「あの子、最近よく席を外してるし、スマホばかり見てる。もしかして転職活動してるんじゃ?」——同僚からそんな声が上がったとき、あなたは何から手をつければいいかわかりますか?専任人事がいない会社では、こうした問題への対応手順が整っていないことが多く、「見て見ぬふりをするか、いきなり強く出るか」の二択で悩んでしまいがちです。しかし業務時間中の転職活動には、就業規則を使って段階的に対処できる明確な方法があります。この記事では、証拠収集の合法的な進め方から懲戒処分の手順まで、実務に即した4段階の対応フローを解説します。
業務時間中の転職活動は「違反として対応できる」のか
結論から言えば、業務時間中に会社の設備・時間を使って転職活動をしている事実が確認できれば、就業規則の業務専念義務違反として対応できます。ただし「転職活動そのもの」を禁止することはできません。
転職活動を規制できる範囲
日本国憲法第22条は、すべての人に職業選択の自由を保障しています。これは転職活動の自由も含むため、業務時間外に競合他社の面接を受けることは、原則として会社が制限できない社員の権利です。「競合他社の面接を受けているらしい」という事実だけを理由に処分することはできません。
一方、労働者は就業時間中に誠実に職務を遂行する義務(業務専念義務)を負っています。これは就業規則に明記がなくても、労働契約の本質的な義務として解釈されます(民法第623条、労働契約法第6条)。問題にできるのは「業務時間中の行為」と「会社の設備・情報を使った行為」に限定されます。
違反として問える具体的な行為
以下の行為が確認できれば、就業規則違反として対応の根拠になります。
- 業務時間中にスマートフォンや会社支給のPCで転職サイトへアクセス・応募操作をしていた
- 業務時間中に転職エージェントと電話やメールでやり取りをしていた
- 面接のために業務時間中に無断外出し、勤怠を虚偽申告していた
- 顧客情報・営業情報・技術情報を転職活動のために複製・持ち出した
特に情報の持ち出しが絡む場合は、不正競争防止法の問題にも発展しうるため、早期に専門家へ相談することをおすすめします。
就業規則の整備状況で対応の幅が変わる
懲戒処分を有効に行うには、就業規則に懲戒事由が明記されていること、そしてその規則が労働者に周知されていること(労働基準法第89条・第106条)の両方が必要です。古いテンプレートをそのまま使っている会社では、「業務専念義務」「社内設備の私的使用禁止」「懲戒の種別と事由」が明確に書かれていないケースが少なくありません。まず自社の就業規則を確認することが、対応の出発点になります。
合法的な証拠の集め方
証拠収集には「やっていいこと」と「やってはいけないこと」の明確な境界があります。違法な方法で集めた証拠は、後の手続きで使えないだけでなく、会社側が不法行為責任を問われるリスクがあります。
会社が合法的に確認できる範囲
以下は、適切な手続きと就業規則の根拠があれば実施できる確認方法です。
- 会社が管理する業務用PCのアクセスログ・メールログの確認(「社内システムの管理・監視を行う場合がある」旨が就業規則や利用規程に明記されていることが前提)
- 勤怠記録と外出申請書の照合(勤怠虚偽申告の確認)
- 社内のセキュリティカメラの映像(設置目的の範囲内での利用)
- 上長が業務上の観察として行動を記録したメモ・日報
やってはいけない証拠収集
以下の行為は、プライバシー権の侵害や不正アクセス禁止法(不正アクセス行為の禁止等に関する法律)違反になる可能性があります。
- 社員の私用スマートフォンの内容を無断で確認する
- 社員の許可なく会話を録音する(都道府県により盗聴に関する条例違反になる場合もある)
- 個人のSNSアカウントや私用メールへの不正アクセス
- 第三者(競合他社・転職エージェント等)への問い合わせによる個人情報収集
「うわさ話」や「同僚からの又聞き」は証拠にはなりません。ただし、本人への事実確認面談を実施するきっかけとして活用することは問題ありません。
証拠収集前に確認すべき就業規則の条文
PCログを調査する場合、就業規則や「情報セキュリティポリシー」「PC・インターネット利用規程」といった付属規程に「会社はシステムの利用状況を監視・記録できる」旨が明記されていることが必要です。この記載がない場合、調査自体がプライバシー侵害と判断されるリスクがあります。規程が整備されていない場合は、今後の対応のためにも早急に整備を検討してください。
段階的な対応フロー
業務専念義務違反への対応は、段階を踏むことが重要です。最初からいきなり懲戒処分を行うと、労働契約法第15条の「懲戒権の濫用」として処分が無効になるリスクがあります。以下の4段階を順番に実施してください。
| 段階 | 対応内容 | 必要な書類・記録 |
|---|---|---|
| 事実確認面談 | 本人に弁明の機会を与え、事実関係を確認する | 面談記録(日時・出席者・内容) |
| 口頭注意・指導 | 違反行為を具体的に指摘し、改善を求める | 指導メモ(日時・内容を自社で保管) |
| 書面警告 | 改善されない場合、懲戒処分の可能性を明記した警告書を交付する | 警告書(本人の受領サイン取得) |
| 懲戒処分 | 行為の重大性に応じた処分(始末書・減給・出勤停止等)を実施する | 懲戒処分通知書・始末書 |
事実確認面談で押さえるポイント
面談は「尋問」ではなく「弁明の機会の付与」として実施します。「いつ、どこで、どのような行為をしたか」を具体的に伝え、本人の認識・弁明を聞きます。この段階で録音・録画を行う場合は、本人に事前に告知することが望ましいです。面談後は必ず記録を残し、後の手続きの証跡にしてください。
口頭注意・書面警告の使い分け
口頭注意は「初回・軽微な違反」に対して行い、改善の期限と内容を明確に伝えます。改善が見られない場合や同種の違反が繰り返された場合は、書面警告に移行します。警告書には「同様の行為が継続した場合は懲戒処分の対象となる」と明記し、本人の受領サインを必ず取得してください。口頭注意の段階でも、社内の指導記録として日時・内容・対応者を記録しておくことが重要です。
【重要】懲戒処分は法的に微妙な判断が必要です。就業規則の整備状況によっては、段階的な対応の過程で外部専門家のアドバイスを受けることで、後のトラブルリスクを大幅に軽減できます。
懲戒処分を有効にするための要件
懲戒処分は、以下の要件を満たさないと「懲戒権の濫用」として無効になります。
- 相当性:違反行為の重さと処分の重さのバランスが取れていること
- 手続きの相当性:本人に弁明の機会を与えていること
- 平等取扱い:同種違反の他の社員と著しく差のある処分をしていないこと
- 二重処分の禁止:同一事案に対して複数の懲戒処分を重ねないこと
業務時間中の転職活動が「初回・軽微」な場合は、懲戒解雇ではなく始末書・減給・出勤停止といった軽い処分から始めることが裁判例上も求められます。
情報漏洩リスクへの追加対応
転職先が競合他社の場合、情報漏洩のリスクを同時に検討する必要があります。業務専念義務違反とは別の問題として、早期に対策を講じることが重要です。
競合他社転職時に確認すべき事項
まず就業規則や雇用契約書に「競業避止義務」の条項があるかを確認してください。競業避止義務とは、退職後一定期間・一定地域において競合他社への就職や競業行為を禁止する定めです。ただし、この義務が有効とされるには合理的な範囲(期間・地域・業務内容の限定など)が必要で、無制限の禁止は公序良俗違反として無効になります。
情報管理の緊急対応
転職活動が疑われる社員が顧客情報・技術情報にアクセスできる立場にある場合は、権限の見直しや業務の引き継ぎ計画を検討してください。「辞められたら業務が崩壊する」という状況そのものが経営リスクです。この機会に情報へのアクセス権管理やドキュメント整備を見直すことを強くおすすめします。情報を持ち出した事実が確認できた場合は、不正競争防止法の問題として弁護士への相談が必要です。
自社の状況別・対応チェック
対応の優先順位は会社の状況によって異なります。まず自社の状況を確認してから動くことが、後のトラブルを防ぐ最善策です。
就業規則が古い・整備されていない場合
就業規則に業務専念義務・社内設備の私的使用禁止・懲戒事由が明確に記載されていない場合、処分の根拠が弱くなります。この場合は、まず口頭注意・書面警告の段階で対応しながら、並行して就業規則の整備を進めてください。整備されていない規則のまま懲戒処分に踏み切るのは非常にリスクが高く、弁護士や社会保険労務士への相談を先に行うことをおすすめします。
対象者が業務の要となっている場合
エンジニアや営業担当など、業務の属人性が高い社員が対象の場合、「辞められたら困る」という心理が判断を鈍らせます。しかし、ルール違反を放置すると他の社員への示しがつかず、組織全体の規律が緩む問題があります。この場合は、懲戒処分を検討する前に「業務引き継ぎの仕組みづくり」と「対話による関係改善」を並行して検討することが、経営上のリスク軽減につながります。
専任人事がいない会社での対応体制づくり
専任人事がいない場合、経営者や兼務担当者が一人で判断・対応することになります。このとき最も危ないのは「自己判断で強引に動いてしまうこと」です。面談・警告・懲戒のいずれの段階でも、記録を残すことと、外部専門家(社会保険労務士・弁護士)への相談を早期に行うことが、後のトラブルを防ぐ最善策です。
まとめ
業務時間中の転職活動は、「転職活動そのもの」ではなく「業務時間・会社設備を使った行為」が就業規則違反の対象になります。対応の鍵は、合法的な証拠収集・事実確認面談・口頭注意・書面警告・懲戒処分という段階を踏むことと、就業規則の整備状況を事前に確認することです。いずれの段階でも記録を残すことが、後の紛争リスクを下げます。
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