「面接では何も言っていなかったのに、入社後にメンタルヘルスの配慮が必要だとわかった——どう対応すればいいのか」。そう頭を抱える経営者・人事担当者は少なくありません。不申告への戸惑いや怒りを感じながらも、会社として何をすべきかわからず、対応が宙に浮いたまま時間だけが過ぎていく。その間にも従業員の状態は変化し、法的なリスクは静かに積み上がっていきます。この記事では、入社後にメンタルヘルス配慮の必要性が判明したときに会社がとるべき対応を、法的根拠と実務手順に沿って整理します。
申告がなくても会社の対応義務は発生する
採用面接での不申告があったとしても、会社の安全配慮義務はその事実を知った時点から発生します。まずこの前提を押さえておくことが、その後の対応判断のすべての土台になります。
安全配慮義務は申告の有無を問わない
労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体等の安全を確保しながら労働させる義務(安全配慮義務)を負うと定めています。この義務は、採用前に従業員がどんな申告をしたか・しなかったかに関わらず適用されます。つまり「言わなかった本人が悪い」という判断で会社側の対応を後回しにすることは、法的に許容されません。発覚後に適切な初動対応をとらず、従業員の状態が悪化した場合、「知っていたのに対応しなかった」として会社の責任を問われるリスクが生じます。
不申告を理由にした解雇は原則として困難
「面接で病歴を隠していた」という事実だけで解雇・内定取消を行うことは、原則として認められません。採用面接における申告義務の範囲は、業務遂行能力に直接関係する事項に限られる傾向があり、精神疾患の既往歴そのものを開示する義務は限定的です。解雇が有効と判断されるには「業務遂行能力に重大な支障がある事実を意図的に隠したこと」の立証が必要であり、そのハードルは高いと考えておくべきです。不申告の事実は記録として残しつつも、それを根拠に対応を止めたり急いで雇用関係を終わらせようとすることは避けてください。
2024年改正で「合理的配慮」は義務化された
2024年4月施行の障害者差別解消法改正により、民間事業者における合理的配慮の提供が努力義務から法的義務へと格上げされました。この改正は事業規模を問わず適用されます。20〜50名規模の企業であっても例外はありません。「合理的配慮」とは、障害のある従業員が他の従業員と等しく働ける環境を整えるために、過重な負担にならない範囲で必要な変更・調整を行うことを指します。
発覚後すぐにとるべき初動対応
メンタルヘルス配慮の必要性が判明したら、まず「状況の正確な把握」と「記録の開始」を同時に進めることが重要です。感情的な判断や即断を避け、情報収集を優先してください。
本人との面談で状況を確認する
最初に行うべきは、本人と個別に話す機会を設けることです。ポイントは「責める場ではなく、状況を把握する場」として設定することです。確認すべき事項は、現在の体調・業務への支障の有無・通院状況・主治医の診断内容・本人が希望する配慮の内容などです。この面談の内容は必ず記録に残してください。後のトラブル防止のために「誰が・いつ・何を話したか」の記録が重要な証拠になります。
診断書の提出を求める
本人の申告だけでなく、主治医による診断書の提出を求めてください。口頭での「大丈夫です」という本人の言葉と、診断書に記載された「業務軽減が必要」という医師の見解が食い違うケースは珍しくありません。その場合は、診断書の内容を優先して会社側の対応を組み立てることが安全です。産業医が選任されている場合(常時50人以上の事業場では選任義務があります)は産業医に状況を共有し、就業判定の意見を求めてください。産業医がいない規模の企業は、地域の産業保健総合支援センターや、外部の産業保健サービスを活用する方法があります。
対応の記録を継続的に残す
初動対応の段階から、面談記録・診断書のコピー・会社が取った措置の記録を一元的に管理してください。「いつ・何を・なぜ・どのように判断したか」が後から追える状態を作ることが、万一のトラブル発生時に会社を守ることになります。記録は人事担当者(兼務の場合は経営者)が管理し、関係者以外がアクセスできない形で保管してください。
就業条件の変更はどこまで認められるか
業務内容や勤務時間の変更は「合理的配慮」の一環として行うことが可能ですが、一方的な不利益変更とならないよう、手順と同意の取り方に注意が必要です。
変更できる内容と注意点
合理的配慮として認められる就業条件の変更例としては、業務量の一時的な軽減、勤務時間の短縮、在宅勤務の一部導入、ストレスになる特定業務からの一時的な外れ、などが挙げられます。これらは本人の同意を得たうえで、期間・内容を文書で明確にしながら進めることが基本です。ただし、こうした変更に伴って賃金を下げる場合は、労働契約法第9条・第10条が定める「就業規則による労働条件の不利益変更」の問題が生じます。不利益変更には合理的な理由と従業員への適切な説明・同意が必要であり、一方的な賃金引き下げは原則として無効です。
配置転換を検討する場合
配置転換は、就業規則や労働契約に配置転換に関する条項が明記されていることが前提です。小規模企業では部署の選択肢が少なく、現実的な配置転換が難しいことも多いですが、職種・担当業務の変更という形で対応できる場合もあります。いずれにしても本人の状態・意向を確認したうえで、強制的ではなく合意形成のプロセスを踏むことが重要です。
就業規則に規定がない場合の対処
休職・復職・就業制限に関する規定が就業規則に整備されていない企業(または精神疾患を想定していない規定しかない企業)では、個別の合意書で対応することになります。ただし個別合意は後のトラブルリスクが高く、「言った・言わない」の問題が生じやすいため、書面で残すことを徹底してください。また、この機会に就業規則の整備・見直しを検討することを強く推奨します。
合理的配慮の具体例と過重な負担の判断基準
合理的配慮は「できる限り何でもすること」ではありません。「過重な負担にならない範囲」という条件があり、会社の規模・体制・業務内容によって提供できる配慮の範囲は異なります。
中小企業で実施しやすい配慮の例
| 配慮の種類 | 具体的な対応例 |
|---|---|
| 業務負担の調整 | 締め切りの調整、担当業務量の一時的な軽減 |
| 勤務形態の変更 | 短時間勤務、始業・終業時刻の調整 |
| 環境の整備 | 静かな作業場所の確保、休憩取得の柔軟化 |
| コミュニケーション | 口頭指示を文書化、定期的な状態確認面談の設定 |
| 通院への配慮 | 通院日の勤務調整(有給使用または特別休暇) |
過重な負担の判断基準
合理的配慮の提供が「過重な負担」にあたるかどうかは、事業の規模・財務状況・他の従業員への影響・業務遂行上の支障の程度などを総合的に判断します。たとえば、5人規模の企業で1人の業務を全面的に他のメンバーが引き受けなければならない状態が長期化するような配慮は「過重な負担」と判断される余地があります。重要なのは「検討した事実」を残すことです。「なぜその配慮を実施したか・実施しなかったか」を記録しておくことが、後の判断根拠になります。
周囲への開示範囲をどう決めるか
当該従業員の状況をチームや上司にどこまで開示するかは、プライバシーへの配慮と業務上の必要性のバランスで判断します。原則は「本人の同意を得てから、必要な範囲の人に、必要な情報だけを伝える」です。病名や診断名を共有する必要はなく、「体調管理上の理由で業務量を調整している」という説明で済む場合が多いです。本人と「何を・誰に・どう伝えるか」を事前に確認し、合意した内容を記録してください。
障害者雇用への切り替えを検討する場合の手順
従業員が精神障害者保健福祉手帳を取得した場合、障害者雇用枠への切り替えが選択肢になりますが、これは会社が一方的に行うものではなく、本人の同意と新たな雇用条件の合意が前提です。
障害者雇用への切り替えに必要なこと
一般雇用から障害者雇用枠への変更は、法的義務ではありません。本人が手帳を取得したからといって、会社側が自動的に雇用区分を変えることはできません。切り替えるには、本人の同意・新たな雇用条件(業務内容・賃金・勤務時間など)の合意・労働契約の変更手続きが必要です。また、手帳の取得・提示は本人の選択であり、会社が強制的に取得を求めることはできません。
雇用率算定と会社へのメリット・デメリット
精神障害者保健福祉手帳を持つ従業員は、障害者雇用率の算定対象(週所定労働時間によって1カウントまたは0.5カウント)になります。常時雇用する労働者が43.5人以上の事業主には法定雇用率(2024年4月時点で2.5%)の達成義務があります。20〜50名規模の企業では、このラインを超えるかどうかで対応が変わります。雇用率算定のメリット(雇用率の達成・納付金の回避)がある一方で、障害者雇用に対応した就業条件・環境整備のコストも発生します。どちらが自社にとって適切かは、個別の状況に応じて判断が必要です。
切り替えを急がず、まず現行雇用での配慮を継続する
手帳取得のタイミングや本人の意向によっては、一般雇用のまま合理的配慮を提供し続けることが最善の場合もあります。障害者雇用への切り替えを急ぐ必要はなく、「本人にとって何が働きやすい環境か」を軸に、本人・会社の双方が納得できる形を探ることが重要です。
🔗 社員のメンタル不調に、精神科・心療内科医によるスポット産業医サービス →
雇用継続が難しいと感じたときの判断軸
配慮を尽くしても業務遂行が困難な状態が続く場合、雇用継続の可否を検討する必要が生じることもあります。ただし、この判断には慎重なプロセスが求められます。
「配慮を尽くした」と言えるための条件
雇用継続が難しいと判断する前に、会社として「合理的配慮を提供したが、それでも業務遂行が困難である」という事実を積み上げておく必要があります。具体的には、配慮内容の記録・主治医や産業医の意見書・本人との面談記録・業務調整の経緯などが揃っていることが前提です。これらの記録なしに「能力不足」や「業務遂行困難」を理由とした解雇に進むことは、不当解雇として争われるリスクが高まります。
休職制度の活用を先に検討する
雇用終了を検討する前に、就業規則に休職規定がある場合は休職制度を活用してください。休職期間中に治療・回復に専念してもらい、復職可否を改めて判断するプロセスをとることで、会社としての誠実な対応を記録に残すことができます。就業規則に休職規定がない場合は、個別合意での休職対応(休職期間・復職条件・期間満了時の扱いを書面で合意)を検討してください。
専門家への相談を早めに行う
雇用継続の困難さを感じた段階で、社会保険労務士や弁護士など労務の専門家に相談することを強く推奨します。「対応が正しかったかどうか」は、後から振り返るよりも、判断する前に確認する方がリスクを大幅に下げられます。専門家への相談は「困ってから」ではなく「迷い始めた段階」で行うことが、結果的に時間もコストも節約につながります。
🔗 人事だけで抱えない。メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談 →
まとめ
入社後にメンタルヘルス配慮の必要性が判明したとき、会社がとるべき基本姿勢は「申告の有無に関わらず、安全配慮義務を果たすこと」です。まず状況を正確に把握し、診断書を取得し、本人と合意しながら合理的配慮を提供する。就業条件の変更や障害者雇用への切り替えは、いずれも本人の同意と適切な手続きが前提です。雇用継続の可否を判断する場面では、配慮の記録と専門家への相談が不可欠になります。
対応に迷ったとき、「何から手をつければいいかわからない」と感じたとき、ウェルセンス株式会社ではメンタルヘルス対応・休職復職支援・人事労務の課題について、中小企業の実情に合わせた具体的なサポートを提供しています。一人で抱え込まず、まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


