「弁護士から書面が届いた。今すぐどう動けばいいのか、誰に聞けばいいのかもわからない——」
専任の人事担当者がいない中小企業で、こうした事態は突然やってきます。メンタル不調で休職中の社員が弁護士をつけてきた瞬間、多くの経営者・兼務人事担当者は頭が真っ白になります。「記録を残していなかった」「本人に連絡してしまった」「懲戒を検討してしまった」——最初の数日間の判断ミスが、後の交渉や訴訟の結果に大きく影響します。
この記事では、弁護士介入直後にとるべき初期対応を5つの柱に整理して解説します。実務的な手順と法的根拠を合わせてお伝えしますので、今まさにメンタル不調で社員が弁護士をつけてきた対応に困られている方はぜひ最後まで読み進めてください。
代理人就任通知が届いた瞬間にすること
弁護士から「代理人就任通知」が届いた時点で、対応の窓口と優先順位は大きく変わります。まず最初にすべきことは「本人への直接連絡を止める」こと、そして「自社の弁護士を即座に探して連絡する」ことです。
本人への直接連絡を即座に止める
代理人就任通知が届いた以降、社員本人に直接電話・メール・チャットで連絡することは原則として避けなければなりません。これは法律で明文的に禁止されているわけではありませんが、実務上は「使用者による圧力・干渉」と評価されるリスクがあります。
後の交渉や訴訟で「会社が弁護士介入後も本人に連絡してきた」という事実は、会社側の誠実さへの疑念につながります。「体の具合を心配して」という気持ちがあっても、連絡はすべて代理人弁護士を通じて行うのが鉄則です。
社内関係者への情報統制を徹底する
社員本人と親しい上司・同僚が「どうしたの?」と連絡を入れてしまうケースがあります。善意であっても、こうした接触が後に「会社の組織的な働きかけ」として問題視される場合があります。
代理人就任通知が届いた直後に、関係する管理職・担当者に対して「本人との連絡は一切禁止」と口頭ではなくメール等の記録に残る形で指示を出してください。誰に・いつ・何を指示したかが後の判断材料になります。
労務専門の弁護士を探して即座に連絡する
労働問題を扱う弁護士にすぐ連絡することが最優先ですが、顧問弁護士がいない会社も少なくありません。その場合、以下の対応を検討してください。
付き合いのある社労士を通じた紹介
まず付き合いのある社労士に「労務紛争に強い弁護士の紹介」を依頼するのが現実的です。社労士は労務相談の専門家ですが、弁護士代理交渉は業務範囲外のため、代理交渉を社労士に任せることはできません。弁護士への橋渡し役として活用しましょう。
都道府県弁護士会の相談窓口
弁護士費用の相談窓口として、都道府県弁護士会の「労働問題法律相談」も初動として活用できます。比較的低額で初期相談が可能な場合が多いため、紹介を受ける時間がない場合は直接問い合わせることもお勧めします。
記録の整備——今からでも意味がある理由
「記録を残していなかったから、もう手遅れだ」と思っていませんか。弁護士介入後でも、記録整備を始めることには明確な意味があります。ただし、やり方を間違えると逆効果になります。
「今後の記録」と「過去の再現メモ」は別物として扱う
今後起きることについては、日時・内容・判断理由を都度記録していくのが基本です。一方、これまでの対応(面談した、注意指導した、休職命令を出したなど)については、記憶に基づいて文書化する「再現メモ」が有効です。
重要なのは、「作成日付を正直に明記する」こと。「〇年〇月〇日の記憶に基づき、〇年〇月〇日に作成」と書いた上での文書化は証拠価値があります。
絶対にやってはいけないこと:日付を遡らせた文書の作成
虚偽記録として会社の信用を根本から損なう行為であり、訴訟において会社側に決定的に不利な状況を生み出します。この行為は発覚した場合、裁判所の心証を著しく悪化させるため、絶対に避けてください。
収集・保全すべき書類の種類
以下を早急に集めて一元管理してください。メールやチャットのログは削除されると復元が困難になる場合があるため、早期にエクスポート・印刷等で保全することを優先します。
- 勤怠記録(出退勤・残業・欠勤の履歴)
- 給与・賃金台帳
- 業務上のメール・チャット履歴
- 休職命令書・診断書・業務指示書
- 面談記録・注意指導書(口頭のみの場合は再現メモを作成)
- 就業規則・休職規定・ハラスメント相談対応規定
就業規則の休職規定を今すぐ確認する
休職命令の適法性は、就業規則の休職規定に根拠があるかどうかで大きく変わります。規定が存在しない、あるいは「休職できる」とだけ書かれていて期間・条件・復職手続きが曖昧な場合、休職命令の発令自体や復職拒否の判断が争点化しやすくなります。
規定の不備が今回の紛争以前から存在していた場合、それ自体は今から修正できますが、「修正後の規定」を遡及適用することはできません。現状の規定で何が根拠になるかを、弁護士と一緒に確認してください。
弁護士からの書面への返答——やってはいけないこと
代理人弁護士からの書面に対して、感情的に・または急いで返答することは禁物です。返答は必ず自社の弁護士を通じて行い、期限については延長を求めることも正当な対応です。
直接返答・無視はどちらもリスクがある
「弁護士からの書面に自社で返答する」のは、専門的な法律判断を要する場面で素人対応を行うことになり、不用意な認否や言質を与えるリスクがあります。一方、「無視する」のも不誠実な対応として後の交渉を不利にします。
書面が届いたら、まず「弁護士と相談の上、追って回答します」と一言伝えるだけで問題ありません。期限が設定されている場合、正当な理由(弁護士手配中など)があれば期限の延長を求めることも認められるケースがほとんどです。
安全配慮義務と法的リスクを把握しておく
メンタル不調の背景に業務上の過重労働やハラスメントがあった場合、労働契約法第5条が定める「安全配慮義務」違反として損害賠償請求の根拠になりえます。弁護士からの書面にどのような請求が含まれているかによって、会社側の法的リスクの大きさが異なります。
書面の内容を自社弁護士に見せ、請求の根拠・会社側の反論可能性・リスクの程度を早期に把握することが、対応方針の判断軸になります。
懲戒・解雇を「急がない」という判断
弁護士をつけてきた社員に対して、感情的に「懲戒・解雇」に動くことは、損害賠償リスクを最も高める行動パターンです。法的には、メンタル不調を理由とした解雇には高いハードルがあります。
解雇権濫用法理が厳しく適用される場面
労働契約法第16条は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合」の解雇を無効とします。メンタル不調を理由とした解雇は、この基準が厳しく問われる典型例です。
弁護士介入後に解雇を行った場合、「弁護士をつけたことへの報復」と評価され、不当解雇として損害賠償・地位確認請求の対象になるリスクが高まります。「休職期間満了による自動退職」も、規定の内容・手続きの適正さが争点になるため、弁護士判断なしに進めてはいけません。
感情的判断を防ぐための社内決裁ルールを作る
専任人事のいない企業では、経営者一人が感情的な状態で重大な人事決定を行ってしまうことがあります。弁護士介入中の懲戒・解雇・休職延長・降格などの人事処分については、必ず自社弁護士の確認を経てから実行するという社内ルールを、この機会に明文化しておくことを推奨します。
「弁護士確認前の人事処分禁止」というルールが経営者自身を守ることになります。
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状況別の初期対応チェック
会社の規模や体制によって、優先すべき対応は異なります。以下の表を自社の状況と照らし合わせて、今すぐ取り組むべきことを確認してください。
| 会社の状況 | 特に優先すべき初期対応 | 注意すべきリスク |
|---|---|---|
| 顧問弁護士なし・社労士あり | 社労士経由で労務専門弁護士を紹介してもらう。社労士には情報共有しつつ交渉は弁護士に一本化 | 社労士に代理交渉を任せてしまうこと(業務範囲外) |
| 顧問弁護士あり(労務専門でない) | 顧問弁護士に状況を伝えつつ、労働問題専門弁護士への相談も検討する | 専門外の弁護士の見立てだけで対応方針を決めてしまうこと |
| 就業規則に休職規定が不明確 | 現状の規定で何が根拠になるかを弁護士と確認。規定の改訂は今後の対策として進める | 改訂後の規定を今回の紛争に遡及適用しようとすること |
| 産業医・相談窓口が未整備 | 現状の体制での対応方針を弁護士と整理。社員の健康状態確認は主治医を通じて行う | 「産業医がいないから情報が取れない」と放置すること |
産業医・就業規則が整備されている場合の動き方
産業医が選任されており、就業規則に休職・復職の規定が整備されている場合は、これらを根拠とした対応が可能です。ただし、弁護士介入後は産業医面談の設定・復職判定の進め方についても、弁護士の意見を踏まえながら進めることが重要です。
「就業規則通りにやっただけ」であっても、手続きの瑕疵が問われるケースがあります。弁護士の判断を経た上で、各ステップを進めるようにしてください。
記録・体制が何もない場合の現実的な最初の一歩
「就業規則もない、記録もない、弁護士も知らない」という状況で代理人就任通知が届いた場合、最初の一歩は「今日から記録をつけ始めること」と「弁護士を探すこと」の二つだけです。
完璧な準備ができていなくても、誠実に対応を始めることが後の交渉において会社の立場を守ります。焦って動いた初期対応のミスが取り返しのつかない状況を作ることの方が、よほどリスクが高いと認識してください。
まとめ
社員が弁護士をつけてきたとき、メンタル不調の対応と法的対応を並行して進める必要があります。最初の数日間の行動が後の交渉・訴訟の結果を大きく左右するため、慎重な初期対応が重要です。
まず最初に本人への直接連絡を止め、次に自社の労務専門弁護士を探して連絡する。社内関係者への情報統制を徹底し、関連書類を収集・保全する。弁護士からの書面への返答は必ず自社弁護士を通じ、感情的な懲戒・解雇判断は絶対に急がない——この5つの柱が、初期対応の全体像です。
ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・兼務人事担当者を対象に、メンタル不調対応・休職復職支援・人事労務の課題解決をサポートしています。「弁護士が来る前に体制を整えたい」「すでに紛争状態になっているがどう動けばいいかわからない」という段階でも、まずは現状の整理からお手伝いできます。今回の記事の内容について質問がある、または自社の状況について相談したいということであれば、お気軽にご相談ください。
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