メンタル不調社員の指導記録の書き方と残し方のポイント

メンタルヘルス対応

「ミスが続いているから指導したい。でも、メンタル不調があると聞いているし、追い詰めてパワハラと言われたら……」。そう考えて、何も言えないまま記録も残さずにいる——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こうした相談が後を絶ちません。

メンタル不調社員への指導記録は、「会社を守るための証拠」であると同時に、「社員に誠実に向き合っていた証明」でもあります。記録がないまま休職・退職・労働紛争に発展したとき、会社は非常に不利な立場に立たされます。この記事では、メンタル不調と業務上の問題行動が混在するケースで、どのように指導記録を書き、残せばよいのかを実務的に解説します。

メンタル不調社員への指導は「してはいけない」わけではない

結論からお伝えします。メンタル不調の診断や兆候があっても、業務上の問題行動に対して指導・注意を行うことは適切な対応です。ただし、指導の仕方と記録の残し方には一定のルールが必要です。

「指導=パワハラ」という誤解を解く

パワーハラスメントとは、優越的な関係を背景に、業務上の必要性・相当性を超えた言動によって労働者の就業環境を害することを指します(労働施策総合推進法第30条の2)。業務上必要な指導であり、その内容・方法・頻度が社会通念上相当の範囲内であれば、メンタル不調の有無にかかわらず、パワハラには該当しません

むしろ、問題行動を放置することは安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点からも問題になりえます。使用者は労働者の健康を守る義務を負っており、状況を把握せずに放置した事実が後から問われるリスクがあります。

指導が「問題あり」になるのはどんなとき

指導が適切でないと判断されやすいのは、次のような場合です。感情的な言葉で人格を否定した、大勢の前で長時間叱責した、明らかに達成不可能な目標を押しつけた、繰り返し同じことを何時間も責め続けた——こうした行為は、業務上の正当な指導の範囲を超えているとみなされます。指導の「中身」ではなく「やり方」と「度合い」が問われる点を押さえておきましょう。

メンタル不調と業務問題の「切り分け」が記録の出発点

指導記録を正しく残すには、まず「健康面の記録」と「業務上の問題行動の記録」を明確に分けることが前提です。この二つが混在すると、記録としての機能を果たしません。

二種類の記録は目的も保管場所も別にする

実務では、以下の二種類を明確に区別して管理することを推奨します。

記録の種類 記録する内容の例 保管場所・アクセス権限
業務指導記録(人事ファイル) ミスの日時・内容、指導の事実、本人の発言、改善目標と期限 人事担当・経営者のみ
健康配慮記録(健康管理ファイル) 体調不良の申し出、通院の有無(本人申告)、産業医との面談記録 アクセス者をさらに限定(経営者・産業医等)

診断名などのセンシティブな情報は「要配慮個人情報」(個人情報保護法第2条第3項)に該当し、取り扱いには特別な注意が必要です。業務指導の記録に診断名や症状の推測を書き込まないことが鉄則です。

「病気が原因のミスか、本人の問題か」を判断しようとしない

「このミスはメンタル不調のせいだから仕方ない」「本人の意欲の問題だ」といった判断を記録者がしてはいけません。人事担当者が医学的な因果関係を判断することは職責の範囲を超えており、誤った記述が後でトラブルの種になります。記録すべきは「何が起きたか(事実)」であり、「なぜ起きたか(原因の解釈)」ではありません。原因の判断は、必要であれば産業医や主治医の意見を参照する形で行います

指導記録に必ず書くべき五つの要素

指導記録が後の労働紛争や休職対応で「証拠」として機能するには、書くべき情報が揃っている必要があります。何をどの順番で書けばよいか、五つの要素で整理します。

事実と発言を客観的に記す

メンタル不調社員への指導記録に盛り込むべき五つの要素は次のとおりです。

  • 日時・場所:面談や指導を行った日付・時刻・場所(例:「2025年4月10日15:00〜15:30、会議室A」)
  • 出席者:指導者(役職・氏名)と対象者(氏名)を記録。第三者が同席した場合はその氏名も記載する
  • 伝えた業務上の事実:「3月中に顧客Xへの報告書提出が3回遅延した(3/5・3/12・3/19)」のように、具体的な日付・件数・内容を記す。「よくミスをする」「報告が遅い」といった曖昧な表現は避ける
  • 本人の反応・発言:本人が何と答えたか、認識しているか、改善の意思を示したかを記録する(例:「本人は遅延の事実を認め、今後は前日までに提出すると約束した」)
  • 今後の対応方針・期限:何を・いつまでに改善するか、次回確認のタイミングはいつかを明記する

感情的な評価(「やる気がない」「態度が悪い」)や、病状の推測(「うつのせいで集中できていない」)は一切書かないのが原則です。

面談後に本人確認を取る運用が「言った言わない」を防ぐ

面談記録を作成したら、可能な範囲で本人に内容確認をしてもらう運用が有効です。紙に署名をもらう方法のほか、面談後にメールで記録内容を送り「内容に相違がなければご確認の返信をお願いします」と一言添えるだけでも機能します。本人が確認を拒否した場合はその旨も記録に残します。このひと手間が、後の「そんな指導は受けていない」という主張を防ぐ重要な証拠になります。

産業医・就業規則の有無で変わる対応の進め方

中小企業では、産業医の選任義務や就業規則の整備状況によって、取れる対応の選択肢が変わります。自社の状況を確認しながら、対応の進め方を判断してください。

産業医がいる場合(従業員50名以上の目安)

労働安全衛生法に基づき、従業員50名以上の事業場は産業医の選任が義務づけられています。この場合、メンタル不調が疑われる社員については産業医面談を早期に設定し、就業上の配慮が必要かどうかの意見を求めることが基本の流れです。産業医の所見や就業制限の意見は、記録として保管しておきます。指導を行う際も、産業医の意見を踏まえた上で実施することで、会社の対応の合理性を示しやすくなります。

産業医がいない場合(従業員50名未満)

産業医の選任義務がない小規模企業では、本人の同意を得た上で主治医への情報提供を依頼したり、地域産業保健センター(労働者健康安全機構)の無料相談を活用したりする方法があります。専門家の関与がない状態で対応を進める場合は、記録の正確性と対応の一貫性をより丁寧に保つことが重要です。

就業規則に休職規定がない場合

就業規則に休職・復職のルールが定められていないと、いざ休職の検討が必要になったときに会社・社員双方が混乱します。10名以上の事業場は就業規則の作成・届出が義務(労働基準法第89条)ですが、未整備のケースも少なくありません。記録を残すと同時に、就業規則の整備も並行して検討することをお勧めします。

記録が「機能しない」よくある失敗パターン

指導記録を残していたつもりでも、いざというときに役立たないケースがあります。陥りやすい失敗パターンを把握しておくことで、記録の精度を高めることができます。

観察メモと業務記録が混在している

「今日は元気がなさそうだった。また報告が遅れた」という一文では、体調の観察と業務上の問題行動が混在していて、どちらの記録としても機能しません。「報告が3日遅延した(事実)」と「表情が暗く声が小さかった(観察)」は別のファイルに分けて記録することが必要です。

対応者が変わるたびに記録の形式が変わる

専任人事がいない環境では、社長・現場マネージャー・総務担当など複数の人が対応することがあります。担当者ごとに記録のフォーマットや詳細度が異なると、組織としての一貫した対応履歴が見えなくなります。シンプルな記録テンプレートを一つ決め、誰が対応しても同じ形式で残るようにすることが重要です。

口頭指導だけで記録が残っていない

「口頭では何度も注意した」という状況は、指導記録が存在しない限り、会社側から立証することが非常に困難です。労働契約法第15条・第16条に基づく懲戒・解雇の有効性が争われた判例においても、指導の事実を書面で立証できるかどうかが判断の分かれ目になることがあります。口頭指導の後でも、その日のうちに記録として書き起こす習慣をつけましょう。

休職前・休職中に残しておくべき記録とタイミング

メンタル不調が深刻化し、休職に至る前後は特に記録が重要な局面です。何をいつ記録すべきか、時系列で整理しておきましょう。

不調のサインを確認した時点で記録を開始する

欠勤が続く、ミスが急増する、コミュニケーションが極端に減る——こうした変化に気づいた時点で記録を始めます。「いつから」「どのような変化があったか」を時系列で残しておくことが、後の対応判断の根拠になります。この段階では業務上の事実の記録と、体調面で本人が申し出た内容の記録を分けて開始します。

休職開始時・復職時の記録

休職に入るときは、休職の開始日・理由・期間・連絡窓口・休職中の扱い(給与・社会保険など)を書面で本人に渡し、その控えを会社でも保管します。復職の際には、主治医の意見書・産業医の意見(産業医がいる場合)・復職後の業務上の配慮事項を記録に残します。「復職後にどのような配慮をしたか」の記録は、安全配慮義務を果たしていた証明にもなります。

まとめ

メンタル不調社員への指導記録は、「業務上の事実の記録」と「健康配慮の記録」を明確に分けることが第一歩です。記録に残すべき五つの要素(日時・出席者・伝えた事実・本人の反応・今後の方針)を毎回書き残し、可能であれば本人確認も取る運用を習慣化することで、後の労働紛争や休職対応で会社の立場を守ることができます。また、メンタル不調があっても業務上の問題行動に対して適切な指導を行うことは会社の権利であり義務でもあります。

「何もできない」と一人で抱え込まず、早い段階で専門家に相談することが、会社と社員双方にとって最善の道です。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・兼務人事担当者を対象に、メンタル不調社員への対応・指導記録の整備・休職復職支援を幅広くサポートしています。「うちの状況に当てはめるとどうすればいいのか」といった個別のご相談も、お気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. メンタル不調の診断書が出ている社員に業務指導を行っても問題ないですか?

A. 診断書が出ていても、業務上必要な指導を行うこと自体は適法です。ただし、指導の内容・方法・頻度が社会通念上相当の範囲内であることが前提です。感情的な叱責や長時間の責め立てはパワハラと認定されるリスクがあります。産業医がいる場合は事前に就業上の配慮が必要かどうかの意見を確認したうえで指導を行うと、会社の対応の合理性を示しやすくなります。

Q. 社員に「診断名を教えてほしい」と確認してもよいですか?

A. 診断名は要配慮個人情報(個人情報保護法第2条第3項)にあたり、本人の同意なく取得・記録することは慎む必要があります。業務対応上確認すべきことは「就業にどのような制限や配慮が必要か」という点であり、診断名そのものを知ることが目的ではありません。主治医の意見書や産業医の所見を通じて就業上の対応を確認する形が適切です。

Q. 口頭で何度も注意してきましたが、記録が残っていません。今から記録を始めても意味がありますか?

A. 今からでも記録を開始することに十分な意味があります。過去の口頭指導については、記憶の範囲で日付・内容・場所を可能な限り書き起こしておき、「記憶に基づく記録(正確な日付は不明)」と付記した上で保管しておきましょう。今後の指導からは必ず記録を残す運用に切り替え、記録の蓄積を始めることが重要です。記録がゼロの状態と一か月分でも残っている状態では、会社の立場は大きく変わります。

Q. 指導記録は紙とデジタルのどちらで保管すべきですか?

A. 法令上、形式の指定はありません。重要なのは「改ざんされていないこと」と「アクセス権限が限定されていること」です。デジタルで保管する場合は、クラウドストレージの共有権限を絞り、編集履歴が残る設定にすることをお勧めします。紙の場合は鍵のかかる場所に保管し、閲覧できる人を明確にしておきましょう。本人確認を取った面談記録については、原本(署名入り)または確認メールを一定期間(少なくとも退職後3年程度)保管しておくと安心です。

Q. メンタル不調の社員を解雇することはできますか?記録はどのくらい必要ですか?

A. メンタル不調を理由にした解雇は非常にリスクが高く、慎重な対応が必要です。労働契約法第16条により、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当でない解雇は無効とされます。解雇を検討する前に、休職制度の適用・復職支援・配置転換の可能性を検討することが求められます。もし業務上の問題行動を理由とする場合は、「問題行動の事実の記録」「指導した事実の記録」「改善されなかった事実の記録」の三点が揃っていることが最低限必要です。解雇の判断は必ず弁護士や社会保険労務士に相談の上で進めてください。

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【監修】ウェルセンス株式会社
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