「月80時間を超える残業が出た。でも、うちには産業医がいない。どうすればいいんだろう……」
そう感じながらも、具体的な対応が分からず、結果的に何もしていない——そうした状況に陥っている経営者・人事担当者は少なくありません。産業医の選任義務は常時50人以上の事業場に課されるため、50人未満の企業では「産業医がいないのは問題ない」と理解している方も多いはずです。しかし、長時間労働者への面接指導は事業場の規模に関わらず義務です。産業医がいなくても、面接指導を実施する方法は存在します。この記事では、その具体的な3つの方法と、記録の残し方まで実務レベルで解説します。
産業医がいなくても面接指導は義務——根拠法令と対象者の確認
結論からお伝えします。労働安全衛生法第66条の8により、月80時間を超える時間外・休日労働をしている従業員から申出があった場合、事業者は医師による面接指導を実施しなければなりません。これは従業員が何人いる会社であっても適用されます。
「50人未満だから大丈夫」という誤解の危険性
産業医の選任義務(労働安全衛生法第13条)は常時50人以上の事業場に限られます。ここまでは正しい理解です。しかし、面接指導の義務は別の条文(第66条の8)で定められており、事業場規模は要件に含まれていません。「産業医が不要な規模だから、面接指導も不要」という解釈は法律上の誤りです。専任人事がいない中小企業では、この二つの規定が混同されやすく、結果として面接指導が見落とされるケースが起きています。
面接指導の対象となる条件
面接指導の対象となるのは、以下の条件をどちらも満たす従業員です。
- 週40時間を超える時間外・休日労働が1か月で80時間を超えている
- 本人から面接指導の申出がある
なお、月45時間超・80時間未満の場合でも、労働安全衛生法第66条の9により「努力義務」として面接指導またはそれに準じた措置を講じることが求められています。義務の強さは異なりますが、この段階から対応を始めることがリスク管理上は賢明です。
「申出がなければ何もしなくていい」は誤り
面接指導は本人の申出が前提(申出主義)ですが、事業者には別の義務もあります。労働安全衛生規則第52条の2第3項により、月80時間超に該当する従業員には、その時間外労働時間数を本人に通知しなければなりません。通知なしに「申出を待つだけ」では義務を果たしたことになりません。通知した記録と、申出がなかった事実の記録をセットで保管しておくことが実務上の正解です。
産業医未選任でも面接指導を実施する3つの方法
産業医がいない企業でも、面接指導を実施する手段は3つあります。それぞれの特徴と使いどころを理解して、自社に合った方法を選びましょう。
地域産業保健センター(地さんぽ)の無料活用
最も現実的な選択肢が、地域産業保健センター(通称:地さんぽ)の利用です。地さんぽは、産業保健活動総合支援事業(厚生労働省)の一環として都道府県ごとに設置されており、労働安全衛生法第13条の2に基づき、50人未満の小規模事業場に対して医師による面接指導を無料で提供しています。外部の医師として面接指導を依頼できるため、産業医がいなくても法的要件を満たす形で面接指導を実施できます。
ただし、地さんぽは事前予約制です。月80時間超が発生してから慌てて申し込んでも、実際の面接実施までにタイムラグが生じます。繁忙期や決算期など長時間労働が発生しやすいシーズンの前に、あらかじめ管轄の地さんぽに連絡を取り、利用の流れを確認しておくことを強くお勧めします。
かかりつけ医・地域の医師への依頼
法令上、面接指導を行う医師は「産業医」でなければならないとは定められていません。労働安全衛生法では「医師」による面接指導と規定されています。そのため、地域の医師(かかりつけ医や内科医など)に面接指導を依頼することも法的には可能です。ただし、面接指導には「勤務の状況・疲労の蓄積・心身の状況」を確認し、就業上の措置について事業者に意見を述べるという専門的な役割があります(労働安全衛生規則第52条の4)。産業保健に慣れた医師でないと、形式的な面談にとどまってしまうリスクがあります。なお、社会保険労務士は医師ではないため、面接指導の代替にはなりません。
産業医との顧問契約(スポット・非専属型)
50人未満でも、産業医と非専属・スポット契約を結ぶことは可能です。月1回の訪問ではなく、長時間労働者が発生したときだけ面接指導を依頼する形態もあります。費用はかかりますが、継続的な関係を持つことで、面接指導以外の健康管理相談や就業制限の判断など、より実効性の高い産業保健活動につながります。従業員30〜50人規模で、年間を通じて長時間労働が発生しやすい業種(建設・IT・飲食など)では、この選択肢を検討する価値があります。
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月80時間超が発生したときの対応フロー
長時間労働者が発生した月の締め後、迅速に動く必要があります。やるべきことを時系列で把握しておけば、焦らず対応できます。
時間外労働の集計と本人への通知
まず最初に、当該月の時間外・休日労働時間を正確に集計します。タイムカードや勤怠管理システムのデータを確認し、月80時間超に該当する従業員を特定してください。次に、該当従業員に対して時間外労働時間数を書面またはメールで通知します。口頭のみの通知は記録として残らないため避けましょう。この通知と、面接指導を申し出られる旨の案内を同時に行うことが実務上の標準です。
申出の受付と面接の実施
通知を受けた従業員が申出を行った場合、速やかに医師との日程調整を行います。地さんぽを利用する場合は事前に連絡済みであることが前提となります。面接指導では、医師が勤務状況・疲労の蓄積・心身の状況を確認し、必要に応じて就業制限や休暇付与などの意見を事業者に述べます。事業者はその意見を踏まえて、実際の就業上の措置(残業制限・配置転換など)を検討・実施します。
実は、面接指導の実施手順や医師との調整は、企業の人事部だけで抱えると判断ミスや書類漏れが発生しやすい部分です。必要に応じて外部の産業保健専門家に相談することで、法令遵守と従業員の健康管理を両立させることが可能です。
申出がなかった場合の対応
通知をしたにもかかわらず、従業員から申出がなかった場合も、その事実を記録として残す必要があります。「通知日・通知方法・申出の有無」を記録しておくことで、労働基準監督署の調査があった際に、義務を果たしていた証拠として提示できます。申出がないことは義務違反ではありませんが、通知した記録がなければ義務を果たせていなかった疑いをかけられる可能性があります。
面接指導の記録の残し方と保存期間
面接指導を実施しても、記録が残っていなければ「実施した証拠」になりません。労働安全衛生規則第52条の6により、面接指導の結果は5年間保存する義務があります。
記録に必ず含めるべき項目
記録すべき内容は法令で定められています。以下の4項目は必須です。
| 記録項目 | 記載内容の例 |
|---|---|
| 実施年月日 | 面接を行った日付(例:2025年4月15日) |
| 対象労働者の氏名 | 面接を受けた従業員の氏名 |
| 面接した医師の氏名 | 担当医師の氏名と所属 |
| 医師の意見 | 就業上の措置に関する意見(残業制限・休養推奨など) |
フォーマットと保存方法
専用の様式は法令では指定されていないため、厚生労働省が公開している「長時間労働者への医師による面接指導チェックリスト」などを参考に、自社で書式を作成して構いません。紙でも電子データでも保存は可能ですが、5年後まで確実に参照できる形式を選ぶことが重要です。電子データの場合、ファイルの保存場所・バックアップ体制を整えておきましょう。また、医師の意見書は別紙で作成・添付する形が一般的です。
就業上の措置とその記録も忘れずに
面接指導後、医師の意見を踏まえて実施した就業上の措置(残業時間の上限設定・有休取得の促進など)についても、別途記録を残しておくことを推奨します。措置の内容・実施日・担当者を記録しておくことで、対応の一貫性を示すことができます。面接指導の記録だけでなく、その後のフォローアップまで含めて記録する習慣をつけることが、トラブル防止と従業員への誠実な対応につながります。
自社の状況に合わせた対応方針の選び方
対応方針は、従業員数・長時間労働の発生頻度・社内リソースによって異なります。自社の状況を確認しながら、現実的な方針を選びましょう。
従業員数・産業医有無・長時間労働の頻度で判断する
以下の観点から、自社に適した対応を検討してください。
- 20〜30人規模・長時間労働が年に数回程度:地域産業保健センター(地さんぽ)を事前登録して活用するのが現実的。コストをかけずに対応できる。
- 30〜50人規模・繁忙期に長時間労働が集中する業種:スポット契約の産業医または地さんぽとの連携体制を繁忙期前に整備する。
- 50人未満でも選任産業医を検討したい場合:義務はないが、産業医との顧問契約を結ぶことで、面接指導以外のメンタルヘルス相談・就業制限の判断なども依頼できる。
就業規則との整合も確認する
面接指導に関する手続き(通知の方法・申出の受付方法・措置の決定フローなど)は、就業規則や社内規程に明記しておくことで、担当者が変わっても一貫した対応が可能になります。就業規則に面接指導に関する条項がない場合は、この機会に追記を検討してください。社会保険労務士に依頼することで、比較的低コストで対応できます。
まとめ
産業医がいなくても、長時間労働者への面接指導義務は変わりません。地域産業保健センター(地さんぽ)の活用・地域の医師への依頼・産業医とのスポット契約という3つの方法を状況に応じて選び、月80時間超が発生した際には通知→申出受付→面接実施→記録保存という流れを確実に実行することが求められます。また、記録は5年間保存が義務であり、申出がなかった場合も通知した事実の記録を残すことが重要です。
人事実務の中で法令対応を一社で完結させるのは負担が大きいものです。面接指導の進め方・医師との連携・記録管理について「どう進めたらいいか分からない」「記録フォーマットの作成が追いつかない」という場合は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。専任人事がいない企業向けに、実務に即した産業保健サポートをご提供しています。
よくある質問
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