「休職中の社員がアルバイトをしているらしい」——そんな情報が社内に流れてきたとき、多くの経営者・人事担当者はまず頭が真っ白になります。怒りとともに「すぐ解雇できるのか」という疑問が浮かぶ一方、「感情的に動いて後で訴えられたらどうしよう」という不安も同時にわいてくるはずです。結論から言えば、休職中のアルバイトへの懲戒処分は「できる場合とできない場合がある」のが実態です。鍵は、就業規則に規定があるかどうか、病名・療養状況との整合性、そして会社や第三者への具体的な損害の有無という三つの軸です。この記事では、発覚から処分決定までの実務手順を、法令根拠とあわせて整理します。
懲戒処分ができるかどうかの判断基準
休職中のアルバイトに対して懲戒処分を行えるかどうかは、「就業規則に規定があるから即アウト」でも「規定がないから何もできない」でもありません。三つの判断軸を総合的に見て判断します。
就業規則の規定の有無
就業規則に副業・兼業禁止規定、または「兼業には会社の許可が必要」という規定があれば、それ自体が懲戒事由の根拠になります。労働契約法第7条は、合理的な内容で周知された就業規則が労働契約の内容となると定めており、副業禁止規定はその代表例です。一方、規定がまったくない場合でも、懲戒の余地がゼロになるわけではありません。後述するように、療養義務違反・信義則違反を根拠にできる場合があります。
病名・療養状況との整合性
うつ病や適応障害で「労務不能」として休職中の社員が、接客業や体力を要するアルバイトをしていた場合、医師の診断内容と明らかに矛盾します。これは療養に専念する義務を怠っているとして処分の根拠になりえます。一方、医師が「軽い作業は回復に有益」と判断し、リハビリの一環として本人が軽作業をしていたようなケースでは、処分の正当性は弱くなります。骨折で休業中に事務的な内職をしていた場合なども、傷病部位との整合性がポイントになります。
会社・信頼関係への実害
競業他社でのアルバイト、顧客への接触、秘密情報の漏えいリスクがある就労であれば、処分を肯定しやすくなります。反対に、短期間・低負荷で傷病とも無関係のごく軽微な就労の場合、「懲戒解雇」は裁量権の濫用と判断されるリスクがあります。労働契約法第15条は、懲戒処分が客観的に合理的な理由を欠いたり社会通念上相当でない場合は無効と定めており、処分の重さを誤ると会社側が訴訟リスクを負います。
就業規則に副業禁止規定がない場合の対処法
就業規則に副業禁止の明文規定がなくても、懲戒処分をまったく行えないわけではありません。ただし、処分の重さには制約があります。
療養義務・信義則を根拠にする考え方
判例上、労働者は休職中も「労務提供の準備として療養に専念する義務(療養義務)」を負うと解釈されています。この考え方に基づけば、副業禁止の明文規定がなくとも、民法第1条第2項(信義誠実の原則)に反する行為として懲戒事由を構成できる可能性があります。もっとも、規定がない状態で重い処分を下すと、「事前に禁止されていなかった」として無効と判断されるリスクが高まります。
適切な処分の重さを見極める
副業禁止規定がない場合に処分を行うなら、「けん責(始末書提出)」や「減給」の範囲にとどめることが現実的です。懲戒解雇は、就業規則の明文根拠と客観的な重大性がそろわないと、不当解雇として争われた際に会社が敗訴するリスクがあります。規定がない状態で発覚したことを機に、就業規則を整備し、次回以降に備えることも重要な実務対応です。
規定がない場合に取りうる現実的な対応
処分の根拠が薄い場合でも、本人を呼んで事実確認を行い、書面で「療養専念義務があること」「今後の違反があれば処分対象になること」を通告することはできます。また、復職の条件として主治医・産業医の確認を求めるプロセスを経ることで、アルバイトの継続が回復にどう影響するかを改めて整理することも可能です。
傷病手当金との関係と健保組合への対応
傷病手当金は健康保険から支払われる給付であり、会社が直接返還義務を負うものではありません。ただし、会社として知っておくべき実務上の判断ポイントがあります。
傷病手当金の受給要件と就労の関係
健康保険法第99条は、傷病手当金の受給要件として「療養のため労務に服することができない状態」を挙げています。就労の実態があった期間は、この要件を欠く可能性があります。健康保険組合(または協会けんぽ)は、不正受給と認定した場合、同法第121条(不正利得の徴収)に基づいて受給者本人に返還を求めることができます。返還請求の主体はあくまで健保組合であり、会社が直接返還を求めることはできません。
健保組合への情報提供は義務か
会社が知り得た事実を健保組合に報告する義務については、現行法上の明文規定はありません。実務上は「任意の情報提供」として扱われることが多く、会社が情報提供するかどうかは経営判断の範囲内です。ただし、会社が虚偽の「休業証明書」を発行し続けていた場合は、会社自体の責任問題に発展しますので、証明書類の管理には細心の注意が必要です。健保組合に情報提供を行う場合は、事前に社労士や弁護士に確認したうえで対応することを強く推奨します。
競業他社でのアルバイトが発覚した場合
競業他社での就労が確認された場合、傷病手当金の問題にとどまらず、競業避止義務違反や秘密保持義務違反が懲戒事由として加わります。就業規則や雇用契約書・誓約書に競業避止・秘密保持の条項があれば、それらを根拠に懲戒処分を重くできます。ただし、競業避止義務の有効性は職種・地位・保護すべき利益との比較衡量で判断されるため、やはり法的確認が必要です。
発覚から処分決定までの実務手順
休職中のアルバイト発覚時に最もやってはいけないのは、感情的に即断することです。正しい順序で事実を積み上げることが、後の紛争リスクを大幅に下げます。
事実確認と証拠の記録化
まず最初に行うべきは、情報の裏付けを取ることです。「誰から聞いた」「いつ・どこで目撃された」「SNSの投稿なのか」など、発覚の経緯を文書化します。伝聞や噂の段階で動くと、本人が否定した場合に会社側の立場が弱くなります。証拠として使えるものとしては、目撃者の陳述書、SNSのスクリーンショット(取得日時を記録)、勤務先からの情報などがあります。
本人へのヒアリングと書面通知
証拠が一定程度そろったら、本人に対してヒアリングの機会を設けます。ヒアリングは一方的な問い詰めではなく、「事実確認のための機会を与える」という姿勢で行うことが重要です。労働契約法第15条の「弁明の機会」に相当するプロセスとして、ヒアリング実施の事実と内容を記録化しておくことが後の懲戒手続きを守ります。ヒアリング後には内容を書面に残し、本人に確認のサインを求めることが理想的です。
就業規則の確認と法的リスク評価
ヒアリングで事実が確認されたら、次に就業規則・雇用契約書を確認します。副業禁止規定の有無、懲戒事由の列挙内容、手続き要件(懲戒委員会の設置など)を確認したうえで、処分の種類と重さを検討します。この段階では必ず社会保険労務士または弁護士に確認することを推奨します。専任の人事・法務担当者がいない中小企業ほど、専門家への早期相談が結果を大きく左右します。
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懲戒処分の種類と選択の目安
懲戒処分は「重ければ重いほどよい」ものではありません。事案の重大性に応じた処分を選ぶことが、後の紛争リスクを最小化します。
処分の種類と適用場面の目安
| 処分の種類 | 適用の目安 | 注意点 |
|---|---|---|
| けん責・戒告 | 短期・低負荷・傷病と無関係の軽微な就労、初回 | 始末書の提出を求め、記録に残す |
| 減給 | 規定違反が明確、一定期間にわたる就労 | 労基法91条の上限(1回の額が平均賃金の10分の1以内等)を守る |
| 出勤停止 | 反復・常習的、または傷病と矛盾する就労 | 就業規則の規定がある場合に限る |
| 降格・降職 | 会社への信用毀損、競業他社での就労 | 職能資格や役職の規定と整合性を確認する |
| 懲戒解雇 | 長期・悪質・競業・秘密漏えい等の重大事案 | 最も重い処分。法的確認なしに実行してはならない |
普通解雇との使い分け
懲戒解雇が難しい場合でも、「休職事由の消滅」や「雇用継続が困難な事情」として普通解雇を検討できるケースがあります。ただし普通解雇も労働契約法第16条(解雇権濫用の禁止)が適用されますので、客観的合理性と社会通念上の相当性が必要です。どちらの解雇も、必ず法的確認を経てから実行してください。
復職判断への影響
アルバイトの事実が発覚した場合、復職プロセスにも影響します。医師の診断と矛盾する就労をしていたことが明らかな場合、「復職可能かどうか」の判断を産業医に改めて求めることは合理的な対応です。復職を認める前に条件を設定し直すことも、会社として正当に行える対応です。
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まとめ
休職中のアルバイト発覚への対応は、「感情的に動く」でも「泣き寝入り」でもなく、事実確認・就業規則の確認・法的リスク評価という順序を踏むことが最重要です。就業規則に副業禁止規定があれば懲戒の根拠は明確になりますが、規定がない場合も療養義務・信義則違反を根拠に対応できる余地があります。傷病手当金の返還請求は健保組合が行うものであり、会社は任意の情報提供という形で関与する形になります。処分の種類は事案の重大性に応じて選び、懲戒解雇は必ず法的確認を経てから行ってください。
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