上司に言わないで」板挟みの人事が取れる4つの対応策

上司に言わないで」板挟みの人事が取れる4つの対応策 メンタルヘルス対応
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「実は最近、精神的にしんどくて……でも上司には絶対に言わないでください」

従業員からそう打ち明けられたとき、人事担当者としてどう動けばいいのか——頭の中で「守秘義務」と「安全配慮義務」という言葉がぶつかり合い、正解が見えないまま時間だけが過ぎていく。そんな状況に追い込まれている方は少なくありません。

この記事では、「上司に言わないで」と頼まれた人事担当者が法的・実務的に取れる4つの対応策を整理します。「全部伝えるか、何も言わないか」の二択から抜け出し、本人との信頼関係を維持しながら会社としての責任を果たすための道筋を、具体的に解説します。

「本人が秘密にしてと言った」は安全配慮義務の免除にならない

本人の「上司に言わないで」という意向は尊重すべきですが、それは会社の安全配慮義務そのものを消滅させるものではありません。この点を最初に押さえておくことが、すべての判断の出発点になります。

安全配慮義務とは何か

労働契約法第5条は、使用者が「労働者の生命・身体等の安全を確保しながら労働できるよう必要な配慮をする義務」を負うことを定めています。メンタル不調を把握しながら何も対応しなかった場合、この義務違反が問われる可能性があります。

重要なのは、「本人が言わないでと頼んだから何もしなかった」という説明が、安全配慮義務違反を問われたときに免責事由として機能しにくいという点です。裁判例においても、使用者側が「本人の申し出がなかった」「本人が希望しなかった」という事情だけでは責任を免れないと判断されたケースがあります。

個人情報保護との関係をどう整理するか

健康情報は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当し、本人の同意なく上司を含む第三者に提供することは原則として制限されます。ただし、「人の生命・身体・財産の保護のために必要な場合」には例外規定が適用されます。

つまり、守秘と安全配慮は「どちらが上位か」という単純な優劣関係ではなく、状況の深刻さに応じて判断が変わる構造になっています。不調の程度が軽微な段階では本人の意向を最大限尊重しながら対応し、自傷・他害のリスクや業務遂行が明らかに困難な状態になった段階では、安全配慮義務が前面に出てきます。

「知っていたのに何もしなかった」が最もリスクが高い

人事担当者が最も避けなければならないのは、情報を得たまま完全に静観することです。本人の意向を尊重するあまり記録も対応も何も残さなかった場合、後から「会社は知っていたはずなのに対応を怠った」と問われるリスクがあります。「本人の意向を踏まえながら、何らかの対応を検討・実施した記録」を残すことが、会社と担当者自身を守ることにつながります。

「上司に伝えるか否か」の二択から抜け出す

多くの人事担当者が「上司に全部伝える」か「何もしない」の二択で考えてしまいますが、実務にはその間に複数の選択肢があります。本人の同意を軸に、情報共有の範囲・内容・相手を段階的に設計することが可能です。

「何をどこまで誰に伝えるか」を本人と一緒に決める

厚生労働省の「職場におけるメンタルヘルス対策の手引き」は、健康情報を「必要な範囲で、必要な関係者に、適切な形で共有する」という原則を示しており、「管理監督者への情報提供は本人同意を得た上で行う」とされています。

実務上の正攻法は、本人との対話の中で共有範囲を交渉することです。たとえば「病名や詳細な経緯は伝えない。ただし、業務量が多すぎて負荷がかかっていることだけ上司に伝えてよいか」という形で、本人が同意できる最小限の情報共有を探っていきます。この交渉プロセス自体を記録しておくことも重要です。

上司を通さずに人事が動ける範囲を探る

上司への情報共有が難しい段階でも、人事として独自に動ける余地はあります。たとえば、定期的な1on1や面談の機会を人事主導で設定する、残業時間のデータを確認して業務負荷を間接的に把握する、就業規則や福利厚生の制度案内を行うといった対応です。

ただし、業務量の調整や職場環境の改善は現場の権限を持つ上司が動かないと根本的な解決につながらないことも事実です。人事単独対応の限界を認識した上で、次の段階への橋渡しを意識してください。

状況別の判断目安を持っておく

以下の表を参考に、現在の状況がどの段階にあるかを確認してください。

状況の深刻度 優先する対応 上司への情報共有
本人が業務を続けられており、不調が軽度 本人との定期面談・外部相談窓口の案内 本人同意の範囲内でのみ
遅刻・欠勤・業務品質の低下が見られる 本人と共有範囲を交渉・産業医へのつなぎ 本人と交渉しながら段階的に
自傷・他害のリスク、業務継続が困難 安全確保を最優先・必要に応じて上司・産業医に共有 例外規定の適用を検討

人事が取れる4つの具体的な対応策

「上司に言わないで」という制約の中でも、人事担当者が実際に取れる対応は4つあります。これらを組み合わせることで、本人の信頼を守りながら会社の責任を果たす道が開けます。

本人との定期的な面談を継続する

まず取り組むべきは、本人との接点を定期的に確保することです。2週間に1回、30分程度の1on1を人事主導で設定するだけでも、状態の変化を早期にキャッチできます。面談では「どんな状況か」を傾聴しつつ、「今の業務量で無理はないか」「睡眠は取れているか」といった具体的な確認を行います。

面談の記録は、本人が見ることを前提に内容を確認してもらう形にすると、信頼関係を損なわずに記録を残せます。「今日話した内容をメモにしておくね。確認してもらえる?」という一声が、後々の証跡にもなります。

外部相談窓口(EAP等)につなぐ

EAP(従業員支援プログラム)や外部のメンタルヘルス相談窓口は、会社の内部情報として上司に共有されることなく、専門家が本人をサポートできる仕組みです。自社にEAPがない場合でも、都道府県の「こころの健康相談統一ダイヤル」や、かかりつけ医への受診を案内するところから始められます。

人事が「専門家に相談することを勧める」という行動をとり、その経緯を記録しておくことは、安全配慮義務の観点でも有効な対応として評価されます。

産業医・保健師を介在させる

産業医や保健師は、健康情報を扱うための守秘義務と専門的な判断能力を持っています。50人以上の事業場では産業医の選任が義務付けられており、50人未満の事業場でも地域産業保健センターを通じて産業医の支援を受けることが可能です。

産業医を介せば、上司には「業務負荷の観点から確認が必要」という形で情報を伝える道が開け、本人の詳細な健康情報を開示しなくても職場環境の調整につなげられます。産業医が「就業上の配慮が必要」という意見書を出す形にすると、本人のプライバシーを守りながら組織的な対応が可能になります。

共有範囲を本人と交渉し、段階的に広げる

「今日は言わないでほしい」という本人の意向は、「永遠に誰にも言わないでほしい」とは必ずしも同じではありません。状態が改善されたとき、あるいは悪化したとき、本人の意向が変わることは珍しくありません。定期面談を通じて信頼関係を育てながら、「〇〇さんが楽になるために、上司に業務量だけ相談することはできそうか」という対話を重ねていくことが、長期的に最も実効的な対応です。

記録の残し方——「知っていたのに何もしなかった」を防ぐ

対応記録は、本人が後から閲覧できる形と、社内の管理者のみが参照できる形を分けて管理することが実務上の基本です。記録を残すことを恐れる必要はなく、むしろ記録がないことの方がリスクになります。

何を記録すべきか

記録に残すべき情報は、面談の日時・時間、本人から確認した状況の概要(詳細な病名や症状でなくてよい)、人事として取った対応(外部相談を案内した、次回面談を設定した等)、本人が情報共有に同意したかどうかの確認結果、です。

逆に、診断名・服薬内容・治療の詳細などの医療的情報は、産業医等の専門家が管理する情報として分離し、人事担当者が単独で記録・保管することは避けるのが原則です。

記録の管理と本人への配慮

健康情報の取り扱いルールを事業場内で定めることは、個人情報保護委員会・厚生労働省の「雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」においても求められています。ルールが整備されていない中小企業では、判断が属人化し、担当者一人が板挟みになる構造が生まれやすいため、この機会に最低限の取り扱いルールを文書化しておくことをお勧めします。

板挟みの人事担当者自身を守るために

「秘密」を一人で抱え続けることは、人事担当者自身のメンタルヘルスにも影響します。担当者が疲弊してしまえば、本人へのサポートも継続できなくなります。自分自身への配慮も、組織的対応の一部です。

一人で抱え込まない相談先を持つ

専任人事がいない環境では、経営者や他の管理職に相談すること自体が本人の秘密を漏らすことになりかねない、という板挟みが生じます。そのため、社外の相談先を持つことが重要です。社会保険労務士、産業カウンセラー、外部のメンタルヘルス支援機関などは、個別の守秘義務を持ちながら人事担当者の判断をサポートしてくれます。

「自分の判断の記録」を残しておく

対応の経緯だけでなく、「なぜその判断をしたか」という思考プロセスを簡単にメモしておくことは、後から判断の妥当性を説明する際に役立ちます。「本人の意向を踏まえ、この時点では外部相談窓口の案内にとどめた。状態が悪化した場合は産業医につなぐことを検討している」といった一文でも、担当者自身の誠実な対応の証跡になります。

  • 対応の判断根拠を簡単にメモに残す
  • 社外の専門家(社労士・産業カウンセラー等)に匿名で相談できる体制を確保する
  • 定期的に自分の状態も確認し、必要なら上司や経営者に「この案件で判断に迷っている」と伝える
  • 本人情報を特定しない形での相談(「従業員の一人が……という状況で」)は守秘義務に抵触しない

ここまでの内容を参考に対応しても判断に迷うことがあれば、ウェルセンス株式会社への相談もご検討ください。

まとめ

「上司に言わないで」と頼まれた人事担当者が取れる対応は、「全部伝える」か「何もしない」の二択ではありません。本人との定期面談の継続、外部相談窓口へのつなぎ、産業医の介在、そして本人と共有範囲を交渉するプロセスの積み重ねが、守秘と安全配慮の両立を可能にします。

最も避けるべきは、情報を得たまま対応も記録も何も残さないことです。「本人の意向を踏まえながら、できる範囲で対応した記録」を残すことが、最終的に会社と担当者自身を守ります。

ただ、こうした判断を一人で行い続けることには限界があります。ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の経営者・兼務人事担当者からの「こういうケース、どう動けばいいか」というご相談を数多くお受けしています。守秘と安全配慮のバランス、記録の残し方、外部専門家との連携の仕方など、具体的な状況に合わせてご一緒に整理することが可能です。「まだ相談するほどではないかも」という段階でも、ぜひお気軽にお声がけください。

よくある質問

Q. 本人が「上司に言わないで」と言った場合、人事は絶対に守秘しなければなりませんか?

A. 守秘義務は重要ですが、本人の意向が安全配慮義務(労働契約法第5条)を消滅させるわけではありません。本人の状態が深刻で業務継続が困難な場合や、自傷・他害のリスクがある場合は、個人情報保護法の例外規定(人の生命・身体・財産の保護のために必要な場合)が適用される可能性があります。まず本人と「何をどこまで誰に伝えるか」を対話しながら、同意の範囲を探ることが実務上の正攻法です。

Q. 産業医がいない50人未満の会社でも、同じ対応ができますか?

A. はい、可能です。50人未満の事業場では産業医の選任義務はありませんが、都道府県ごとに設置されている「地域産業保健センター」を通じて、産業医への相談や保健指導を無料で受けられます。また外部のEAPや社会保険労務士、産業カウンセラーなどを活用することで、専任人事・産業医がいなくても専門的なサポートにつなぐことができます。

Q. 本人との面談内容を記録に残すことで、本人にバレてしまいませんか?

A. 記録を残すこと自体は問題ありません。むしろ「本人と一緒に内容を確認する」形で記録を作成すると、信頼関係を損なわずに証跡を残せます。面談終了時に「今日話したことをメモしておくので確認してもらえますか」と一言添えるだけで、本人も安心しやすく、記録の正確性も上がります。医療的な詳細情報は産業医等に分離管理してもらい、人事側の記録は対応経緯と判断根拠に絞るのが実務上のポイントです。

Q. 本人の状態が悪化して休職になった場合、「知っていたのに対応しなかった」として会社が訴えられることはありますか?

A. 可能性はゼロではありません。安全配慮義務違反が問われた裁判例では、使用者が従業員の不調を認識していながら適切な措置をとらなかった場合に、損害賠償責任が認められたケースがあります。「本人が秘密にするよう頼んだから何もしなかった」という説明だけでは免責が難しいため、面談の継続・外部窓口の案内・産業医へのつなぎといった「対応した事実と記録」を積み重ねておくことが重要です。

Q. 人事担当者自身がこの状況でしんどくなってきました。どこに相談すればいいですか?

A. 社外の専門家への相談が最も安全です。社会保険労務士や産業カウンセラー、メンタルヘルス支援の専門機関であれば、本人を特定しない形(「従業員の一人が……という状況で」)で相談しても守秘義務に抵触しません。また、経営者に対しても「ある従業員の対応で判断に迷っている」という形で報告し、一人で抱え込まないことが重要です。担当者自身が疲弊すると、継続的なサポートそのものが困難になります。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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