「配偶者が海外赴任になった社員から、一緒についていきたいと言われた。引き止めたいけれど、就業規則に何も書いていない……」。そんな状況に直面したとき、多くの中小企業の担当者は「前例がないから断るしかない」と思い込みがちです。しかし、制度がないことと「認めてはいけない」ことは別の話です。この記事では、配偶者帯同休職の就業規則整備に必要な基礎知識から、期間・復職条件の決め方、文例のイメージまでを実務目線で整理します。
配偶者帯同休職は「認めるべきか」から考える
配偶者帯同休職を認めるかどうかは、法律ではなく会社の経営判断です。まず「前例がないから拒否」という思考の枠を外してから、制度の必要性を冷静に検討しましょう。
法律上の義務はないが、認めると会社にメリットがある
育児・介護休業法や労働基準法には、配偶者帯同休職を義務付ける規定はありません。つまり会社が任意に設ける制度です。しかし「優秀な社員を一時的に手放すことで、数年後に経験を積んだ状態で戻ってきてもらえる」という視点に立てば、制度整備は採用コストの節約にもなります。退職されてゼロから採用・育成するコストを考えると、在籍を維持するほうが合理的なケースは少なくありません。
「特例対応」が一番危険な落とし穴
制度がないまま口頭で「休んでいいよ」と伝えてしまうのが、最もリスクの高い対応です。書面も残さず、期間も決めず、復職条件も曖昧なまま数年が経過すると、「戻ろうとしたのにポジションがなくて解雇された」「不当な扱いを受けた」という主張に発展することがあります。労働契約法第16条が定める解雇権濫用法理のもとでは、就業規則の規定が曖昧だと会社が不利な立場に置かれます。特例で認める場合でも、必ず書面で合意内容を残すことが最低限の対策です。
「他の社員にも申請が来る」という不安への向き合い方
「一人認めたら際限なく申請が来るのでは」という懸念は自然ですが、適切な要件(勤続年数・申請手続き・書類の提出など)を設ければ対象者を絞り込むことができます。要件を明文化することで「なし崩し」を防ぎつつ、制度として公平に運用できます。むしろ基準がないほうが、「あの人だけ認められた」という不公平感が生まれやすいのです。
就業規則に何をどう書くか
配偶者帯同休職を就業規則に定めるには、既存の休職条項に追記するか、独立した条項を新設するかのいずれかです。規模や既存規則の構造によって選択肢が変わります。
既存の休職条項への追記か、新条項の新設か
すでに私傷病休職や育児休業などの休職規定がある場合、「配偶者帯同休職」を列挙する形で追記するのが最もシンプルです。一方、休職全般の規定がほとんど整備されていない場合は、この機会に「休職に関する条項」をひとまとまりで整備することをおすすめします。労働基準法第89条では、休職は就業規則の相対的必要記載事項(定めを置く場合は必ず記載が必要な事項)とされているため、条項を設ける以上は必ず就業規則に反映し、10名以上の事業場では所轄の労働基準監督署へ届け出る必要があります(同法第90条)。
規定に必ず盛り込むべき項目
以下の表は、配偶者帯同休職の条項として最低限整備すべき要素をまとめたものです。自社の状況と照らし合わせて確認してください。
| 規定項目 | 設計のポイント |
|---|---|
| 休職事由 | 「配偶者の国内外の転勤・赴任に帯同するため」と明記する |
| 対象者要件 | 勤続1年以上などの年数要件を設けることが多い |
| 休職期間の上限 | 「最長〇年」と上限を明示(詳細は次セクション参照) |
| 給与の取り扱い | 無給(ノーワーク・ノーペイ)が一般的 |
| 社会保険料の負担 | 本人負担分の納付方法(毎月振込など)を明記する |
| 復職の手続き | 帰国後〇週間以内に申出、会社が可否を判断する旨を記載 |
| 復職時の処遇 | 「同等の職務への配置に努める」という努力義務表現が現実的 |
| 期間満了時の退職 | 期間内に復職できない場合は退職とみなす旨を明記する |
| 延長の可否 | 赴任延長を証明する書類提出を条件に、1回限り延長可とする設計例あり |
文例のイメージ(条文の書き方)
実際の条文は社労士や弁護士と連携して作成するのが原則ですが、条文のおおまかな構成イメージは次のようなものです。「第〇条(配偶者帯同休職)会社は、勤続1年以上の従業員が配偶者の転勤・赴任に帯同するため就業が困難になった場合、本人の申請に基づき、最長〇年を限度として休職を認めることができる。休職中の給与は無給とし、社会保険料の本人負担分は毎月〇日までに会社指定口座へ振込むものとする。休職期間満了までに復職できない場合は、期間満了日をもって退職とみなす。」このような骨格を元に、自社の実態に合わせて肉付けしていきます。
就業規則の整備で一度躓くと、その後の対応に困る企業は多くあります。不明な点がある段階での専門家相談が、後々のトラブルリスクを大きく減らします。
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休職期間の上限と復職条件の決め方
休職期間の上限は「1年〜3年」が実務上の一般的な目安です。配偶者の赴任期間が不確定な場合は、更新型の設計が現実的な対応になります。
上限期間をどう設定するか
配偶者の海外赴任期間は、一般的に2〜3年程度が多いとされますが、延長になるケースも珍しくありません。そのため、最初から「最長3年、ただし配偶者の赴任証明書を毎年提出することを条件に継続」とする更新型の設計が実務的です。上限を設けない設計は、事実上の永続的な在籍者を生む可能性があり、後任配置や人員計画にも支障をきたします。上限は必ず設け、延長する場合も「1回限り」「証明書類の提出が必須」などの条件を付けることが重要です。
期間満了時の「退職」扱いと法的リスク
休職期間満了による「自然退職」は、就業規則に明確な条項があれば解雇ではなく退職として処理できます。条項が曖昧なまま「もう戻れないから辞めてもらう」という対応を取ると、労働契約法第16条の解雇権濫用法理に抵触するリスクが生じます。「期間満了日をもって退職とみなす」という文言を就業規則に明記し、休職開始前に本人へ十分説明・署名を得ておくことが、後のトラブル防止になります。
復職条件と処遇保証の現実的な落とし所
「帰国したら元のポジションに戻してほしい」という期待に対して、「完全に同一の職務・役職を保証する」という条文は現実的ではありません。すでに後任が配置されているケースが多いためです。実務的には「同等の職務への復帰に努める」という努力義務表現に留め、復帰先のポジションは帰国時点の状況を踏まえて協議するとしておくのが無難です。復帰前に面談の機会を設けることも規定しておくと、当事者の不安を軽減できます。
社会保険と給与の取り扱いで見落としがちなこと
無給休職中も社会保険の被保険者資格は原則として維持され、会社負担の保険料は発生し続けます。この点を事前に整理しておかないと、会社側に予期せぬコストが生じます。
無給でも社会保険料は発生する
雇用関係が継続している限り、健康保険法・厚生年金保険法のもとで社会保険の被保険者資格は維持されます。つまり無給の休職中も、会社負担分の保険料は毎月発生します。この点を見落として「休んでいる間は会社のコストはゼロ」と考えていると、思わぬ負担が続くことになります。年間を通じると会社負担の社会保険料は少なくない金額になるため、休職を認める前に経営者・担当者ともに認識しておく必要があります。
本人負担分の徴収方法を明文化する
本人負担分の保険料については、主に次の方法があります。
- 毎月、本人が会社指定口座へ振り込む
- 会社が立て替え、復職後の給与から分割控除する
- 休職前の最終給与から一定期間分を前払いで精算する
どの方法を採用するにしても、就業規則または個別の休職合意書に明記しておくことが必須です。口頭での取り決めは後日「聞いていない」というトラブルになりやすいため、書面化は必ず行ってください。
就業規則の整備と届出の手順
就業規則の変更・新設は、作成して終わりではなく、労働者への周知と所轄労働基準監督署への届出まで完了して初めて効力を持ちます。
変更手続きの流れを押さえる
まず、現行の就業規則を確認し、配偶者帯同休職の条項を追記・新設する草案を作成します。次に、労働者の過半数を代表する者(または過半数組合)の意見書を取得します。これは同意書ではなく意見を聴いたことを証明するものであり、反対意見があっても手続き上は問題ありません。そのうえで、就業規則変更届・意見書とともに所轄の労働基準監督署へ届け出ます(常時10名以上の労働者を使用する事業場が対象)。最後に、改定内容を全労働者に周知することで変更の効力が生じます(労働契約法第7条)。
9名以下の事業場の場合はどうなるか
常時使用する労働者が9名以下の事業場は、就業規則の作成・届出義務はありません。しかし、制度を設ける場合には就業規則または個別の労働条件通知書・合意書に内容を明記することを強くおすすめします。義務がないからといって口頭対応のみでは、後日の紛争リスクは変わりません。書面で内容を残すことが実務上の最低ラインです。
社労士・弁護士との連携が現実的な選択肢
就業規則の文章は、一言の表現が法的な解釈に影響します。特に「退職とみなす」という条項は、労働契約法の解釈と慎重に照らし合わせる必要があります。専任人事のいない企業であれば、就業規則の草案作成は社会保険労務士に依頼し、復職拒否・解雇リスクの確認は弁護士に確認するという二段階のチェック体制が理想的です。費用はかかりますが、一度整備してしまえば再発する同様ケースにも対応できる「資産」になります。
人事対応の判断に迷う場合、社内だけで決めずに外部の専門家を交えた相談が解決を早めます。ウェルセンス株式会社でも、就業規則整備の段階からご相談いただくことで、後々のリスク対応を大幅に削減できるケースが多くあります。
まとめ
配偶者帯同休職は法定外の任意制度ですが、「前例がないから断る」より「ルールを作って認める」ほうがリスクを抑えながら優秀な人材を守ることができます。就業規則には、休職事由・期間の上限・給与と社会保険の取り扱い・復職条件・期間満了時の退職扱いという最低限の要素を明記し、所轄の労働基準監督署への届出と社員への周知まで行って初めて制度として機能します。口頭や特例での対応は後日トラブルの温床になりやすく、書面化が何より重要です。
「どんな規定を作ればいいか相談したい」「今の就業規則に何か抜けがあるか確認したい」という段階から、ウェルセンス株式会社はご相談をお受けしています。専任人事がいない中小企業の経営者・人事担当者が人事課題を一社で抱え込まないよう、実務的なアドバイスと書類のチェック体制を用意しています。まずはお気軽にお問い合わせください。
よくある質問
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