「36協定を結んでいなかったかもしれない」——そう気づいた瞬間、頭が真っ白になる経営者は少なくありません。専任人事がいない中小企業では、前任担当者の引き継ぎ漏れや、そもそも制度を知らなかったというケースが珍しくないのが現実です。この記事では、36協定の未締結が発覚したときに何をすべきか、優先順位と具体的な対処法を実務目線で整理します。
36協定未締結が引き起こす具体的なリスク
刑事罰と行政指導の現実
36協定(労働基準法第36条に基づく「時間外・休日労働に関する協定」)を締結・届出せずに法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて従業員を働かせた場合、使用者には6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります(労働基準法第119条)。罰則は使用者個人だけでなく、法人にも及ぶ「両罰規定」です。
実際には、まず労働基準監督署の立入調査→是正勧告書の交付→改善が見られない場合は書類送検、というルートをたどるケースが大半です。しかし「最初に調査が入った時点」ですでに会社の信頼性は大きく傷つきます。
民事上の残業代請求リスク
未締結期間中に残業を命じていた事実は、労働者側から見れば「違法な残業命令」にあたります。未払い残業代の時効は2020年4月以降に発生した分については3年(改正前は2年)に延長されました。つまり直近3年分の残業代をさかのぼって請求される可能性があり、従業員10名分・月平均20時間の未払い残業が積み重なれば、請求額は数百万円規模に達することも珍しくありません。
過重労働とメンタル不調が重なるとさらに深刻になる
未締結の状態で長時間労働が常態化していた職場では、従業員がうつ病などの精神疾患を発症しているケースが少なくありません。その従業員が労災申請をした場合、「36協定の未締結」という事実は使用者の安全配慮義務違反(民法415条・労働契約法5条)を裏付ける証拠として機能します。損害賠償請求の時効は不法行為の認識から3年・行為から20年と長く、後から突然請求が来るリスクがあります。
36協定未締結が発覚後にまず取り組むべき事実確認
未締結期間と残業実績を正確に把握する
焦って締結手続きを急ぐ前に、まず「いつから未締結だったか」を確認することが先決です。過去の届出書類(労基署の受付印が押されたもの)、労使間の議事録、雇用契約書の附属書類などを洗い出してください。届出書が見当たらない場合は、所轄の労働基準監督署に問い合わせると、過去の届出記録を確認できる場合があります。
次に、未締結だった期間中のタイムカード・入退館記録・PCのログなどで実際の時間外労働時間を洗い出します。「残業があったかどうか曖昧」なままにしておくと、後の対応方針が立てられません。
証拠となる書類は今すぐ保全する
調査が入った際に「記録がない」という状況は、会社側に不利に働きます。タイムカードや勤怠管理システムのデータは削除・改ざんせず原本のまま保存してください。改ざんが発覚すると、違反の悪質性が高いと判断され、行政指導から刑事事件に発展するリスクが格段に上がります。
36協定を今すぐ締結するための実務手順
適法な労働者代表を選出する
36協定は使用者と「労働者代表」の合意によって成立します。ここで注意が必要なのは、誰を労働者代表にするかには法律上のルールがある点です。管理監督者(部長・課長など管理職)は労働者代表になれません。また、使用者が一方的に「あなたが代表です」と指名することも認められていません。
適法な選出方法は「挙手・投票・話し合いなど、民主的な手続きによって労働者の過半数から選ばれること」です。10名の職場であれば6名以上の同意が必要です。この選出プロセスを議事録や同意書として残しておかないと、後から協定の有効性を争われるリスクがあります。
36協定書の作成と労基署への届出
協定書には「時間外労働をさせる具体的な理由」「1日・1ヶ月・1年の上限時間」「有効期間(最長1年)」などを記載します。2019年4月の法改正以降、時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間となり、それを超えるには「特別条項」の付記と「健康・福祉確保措置」の明記が必要です。
作成した協定書は所轄の労働基準監督署に届け出ます。電子申請(e-Gov)でも手続きができるため、窓口に出向く時間がない経営者でも対応しやすくなっています。届出が完了した日以降から有効になるため、締結日と届出日の管理を正確に記録しておいてください。
特別条項を安易に設定しない
「念のため上限を高めに設定しておきたい」という発想で特別条項を付けるケースがありますが、特別条項には「年6回まで」「月100時間未満」「年720時間以内」などの絶対的上限が法律で定められています。これを超えた36協定は無効であるだけでなく、それ自体が違法となります。上限設定は実態に即した現実的な数字にしてください。
未払い残業代の処理方針を決める
顧問社労士・弁護士と連携して試算する
未締結期間の残業実績が確認できたら、未払い残業代の概算を試算します。残業代の計算は「基礎賃金×割増率(時間外は1.25倍、深夜は1.5倍等)×時間数」が基本ですが、固定残業代制度を採用している場合の扱いや、管理監督者の認定が適切かどうかなど、個別の論点が多く絡みます。専門家(社会保険労務士・弁護士)と連携して正確に試算することを強くおすすめします。
自主的な清算が紛争リスクを大幅に下げる
未払いが確認された場合、従業員に対して自主的に精算することは、後のトラブルを防ぐ最も現実的な選択肢です。「指摘される前に自分たちで是正した」という事実は、労基署の調査においても「自発的改善姿勢」として評価されることがあります。一方、何もせずに調査が入ると是正勧告→指導票→書類送検へとエスカレートするリスクがあります。
精算にあたっては、従業員への説明と書面による合意取得も欠かせません。口頭だけの清算は、後から「受け取っていない」「金額が違う」という争いの種になります。
36協定の再発を防ぐための体制づくり
協定の有効期間を管理する仕組みをつくる
36協定の有効期間は最長1年です。更新を忘れると再び未締結状態になります。よくある失敗は「締結したこと自体を忘れる」「担当者が変わって引き継ぎがされない」というパターンです。有効期間終了の2〜3ヶ月前にリマインダーを設定し、更新手続きを当年度の経営スケジュールに組み込む運用にしてください。
労働時間の可視化と日常管理を整える
36協定を締結しても、実際の残業時間が協定の上限を超えれば再び違反状態になります。タイムカードや勤怠管理ツールで労働時間をリアルタイムで可視化し、上限に近づいている従業員には業務調整の声がけができる体制を整えることが重要です。特に20〜50名規模の企業では、月次の勤怠集計を経営者または兼務人事担当者が確認する「月次チェックの習慣化」だけで、リスクの多くを防ぐことができます。
メンタル不調の早期把握も同時に進める
未締結期間中に長時間労働が常態化していた職場では、現時点でメンタル不調を抱えている従業員がいる可能性があります。法令対応と並行して、従業員の健康状態の把握・相談しやすい環境の整備・必要に応じた休職支援を進めることが、会社を守ることにもつながります。体制が整っていない場合は、外部の専門家に相談することも有効な選択肢です。
まとめ
36協定の未締結が発覚した場合、まず焦らず「事実確認と記録保全」から始めることが重要です。未締結期間の特定と残業実績の洗い出しを行い、適法な手続きで速やかに締結・届出を完了させてください。過去の未払い残業代については専門家と連携して試算し、自主的な清算を検討することが、後の紛争リスクを大幅に低減します。さらに、長時間労働が続いていた職場ではメンタル不調者が潜在している可能性があり、法的対応と健康支援を同時に進めることが求められます。
このような緊急対応と体制整備は、専門的な知識と実務経験があってこそ初めて実現します。「何から手をつければいいかわからない」「自社の状況に合わせた対応方法を相談したい」という段階から、ウェルセンス株式会社にご相談ください。労務リスクの緊急対応と従業員のメンタル支援を同時にサポートできる体制で、御社の課題解決をお手伝いします。
よくある質問
社会保険労務士・産業カウンセラーと連携し、中小・成長企業の人事課題に向き合う実務ノウハウをお届けします。

