「主治医から『軽作業なら復職可』と書かれた意見書が届いた。でも、うちには軽作業に相当する仕事がない」——中小企業の現場では、こうした状況が珍しくありません。意見書を受け取ったものの、受け入れるべきか断るべきか判断できず、対応が止まってしまうケースが多く見られます。この記事では、軽作業ポジションが存在しない会社が取るべき対応の順序と、法的に問題のない判断の根拠を実務視点で解説します。
主治医意見書に「軽作業なら可」と書かれても、会社が復職を断ることは可能か
結論から言えば、「軽作業ポジションが存在しない」という理由で復職を認めないこと自体は、適切な手続きを踏んでいれば違法にはなりません。ただし、何も検討せずに断った場合はリスクが残るため、判断の根拠を整理しておく必要があります。
主治医意見書の法的な位置づけ
主治医の意見書は「医学的見地からの情報提供」であり、会社の復職判断を直接拘束する法的効力は持っていません。1997年の最高裁判例(片山組事件)を基礎として、「労働者が債務の本旨に従った労務を提供できるかどうかを判断するのは使用者である」という考え方が確立されています。つまり、最終的な復職の可否判断は会社が行うものであり、主治医の意見はその参考情報のひとつに位置づけられます。
「主治医が復職可と言っているのに会社が断るのは違法では」と感じる方は多いですが、この理解は正確ではありません。主治医は職場の実態を知らずに意見書を書いているケースが大半です。担当業務の内容、職場環境、チーム体制——こうした情報を踏まえた上での判断が、会社側には求められています。
「軽作業」の定義が職場によって異なる問題
「軽作業」という言葉は、業種や職場環境によって意味が大きく異なります。製造業の現場であれば体への負荷が少ない補助作業を指すかもしれませんが、ITエンジニアやコンサルタント、接客販売など「軽作業」という概念自体が存在しない業種もあります。
まず確認すべきことは、「主治医が想定している軽作業とは何か」を明確にすることです。意見書に「軽作業なら可」と書かれていても、それが具体的にどのような業務内容を指しているのかは、ほとんどの場合、記載されていません。この曖昧さを放置したまま判断しようとするから、対応が止まってしまうのです。
「断る」ために必要な検討のプロセス
復職を認めないためには、「検討したが実現できなかった」という事実と記録が重要です。以下の点を確認し、書面で残しておくことを推奨します。
- 自社の業務一覧を確認し、主治医が想定する「軽作業」に相当するものがないか検討したか
- 一時的な業務軽減(残業免除・特定業務の一時除外など)の可否を検討したか
- 主治医に職場の実態を伝えた上で、改めて意見を求めたか
このプロセスを踏んだ上で「受け入れは困難」と判断することと、意見書が来た翌日に「うちには軽作業がないので無理です」と伝えることでは、法的なリスクの水準が全く異なります。
主治医に職場実態を伝えて、意見書の内容を確認・照会する方法
主治医への照会は、本人の同意を得た上で行うことが原則です。会社が独断で主治医に連絡を取ることはできませんが、正式な手順を踏めば、職場の実態を情報提供した上で改めて意見を求めることは適切な対応として認められています。
照会の前提:本人同意の取得
厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」では、情報収集や照会は本人の同意を得た上で行うことが基本とされています。まず休職中の従業員に対し、「主治医に職場の業務内容を説明した上で改めて意見を求めたい。同意書にサインをもらえないか」と依頼するところから始めてください。
本人が同意書の取得を拒む場合は、それ自体が復職に向けた協力姿勢の問題として記録に残します。ただし、拒否を理由に即時不利益扱いをすることは慎重に判断する必要があるため、その場合は社労士や専門機関に相談することをお勧めします。
主治医への情報提供書の書き方
同意を得たら、会社から主治医宛に「職場環境情報提供書」を送ります。この書面には、次のような情報を具体的に記載します。
- 当該従業員の職種・担当業務の内容(例:営業職、月に複数回の顧客訪問、提案書作成、商談対応など)
- 自社に存在する業務の種類と、それぞれの負荷の程度
- 「軽作業」に相当するポジションが存在しないこと、またその理由
- 会社として検討できる配慮の範囲(例:残業免除、出張なし、一部リモートなど)
- これらを踏まえた上で、復職の可否についての医師の見解を改めて伺いたい旨
主治医は多忙なため、長文よりもA4用紙1〜2枚程度にまとめた簡潔な書面の方が回答を得やすいです。返信用の書式を同封すると、より回答を得やすくなります。
意見書の「変更」を求めることと「照会」は別物
「主治医に内容を変えてもらいたい」という気持ちは理解できますが、意見書の変更を会社から求めることは適切ではありません。あくまでも「職場の実態を知らずに書かれた可能性があるため、情報を補足した上で改めて見解を確認する」というスタンスが正しい姿勢です。主治医が情報を受け取った上で判断を変えるかどうかは、医師の専門的判断であり、会社が結論を誘導することは避けてください。
合理的配慮義務はどこまで求められるのか
合理的配慮義務は、障害者雇用促進法に基づくものであり、すべての休職者に当然に適用されるわけではありません。ただし、安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点から、一定の配慮を検討することは必要です。
合理的配慮義務の対象者と適用範囲
障害者雇用促進法における合理的配慮義務は、障害者手帳の保有者や障害があると認定された従業員に対して適用されます。メンタルヘルス不調で休職している従業員全員が自動的に対象となるわけではありません。
ただし、精神障害が「障害」として認定される場合や、配慮を行わないことが不法行為(民法第709条)または安全配慮義務違反(労働契約法第5条)として問われるリスクは別途存在します。「合理的配慮義務の対象外だから何もしなくていい」という判断は早計です。
「過度な負担」の線引きをどう判断するか
合理的配慮義務における「過度な負担」については、以下の要素を総合的に勘案して判断することが一般的とされています。
| 判断要素 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 財務的な負担 | 新たなポジション創設にかかるコストが会社規模に対して過大でないか |
| 業務への影響 | 他の従業員への業務負担の集中や、業務遂行への支障が生じないか |
| 事業規模・体制 | 20〜50名規模の中小企業では、専任の「軽作業担当」ポジションを新設する余力がないことは合理的な理由になりうる |
| 検討の有無 | 代替手段(残業免除・業務の一部変更など)を真剣に検討したかどうか |
重要なのは、「検討した形跡」と「検討した記録」です。何も検討せずに「無理です」と言うことと、複数の選択肢を検討した上で「対応困難」と判断することでは、万が一紛争になったときの会社の立場が大きく変わります。
安全配慮義務の観点からのリスク
「軽作業しかできない状態の従業員を通常業務に就かせ、症状が再発・悪化した」場合、会社は安全配慮義務違反を問われる可能性があります。逆に言えば、「まだ通常業務に対応できる状態でない」と判断して復職を認めなかったことは、適切な手順さえ踏んでいれば安全配慮義務の履行として評価されます。復職を急ぐことで生じるリスクと、慎重に対応することのバランスを意識してください。
産業医がいない中小企業が使える代替手段
従業員数50名未満の事業場は産業医の選任義務がありませんが、専門的なサポートを受ける手段は複数あります。「産業医がいないから判断できない」という状況は、工夫次第で解消できます。
産業保健総合支援センター(さんぽセンター)の活用
全国の都道府県に設置されている産業保健総合支援センター(通称:さんぽセンター)は、50名未満の事業場を主な対象として、産業医・産業保健師・メンタルヘルス対策促進員などが無料で相談に応じています。「主治医意見書をどう解釈すればいいか」「主治医への照会書の書き方を教えてほしい」といった実務的な相談も対応しています。
外部産業医・EAP機関との連携
嘱託産業医(スポット契約の外部産業医)と契約し、復職判断の場面だけ活用する方法があります。費用は1回あたり数万円程度が目安で、月次の定期訪問より低コストで専門的見解を得られます。また、EAP(従業員支援プログラム)機関は、主治医との連携支援や復職プログラムの設計を含めて対応しているところもあります。復職事案が年に数件発生する規模であれば、こうした外部リソースの整備を検討する価値があります。
就業規則・復職フローの整備がないと判断が属人化する
復職基準や手順が就業規則や社内ルールとして明文化されていない場合、担当者が変わるたびに対応が変わり、「以前の人はすぐ復職できたのに」「自分だけ扱いが違う」という不満が生じやすくなります。今回のような事案を経験したタイミングで、最低限の復職フロー(休職申請→復職申請書の提出→主治医意見書取得→会社側の判断→復職面談)を文書化しておくことを強く推奨します。
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対応の全体像:どの順番で何をすべきか
「軽作業なら可」の意見書が届いたときに取るべき対応は、判断を急ぐことではなく、順序立てて情報を集め、記録を残しながら結論を出すことです。
まず確認すること
最初にすべきことは、主治医が「軽作業」として想定している業務の具体的なイメージを把握することです。意見書の記載だけでは判断できない場合がほとんどなので、本人を通じて主治医に確認するか、情報提供書を送って照会します。同時に、自社の業務一覧を整理し、「軽作業に相当するもの」「部分的な配慮で対応できるもの」「対応不可なもの」を分類します。
次に行うこと
本人の同意を得た上で、主治医への情報提供書を作成・送付します。会社が提供できる配慮の範囲(残業免除・出張制限・特定業務の一時除外など)を明示した上で、改めて復職可否の見解を求めます。産業医がいる場合は産業医にも見解を求め、主治医と産業医の意見をすり合わせる場(または書面での情報共有)を設けます。産業医がいない場合は、さんぽセンターへの相談や外部産業医のスポット活用を検討します。
最終判断と記録の残し方
上記のプロセスを経た上で、会社として復職の可否を判断し、その結果と理由を本人に書面で通知します。「検討の経緯」「判断の根拠」「提示した代替案とその結果」を社内記録として保存しておくことが、後日のトラブル防止に繋がります。休職期間満了が迫っている場合は、期間満了日と対応の余裕日数を逆算し、最優先で動き始めてください。
まとめ
主治医から「軽作業なら可」という意見書が届いても、会社には最終的な復職可否の判断権があります。軽作業ポジションが存在しないことを理由に復職を認めないことは、適切な手順と記録があれば違法にはなりません。重要なのは、「主治医意見書はあくまで参考情報である」という認識のもと、職場実態を主治医に伝えて照会すること、代替配慮の可否を検討すること、そして判断の根拠を記録として残すことです。これらのプロセスを省いた対応が、後の紛争リスクにつながります。
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よくある質問
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