メンタル不調で退職希望の社員、引き止めの適切な進め方

メンタル不調で退職希望の社員、引き止めの適切な進め方 メンタルヘルス対応
Photo by Resume Genius on Pexels

「退職したい」と言い出したのが、メンタル不調で心が限界を迎えている社員だった——そんな状況に直面したとき、どう動けばいいのか迷う経営者・人事担当者は少なくありません。引き止めたら追い詰めてしまうのでは、でも辞められたら現場が回らない、退職届を受け取っていいのかどうかもわからない。この記事では、そうした二律背反の悩みを抱える方に向けて、法的リスクを避けながら本人の利益も守る「メンタル不調社員の退職対応」を実務目線で解説します。

「引き止め」と「退職妨害」は何が違うのか

引き止め自体は問題ではない

退職を申し出た社員を引き止めること自体は、法律上禁止されていません。問題になるのは、その「方法」です。本人の意思を尊重しながら選択肢を提示する行為は、むしろ会社が安全配慮義務(労働契約法第5条)を果たしている証拠にもなります。安全配慮義務とは、使用者が労働者の生命・身体・精神の安全に配慮しなければならないという法的義務のことです。

こんな言動はハラスメントになりうる

一方で、次のような対応はパワーハラスメントや退職妨害として問題視されるリスクがあります。「辞めたら損害賠償を請求する」「お前のせいでチームが崩壊する」といった感情的・脅迫的な発言、退職届を受け取った上で破棄・無視する行為、繰り返し呼び出して長時間にわたる説得を行うことなどが該当します。労働施策総合推進法(パワハラ防止法)では、優越的な関係を背景にした精神的苦痛を与える言動がパワハラと定義されており、中小企業でも2022年4月から対応義務が課されています。

「選択肢を提供する」姿勢が基本軸になる

適切な引き止めとは「辞めるな」と言うことではなく、「辞める以外の選択肢もある」と伝えることです。本人が十分な情報を持った上で判断できる環境を整える——これが会社として取るべきスタンスであり、メンタル不調時の退職対応が後のトラブル防止にもつながります。

退職の意思が「本物かどうか」を見極める視点

うつ状態では判断力が低下している可能性がある

うつ病などのメンタル不調が重い状態では、物事を悲観的・絶望的に捉えやすく、「もう何をしても無駄」という思考パターンに陥りやすくなります。この状態での「退職したい」という申し出は、症状による一時的な判断である可能性があります。民法の観点からも、意思能力が著しく低下している状態での意思表示は無効・取消の対象となりうると解されており(民法第3条の2)、退職届の安易な受理はメンタル不調時の判断リスクから会社を守れません。

「本当の気持ち」を確認するための面談のポイント

退職の申し出があった当日にすぐ判断するのではなく、まず「少し時間をとって話しましょう」と場を設けることが重要です。面談では「何が一番つらいですか」「今の状態がずっと続くと思いますか」のように、退職を決意した背景にある感情を丁寧に聞き出します。「仕事内容がつらい」のか「人間関係がつらい」のか「体調そのものが限界」なのかによって、取るべき対応が変わります。面談の内容は必ず記録しておきましょう。

即日受理しないことがリスク低減の第一歩

退職届を持参された場合も、その場で受理する必要はありません。「大切な話なので、まず少し休んでから改めて話し合いましょう」と伝え、冷却期間を設けることが実務上の標準対応です。具体的には1〜2週間の有給取得や自宅療養を勧め、体調が少し回復した状態で意思確認を行うと、本人にとっても会社にとっても後悔のない判断につながります。

休職制度への切り替えをどう提案するか

「義務的な制度案内」として提示する

メンタル不調による退職希望に対して「退職より先に休職を」という提案は、引き止めではなく「会社として制度を案内する義務がある」という文脈で行うのがポイントです。たとえば次のような言葉が使いやすいでしょう。「弊社には休職制度があり、最大〇ヶ月間、籍を置いたまま療養できます。退職は休職を使い切ってからでも遅くありません。まず制度を使ってみませんか」——このように、選択を強制しない形で選択肢を提示します。

休職制度がない会社はどうするか

中小企業の中には、就業規則に休職規程がないケースも少なくありません。その場合でも、「特別な配慮として一定期間の休養を認める」旨を書面で合意することは可能です。ただし規程がないまま運用すると後のトラブルの原因になるため、この機会に休職制度を整備することを強く推奨します。厚生労働省のモデル就業規則を参考に、業種・規模に合った規程を作成することが実務的なファーストステップです。

休職中の給与・社会保険についても伝える

本人が休職をためらう理由の一つに「給与がゼロになる不安」があります。健康保険の傷病手当金(標準報酬月額の約3分の2が最長1年6ヶ月支給される制度)について、会社側から積極的に案内することが大切です。「お金の心配があって踏み切れない」という状況を取り除くことで、休職を現実的な選択肢として本人が受け入れやすくなります。

産業医がいない中小企業が使える外部リソース

50人未満企業に産業医の選任義務はない

労働安全衛生法では、常時50人以上の労働者を使用する事業場に産業医の選任が義務づけられています。つまり20〜50名規模の企業の多くは、産業医を持たなくても法律違反にはなりません。しかし「産業医がいないから専門家に相談できない」というわけではなく、外部のリソースを活用することで対応は十分に可能です。

活用できる外部の専門機関

まず、EAP(従業員支援プログラム)と呼ばれる外部カウンセリングサービスがあります。社員が直接相談できる窓口を持つサービスで、中小企業でも比較的低コストで導入できるものが増えています。次に、地域の産業保健総合支援センター(都道府県に設置)では、50人未満の事業場向けに無料で産業医・産業保健スタッフの相談支援を行っています。また、社会保険労務士や人事コンサルタントがメンタル不調社員の休職対応の実務面でサポートすることも有効です。

本人が受診を拒否している場合の対処

「病院に行くほどではない」「薬を飲みたくない」と受診を拒否する社員も少なくありません。この場合、強制的に受診させることはできませんが、「会社として心配しているので、一度話を聞いてもらうだけでもどうか」と繰り返し伝えることが重要です。また、家族(本人の同意が得られる場合)に状況を共有することや、EAPの電話相談など敷居の低い入口を案内することも有効な手段です。

面談記録と対応履歴の整備がトラブルを防ぐ

記録がないと会社が守れない

メンタル不調による退職引き止めに関するトラブルは、後になって「あのとき無理やり引き止められた」「退職の意思を無視された」という形で表面化することがあります。このとき、会社が適切な対応を行っていたことを証明できるのは記録だけです。面談日時・参加者・話した内容・本人の発言・会社の対応——これらを都度メモし、ファイルとして保存する習慣をつけましょう。

記録すべき具体的な内容

面談記録に含めるべき項目として、少なくとも次の内容を押さえてください。面談の日時と場所、同席者の氏名、本人が述べた退職理由・不調の状況、会社から案内した制度や選択肢の内容、本人の返答と意思確認の結果、次のアクション(次回面談の日程など)です。可能であれば本人にも内容を確認してもらい、サインや押印をもらうとより確実です。

退職届の受理・保留も書面で残す

退職届を受け取った場合も、「受理を保留した」という事実を書面で記録することが重要です。「〇月〇日、退職届を受け取ったが、休職制度の案内を行った上で〇月〇日まで意思確認を保留する旨を本人に説明し、了承を得た」という形で記録しておけば、後から「なぜ受理しなかったのか」という問いに答える根拠になります。

退職届を受理すべきケースと受理を保留すべきケース

受理を保留すべきサイン

次のような状況では、退職届の即日受理を避け、医療機関への受診や休職への切り替えを優先すべきです。本人が強い希死念慮(死にたいという気持ち)や自傷行為を示している場合、日常会話が成立しないほど混乱している状態の場合、退職理由が「消えてしまいたい」「もう何もできない」という絶望感に基づいている場合——これらは緊急性が高く、まず医療の介入が必要です。

受理を検討すべきケース

一方で、次のような状況では本人の意思を尊重し、受理に向けた手続きを進めることが適切な場合もあります。医師から「就労困難」と診断が出ており、本人も十分に検討した上で退職を希望している場合、休職制度の案内を行った上でそれでも退職を選択している場合、十分な冷却期間を経ても意思が変わらない場合です。大切なのは「本人が十分な情報と時間を持って決断したか」を確認することです。

判断に迷ったら一人で抱え込まない

メンタル不調時の退職対応はケースバイケースで判断が難しく、経営者や兼務人事担当者が一人で判断を下すことにはリスクが伴います。社会保険労務士・産業保健の専門家・外部相談窓口を積極的に活用し、対応の記録とともに複数の視点で状況を判断することが、会社にとっても社員にとっても最善の結果につながります。

まとめ

メンタル不調で退職を申し出た社員への対応は、「引き止めるか・受理するか」という二択ではありません。まず退職届の即日受理を避けて冷却期間を設け、丁寧な面談を通じて本人の真意と状態を確認すること。次に休職制度や傷病手当金といった選択肢を「制度案内」として提示すること。そして面談記録を残し、対応の適切さを証明できる状態を整えること——この流れが、会社と社員の双方を守る対応の基本軸です。

ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の経営者・兼務人事担当者を対象に、メンタル不調社員への面談設計・休職規程の整備・外部専門家との橋渡しまでを一貫してサポートしています。対応に迷われたときは、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. メンタル不調の社員から退職届が出た場合、その日のうちに受理してはいけませんか?

A. 即日受理は避けることをお勧めします。重度のメンタル不調状態では判断力が低下していることがあり、「退職したい」という意思表示が症状による一時的なものである可能性があります。「まず少し休んでから改めて話しましょう」と伝え、1〜2週間の冷却期間を設けることが実務上のリスク低減につながります。

Q. 引き止めを行うと、パワーハラスメントになるリスクがありますか?

A. 引き止め自体がハラスメントになるわけではありません。問題になるのは方法です。脅迫的な発言・長時間の説得・退職届の破棄などはパワハラや退職妨害とみなされるリスクがあります。「休職という選択肢がある」という情報を穏やかに提示する形であれば、会社として適切な対応として評価されます。

Q. 就業規則に休職制度がない場合、どうすればいいですか?

A. 規程がない場合でも、個別の合意書として「一定期間の療養を認める」旨を書面で取り交わすことは可能です。ただし規程なしの運用は後のトラブル原因になるため、この機会に休職規程を整備することを強くお勧めします。厚生労働省のモデル就業規則や専門家のサポートを活用すると比較的スムーズに整備できます。

Q. 社内に産業医がいません。専門家への相談はどうすればいいですか?

A. 従業員50人未満の企業には産業医の選任義務はありませんが、都道府県に設置されている産業保健総合支援センターでは無料で相談支援を受けることができます。また、EAP(従業員支援プログラム)と呼ばれる外部カウンセリングサービスを導入することで、社員が直接専門家に相談できる環境を整えることも可能です。

Q. 面談記録はどの程度詳しく残せばよいですか?

A. 最低限、面談の日時・場所・参加者、本人が述べた退職理由や不調の状況、会社から案内した制度の内容、本人の返答と意思確認の結果、次のアクション内容を記録してください。可能であれば本人に内容を確認してもらいサインをもらうと、後のトラブル時に会社側の対応が適切だったことを証明する証拠として機能します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。精神科・心療内科の産業医が初動からサポート | ウェルセンス

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

タイトルとURLをコピーしました