「うちは従業員20人ほどの小さな会社だから、定年や再雇用の法律はあまり関係ないだろう」——そう思っていませんか? 実は、高年齢者雇用確保措置は従業員規模に関係なく、すべての企業に適用される義務です。就業規則の定年条項を創業時のまま放置している場合、すでに法令違反の状態になっている可能性があります。この記事では、中小企業の経営者・兼務人事担当者が知っておくべき高年齢者雇用確保措置の義務の全体像と、自社に合った対応の選び方をわかりやすく解説します。
義務の二層構造を整理する:「65歳まで」と「70歳まで」の違い
高年齢者雇用確保措置には、「65歳まで」が法的義務、「70歳まで」が努力義務という二層構造があります。この区別を理解しておくことが、自社の対応水準を判断する起点になります。
65歳までの雇用確保は「義務」
高年齢者雇用安定法(正式名称:高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)は、2013年の改正により、定年を定めている企業に対して、希望するすべての従業員を65歳まで雇用することを義務づけています。中小企業・大企業を問わず適用されます。現時点では罰則は設けられていませんが、対応していない企業には行政機関から助言・指導・勧告が行われるプロセスがあります。「罰則がないから大丈夫」は誤りで、行政指導の対象になること自体、会社の信頼に関わります。
70歳までの就業機会確保は「努力義務」
2021年4月に施行された改正では、70歳までの就業機会確保が努力義務として加わりました。義務ではないため、現時点で未対応でも直ちに問題にはなりません。ただし、今後義務化に向けた動きが進む可能性があるため、65歳対応と合わせて早めに検討しておくことが望ましいでしょう。
| 対象年齢 | 義務レベル | 措置の内容 |
|---|---|---|
| 〜65歳 | 義務(罰則なし・行政指導対象) | 定年廃止・定年延長・継続雇用制度のいずれか |
| 〜70歳 | 努力義務(2021年4月施行) | 上記3つに加え、業務委託契約・社会貢献活動への従事を含む5択 |
自社に合う選択肢を3つから選ぶ
65歳までの高年齢者雇用確保措置として企業が選べる選択肢は、定年廃止・定年延長・継続雇用制度の3つです。多くの中小企業にとって、最も現実的なのは「継続雇用制度」ですが、自社の状況によって適切な選択は異なります。
定年廃止:運用負荷が高いが将来性もある
定年そのものをなくし、年齢を理由に雇用を終了させない仕組みです。採用面でのアピールになる反面、中長期の人件費への影響が大きく、別途「解雇基準」や「業務評価基準」を明文化しないと、パフォーマンスが低下した社員への対応が難しくなります。人事制度が整っていない段階でこの選択をすると、運用が立ち行かなくなるリスクがあります。専任人事がいない中小企業ではハードルが高い選択肢です。
定年延長:シンプルだが賃金設計が課題
現在60歳定年であれば、就業規則の定年年齢を65歳に書き換える方法です。条文の改定だけで対応できるシンプルさが魅力ですが、賃金・処遇体系を見直さないと問題が生じます。たとえば「定年を延ばしたが、60歳以降の賃金水準を定めていない」という状態では、個別交渉が発生し、不満やトラブルのもとになります。従業員にとって有利な方向への変更なので就業規則の一方的変更は原則可能ですが、60歳以降の賃金を引き下げる場合は従業員の個別合意が必要になります。
継続雇用制度:中小企業に最も普及している現実的な選択
定年後に新たな雇用契約(多くは有期雇用)を結ぶ方法で、実態として最も多くの企業が採用しています。2013年の法改正以降、「継続雇用の基準を満たした者だけを対象にする」という仕組みは廃止され、希望するすべての従業員を対象にしなければなりません。雇用条件(賃金・勤務時間・職務内容)は就業規則と個別契約で明確に定める必要があります。
継続雇用しないことが認められる場合:対象除外事由の考え方
継続雇用制度を導入しても、一定の要件に該当する場合は、継続雇用しないことが認められています。ただし、その要件を就業規則に明記しておかなければ、断れるはずの状況でも断れなくなります。
対象除外が認められる具体的な事由
厚生労働省の「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」では、心身の故障により業務に堪えられない場合、または勤務態度が著しく不良で雇用の継続が困難な場合など、解雇事由・退職事由に相当する合理的な理由があれば、継続雇用しないことも認められています。重要なのは「解雇に値するレベルの理由」が必要という点です。「業績が落ちてきた」「若手に仕事を任せたい」という理由は対象外事由にはなりません。
就業規則への明記が大前提
対象除外事由は、就業規則に具体的に記載しておくことが不可欠です。「心身の故障のため業務の遂行に堪えない者」「勤務状況が著しく不良で、引き続き従業員として雇用することが困難と認められる者」といった文言で明記します。記載がなければ、会社が正当な理由ありと考えていても、本人から「なぜ断られるのか」と問われたとき、説得力ある説明ができません。就業規則の不備が、後のトラブルを引き起こす原因になります。
就業規則を整備する具体的な手順
制度を決めたら、就業規則への反映が必要です。常時10名以上の従業員がいる企業は、就業規則を作成・変更した際に所轄の労働基準監督署へ届け出る義務があります。手順を順に追って確認していきましょう。
現状確認と方針決定
まず現在の就業規則の定年条項と再雇用条項を確認します。「定年60歳、再雇用規定なし」という状態であれば、法改正への対応ができていません。次に、3つの選択肢(定年廃止・定年延長・継続雇用制度)のうちどれを採用するかを経営判断します。判断の際は、現在の平均年齢層、近い将来に定年を迎える社員の人数、賃金原資の余裕度を整理しておくと決めやすくなります。
条文作成と関連規程との整合確認
方針が決まったら条文案を作成します。継続雇用制度を選ぶ場合、定年条項・継続雇用条項・対象除外事由の3つを整備します。あわせて、賃金規程・退職金規程との整合性を確認してください。60歳以降の賃金水準が定められていない場合は、同時に整備が必要です。賃金設計では、在職老齢年金(60歳以降も働きながら年金を受け取る仕組み)や高年齢雇用継続給付(雇用保険から支給される給付)との関係も考慮すると、本人の手取りと会社の負担のバランスを取りやすくなります。この部分の判断は複雑なため、社労士への相談が効果的です。
労働者代表への意見聴取と届出・周知
就業規則の変更には、従業員代表(労働者の過半数を代表する者)からの意見聴取が必要です。意見書を書面でもらい、就業規則に添付します。常時10名以上の企業は所轄の労働基準監督署へ届け出たうえで、全従業員への周知を行います。9名以下の企業は届出義務はありませんが、内容の周知は同様に必要です。
制度の成否を左右する:「高齢社員に何を任せるか」の設計
制度を整備しても、高齢社員の役割・賃金・評価が曖昧なままでは現場に混乱が生じます。継続雇用後の働き方を具体的に設計することが、制度を機能させる鍵です。
職務内容と賃金水準をセットで決める
「とりあえず再雇用したが、給与をどうするか決めていない」という状態は現場に不満を生みます。再雇用後の職務内容(担当業務の範囲、責任の範囲)を具体的に定め、それに見合う賃金水準を設定することが重要です。なお、正規雇用から有期雇用に切り替える継続雇用では、同一労働同一賃金の観点からも、待遇の差が合理的かどうかを確認しておく必要があります。
評価の仕組みと周囲への説明をセットで行う
高齢社員を戦力として機能させるには、定期的な評価面談と、チーム内での役割の明確化が欠かせません。「なんとなく座ってもらっている」状態では本人のモチベーションも上がりません。技術・経験の伝承役、特定顧客との関係維持、後輩の指導役など、具体的な役割を設定することで、周囲も本人の存在価値を理解しやすくなります。こうした設計は、書類上の制度整備と並行して進めることが現実的な運用につながります。実際の運用で課題が出たときは、社労士や人事コンサルタントに相談することで、スムーズな調整が可能です。
まとめ
高年齢者雇用確保措置は、従業員規模を問わずすべての企業に適用される義務です。65歳までの雇用確保は法的義務であり、就業規則の整備が伴っていない場合は、早急に対応を検討する必要があります。選択肢は定年廃止・定年延長・継続雇用制度の3つで、専任人事がいない中小企業には継続雇用制度が最も現実的です。制度を選んだ後は、就業規則への明文化・賃金設計・役割設計まで一体で整備することが、現場でのトラブルを防ぐポイントになります。
高年齢者雇用確保措置の制度設計は、法的要件と現場の実務が複雑に絡むため、専門家のサポートがあると安心です。ウェルセンス株式会社では、人事専任者がいない中小企業の就業規則整備・高齢社員の人事対応についてのご相談をお受けしています。「自社がどの選択肢を選ぶべきか」「就業規則に何を書けばいいか」「再雇用後の運用をどう進めるか」といった具体的なご質問・ご相談があれば、お気軽にお声がけください。
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