メンタルヘルス記録の保管に不安を感じたら読む管理と訴訟対策の基本

メンタルヘルス対応

「診断書、どこにしまったっけ」——休職対応の最中にそう気づいたとき、冷や汗をかいた経験はありませんか。あるいは、退職した従業員から突然連絡が来て、「あのときの対応は不当だった」と言われたとき、自社に何が残っているか自信を持って答えられますか。

メンタルヘルス関連の記録は、健康診断の結果票や面談メモ、診断書の受領記録など多岐にわたります。しかし「何年保管すべきか」「何が証拠になるか」を体系的に把握している中小企業は多くありません。専任人事がいない環境では、記録が担当者の引き出しや個人PCで止まっていることも珍しくなく、その人が退職した途端に記録の所在が不明になるリスクをはらんでいます。

この記事では、メンタルヘルス記録の保管期間に関する法的根拠を整理したうえで、訴訟・労働トラブルに備えた実務的な管理方法を解説します。記録保管を「とりあえず取ってある」状態から脱却するための具体的な手がかりとして、ぜひ最後まで読んでみてください。

メンタルヘルス記録の保管期間は「義務」と「実務推奨」の二層で考える

法令が定める最低保管期間と、訴訟リスクを踏まえた実務上の推奨期間は別物です。この二層を混同すると「法律上は大丈夫」でも「トラブルになったとき証拠がない」という事態に陥ります。

法令が定める最低保管期間の一覧

メンタルヘルスに関連する主な記録の根拠法令と保管期間は以下のとおりです。

記録の種類 根拠法令 最低保管期間
労働者名簿・賃金台帳・雇用契約書 労働基準法第109条 3年(最後の記入から起算)
健康診断個人票(一般健康診断) 労働安全衛生規則第51条 5年
ストレスチェック結果(従業員50名以上が義務対象) 労働安全衛生規則第52条の13 5年
医師による長時間労働者等への面接指導結果記録 労働安全衛生規則第52条の8 5年
休業補償給付関連書類 労働基準法第109条準用 3年

なお、2020年の労働基準法改正により、賃金請求権の消滅時効が段階的に延長される方向性が示されており、将来的に保管期間の見直しが生じる可能性があります。法令の動向は定期的に確認するようにしてください。

実務推奨:退職後も最低5年、できれば10年

法令の最低ラインを守るだけでは不十分なケースがあります。労働審判や民事訴訟は退職後にも提起でき、不法行為に基づく損害賠償請求の消滅時効は損害および加害者を知ったときから原則3年(民法第724条)です。また安全配慮義務違反(労働契約法第5条)をめぐる訴訟では、除斥期間や時効の起算点をめぐって争われることがあり、長期間の証拠保全が決め手になることもあります。

実務的には、退職日を含む在職期間全体の関連記録を退職後も最低5年保管し、重大な休職・復職対応やメンタル不調事案があった場合は10年を目安に保管することが望ましいとされています。「退職=保管終了」という思い込みは、会社を無防備な状態にします。

50名未満の企業でも「義務外」の記録管理が重要な理由

ストレスチェックは従業員50名以上の事業場に義務づけられており、50名未満は努力義務にとどまります。しかし、義務がないことと「記録を残さなくてよい」は別の話です。安全配慮義務はすべての使用者に課されており、従業員数に関わらず「適切な対応をしていたか」を証明する責任は会社側にあります。

外部のEAP(従業員支援プログラム)や嘱託産業医を活用している場合は、その相談記録や意見書も重要な証拠になります。義務の有無と訴訟リスク対策は別の問題として捉えることが重要です。

訴訟・労働トラブルで「証拠」になる記録とならない記録

安全配慮義務違反や不当解雇を問われたとき、口頭でのやり取りは証拠になりません。文書・メール・記録として残ったものだけが、会社を守る武器になります。

「ちゃんと対応した」を証明するために必要な記録

トラブル類型ごとに、求められる証拠は異なります。主なケースを整理すると次のとおりです。

  • 安全配慮義務違反を問われたとき:上司・人事との面談記録(日時・参加者・話した内容の概要)、業務量変更や配置転換の指示書、産業医や外部専門家への相談記録
  • 休職期間満了による退職の有効性を争われたとき:休職発令の根拠となった診断書の受領記録、復職判断のプロセスと根拠、主治医・産業医の意見書
  • 不当解雇・不当な休職長期化を訴えられたとき:業務配慮の内容と経緯、本人とのやり取りを記録したメール、就業規則の休職・復職規定と実際の適用の記録

「記録した気になっている」落とし穴

よくある誤解が「診断書を受け取ったこと=十分な記録」というものです。診断書は存在しますが、それを受けて会社がどう対応したかが記録されていなければ、「受け取って放置した」と判断されるリスクがあります。面談での指示内容、業務配慮の具体的な内容、本人への説明と本人の反応——これらを合わせて記録することではじめて「適切に対応した証拠」として機能します。

また、上司が個別に対応した内容が人事に共有されていないケースも問題です。現場の管理職が「気にかけていた」「声をかけた」としても、それが記録として会社に残っていなければ、裁判では存在しないも同然になります。

記録として残すべき出来事の基準

何でもかんでも記録するのは現実的ではありません。「記録に残すべきか否か」の判断基準は、「後で会社の対応を説明しなければならなくなったとき、この出来事は重要か」という問いにあります。

具体的には、以下の出来事は必ず記録に残すことを原則としてください:

  • 診断書の提出・受領
  • 休職の開始・延長・終了
  • 復職の可否判断
  • 業務上の配慮変更
  • 本人からの申し出や苦情
  • 産業医や外部機関への相談

要配慮個人情報としての適切な管理方法

メンタルヘルスに関する情報は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当し、通常の個人情報より厳格な取り扱いが求められます。保管することと、適切に管理することは別の問題です。

要配慮個人情報とは何か

精神疾患の診断・心療内科や精神科への受診の事実・ストレスチェックの結果など、メンタルヘルスに関連する情報は個人情報保護法第2条第3項が定める要配慮個人情報に該当します。これは本人の同意なく第三者に提供することが原則禁止されている情報です。

社内でも「知る必要がある人」以外への共有は制限するべきで、たとえば同僚や関係のない部署の管理職に開示することは問題になりえます。メンタルヘルス記録の保管期間と同時に、アクセス管理も重視する必要があります。

紙・デジタルそれぞれのアクセス管理

紙の記録(診断書・面談記録など)は、鍵のかかるキャビネットで保管し、閲覧できる担当者を明確にしておく必要があります。「人事の引き出し」ではなく、担当者が不在でも会社として管理できる形にすることが重要です。

デジタルで管理する場合は、パスワード保護・アクセス権限の設定が必須です。誰でも開けるExcelファイルに診断書の内容を記録している状態は、要配慮個人情報の取り扱いとして不適切です。クラウドストレージを使う場合も、フォルダ単位でアクセス権を設定し、閲覧ログを取れる環境が望ましいとされています。

担当者が退職したときの引き継ぎリスク

専任人事がいない中小企業で特に多いのが「あの人しか知らなかった」問題です。記録が特定の担当者の個人PCやメールに集中している場合、その人が退職したときに記録へのアクセスが困難になります。

記録の保管場所・管理方法・閲覧権限者を文書化し、会社として継続的に管理できる体制を整えることが、訴訟対策の前提となります。最低限、「どの記録がどこにあるか」を整理したインデックスを作成し、複数の管理者がアクセスできる状態にしておいてください。

今日からできるメンタルヘルス記録の整備ステップ

記録管理の整備は、完璧な仕組みを一気に作ろうとするより、まず現状の棚卸しから始めることが現実的です。優先度の高い順に取り組む流れを示します。

現状の記録を棚卸しする

まず最初に行うべきは「今、何がどこにあるか」の把握です。診断書の原本・面談メモ・休職に関する書類・健康診断個人票がそれぞれどこに保管されているか、誰がアクセスできるかをリストアップします。

この棚卸しによって、以下の課題が可視化されます:

  • 抜けている記録
  • 散在している記録
  • アクセスが特定者に集中しているリスク
  • デジタル化が進んでいない部分

保管ルールと記録フォーマットを決める

次に、記録として残すべき出来事のリストと、記録のフォーマットを定めます。面談記録であれば「日時・参加者・話した内容の概要・決定事項・次のアクション」を記載する簡単なテンプレートで十分です。

フォーマットを統一することで、担当者が変わっても記録の品質が一定に保たれます。また、記録の保管場所・アクセス権限者・保管期間の目安を社内ルールとして文書化してください。

就業規則・休職復職規定との整合性を確認する

記録管理と並行して確認したいのが、就業規則の休職・復職規定の整備状況です。「規定に基づいて対応した」という記録があっても、規定そのものが曖昧であったり実態と乖離していたりすると、適切な対応の証明が難しくなります。

就業規則に以下の項目が明記されているかを確認し、記録と規定が整合している状態を作ることが重要です:

  • 休職期間の上限
  • 復職判断のプロセス
  • 期間満了時の扱い
  • メンタルヘルス不調時の配慮

就業規則がない、または10年以上改定していない場合は、専門家への相談を検討してください。

まとめ

メンタルヘルス記録の保管期間は、法令上の最低義務(3〜5年)と訴訟リスクを踏まえた実務推奨(退職後も最低5年、重大事案は10年)の二層で考える必要があります。記録は「保管しているかどうか」だけでなく、「何を・どのように残しているか」が訴訟時の証拠として機能するかを左右します。

診断書を受け取っただけでは不十分で、会社がどう対応したかを一連の流れとして記録することが求められます。また、要配慮個人情報としての適切なアクセス管理と、担当者に依存しない組織的な記録体制の整備が、中小企業においても欠かせない実務対応です。

「記録の整備から始めたいが、何が自社に必要か判断できない」「休職・復職対応に不安があり、今の体制で大丈夫か確認したい」——そのような場合、ウェルセンス株式会社では中小企業の実情に合わせたメンタルヘルス対応・記録管理の体制づくりをご支援しています。まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 従業員が退職した後も、メンタルヘルス関連の記録を保管し続ける必要がありますか?

A. はい、保管を継続することが強く推奨されます。退職後も労働審判や民事訴訟は提起可能であり、不法行為に基づく損害賠償請求の消滅時効は損害と加害者を知ったときから原則3年です(民法第724条)。安全配慮義務違反をめぐる訴訟では長期間の証拠保全が争点になることもあります。実務上は退職後も最低5年、重大な休職・メンタル不調事案があった場合は10年を目安に保管することが望ましいとされています。

Q. 従業員50名未満の会社でも、ストレスチェックや面談記録を残す義務はありますか?

A. ストレスチェックの実施義務は50名以上の事業場に課されており、50名未満は努力義務です。ただし、安全配慮義務(労働契約法第5条)はすべての使用者に適用されます。従業員数に関わらず、メンタル不調への対応が適切だったことを証明する責任は会社側にあるため、面談記録・業務配慮の記録・診断書の受領記録などを残しておくことは実務上不可欠です。義務の有無と、訴訟リスクへの備えは別の問題として捉えてください。

Q. 診断書を受け取って保管していれば、会社として十分な対応ができていると言えますか?

A. 診断書の受領だけでは不十分です。重要なのは「診断書を受け取った後、会社がどう対応したか」を記録として残すことです。面談の内容、業務配慮の具体的な内容、本人への説明とその反応、休職・復職の判断根拠——これらが記録として存在することで、はじめて「適切に対応した証拠」として機能します。診断書の受領記録と、その後の対応記録を一連の流れとして管理することが求められます。

Q. メンタルヘルス関連の記録を社内のExcelで管理しているのですが、問題はありますか?

A. 誰でも閲覧・編集できる状態のExcelファイルで管理している場合は問題があります。精神疾患の診断や受診の事実は個人情報保護法上の要配慮個人情報に該当し、アクセスできる人を必要最小限に限定することが求められます。Excelで管理すること自体は否定されませんが、パスワード保護・アクセス権限の設定・保管場所の明確化が必須です。また、担当者の個人PCに保存している場合、その人の退職時に記録が会社から失われるリスクもあります。

Q. 上司が口頭で業務配慮を指示していた場合、記録として有効にする方法はありますか?

A. 口頭での指示は、そのままでは証拠として機能しません。対応策として、口頭でのやり取りの後にメールや社内チャットで「本日お伝えしたとおり、〇〇の業務を当面免除します」と記録に残す方法が有効です。また、上司が現場で行った配慮の内容を定期的に人事に報告・共有する仕組みを作ることで、個人の記憶に依存せず組織として記録を保持できます。面談後に簡単なメモを人事に送付するルールを設けるだけでも、記録の質は大きく向上します。

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【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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