休職規程なしで休職者が出たときの正しい対処法

メンタルヘルス対応

「休職規程がないのに、社員が休職に入ってしまった。」先週まで普通に出社していた社員がメンタル不調で突然欠勤し、上司が「しばらく休んでいいよ」と伝えた。その翌日、人事担当を兼務するあなたが気づく。「うちの就業規則、休職の条項がない……」。給与計算の締め日は迫り、社員本人や家族からも問い合わせが来始めている。休職規程なしで対応する場合、どう手順を進めるか——この記事では、法的リスクを踏まえた正しい対処法を実務の順番で解説します。

規程がなくても「何もできない」わけではない

休職規程がない状態でも、会社は適切な手順を踏めば休職対応を進められます。ただし「規程がないから自由に決められる」という理解は危険で、むしろ個別合意なしには何も変更できないという状態です。

就業規則がない場合の法的な位置づけ

就業規則に休職条項がない場合、労働条件は個別の労働契約(雇用契約書の記載内容・口頭での合意・職場の慣行)によって判断されます。これは労働契約法第7条および第12条の構造から導かれる整理です。つまり「規程の空白=何でも会社側で決められる」ではなく、「規程の空白=個別に合意しなければ何も変えられない」という状態です。

規程がない状態でできること・できないこと

項目 規程なしでできること できないこと・注意が必要なこと
休職の開始 社員との個別合意で休職を認める 一方的に休職命令を出す根拠が弱い
休職期間の設定 書面で暫定的な期間を合意する 会社側が一方的に期間を決定する
給与・社会保険 個別に説明・合意のうえで決定する 事前合意なしに給与を止める
復職要件 書面で主治医診断書の提出等を合意する 後から一方的に復職条件を付け加える

まず確認すべき自社の状況

対応の方向性は従業員数と既存の就業規則の状況によって異なります。常時10名以上の労働者を使用する事業場は、就業規則の作成・労働基準監督署への届出・社員への周知が法律上の義務です(労働基準法第89条・第106条)。20〜50名規模の企業であれば、この義務が発生している可能性が高いため、就業規則自体の有無と届出状況も合わせて確認してください。

遡及適用に潜む法的リスク

「後から規程を作って今いる休職者に適用すればいい」という考え方は、不利益な内容であれば法的に認められません。遡及適用の可否は「内容が社員に有利か不利か」で大きく変わります。

不利益変更の遡及適用が禁止される理由

労働契約法第10条は、使用者が就業規則を変更して労働条件を引き下げる場合、「変更の合理的な理由」と「労働者への周知」の両方が必要だと定めています。さらに遡及適用——すでに発生している状況に新しいルールを過去に戻って当てはめること——は、社員に不利益をもたらす場合には原則として認められません。

具体例を挙げると、「休職期間は最長3か月」と定めた規程を新たに作成し、すでに4か月目に入っている休職者に適用して「期間満了・解雇」とすることは、争訟リスクが非常に高い対応です。

有利な変更であれば遡及適用は問題になりにくい

遡及適用が問題になるのは主に「社員に不利益な内容」の場合です。たとえば「休職中も社会保険料の会社負担を継続する」「給与の一部を保障する」といった社員に有利な内容であれば、遡及適用の法的リスクは低くなります。ただし「有利か不利か」の判断には社員側の主観も影響するため、有利な変更であっても書面で合意を取っておくことを推奨します。

就業規則は「作成・届出・周知」の3点セットで効力が生まれる

就業規則は作成しただけでは効力を持ちません。労働基準監督署への届出と、社員が実際に内容を確認できる状態での周知(社内掲示・イントラネット掲載・説明会の実施等)が揃って初めて、法的な効力が認められます。「規程を作ったから大丈夫」と思い込んで周知を怠ると、その規程は社員に対して効力を主張できないリスクがあります。

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今すぐ使える「暫定合意書」という実務的な手段

規程が整備されていない、あるいは整備中である場合に使える現実的な対処法が、社員との個別合意を書面にまとめた「暫定合意書(個別合意書)」です。これは個別労働契約の補完として機能します。

暫定合意書に盛り込む主な項目

暫定合意書は、以下の項目を明記して当該社員と締結します。作成にあたっては、社員が任意で署名していること(強迫や錯誤がないこと)が重要です。また可能であれば社労士や弁護士に書面のチェックを依頼してください。

  • 休職開始日
  • 休職期間の上限(「暫定的に〇か月とし、延長は双方の合意のうえで行う」等)
  • 休職中の給与の取り扱い(無給・一部支給・傷病手当金の案内など)
  • 社会保険料の本人負担分の支払い方法(毎月会社に振り込む等)
  • 復職要件(主治医の診断書の提出・産業医との面談など)
  • 連絡方法と頻度(月1回の状況報告など)

暫定合意書の法的な位置づけと注意点

暫定合意書は個別労働契約の変更・補完として機能しますが、重要な注意点があります。労働契約法第12条の趣旨により、後から整備した就業規則の基準を下回る個別合意は、その部分について効力を失うリスクがあります。つまり「暫定合意書で定めた条件が、後から作った規程よりも社員に不利な場合、規程の条件が優先される」ということです。暫定合意書の内容は、できる限り社員に不利にならないよう設計することが重要です。

産業医がいない場合の復職要件の設定

産業医の選任義務は常時50名以上の事業場です(労働安全衛生法第13条)。50名未満の企業では産業医がいないケースが多いため、復職要件として「主治医による就労可能と記載された診断書の提出」を基本とし、必要に応じて地域の産業保健総合支援センターの無料相談を活用することを検討してください。人事だけで判断を抱え込まず、外部リソースの活用も選択肢として持っておくと、判断の根拠が強化されます。

規程整備と目の前の対応、どちらを先にやるべきか

結論からいえば、目の前の休職者への個別対応と規程整備は同時並行で進めます。ただし優先順位は明確で、まず直近2週間以内に個別対応を固め、その後1〜2か月かけて規程を整備する流れが現実的です。

直近2週間以内に対処すること

給与計算の締め日や社会保険料の納付期限は待ってくれません。まず最初に取り組むべきは、現在の休職者との暫定合意書の締結と、給与・社会保険料の取り扱いの確定・本人への通知です。社員本人が傷病手当金の受給対象かどうか(健康保険の被保険者で連続4日以上の欠勤等の要件を満たすか)も確認し、必要であれば申請手続きの案内も行ってください。

1〜2か月以内に整備すること

暫定対応が固まったら、社労士と連携して就業規則の休職条項を新設または改定する作業に入ります。規程の内容が固まったら、労働基準監督署への届出(常時10名以上の場合)と社員への周知を行います。規程整備後は、既存の休職者に対して不利益変更にあたらない形で運用を移行できるか確認し、必要であれば改めて個別合意を取り直すことも検討してください。

専門家への相談を後回しにしないための考え方

「社労士への相談は予約した。でも給与締め日は2週間後」という状況では、相談前に自社でできる暫定措置として、給与の取り扱いについて社員に口頭で説明し、後日書面で確認する旨を伝えることが有効です。重要なのは「社員を不安な状態に放置しない」ことと「口約束で終わらせず書面化する」ことの2点です。判断に迷ったら、専門家に早めに相談し、その間の対応は最小限の記録を残しておくことが後々のトラブル防止につながります。

後から整備した規程を既存の休職者に適用する際の判断基準

規程整備後に既存の休職者への適用を検討するときは、「その内容が社員にとって有利か不利か」を一つひとつ丁寧に確認することが判断の基本になります。

有利な内容と不利な内容の見分け方

一般的に社員にとって有利とされる内容には、休職期間の延長・給与保障の追加・傷病手当金申請のサポート強化などが該当します。一方で不利とされる内容には、休職期間の短縮・給与支給条件の引き下げ・復職要件の追加(医師2名の診断書を要求するなど以前より厳しくする場合)などが含まれます。ただし「有利か不利か」の判断は状況によって異なるため、個別のケースは社労士や弁護士に確認することを強く推奨します。

既存の休職者への説明と合意取得の進め方

規程整備が完了した後、既存の休職者に対して新しい規程の内容を説明し、必要な範囲で改めて個別合意書を締結することが紛争リスクを下げる最善策です。社員が療養中であるため、連絡方法や面談の方法(対面・電話・書面郵送など)には十分な配慮が必要です。説明の内容と社員の反応は記録として残しておいてください。

まとめ

休職規程がない状態で休職者が出た場合でも、会社は適切な手順を踏めば対応を進められます。ただし後から規程を整備して既存の休職者に遡及適用することは、不利益な内容であれば法的リスクを伴います。まず最初にすべきことは、暫定合意書による個別対応と給与・社会保険の取り扱いの確定です。規程整備はその後、社労士と連携して1〜2か月以内に進めることが現実的な優先順位です。「規程さえ作れば全部解決する」という誤解は危険で、個別対応と規程整備を並行して進めることが、社員を守り会社のリスクを最小化する正しいアプローチです。

ウェルセンス株式会社では、休職対応の初動から規程整備の方向性まで、中小企業の人事担当者が直面する日々の判断をサポートしています。「今すぐ何から手をつければいいか」「この対応で本当に大丈夫か」という段階からでも、まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 休職規程がない状態で「休んでいいよ」と口頭で伝えてしまいました。これは法的に有効ですか?

A. 口頭での合意も労働契約の一部として機能しうるため、完全に無効とは言えません。ただし「いつからいつまで」「給与はどうなるか」といった具体的な条件が曖昧なまま進むと、後々トラブルの原因になります。できるだけ早い段階で書面(暫定合意書)を作成し、双方が確認できる状態にすることを強く推奨します。

Q. 休職中の給与は支払わなくていいですか?

A. 法律上、休職中の給与の支払いは必須とされていません。ただし「無給とする」旨を事前に社員に説明し、合意を得ることが必要です。一方で社員は健康保険の傷病手当金(標準報酬日額の約3分の2を最長1年6か月)を受給できる可能性があります。給与を止める場合は傷病手当金の案内を同時に行うと、社員の不安を軽減できます。

Q. 規程整備を急ぎたいのですが、どのくらいの期間で完成しますか?

A. 既存の就業規則に休職条項を追加する形であれば、社労士と連携して1か月程度での整備が目安です。就業規則そのものがない場合は1〜2か月かかることが多いです。規程整備が完了するまでの間は、暫定合意書で目の前の対応を固めておくことが重要です。

Q. 休職期間が終わっても社員が復職できない場合、解雇できますか?

A. 規程や個別合意で定めた休職期間が満了し、復職要件を満たさない場合に「自然退職(雇用契約の終了)」とする取り扱いは、適切に規程が整備・運用されていれば一定の合理性があります。ただし規程整備が不十分な状態や、合意なく設定した期間を根拠に解雇・退職扱いとすることは、不当解雇として争われるリスクがあります。個別のケースは必ず弁護士または社労士に相談してください。

Q. 社員が9名以下の場合、就業規則の作成は不要ですか?

A. 常時9名以下の事業場は就業規則の作成・届出義務が法律上ありません。ただし義務がないことと「作らなくてよい」は別問題です。規程がなければ休職・復職の判断基準が曖昧になり、トラブル発生時に会社が不利になるケースがあります。従業員規模にかかわらず、最低限の休職条項を含む就業規則(または労働条件通知書の整備)を検討することを推奨します。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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