採用時健康診断を不採用判断に使う際の正しい進め方

採用時健康診断を不採用判断に使う際の正しい進め方 メンタルヘルス対応
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「健康診断の結果を見て、採用を見送ろうか迷っている」——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こうした相談が後を絶ちません。メンタル不調の既往歴が書かれた問診票を前に、「採用してトラブルになったら困る」と感じるのは、経営者として自然な判断です。しかし、健康診断の結果を採否判断に使う際には、明確な法的ルールがあります。正しく理解せずに運用すると、後から行政や裁判所から問題を指摘されるリスクがあります。この記事では、採用時健康診断の正しい位置づけ・実施タイミング・採否判断の限界と例外・安全配慮義務の範囲について、実務に即して整理します。

採用時健康診断の法的な位置づけを正確に理解する

採用時健康診断は、採否を判定するためのツールではなく、雇用後に適切な就業上の配慮をするための情報収集が本来の目的です。この前提を誤解したまま運用すると、法的なリスクを抱えることになります。

雇入れ時健康診断とは何か

労働安全衛生法第66条第1項は、事業者が「常時使用する労働者を雇い入れる際」に、医師による健康診断を実施することを義務付けています。これを「雇入れ時健康診断」と呼びます。ここで重要なのは、「雇い入れる際」という文言です。すでに雇用関係が成立していること、あるいは成立することを前提とした健康確認であり、採用するかどうかを決める選考ツールとして位置付けられていません。

健康診断の目的は就業上の配慮にある

この健康診断で把握した情報は、時間外労働の制限・配置転換・業務負荷の調整など、入社後の安全配慮措置に活かすことが本来の使途です。厚生労働省の「公正な採用選考の基本」でも、応募者の健康情報の収集・利用は業務上必要な範囲に限定するよう求めています。「健康診断=選考の道具」という認識を持っている場合は、まずここを修正することが必要です。

専任人事がいない企業ほど誤解が生まれやすい

専任の人事担当者がいる大企業では、こうした法的区分を社内弁護士や社労士がチェックする仕組みがあります。しかし、兼務人事が多い20〜50名規模の企業では、「健診をやれば何かわかる」という感覚で実施しているケースが少なくありません。実務上の工数や費用を考えると、健診をどの目的で実施しているかを明確にするだけでも、リスクを大きく下げることができます。

実施タイミングによって法的意味合いが変わる

採用時健康診断をいつ実施するかによって、その結果をどう扱えるかの法的な評価が異なります。「内定前にやる」「内定後にやる」では、リスクの質がまったく違います。

タイミングごとの整理

実施タイミング 法的評価・注意点
書類選考・面接前(選考初期) 不適切。収集目的に合理性がなく、採否への影響も問題になりやすい
内定前 原則不適切。結果を理由に内定を出さないことへの法的正当化が難しい
内定後・入社前 実務上よく使われるが、内定取消しには厳格な要件が必要(下記参照)
入社後(雇入れ時) 法的に最も適切。就業上の配慮措置に活用できる

内定後に健診を実施して内定取消しをする場合の注意点

内定後に健診を実施し、その結果を理由に内定を取り消すケースがあります。しかし、採用内定には法的に「解約権留保付き労働契約」の性質があるとされており(大日本印刷事件・最高裁昭和54年)、内定取消しが許されるのは「内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実が判明した場合」に限られます。「健診で何かわかった」という程度では、内定取消しの法的根拠としては不十分です。

「入社後に実施」が実務的に最も安全

法的なリスクを最小化するには、健診は入社後に実施し、その結果を配置・業務量・勤務形態の調整に活用するという運用が基本です。ただし、危険物取扱いや高所作業など業務に特定の健康要件が必要な場合は、その要件を事前に求人票で明示した上で、合理的な選考要件として運用することが考えられます(詳しくは次のセクションで解説します)。

健康診断の結果を採否判断に使える条件と限界

健康診断の結果を採否の根拠にすることは、原則としてできません。ただし、業務内容によって例外的に就業可否の判断材料にできる場合があり、その条件は厳しく限定されています。

原則:採否の直接根拠にはできない

健康診断の結果(特定の疾患・既往歴・服薬歴など)を理由に不採用にすることは、それだけでは合理的な採用判断とは認められません。厚生労働省のガイドラインでも、応募者の健康情報は業務上必要な範囲を超えて収集・利用してはならないとされています。特に精神科・心療内科の受診歴やメンタル不調の既往歴は、「過去に受診した=今も業務に支障がある」とはいえず、それを根拠に不採用とすることは障害者差別解消法や雇用機会均等の観点から問題になりえます。

例外的に考慮できる場合の3つの条件

業務上の安全確保のために健康上の要件が必要な場合でも、以下の条件をすべて満たす必要があります。

  • 担当業務の遂行に直接関わる健康上の要件が客観的に存在すること(例:重機操作・危険物取扱・高所作業など)
  • その要件が業務上の必要性・合理性を具体的に説明できること
  • 要件が事前に求人票や採用方針に明示されていること

たとえば「一定の視力が必要な運転業務」「発作性疾患がないことが安全上必須な機械操作業務」などは、条件を整理した上で運用することができます。しかしこれらの場合でも、現在の就業可否を主治医の意見書などで確認する手順を踏むことが望ましく、「健診結果を見て感覚的に判断する」というやり方は避けるべきです。

「現在の状態」に絞って判断することが基本

仮に就業制限的な判断が必要な場合でも、判断の軸は「過去にどんな病歴があるか」ではなく「現在、当該業務を安全に遂行できるか」に置く必要があります。過去の病歴は参考情報であっても、それ単独で採否を決める根拠にはなりません。この区別が曖昧なまま運用すると、後から不当差別として指摘されるリスクが残ります。

中小企業特有の悩み: 産業医がいない場合でも、対象者の主治医の意見を取得することで、採否後の不当性を指摘されるリスクを大きく軽減できます。

安全配慮義務は採用後から始まる、ただし準備は採用前から

安全配慮義務は雇用契約の成立後に発生するものであり、採用選考の段階から課されるわけではありません。ただし、採用後に安全配慮義務を果たすための準備は、採用前から始めることができます。

安全配慮義務の基本的な範囲

労働契約法第5条は、使用者は労働者の生命・身体等の安全を確保しながら労働させるよう配慮する義務を負うと定めています。この義務は雇用契約が成立した時点から生じます。したがって、選考段階の応募者に対して事業者が安全配慮義務を直接負うわけではありません。「採用したら全員に対して無制限の責任を負う」というわけではなく、雇用関係の範囲内で合理的な配慮をすることが求められます。

入社後に既往歴が判明した場合の対応

採用時に申告がなかった既往歴が、入社後に判明することがあります。この場合、会社がとるべき対応は「責任追及」ではなく「適切な措置の検討」です。具体的には、産業医(常時50人以上の事業場では選任義務あり)や主治医に就業上の意見を求め、業務内容・労働時間・配置について合理的な調整を検討します。50人未満の事業場では産業医の選任義務はありませんが、地域の産業保健総合支援センターや外部の産業医を活用することが現実的な選択肢です。

20〜50名規模の企業が実務で取り組むべきこと

専任人事がいない規模の企業では、安全配慮義務を「個別対応」でこなすことには限界があります。あらかじめ就業規則に「就業上の配慮に関する規定」や「休職・復職のプロセス」を整備しておくことで、個別事案が発生したときの対応指針が明確になります。就業規則が10人未満の事業場では届出義務はありませんが、それでも内部ルールとして文書化しておくことは、トラブル防止と社員への説明責任の観点から有益です。

人事判断に迷ったら: 健康診断結果の解釈や対応方針は、専門家に一度相談することで、後々のリスクを大きく軽減できます。

採否基準の明文化と就業規則整備が会社を守る

採用基準が担当者の「感覚」に依存していると、行政調査や訴訟時に対応できません。採否の基準と健診の活用ルールを文書化することが、企業を守る最も有効な手段です。

採用基準を文書化するメリット

採用基準が明文化されていると、「なぜこの人を採用しなかったのか」を客観的に説明できます。ハローワークへの求人票に記載した応募要件と、実際の採否判断が一致しているかどうかは、採用選考に関する問題が起きた際に最初に確認される点です。書面として残っていない基準は、後から「それが基準だった」と主張しても認められにくくなります。

就業規則に盛り込んでおくべき項目

採用時健康診断の運用に関連して、就業規則に明記しておくと有用な項目には以下があります。

  • 雇入れ時健康診断の実施時期と対象者
  • 健診結果を就業上の配慮措置に活用する旨(採否判断への直接利用ではないことを明確に)
  • 就業制限・配置転換が必要となった場合の手続き
  • 休職・復職のプロセスと判断基準

これらを整備しておくことで、採用後にメンタル不調が生じた場合にも、ルールに沿った対応ができます。

整備のタイミングと優先順位

「今まさに採用選考中で、健診結果をどう扱えばいいかわからない」という緊急ケースと、「今後のために仕組みを整えたい」という中長期の整備では、対応の優先順位が変わります。緊急の判断が必要な場合は、社会保険労務士や弁護士に個別相談する方が確実です。中長期の整備としては、就業規則の見直し・採用基準の文書化・休職復職フローの策定をセットで進めることをお勧めします。

まとめ

採用時健康診断は、採否を決めるためのツールではなく、雇用後の安全配慮を目的とした制度です。健康診断の結果を採否の直接根拠にすることは原則として認められず、メンタル不調の既往歴を理由にした不採用は法的リスクを伴います。実施タイミングは入社後が最も適切であり、内定後に実施する場合は内定取消しに厳格な要件が求められます。安全配慮義務は雇用契約成立後から発生しますが、その備えは採用前から就業規則・採用基準の整備という形で進めることができます。「健康リスクのある人を採用して問題が起きたらどうしよう」という不安は理解できますが、正しい仕組みを整えておくことが、企業と社員双方を守る最も確実な方法です。

採用と健康診断のルール整備は、人事だけで判断するには法的な落とし穴が多すぎます。ウェルセンス株式会社では、採用時健康診断の運用ルール整備・就業規則の見直し・休職復職支援まで、中小企業の人事労務課題をトータルでご支援しています。「自社のケースでは何から手をつければよいか」と迷っている場合は、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 面接前に健康診断を実施して、その結果で応募者を絞り込んでもよいですか?

A. 適切ではありません。採用時健康診断は雇用後の安全配慮を目的としたものであり、選考の初期段階で実施することは目的に合致しません。収集した健康情報を採否判断に使用することは、厚生労働省のガイドラインに沿わない運用となり、後から問題を指摘されるリスクがあります。健診は入社後(雇入れ時)に実施するのが法的に最も安全です。

Q. 採用面接で「精神科に通ったことがあるか」と聞いてもよいですか?

A. 原則として聞くべきではありません。精神科・心療内科の受診歴は個人情報の中でも特に慎重に扱うべきセンシティブ情報です。業務上の必要性なしに収集することは、採用選考に当たっての個人情報取扱いガイドライン(平成16年・厚生労働省)の趣旨に反します。「現在、担当予定の業務を遂行するうえで支障はありますか」という形で、現在の就業可否に絞った確認にとどめるのが適切です。

Q. 内定後に健康診断を実施したところ、業務に支障がありそうな結果が出ました。内定を取り消せますか?

A. 内定取消しは厳格な要件を満たす必要があります。大日本印刷事件(最高裁昭和54年)の判例では、内定は「解約権留保付き労働契約」であるとされており、取消しが許されるのは「内定当時知ることができず、知ることが期待できない事実が判明した場合」かつ「取消しが客観的に合理的で社会通念上相当な場合」に限られます。健診結果が出たというだけでは根拠が弱く、担当業務への具体的な支障内容や、配慮措置を検討した経緯なども含めて慎重に判断する必要があります。社労士や弁護士への相談をお勧めします。

Q. 社員が20名未満の小さな会社ですが、産業医がいなくても安全配慮義務は果たせますか?

A. はい、産業医の選任義務は常時50人以上の事業場に課されるものであり、50人未満の事業場には義務はありません。ただし安全配慮義務そのものはすべての事業者に課されます。産業医がいない場合は、地域の産業保健総合支援センター(都道府県ごとに設置)の無料相談を活用したり、外部の産業医や専門家と契約するという方法があります。まずは就業規則に休職・復職の手続きを明記し、問題が起きた際の対応フローを整えておくことが現実的な第一歩です。

Q. 採用後に、入社前のメンタル不調歴を隠していたことが判明しました。会社は何らかの対応を取れますか?

A. 対応できる余地はありますが、慎重な判断が必要です。採用時に業務遂行に影響する重大な事実を故意に告知しなかった場合、就業規則に「採用時の申告義務」が明記されていれば、懲戒や雇用契約の見直しを検討する根拠になりえます。ただし、精神疾患の既往歴を「告知すべき重大事実」とするためには、採用条件の明示や就業規則の整備が事前に必要です。また、現在の就業状況・健康状態に応じて配慮措置を検討することが、会社の安全配慮義務の観点からも求められます。個別の状況に応じた対応が必要ですので、専門家への相談をお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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