「本人が有給で休みたいと言っているから、とりあえず有給消化で対応しようと思うんですが……問題ありますか?」
人事担当者や経営者の方から、こういった相談をよく受けます。本人の意向を尊重したい気持ちはよくわかります。しかし、その判断が後になって「会社が適切な対応をしなかった」という評価につながるリスクがあることを、多くの方が知らないまま進めてしまっています。この記事では、メンタル不調の社員が有給消化を希望したときに会社がとるべき対応を、法的な根拠とともに実務目線で整理します。
有給消化での対応は「許容される」が、条件がある
短期間の有給取得による療養は、実務上許容される範囲にある。ただし、期間・状況・会社の関与度によって許容範囲を超えるリスクが生じます。メンタル不調で有給消化を希望された場合、会社がどこまで対応できるのか、その判断基準を以下で詳しく解説します。
有給取得の理由を会社は問えない
年次有給休暇は、労働基準法第39条に基づく権利であり、取得理由を問わないのが原則です。「メンタル療養のために休む」という理由で有給申請を拒否することは、原則として会社にはできません。会社が有給の取得を制限できるのは、「事業の正常な運営を妨げる場合」に時季変更権を行使するケースに限られており、「体調が悪いなら有給ではなく休職にすべき」という理由で申請を却下する法的根拠はありません。
許容されるのは「短期間・状態把握あり」が前提
数日から2週間程度の有給取得で様子を見ること自体は、実務上よくある対応であり、必ずしも問題になりません。ただし、以下のような状況では許容範囲を超えると考えるべきです。
- 数週間〜数か月にわたって有給消化を繰り返し、実質的に「休職の代替」として使用している
- 会社が本人の状態を把握しないまま放置している
- 本人が明らかに就労困難な状態であることを会社が認識しているにもかかわらず、休職命令を回避し続けている
特に3つ目のケースは、安全配慮義務違反と評価されるリスクが高まります。「本人が希望したから」という事情は、会社の義務を軽くする理由にはなりません。
就業規則・産業医の有無によって対応が変わる
従業員50名以上の企業では産業医の選任が義務付けられており、メンタル不調が疑われる社員に対して産業医面談を設定することが現実的な選択肢になります。一方、産業医がいない中小企業では、会社の判断だけで対応を進めるケースが多く、記録の整備や受診勧奨が特に重要になります。就業規則に休職命令の規定があるかどうかも、後述する休職命令の行使可否に直結するため、まず確認しておく必要があります。
「本人が希望した」は会社の免責にならない
安全配慮義務(労働契約法第5条)は、本人の意向や同意によって免除されるものではない。「本人が休職を嫌がった」という事情は、会社の責任を軽くしません。
安全配慮義務とは何か
労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。この義務は会社が労働者に対して負う法的義務であり、労働者本人が「大丈夫です」「休職は嫌です」と言ったとしても、会社側の義務が消えるわけではありません。
「本人希望」は免責事由にはなりにくい
有給消化中に症状が悪化し、社員が重篤な状態に陥った場合、「本人が有給を希望したので会社はその通りにした」という説明では、安全配慮義務違反の評価を免れない可能性があります。裁判例においても、使用者が労働者の健康状態の悪化を認識できる状況にありながら適切な措置を怠った場合に、安全配慮義務違反が認定されるケースが積み重なっています。
重要なのは「会社が取るべき措置を実際に取っていたか」です。受診勧奨を行ったか、定期的に状態を確認していたか、記録を残していたか——これらの事実の積み重ねが、会社が義務を果たした証拠になります。
悪化した後に問われるリスクの具体像
有給消化後にさらに症状が悪化し、社員が長期休職や退職に至った場合、「なぜ適切な時期に休職を命じなかったのか」「受診を勧めたのか」「状態把握をしていたのか」が問われます。これは労働審判や訴訟の場で会社側に不利な材料になり得ます。有給消化という選択肢を取る場合でも、「会社として何をしたか」の記録が不可欠です。
🔗 診断書がなくても記録と受診勧奨の事実があれば、会社の責務を示す証拠になります。 →
会社は休職を命じることができる
就業規則に休職命令の規定があれば、本人の同意なく会社から休職を命じることができます。「本人が嫌がるから休職させられない」は誤解です。
休職命令は会社の権限
休職命令は、就業規則に根拠規定があれば、会社が業務運営・安全配慮の観点から発することができます。本人の意向は必須の要件ではありません。「休職というレッテルを貼られたくない」という社員の気持ちは理解できますが、それを理由に会社が必要な措置を取らないことは、安全配慮義務の観点から問題が生じます。
就業規則に休職規定がない場合
休職命令の法的根拠は就業規則の規定にあります。就業規則に休職命令の条項がない場合、会社は社員に一方的に休職を命じることが難しくなります。この場合、本人と合意の上で休職を設定する(合意休職)という対応になりますが、本人が拒否すれば強制はできません。就業規則の整備は、このような事態に備えるためにも重要です。従業員10名以上の事業場では就業規則の作成・届出が義務付けられています(労働基準法第89条)。
医師の意見が判断の根拠になる
休職命令を発する際、または有給消化中の状態を把握する際に、医師の意見(診断書や意見書)は重要な根拠になります。「本人が病院に行っていない」「大したことはないと言っている」という状況のまま対応を進めると、客観的な状態把握ができません。受診勧奨を行い、可能であれば診断書の提出を求めることが、会社と本人の双方にとって適切な対応の出発点になります。
有給消化で対応する場合に会社がやるべきこと
有給消化での対応を選択する場合でも、会社として取るべき措置があります。記録・受診勧奨・有給後の方針確認の三つが最低限の実務対応となります。
記録を残す
有給消化での対応を進める際に、最も重要で最も省略されがちなのが記録です。口頭でのやり取りだけで進めると、後に「会社が適切な対応をしなかった」と主張された場合に反論の根拠がなくなります。以下の項目を書面またはメモで残しておきましょう。
| 記録すべき事項 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 本人の申し出内容 | 日時・本人の発言・有給希望の理由・期間 |
| 会社の対応内容 | 受診勧奨の有無・誰がどのように対応したか |
| 医師の意見 | 診断書・受診結果の有無、提出を求めた事実 |
| 有給消化の期間・残日数 | 有給終了後の対応方針を事前に確認・記録したか |
| 連絡・面談の記録 | 有給中の定期連絡の内容・頻度・担当者 |
受診勧奨を行い、診断書の提出を求める
本人が「病院には行っていない」「自分では大丈夫だと思う」と言っていても、会社から受診を勧めること(受診勧奨)は、安全配慮義務の履行として重要な行動です。強制はできませんが、勧奨した事実と本人の返答を記録しておくことが大切です。また、一定期間以上の有給取得や、明らかに体調不良が疑われる場合には、診断書の提出を就業規則上の規定として定めておくことも有効です。
有給消化後の方針を事前に確認する
有給が尽きた後にどうするかを、有給消化を始める前に本人と確認・共有しておくことが重要です。「有給が終わった後も出勤が難しい状況であれば、休職という形で対応することを検討する」という会社の方針を伝え、その内容を記録しておきます。これにより、有給消化後に本人が無断欠勤状態に移行するリスクを減らし、次のステップに移行しやすくなります。
中小企業でメンタル不調社員の対応に迷ったときは、診断書取得と記録の整備を優先しましょう。専門家の見解があるとないでは、後のトラブルの対応方法が大きく変わります。
有給消化後に状態が悪化した場合の対応
有給消化後に本人の状態が悪化し出勤が困難になった場合、会社は速やかに休職命令または合意休職の手続きに移行すべきです。放置や無断欠勤の黙認は、後のトラブルにつながります。
有給消化後の状態に応じた対応分岐
有給が終わった後、本人が出勤できる状態に回復していれば通常業務に戻すことができます。しかし、症状が続いていたり悪化していたりする場合は、次のいずれかの対応を取る必要があります。就業規則に休職命令の規定があれば会社から休職を命じる、規定がない場合や本人と話し合いができる状況であれば合意に基づいて休職を設定する、という流れになります。本人が連絡に応じなくなった場合は、緊急連絡先への確認や自宅への文書送付なども検討します。
無断欠勤状態になった場合のリスク
有給を使い切った後、本人が「出社できない」という状態のまま連絡が途絶え、無断欠勤に移行するケースがあります。この場合、会社は「欠勤として懲戒処分を検討する流れ」と「休職命令を発する流れ」の二択を迫られますが、メンタル不調が背景にある状況で懲戒処分を進めるのは慎重な判断が必要です。特に解雇については、精神疾患を抱える労働者への解雇が無効と判断されるケースが裁判例に複数存在します。弁護士や社会保険労務士への相談を早めに行うことが重要です。
復職に向けた準備を早期に始める
休職に移行した後は、復職の判断基準や手続きを就業規則・復職支援規程等で明確にしておくことが、スムーズな職場復帰につながります。主治医の復職可能の診断書だけでなく、産業医の意見も踏まえた復職判断の仕組みを持つことで、「復職させたが再発した」というリスクを下げることができます。こうした仕組みが整っていない場合は、外部の専門家と連携して復職支援の体制を構築することを検討してください。
有給消化から休職、そして復職までの一連の流れは、一社で完結させる必要はありません。外部の産業医や人事労務の専門家を交えることで、判断を客観化し、トラブルを防ぐことができます。
🔗 複雑な人事判断は、専門家に相談することで、後のトラブルを大きく減らせます。 →
まとめ
メンタル不調の社員が有給消化を希望した場合、短期間であれば対応自体は許容されます。しかし「本人が希望したから」という理由だけで進めることは、安全配慮義務の観点から会社のリスクになり得ます。受診勧奨・記録・有給消化後の方針確認という最低限の対応を行い、状態が改善しない場合は休職命令も含めた判断を会社が主体的に行うことが重要です。「就業規則に休職の規定があるかどうか」「産業医がいるかどうか」によって取れる対応が変わるため、自社の状況を整理した上で動くことが求められます。
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よくある質問
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