「あの人だけずるい」という不満の多くは、基準が見えないことから生まれます。
まず「この申し出は法定対応か、裁量対応か」を分類する
働き方の変更を求められたとき、最初に確認すべきは「これは法律上対応が求められる事由か」という点です。育児・介護休業法により、3歳未満の子を養育する社員への短時間勤務制度の導入は会社の義務です。要介護状態の家族を抱える社員への介護短時間勤務等の措置も同様です。これらは「してあげる」のではなく「しなければならない」対応です。一方、配偶者の病気や子の不登校への対応などは法定の義務ではなく、会社の裁量で決める領域です。この二つを混同すると、義務対応が「恩着せ」になったり、裁量対応が「義務」と誤解されたりします。
法定対応・裁量対応の主な区分
| 事由の種類 | 根拠法令 | 対応の性質 |
|---|---|---|
| 3歳未満の子の育児 | 育児・介護休業法 | 短時間勤務制度の導入(義務) |
| 小学校就学前の育児 | 育児・介護休業法 | 所定外労働・時間外労働の制限(義務) |
| 要介護状態の家族の介護 | 育児・介護休業法 | 介護短時間勤務等の措置(義務) |
| 本人の疾病・障害 | 障害者雇用促進法、労働契約法5条 | 合理的配慮・安全配慮義務(義務) |
| 配偶者の病気・子の不登校など | なし(法定義務外) | 会社の裁量で対応内容を決定 |
なお、育児・介護休業法は2021年・2023年と改正が重なっており、2024〜2025年施行の内容も含まれています。現時点での正確な義務内容は、厚生労働省が公表する最新のリーフレットで確認することをお勧めします。
就業規則に規定がなければ、個別対応は「例外」であり続ける
就業規則や関連規程に柔軟勤務の仕組みが書かれていない限り、どれだけ個別に対応を重ねても「例外の積み重ね」にしかなりません。柔軟勤務制度の導入こそが、個別対応を公平な運用に変える最短ルートです。
規定がない状態で個別対応を続けるリスク
フレックスタイム制・在宅勤務・時短勤務などを就業規則や別規程なしで運用することには、複数のリスクがあります。まず、対応の根拠がないため別の社員が同様の申し出をしたときに拒否しにくくなります。次に、口頭で合意した変更が後から「労働条件の不利益変更だった」と争われるリスクがあります。さらに、常時10名以上の事業場は就業規則の作成・届出が労働基準法89条で義務付けられており、規定なしでの運用は法令違反のリスクにも直結します。
最低限整備しておきたい規程の内容
完全な制度構築が難しい場合でも、柔軟勤務に関して規程に盛り込むべき要素があります。申請できる事由の範囲(育児・介護・疾病など)、申請方法と承認フロー、適用期間と見直しタイミング、業務上の制約がある場合の調整方法、元の労働条件への復帰条件——これらを明記しておくだけで、「なぜあの人は良くて自分はダメなのか」という問いに対して根拠を示して答えられるようになります。
就業規則がない・整備できていない場合の対処順序
まず社員数が10名未満の場合は就業規則の法定義務はありませんが、「労働条件に関する覚書」として個別の変更内容を書面化する習慣を持つことを強くお勧めします。10名以上の場合は就業規則の整備が優先事項です。その際、既存の規則に「別に定める」条項を加えて柔軟勤務に関する規程を別規程として整備するのが実務的にやりやすい方法です。
口頭で受け入れてしまった後の「後処理」の進め方
「様子を見よう」で始まった個別対応をそのまま放置すると、期間も条件も曖昧なまま既成事実化します。いまからでも遅くない。現状を正式に整理し直すことが、のちのトラブルを防ぐ最善策です。
まず現状の合意内容を書面で確認する
口頭で合意した内容を改めて整理し、「確認書」や「労働条件変更に関する覚書」として双方が署名した文書を作ります。記載すべき内容は、変更後の勤務形態(時短・在宅など)、適用開始日、適用期間または見直し日、業務の割り当て変更がある場合はその内容です。「これまでの話をあらためて確認させてください」という姿勢で進めることがポイントで、責めるのではなく整理するスタンスを保ちましょう。
「見直し時期」を最初に合意することが最重要
個別対応で最も多いトラブルが「いつまで続くかわからない」問題です。3ヶ月のつもりが1年以上続いたケースは珍しくありません。変更を認める際は必ず「次の見直しは○月○日」と期日を決め、そのタイミングで状況を確認して継続か変更かを判断する仕組みにします。本人が「まだ難しい」と言えば延長もできますが、延長する際も「次の見直しは○月」と再度期日を設定します。この繰り返しが、ズルズル継続を防ぐ唯一の手段です。
対応記録を残すことが「公平性の証明」になる
別の社員が同様の申し出をした場合に、「あの時はどう判断したか」を示せる記録があるかどうかで対応の一貫性が担保されます。申請内容・承認の有無・適用条件・見直し日・変更経緯を簡単でいいので記録に残し、人事フォルダなどで管理しておきましょう。記録がなければ「言った・言わない」の水掛け論になり、担当者が変わった時点で情報が引き継がれません。
チームへの業務負担と「不満の矛先」を管理する
20〜50名規模の会社では、一人の稼働低下がチーム全体に直接影響します。制度面の整備と同時に、業務負担の再配分とチームへの説明を丁寧に行うことが、個別対応の公平性を保つ実務上の鍵です。
業務の再配分を「当事者任せ」にしない
時短や在宅勤務を認めた後、「あとはチームで調整して」と丸投げすることは避けてください。当事者の業務範囲を上司または担当者が明示的に整理し、誰がどの業務を引き受けるかを組織として決めることが必要です。そうしないと、カバーする側の社員に負担が集中し、不満の矛先が「制度」や「会社の判断」ではなく「対象の社員本人」に向かうリスクがあります。
チームへの説明は「内容」ではなく「仕組み」を伝える
個人のプライバシーに関わる事情(病気・介護の詳細など)をチームに開示する必要はありません。ただし、「会社として、このような申し出があった場合には一定の基準で対応しています」という仕組みの存在は伝えることができます。「特定の誰かを特別扱いしている」ではなく「申請制度があり、それに基づいて対応している」と説明できれば、周囲の納得感は大きく変わります。
「助け合い」を制度で支える工夫
業務をカバーした社員への評価や感謝を可視化する仕組みも有効です。たとえば、月次の1on1で業務負担の変化を確認する、カバー業務を業績評価に反映するなど、小さな工夫で「損をした感覚」を和らげることができます。柔軟勤務を認める側の設計だけでなく、支える側への配慮が、制度を長く機能させるポイントです。
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「公平な個別対応」を実現するガイドラインの作り方
公平な個別対応を実現するには、全員が同じ条件で申請・判断される「ガイドライン」が必要です。複雑なものは不要で、判断の基準と手続きの流れが一枚で見渡せるシンプルなものから始められます。
ガイドラインに含めるべき5つの要素
まず申請できる対象事由の範囲(育児・介護・疾病・その他家庭事情など、会社として受け付ける範囲)を定めます。次に申請方法(様式・提出先・タイミング)、承認の判断基準(業務への影響度・代替手段の有無など)、適用できる措置の種類と上限(週何日まで在宅可、短縮は最大何時間まで、など)、そして見直しタイミング(原則3ヶ月ごとに確認、など)を明記します。この5点があれば、担当者が変わっても一貫した対応が維持できます。
会社の規模・状況に応じた整備レベルの目安
社員数が20名未満で就業規則が任意の段階であれば、まず「柔軟勤務に関する運用方針」として一枚のドキュメントを作成し、全社員に共有することから始めてください。20〜50名規模で就業規則が整備されている場合は、就業規則の附則または別規程として「柔軟勤務規程」を追加するのが適切です。産業医が選任されている事業場(常時50名以上が義務、それ未満は努力義務)では、健康上の事由に基づく申請の判断に産業医の意見を活用できる仕組みにするとより実効性が高まります。
完璧を目指さず「まず動かす」ことが重要
ガイドラインは完成してから運用するものではなく、運用しながら改善するものです。最初は判断が難しいケースも出てきますが、そのたびに「どう判断したか」を記録しておくことで、実態に即したガイドラインが育っていきます。半年または一年に一度、運用状況を振り返って見直す機会を設けることをお勧めします。
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まとめ
社員の個別事情への対応と公平性の維持は、「どちらかを選ぶ」問題ではありません。柔軟勤務制度の導入により、対応の根拠を明文化し、誰でも同じ基準で申請・判断できる仕組みを整えることで、個別対応は「特別扱い」から「制度の適用」へと変わります。
具体的には、まず申し出の事由が法定対応か裁量対応かを区別し、次に就業規則または運用ガイドラインに申請基準・適用期間・見直し時期を明記する。そして変更内容を書面で残し、チームへの業務配分も組織として整理する——この流れを踏むことで、後から「不公平だ」と言われるリスクを大幅に減らせます。
「口頭で対応してしまったがどう整理すればいいか」「就業規則をどこから手をつければいいかわからない」「個別事情への対応範囲の線引きを相談したい」——そんなお悩みがあれば、ウェルセンス株式会社にご相談ください。20〜50名規模の中小企業の実情に合わせた、実務的でかつ法的根拠を備えたサポートをご提供しています。
よくある質問
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