ジョブ型雇用で業務範囲トラブルを防ぐ就業規則整備のポイント

ジョブ型雇用で業務範囲トラブルを防ぐ就業規則整備のポイント コンプライアンス
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「ジョブ型で採用したはずなのに、入社後に『聞いていた仕事と違う』と言われた」——そんな声が、20〜50名規模の企業から増えています。大企業を中心に広がったジョブ型雇用の考え方が中小企業にも波及するなかで、職務記述書(JD)や雇用契約書、就業規則の整合性が取れていないまま運用されているケースが少なくありません。「JDは法的に必要なのか」「JDに書いていない仕事を頼んだら拒否される?」「就業規則と食い違ったらどちらが優先されるのか」——この記事では、専任人事がいない中小企業の経営者・兼務担当者が実務で直面するこれらの疑問に、法的根拠を踏まえながら具体的にお答えします。

職務記述書(JD)の作成は法的義務なのか

結論から言うと、職務記述書(JD)そのものを作成する法的義務はありません。ただし「業務内容を明示する義務」は労働基準法で定められており、JDはその義務を果たす有力な手段のひとつです。

労働基準法が求める「業務内容の明示義務」

労働基準法第15条および同法施行規則第5条は、使用者が労働契約締結時に「従事すべき業務の内容」を書面で明示することを義務づけています。JDという形式でなくても、雇用契約書や労働条件通知書に業務内容を記載すれば法的要件は満たせます。しかし、ジョブ型雇用の文脈では、業務内容の明示があいまいだとトラブルの温床になります。「営業業務およびこれに付随する業務」という包括的な記載では、入社後に「聞いていた仕事と違う」という主張を防ぐことが難しくなります。

2024年4月以降の改正で求められる「変更範囲の明示」

2024年4月施行の労働基準法施行規則改正により、すべての労働者(正社員を含む)に対して、「雇入れ直後の業務内容」と「その変更の範囲」の両方を明示することが義務化されました。ジョブ型雇用であっても、将来的に業務範囲を変更する可能性があるなら、その範囲をあらかじめ明示しておく必要があります。逆に「変更なし」と明示してしまうと、後から業務範囲を広げることへの法的ハードルが上がります。この点は、JDや雇用契約書を整備する際に必ず確認してください。

「義務ではないなら省略していいか」という本音への答え

JDの作成コストや工数を考えると「省略したい」というのは当然の本音です。しかし、JDがない場合に起きるリスクを考えると、簡易な形でも整備する価値があります。後述するように、JDがないと業務命令の範囲があいまいになり、解雇・雇止め時の「能力不足の立証」も困難になります。完璧なJDでなくても、A4一枚程度の「職務の主な内容」「期待する成果・役割」「業務範囲の上限・下限の目安」を記載した文書があるだけで、実務上のトラブル防止効果は大きく変わります。

JDに書いていない業務を命じると違法になるのか

ジョブ型雇用で特定の職種・職務を限定する合意をした場合、その範囲を超える業務命令は、労働者の同意なしには行えないと解されます。これはメンバーシップ型とは大きく異なる点です。

メンバーシップ型とジョブ型では業務命令権の範囲が違う

従来のメンバーシップ型雇用では、「会社の命令による配置転換・業務変更」を包括的に認める判例法理が確立されています(東亜ペイント事件・最高裁1986年判決など)。しかしジョブ型雇用で「エンジニアとして採用」「マーケティング業務限定」のように職種・職務が明確に限定されている場合は、その合意範囲を超えた業務命令には労働者の同意が必要になります。JDを使って採用し、業務内容を特定した場合、使用者側の命令権がむしろ制約される側面があることを経営者は理解しておく必要があります。

「JDを盾にした業務拒否」はどこまで認められるのか

現実には、20〜50名規模の企業では兼務や臨機応変な対応が避けられない場面があります。この場合、雇用契約書やJDに「業務内容は例示であり、会社の指示により合理的に関連する業務を担当することがある」という条項を入れておくことで、ある程度の柔軟性を確保できます。ただし、この条項があっても「合理的な関連性」が問われます。エンジニアに経理業務を命じるような、明らかに職種から外れた指示は問題になりえます。JDを整備しつつ、業務変更の可能性がある場合はその旨を「変更範囲」として明記するのが現実的な対応です。

臨時的・緊急的な業務依頼とJDの関係

JDに記載のない業務への協力を求める場合、「依頼」として行い、本人の合意を得た形を残すことが重要です。メールや議事録で「この業務をお願いしたい、ご了承いただけますか」というやり取りを記録しておくだけで、後のトラブルリスクを大幅に下げられます。業務命令として強制するのか、合意に基づく依頼なのかを意識した運用が、ジョブ型時代のマネジメントには求められます。

こうした業務範囲の曖昧さから起こるトラブルについて「具体的にどう整理すべきか判断できない」という場合は、一度ウェルセンス株式会社に相談して、貴社の採用・雇用ポリシーに即した仕組み作りをご検討ください。

雇用契約書・JD・就業規則が食い違ったときの優先順位

三つの書類が食い違った場合、原則として「労働者に有利な内容」が優先されます。ただし具体的な優先順位は状況によって異なるため、整合性を取ることが根本的な解決策です。

法律が定める書類の優先関係

労働契約法第12条は、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分について無効とし、就業規則で定める基準による」と規定しています。就業規則は最低基準として機能します。一方、就業規則より有利な個別合意(JDによる職種限定など)は有効です。つまり、就業規則に「包括的な配置転換条項」があっても、JDや雇用契約書で特定の職務に限定する合意をしていれば、その社員については限定合意が優先される可能性があります。

JDが「契約書類の一部」になるケース

採用時にJDを手交して説明し、労働者がその内容を認識していた場合、JDが雇用契約の内容を構成する可能性があります(労働契約法第4条・第6条)。裁判例でも、採用時の募集要項や説明資料の記載が契約内容の解釈に影響を与えた事例は複数あります。「採用説明に使っただけで契約書ではない」という認識は通用しないことを前提に、JDの内容は慎重に作成する必要があります。

三文書の整合性チェックポイント

以下の表で、三文書それぞれの役割とジョブ型雇用での留意点を整理します。

書類 役割 ジョブ型での留意点
雇用契約書 個別の労働条件の合意 職務・職種の限定範囲を明記するか、包括条項にするかを意図的に選択する
職務記述書(JD) 業務内容・期待役割の詳細 雇用契約書と矛盾しない内容にする。変更可能性がある部分は明記
就業規則 全社員共通の最低基準 「配置転換条項」がジョブ型採用者に及ぶ範囲を明確にする

就業規則の「配置転換条項」をジョブ型採用と整合させる方法

旧来のメンバーシップ型を前提にした就業規則をそのままにして、ジョブ型採用を進めると「なぜ異動させられるのか」という主張を受けるリスクがあります。就業規則の見直しまたは個別合意の明確化が必要です。

就業規則の「配置転換条項」が引き起こすトラブル

多くの中小企業の就業規則には「会社は業務上の必要により、従業員に対して配置転換、職種変更、転勤を命じることができる」という包括的な条項があります。この条項を前提に採用したにもかかわらず、JDで職種を限定したような採用を行うと、後から「どちらが正しいのか」という争いになります。「私はジョブ型で採用されたはずなのに、なぜ異動を命じられるのか」という社員の主張には、法的な根拠がある場合があります。

就業規則の見直しと「適用除外規定」の活用

対応策としては、次の二つのアプローチがあります。まず、就業規則に「ジョブ型雇用(職務限定型)として採用した従業員については、別途締結する雇用契約書および職務記述書の定めに従う」という適用除外規定を設ける方法があります。次に、雇用契約書に「本契約における業務範囲は職務記述書に定める通りとし、就業規則第○条の配置転換規定は適用しない」と明記する方法もあります。どちらのアプローチでも、社労士や弁護士と連携して文言を確認することを強くお勧めします。

JDの定期更新と変更時の合意取得

JDは作成して終わりではなく、事業の変化に合わせて更新する運用が必要です。更新の際は、社員との合意を書面で取得してください。「古いJDが契約の根拠として使われる」というリスクを防ぐためです。更新頻度の目安としては、年1回の人事評価と連動させるか、事業計画の改定時に合わせて見直す形が現実的です。更新日と社員のサインが入った版を保管しておくことが重要です。

退職・解雇時にJDが「証拠」として機能する場面

JDを整備しておく実務上の最大のメリットのひとつが、退職・解雇トラブル時に「期待していた業務水準を果たせていなかった」ことを客観的に示せる点です。

「能力不足解雇」に必要な書面の根拠

ジョブ型雇用では、採用時に期待した職務・スキル・成果が明確になっているため、「期待に応えられなかった」ことを理由とした解雇(能力不足解雇)を検討しやすい面があります。ただし、日本の労働法では解雇には客観的合理的な理由と社会的相当性が求められます(労働契約法第16条)。その際、「どのような能力・成果を期待していたか」を示すJDや業績目標の記録があれば、「採用時の合意水準を大幅に下回った」という立証がしやすくなります。JDがない場合、「何を期待していたか」の基準自体が曖昧になり、解雇の正当性を示すことが困難になります。

中小企業で現実的なJD整備の水準

完全なジョブ型雇用のJDを作成するには工数がかかりますが、中小企業では次の要素を押さえた簡易版から始めることを推奨します。

  • 職務の主な内容(具体的な業務3〜5項目)
  • 期待する成果・役割(定量・定性で表現)
  • 業務範囲の目安(「何をする役割か」と「何は対象外か」の明示)
  • 変更の範囲(将来的に業務が変わりうる場合は明記)
  • 改訂日と本人署名欄

これだけでも、採用時の期待値を書面で共有した証拠になります。入社後の「聞いていた話と違う」という主張や、解雇時の立証において、この一枚が決定的な役割を果たすことがあります。

「うちの就業規則やJDが本当に大丈夫か、第三者目線でチェックしてほしい」という場合は、ウェルセンス株式会社の無料相談をご活用ください。人事専任がいない環境での実務的なアドバイスが得意です。

まとめ

ジョブ型雇用における業務範囲トラブルを防ぐには、職務記述書(JD)・雇用契約書・就業規則の三つを整合させることが核心です。JD自体に法的作成義務はありませんが、2024年4月以降の法改正で「業務内容の変更範囲の明示」が義務化されており、実務上の整備は必須です。JDは採用説明資料としての役割にとどまらず、契約の一部を構成し、業務命令権の範囲を画し、解雇時の立証根拠にもなります。就業規則の配置転換条項との矛盾は、適用除外規定や個別合意の明記で対応できますが、文言の確認には専門家の関与が欠かせません。「今の就業規則がジョブ型採用に対応しているか不安」「JDをどこまで作り込めばいいかわからない」という場合は、ウェルセンス株式会社にお気軽にご相談ください。人事専任が不在の中小企業でも取り組みやすい実務的なアドバイスをご提供しています。

よくある質問

Q. 職務記述書を作らなくても、雇用契約書に業務内容を書けば法的には問題ないですか?

A. 労働基準法上の「業務内容の明示義務」は、JDでなく雇用契約書・労働条件通知書への記載でも満たせます。ただし、ジョブ型採用でスペシャリストを採用した場合、「営業業務およびこれに付随する業務」といった包括的記載では入社後のトラブル防止として不十分な場合があります。職務の具体的内容・変更範囲・期待成果を詳細に記した文書(JDに相当するもの)を別紙として添付し、雇用契約書で参照する形が現実的な対応です。

Q. 採用説明で使ったJDと雇用契約書の業務内容が違う場合、どちらが優先されますか?

A. 採用時にJDを手交・説明し、労働者がその内容を認識していた場合、JDが雇用契約の内容を構成する可能性があります(労働契約法第4条・第6条)。「説明資料だから契約書ではない」という主張が通らないケースがあるため、JDと雇用契約書の内容が矛盾しないよう、採用プロセスを通じて整合性を保つことが重要です。食い違いがある場合は、雇用契約書で「業務内容はJD(添付)の通り」と明示するか、JDを雇用契約書の別紙として一体化させる方法を検討してください。

Q. ジョブ型採用の社員に、JDに書いていない業務を頼む場合はどうすればよいですか?

A. 業務命令として強制するのではなく、「依頼」として合意を得る形を取ることを推奨します。メールや面談記録などで「この業務をお願いしたい」「了承しました」というやり取りを残しておくだけで、後々のトラブルリスクを大幅に下げられます。また、雇用契約書やJDに「合理的に関連する業務を担当する場合がある」という条項を事前に入れておくと、臨機応変な対応がしやすくなります。ただし、明らかに職種から外れた業務(例:エンジニアに長期の営業業務)を継続的に命じることは問題になりえます。

Q. 既存の就業規則をジョブ型雇用に対応させるには、全面改訂が必要ですか?

A. 全面改訂は必ずしも必要ありません。現実的な対応としては、就業規則に「ジョブ型(職務限定型)として採用した従業員については、別途締結する雇用契約書および職務記述書の定めに従う」という適用除外規定を追加する方法が有効です。また、雇用契約書の個別条項で「就業規則第○条の配置転換規定は適用しない」と明記する方法もあります。ただし就業規則の変更には従業員への周知や労働組合・過半数代表者への意見聴取が必要なため、社労士に相談しながら進めることを強くお勧めします。

Q. ジョブ型採用の社員に対して能力不足を理由に退職勧奨・解雇を検討しています。JDがない場合はどうなりますか?

A. JDがない場合、「採用時に何を期待していたか」の基準が書面上存在しないため、能力不足の立証が非常に困難になります。日本の労働法では解雇に「客観的合理的な理由と社会的相当性」が求められており(労働契約法第16条)、これを満たせない解雇は無効と判断されるリスクがあります。すでにJDがない状態で採用した社員についても、今からでも職務目標や期待水準を書面化し、定期的なフィードバック記録を残すことが有効です。退職勧奨・解雇を検討する前に、必ず専門家(社労士・弁護士)に相談してください。

【監修】ウェルセンス株式会社
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