「うちの従業員が逮捕されたらしい」——そんな情報が、取引先からの電話や社内の噂で突然入ってきたとき、どう動けばいいか、頭が真っ白になる経営者・人事担当者は少なくありません。「本人に直接聞いていいのか」「プライバシー侵害にならないか」「就業規則に根拠がなければ何もできないのか」。専任人事がいない中小企業では、こうした問いに即答できる人がいないまま時間だけが過ぎてしまいがちです。この記事では、業務外犯罪を把握した際に会社として適法に本人確認を進める方法と、その後の対応の考え方を実務的に整理します。
本人に「知っている」と伝えて確認することはできるか
結論からいえば、適切な目的と手続きを踏んだうえであれば、本人に確認を求めること自体は適法です。ただし「問い詰める」のではなく「ヒアリング面談」という形式をとることが重要です。
プライバシー侵害になるかどうかの分かれ目
使用者(会社)は、労務管理上の必要性がある場合、従業員に対して一定の調査・確認を行う権限を持っています。一方で、業務と無関係な私生活への過度な介入は不法行為(民法709条)となりえます。判断の軸になるのは「目的・手段・範囲の相当性」です。たとえば、本人の行為が職場の秩序や会社の信頼に影響を与える可能性があると合理的に判断できる状況であれば、事実確認のための面談を設定することは許容されます。逆に、業務とまったく関係のない私生活上の行為について、根拠もなく詮索するような質問を繰り返せば、プライバシー侵害やパワハラと評価されるリスクがあります。
「ヒアリング面談」として設定することの重要性
確認を行う際は、「事実確認のためのヒアリング面談」という形式を明確にしてください。面談の目的・日時・参加者(できれば2名以上)・やり取りの概要を書面で記録に残すことが、後の対応の根拠になります。「呼び出して責め立てる」ではなく「会社として確認すべき事項について話を聞かせてほしい」という姿勢を保つことで、適正手続きの一環として位置づけることができます。また、面談の場では「あなたが犯罪をしたと決めつけているわけではない」という前置きを明確に伝えることも大切です。
情報源を本人に明かすかどうか
情報源(第三者・社内の噂など)を本人に明かすかどうかは、慎重に判断してください。情報提供者が特定されることで、その人物が不利益を受けたり、社内に新たなトラブルが生じたりするリスクがあります。「会社として認識するに至った事実がある」という表現に留め、情報源の詳細は伝えない対応が実務上は無難です。なお、第三者から提供された情報を他の従業員に共有することは、場合によっては名誉毀損やプライバシー侵害に当たることもあるため、情報は「必要な人だけ」に絞って管理してください。
業務外の犯罪でも懲戒できるのか
業務外の犯罪だからといって懲戒が自動的に不可能なわけではありませんが、懲戒するには「業務との具体的な関連性」を個別に判断する必要があります。
判例が示す「関連性」の考え方
最高裁判例(昭和49年3月15日・日本鋼管事件)は、業務外の行為に対する懲戒について「企業の社会的評価を著しく毀損する」「職場の秩序に実害をもたらす」といった業務との具体的な関連性が必要と判示しています。つまり、業務外犯罪に対して懲戒処分を下せるかどうかは、犯罪の性質・従業員の職種・役職・会社規模・業種などを総合的に考慮して判断しなければなりません。
下の表は、関連性が認められやすいケースと認められにくいケースの目安です。
| 関連性が認められやすいケース | 関連性が認められにくいケース |
|---|---|
| 顧客・取引先への詐欺・横領など、業務に直結する犯罪 | 業務と無関係の軽微な交通違反(スピード違反等) |
| 役職者・管理職による重大な不祥事(会社の信頼を直接損なう) | 業務と無関係で会社名が一切報道されていない事案 |
| 会社名・所属が報道されており、社会的評価への影響が明らか | 逮捕・起訴前の段階で事実が確認されていない情報のみ |
| 職務の特性上、信用・誠実さが特に求められる職種(経理・医療・教育等)での犯罪 | 業務外で起きた事案で職場への影響が具体的に生じていない |
処分を行うために必要な手続き
懲戒処分を有効に行うには、就業規則に根拠規定があること、そして本人に弁明の機会を与えることの両方が必要です(労働契約法第15条・就業規則の合理的根拠)。弁明機会なしに処分を下すと、後に処分の有効性が争われるリスクが高まります。「本人が否認した=処分できない」ではなく、弁明の機会を与えたうえで会社として判断を下すというプロセスを踏むことが重要です。
逮捕・起訴前の段階での対応
報道がない段階、あるいは逮捕・起訴前の段階では、情報の信頼性が低いことがほとんどです。この時点で懲戒処分を急ぐことは、後に事実でなかった場合の不当処分リスクを大きくします。まずは「自宅待機命令」や「就業制限」など、処分より軽い措置で職場への影響を最小限に抑えながら事実確認を進める方法が現実的です。なお、自宅待機を命じる場合は原則として賃金を支払う必要がある点にも注意してください。
就業規則に規定がなければ動けないのか
就業規則に業務外犯罪に関する規定がない場合、懲戒処分の根拠が弱くなります。ただし、今すぐ整備を始めることと、現状で取れる対応を並行して進めることが大切です。
「会社の名誉を傷つける行為」だけでは不十分な理由
多くの中小企業の就業規則には「会社の名誉・信用を傷つける行為を禁じる」という抽象的な規定があります。この文言だけでは、個別事案に対して懲戒の根拠として使えるか不明確です。懲戒事由の規定は、労働者にとってどのような行為が処分対象になるかを予測できるほど具体的であることが求められます。「業務外における重大な犯罪行為であって、会社の社会的評価を著しく低下させるもの」といった形で、業務外犯罪を対象に含むことを明記することが必要です。
就業規則に盛り込むべき主な事項
- 業務外の行為が懲戒対象となりうる旨の明記
- 懲戒処分の種類と程度(戒告・減給・出勤停止・懲戒解雇等)の規定
- 懲戒手続きの流れ(調査・ヒアリング・弁明機会・決定・通知)
- 就業停止・自宅待機命令に関する規定と賃金の取り扱い
- 個人情報・要配慮個人情報の取り扱いに関する規定
規定がない今の状態でできること
就業規則の整備は今すぐ始めるとして、現時点で取れる対応は「事実確認のためのヒアリング面談の実施」と「記録の作成・保管」です。処分は就業規則整備後に行い、今は情報管理と事実確認に集中するという判断が現実的です。なお、就業規則の変更・新設は労働基準監督署への届出が必要(常時10人以上の労働者を使用する場合)なため、早めに着手してください。
こうした判断が必要な局面で「ひとりでは判断できない」と感じたら、人事の専門家に相談することで、会社のリスクを減らすことができます。
犯罪歴・逮捕歴の情報管理で押さえるべきポイント
犯罪歴・逮捕歴は「要配慮個人情報」に該当し、通常の個人情報より厳格な扱いが求められます。情報の取得・共有・管理を誤ると、会社側が新たなリスクを抱えることになります。
要配慮個人情報としての取り扱い
個人情報保護法第2条第3項により、犯罪歴・逮捕歴は要配慮個人情報に該当する可能性が高く、取得・利用・第三者提供には通常より厳格な規律が適用されます。原則として本人の同意なしに取得することは制限されており、労務管理上の必要性があっても、その必要性を超えた情報収集は許容されません。社内で情報を共有する際も、管理職や他の従業員に伝えることは「第三者提供」に当たる場合があります。
情報共有の範囲を「必要最小限」に絞る
情報を知る必要があるのは、直属の上司・人事担当者・経営者など、対応に直接関わる人に限定してください。他の従業員への周知や噂の拡散を防ぐことは、名誉毀損・プライバシー侵害リスクの回避だけでなく、職場環境を守るうえでも重要です。「知っている人を最小限にする」という方針を対応の最初の段階で明確に決めておくことが、情報管理の失敗を防ぎます。
「何もしなかった」場合の責任リスク
被害者が取引先・顧客など社外にいる事案(詐欺・横領・ハラスメント等)で、会社が把握しながら何も対応しなかった場合、法的・道義的な責任を問われる可能性があります。「知らなかった」であれば責任を問われにくいですが、「知っていたが放置した」という事実は安全配慮義務や使用者責任(民法715条)の文脈で問題になりえます。把握した時点で記録を作成し、事実確認のアクションを起こしておくことが、会社を守ることにもつながります。
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本人が否認・黙秘した場合の次の手
本人が事実を否定した場合でも、懲戒手続きが完全に止まるわけではありません。弁明機会を与えたという事実そのものが、適正手続きの証拠になります。
否認・黙秘に直面したときの考え方
「本人が否定した=証拠がない=何もできない」という思い込みは正確ではありません。重要なのは、会社として合理的な調査を尽くしたかどうかです。公的な記録(逮捕・起訴・判決の有無)、報道内容、第三者の証言など、信頼性の高い情報を整理し、それをもとに判断を下すことが求められます。本人の自認がなくても、客観的な証拠が一定程度そろっていれば懲戒手続きを進めることは可能です。
「事実確認中」の状態を適切に維持する
本人が否認した段階で処分を急ぐのではなく、「事実確認中」として就業制限・自宅待機の状態を維持しながら情報収集を続けることが現実的な対応です。裁判の進捗や新たな情報が出てきた段階で、改めて弁明の機会を与えたうえで判断を行うというプロセスが、後の紛争リスクを下げます。この間も記録を継続して残しておくことが重要です。
重要: 事実確認中のプロセスを記録に残し、後で説明できる状態にしておくことが、会社を守る最大の防線です。判断に迷う場合は、早期に専門家に相談することをお勧めします。
まとめ
業務外犯罪を把握した際に本人へ確認すること自体は、適切な目的と手続きを踏めば適法です。大切なのは、一方的な問い詰めではなく「ヒアリング面談」という形式をとり、記録を残すこと。懲戒処分を下すには就業規則の根拠規定と弁明機会の付与が必要であり、規定が不十分な場合は整備を急ぎつつ、今できる事実確認と情報管理を丁寧に進めることが求められます。犯罪歴・逮捕歴は要配慮個人情報として厳格に扱い、情報共有の範囲は必要最小限に絞る。本人が否認した場合でも、合理的な調査を尽くしたうえで判断を下すプロセスを踏むことが重要です。
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よくある質問
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