テレワーク中の労災申請を拒否する前に知るべき3つのリスク

テレワーク中の労災申請を拒否する前に知るべき3つのリスク 労務管理
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「労災申請したいと言ってきた社員がいる。でも、テレワーク中の出来事だし……本当に労災になるのか?」——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こういった相談が増えています。在宅勤務が当たり前になった今、テレワーク中の事故やメンタル不調をめぐる労災申請は避けて通れない課題です。しかし「申請を止めれば問題を回避できる」という判断は、会社にとって取り返しのつかないリスクを招く可能性があります。この記事では、法的根拠に基づいて「拒否の前に知るべきこと」を整理します。

会社は労災申請を止めることができるか

結論から言えば、会社には労働者の労災申請を阻止する法的手段はありません。これを誤解したまま動くことが、最大のリスクです。

労働者の申請権は会社の同意を必要としない

労働者災害補償保険法(以下、労災保険法)の仕組みでは、労働者は事業主の意思に関わらず、直接労働基準監督署(以下、労基署)に給付請求を行う権利を持っています。労災保険法第12条の8をはじめとする条文の趣旨は、「労働者が事業主の判断に左右されずに保護を受けられること」にあります。会社が「認めない」「申請しないでくれ」と言っても、労働者は単独で手続きを進めることができます。

申請妨害は不法行為になりうる

会社が労災申請を妨害した場合、民法第709条(不法行為)に基づく損害賠償請求の対象となりえます。たとえば「申請すれば解雇する」「会社が認めないと申請できない」などと告げる行為は、労働者の権利行使を妨害する行為として法的リスクを伴います。さらに、労働基準監督署への申告・是正勧告、場合によっては行政指導の対象にもなりえます。「止められる」という前提で動くことが、そもそも誤りです。

「揉め事を避けたい」という気持ちが逆効果になる理由

専任人事のいない中小企業では、「とにかく穏便に済ませたい」という心理から、社員に申請を思いとどまらせようとするケースがあります。しかしこの対応は、社員との信頼関係を決定的に壊すだけでなく、後から「申請妨害があった」として訴訟リスクに発展することがあります。早期に適切な対応を取る方が、結果として会社を守ることにつながります。

事業主証明を拒否しても申請は止まらない

労災請求書に会社の記入・押印欄があるため「書かなければ申請が通らない」と思っている担当者は少なくありません。しかしこれは誤解であり、実務上最も危険な誤解の一つです。

事業主証明なしでも労基署は受理・調査できる

労災請求書(例:療養補償給付たる療養の給付請求書・様式第5号など)には、事業主が業務上の負傷・疾病である旨を証明する欄があります。しかし厚生労働省は通達(昭和52年3月30日 基発192号ほか)において、事業主証明がなくても労基署が申請を受理し、調査・認定を進められることを明確にしています。労働者側には「事業主証明なし」として提出できる手続きルートが確保されており、会社がコントロールできる部分ではありません。

証明拒否が会社に不利に働くケース

事業主証明の拒否は「申請を防ぐ手段」ではなく、むしろ調査における会社の立場を悪化させます。労基署の担当者からすれば、「会社が証明を拒否している=不都合な事実を隠している可能性がある」という印象につながりやすく、調査がより厳しくなることがあります。証明を拒否した事実それ自体が、会社にとってのリスク要因になりうるのです。

証明欄の正しい使い方

事業主証明欄は、「会社が知っている事実を正確に記載する」ための欄です。「業務上である」とは断言できない場合でも、知っている範囲の事実を誠実に記載することが求められます。不明な点は「確認できない」と記載することも選択肢の一つです。証明を書くことが「会社が責任を認めること」とイコールではない点を理解しておく必要があります。

テレワーク中の労災認定基準を正しく把握する

テレワーク中の事故だからといって「業務外」と主張できるわけではありません。厚生労働省はテレワーク中の労災認定に関する考え方を明確に示しており、職場での事故と同じ基準が適用されます。

認定の2つの柱:業務遂行性と業務起因性

労災認定の判断は、大きく「業務遂行性」と「業務起因性」の2点で行われます。業務遂行性とは「使用者の支配下にある状態(業務に従事している状態)かどうか」、業務起因性とは「負傷・疾病が業務を原因とするものかどうか」です。自宅内であっても、業務時間中に業務に関連した場所で起きた事故は、この2点を満たす可能性があります。

認定されやすいケースとされにくいケースの違い

状況 業務遂行性の判断 認定の可能性
業務時間中、自宅の作業デスクで転倒 業務に従事中と認められやすい 高い
昼休み中に台所で転倒 業務から完全に離脱している時間帯 低い
テレワーク中の長時間労働による精神障害 業務上の心理的負荷として評価される 要件を満たせば認定対象
プライベートな作業中の事故 業務遂行性が認められない 低い

メンタルヘルス不調と労災認定

精神障害については、「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和5年9月改正)が適用されます。テレワーク特有の孤立感、コミュニケーション不足による過重な精神的負担、在宅での長時間労働なども、この基準の中で考慮されます。「在宅だからメンタルの問題は業務外」という判断は、認定基準に照らすと成り立たないケースが多くあります。

「労災認定で保険料が上がる」という誤解を解く

「労災認定されると保険料が上がる(メリット制)から避けたい」という声をよく聞きますが、20〜50名規模の企業では、この懸念が当てはまらないことがほとんどです。

メリット制が適用される規模の条件

継続事業のメリット制とは、業種ごとの労災保険料率を、個別企業の労災発生状況に応じて増減させる仕組みです。ただし、この制度が適用されるのは「連続する3保険年度中の各保険年度において、確定保険料の額が40万円以上」などの条件を満たす事業所に限られます。従業員数20〜50名程度の中小企業では、このラインを下回るケースが多く、メリット制の対象外であることが一般的です。自社がメリット制の適用を受けているかどうかは、労働保険の保険料申告書や顧問社会保険労務士に確認することで把握できます。

保険料を恐れて妨害した場合のコスト比較

仮にメリット制の対象企業であっても、保険料率の増加幅には上限があります。一方、申請を妨害して訴訟に発展した場合の弁護士費用・賠償金・採用ブランドへのダメージは、保険料の増加をはるかに上回ることがほとんどです。「保険料が怖い」という理由で妨害行為に走ることは、コスト面から見ても合理的ではありません。

労災申請を「正直に対応する」ことのメリット

誠実に対応することは、社員との信頼関係を守り、職場環境改善のきっかけにもなります。テレワーク環境の整備(作業スペースの安全確認ルールの策定、勤怠管理の見直しなど)を行うことで、再発防止と会社の健全な運営につながります。労災申請を「隠すべき問題」ではなく「改善のサイン」として受け取る姿勢が、長期的には会社を守ります。

拒否する代わりに会社がすべき実務対応

申請を止めることはできませんが、会社として適切に事実確認し、誠実に対応することは必要かつ重要です。やるべきことを整理しておきましょう。

事実確認を速やかに行う

まず最初に、社員から状況を丁寧に聴き取り、事実関係を記録します。「いつ、どこで、何をしていたときに、どのような事故・症状が発生したか」を文書化しておくことは、会社の立場を守るためにも重要です。テレワークの場合、業務の記録(勤怠管理システムのログ、メールのタイムスタンプ、業務指示記録など)が事実確認の手がかりになります。「在宅だから確認できない」と諦めず、手元にある記録を集めることから始めましょう。

社会保険労務士・顧問先への相談を早めに行う

労災申請の対応は、人事の専門知識がないまま進めると判断ミスが起きやすい分野です。事業主証明の記載方法、労基署とのやり取り、就業規則や労務管理の見直しなど、専門家のサポートを早い段階で求めることが得策です。特に就業規則にテレワークに関する規定がない場合(「テレワーク勤務規程」が未整備の場合)は、今後のリスク管理のためにも整備を検討するタイミングです。

産業医・外部相談窓口の活用を検討する

従業員数50名以上の事業所には産業医の選任義務がありますが、20〜50名規模では義務がないケースも多くあります。産業医がいない場合でも、外部の相談窓口やEAP(従業員支援プログラム)を活用することで、社員のメンタルヘルス対応や休職・復職支援を適切に進めることができます。「専任人事がいないから対応が難しい」という状況に対応する外部リソースは、積極的に活用することをお勧めします。

まとめ

テレワーク中の労災申請を会社が拒否・妨害することは、法的に許されないだけでなく、損害賠償請求・行政指導・採用ブランドの毀損など、会社にとって深刻なリスクをもたらします。事業主証明の拒否も「申請を防ぐ手段」にはならず、むしろ会社の立場を悪化させます。テレワーク中の事故やメンタル不調は、業務遂行性・業務起因性の観点から職場の事故と同様に審査されます。また、メリット制による保険料上昇を恐れているケースでも、20〜50名規模では適用対象外であることが多く、妨害による訴訟リスクの方がはるかに大きなコストになります。「申請を止める」ではなく「誠実に事実確認し、専門家に相談しながら対応する」——これが会社を守る唯一の選択肢です。

ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・兼務人事担当者の方々から、メンタルヘルス対応・休職復職支援・労務トラブルへの対応に関するご相談をお受けしています。「何から手をつければいいかわからない」という段階からでも、一緒に整理しますのでお気軽にご連絡ください。

よくある質問

Q. 社員がテレワーク中に「昼休みに転んだ」と言っています。これは労災になりますか?

A. 昼休み中の事故は、業務から完全に離脱している時間帯として扱われるため、業務遂行性が認められにくい傾向があります。ただし、昼休みの過ごし方や事故の状況によって判断が変わる場合もあります。事実確認を丁寧に行い、不明な点は労基署や社会保険労務士に相談することをお勧めします。会社側が「昼休みだから業務外だ」と断定して申請を止めようとすることは、法的には認められません。

Q. 事業主証明欄に「業務上である」と書きたくない場合、どうすればよいですか?

A. 事業主証明欄は「会社が知っている事実を正確に記載する」ための欄です。業務上かどうか断言できない場合は、知っている範囲の事実(勤務状況、作業内容など)を記載し、「業務上の事由かどうかは確認中」などと添えることも選択肢です。証明を完全に拒否することは、調査において会社に不利に働く可能性があります。記載に迷う場合は社会保険労務士に相談してください。

Q. 労災認定されると、今後ほかの社員も申請しやすくなってしまいませんか?

A. 労災申請は労働者の権利であり、「申請しにくい雰囲気をつくる」こと自体がリスクです。申請が増えることを恐れるよりも、申請が起きにくい職場環境(安全な作業環境の整備、メンタルヘルス対策、適切な労働時間管理)を整えることが本質的な対応です。一件の申請を誠実に扱うことが、むしろ社員との信頼関係を高め、職場の安定につながります。

Q. テレワーク中のメンタルヘルス不調は、労災として認定されることがありますか?

A. あります。精神障害については「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和5年9月改正)が適用されます。テレワーク特有の孤立感、過重労働、上司・同僚とのコミュニケーション断絶による精神的負担なども、この基準のもとで業務上の心理的負荷として評価されます。「在宅だから業務外」とは判断されません。早期にメンタルヘルス対応の専門家に相談することが重要です。

Q. 従業員が30名程度の会社です。労災認定で保険料が上がることを心配しています。

A. 継続事業のメリット制(労災の発生状況に応じて保険料率が増減する仕組み)は、一定規模以上の事業所にのみ適用されます。従業員30名程度の企業では、確定保険料が適用条件の金額を下回ることが多く、メリット制の対象外となるケースが一般的です。自社が対象かどうかは、労働保険の申告書や顧問の社会保険労務士に確認することで把握できます。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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