「面談中に録音していました」——社員からそう告げられたとき、頭が真っ白になった経営者・人事担当者は少なくありません。「これは訴訟になるのか」「あのとき何を言ったか……」と不安が膨らむ一方で、「録音は違法なんだから削除させられるはず」と思い込んで対応を誤るケースも後を絶ちません。本記事では、社員による無断録音の法的な位置づけを正しく理解したうえで、面談で押さえるべき3つのポイントを実務目線でお伝えします。
社員の無断録音は「違法」ではないケースがほとんど
結論から言うと、社員が自分の参加した面談を無断で録音することは、民事・刑事いずれの観点からも、原則として違法にはなりません。この事実を誤解したまま対応すると、会社側がむしろ不利な立場に追い込まれます。
「当事者録音」には盗聴罪が適用されない
「盗聴」と聞くと刑事罰を連想しますが、日本の法律上、盗聴を直接規制する一般的な法律は、第三者がひそかに通信を傍受する行為を対象としています。電気通信事業法が定める「通信の秘密」も、通信の当事者自身が記録する行為には基本的に適用されません。不正競争防止法も、今回のような自分が出席している面談の録音には関係ありません。社員本人が出席している面談を社員本人が録音する「当事者録音」は、法的に適法と扱われるのが実務上の原則です。
就業規則に録音禁止規定がなければ懲戒も難しい
「道義的に問題があるから懲戒にできる」と考える経営者もいますが、懲戒処分は就業規則に根拠規定がなければ無効となります。就業規則に「社内での無断録音を禁止する」旨の明文がない場合、録音したこと自体を理由とした懲戒は法的に認められない可能性が高いです。まず自社の就業規則を確認することが先決です。
「削除させたい」という対応が逆効果になる理由
「違法な録音だから削除を求められるはず」と思い込んで、強く削除を要求したり、録音機器を取り上げようとしたりすると、その行為自体が「証拠隠滅の試み」や「圧力行為」として記録・証拠化されるリスクがあります。感情的に対応せず、法的な事実を正確に把握することが、冷静な初動対応の第一歩です。
録音データは裁判・労働審判で証拠として使われる
社員が録音した音声データは、労働審判や訴訟において証拠として採用される可能性が高いです。「違法に録ったものだから証拠にならない」という考えは、民事手続の実務とは合致しません。
民事では「違法収集証拠排除法則」が緩やかに運用される
刑事訴訟では、違法に収集された証拠は厳格に排除される傾向があります。しかし民事訴訟・労働審判では、この法則は刑事ほど厳格に適用されません。秘密録音であっても、収集過程が著しく反倫理的でなければ証拠能力が認められる傾向があり、裁判官の心証形成に影響を与えます。面談での発言が録音されていれば、それは「会社側が何を言ったか」を示す強力な証拠になりえます。
労働基準監督署への申告でも使われる場合がある
労働審判や訴訟に至らなくとも、社員が労働基準監督署に申告する際の参考資料として録音データを提出するケースがあります。監督官が調査の端緒とする資料として機能しうるため、「裁判にならなければいい」という考えは危険です。不用意な発言は、行政上の調査を引き起こすきっかけにもなります。
会社側に記録がなければ録音が「唯一の事実」になる
問題が表面化したとき、会社側が面談記録を残していない場合、録音データが唯一の客観的証拠となります。「そんなことは言っていない」と反論したくても、書面記録がなければ言い分を支える手段がありません。面談記録を残すことは、会社を守る最も基本的な手段です。
面談で注意すべき3つのポイント
録音されていても問題にならない面談を実現するために、実務上意識すべきポイントが3つあります。「録音される前提で話す」という姿勢が、結果的に適切な面談の質を高めます。
退職・異動を匂わせる言葉を使わない
メンタル不調の社員への面談で特に注意が必要なのが、退職や異動を示唆・誘導する発言です。たとえば「正直、もう辞めてもらったほうが会社にとっては…」「他の部署のほうが向いているんじゃないか」といった言葉は、録音されれば退職強要・不当な配転の証拠として使われる可能性があります。会社の意向や将来方針は、適切な書面・手続きを経て伝えるのが原則です。面談の場では、あくまで本人の状態確認と支援を目的とした会話に留めることが重要です。
病状・診断への言及と秘密保持の求め方に気をつける
「うつ病でしょ」「メンタル系って大げさに言う人多いよね」といった発言は、プライバシー侵害や職場ハラスメントと受け取られる可能性があります。また、「この件は社内では秘密にしてほしい」という言い方は、ハラスメントの隠蔽を疑われるリスクがあります。病状の評価は医師の領域であることを前提に、「主治医の見解を確認したい」「産業医に相談しながら進めたい」という姿勢で話すことが適切です。
面談後に必ず記録を残す
面談終了後、できる限り速やかに記録を残すことが会社側の反証手段となります。記録に含めるべき基本要素は以下のとおりです。
- 面談の日時・場所
- 参加者(役職名を含む)
- 面談の目的・背景
- 主な発言内容(双方)
- 決定事項・合意内容
- 次のアクションと期限
記録はメール等で本人に送付し確認を求める形をとると、「言った・言わない」の争いを防ぎやすくなります。共有メールの文面自体も重要な証拠となります。
「録音禁止」の通知は実効性があるのか
「今後の面談では録音を禁止する」と宣言すれば問題は解決するように思えますが、実務上の実効性は限定的です。録音禁止の取り扱いは、正しく理解したうえで運用することが重要です。
就業規則への明記が最低条件
録音禁止を就業規則に明記することで、違反した場合の懲戒処分の根拠を作ることはできます。ただし、規定があるだけで録音を物理的に止めることはできません。また、就業規則の不利益変更に該当する場合は、労働者への説明・同意手続きが必要です。規則を整備するだけでなく、なぜ禁止するのか・どう取り扱うのかを社員に丁寧に説明するプロセスが伴わなければ、信頼関係を損なうリスクがあります。
録音禁止より「録音されても問題ない面談」を目指す
録音禁止の通知を出すこと自体が、「何か隠したいことがある」という印象を社員に与えかねません。実務上より有効なアプローチは、録音されても問題にならない発言・対応を徹底することです。録音禁止の運用に労力をかけるより、面談の質そのものを高めるほうが、法的リスクの低減と組織風土の改善の両方に寄与します。
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従業員規模・社内体制別の対応判断
対応方針は、会社の規模や産業医・就業規則の有無によって変わります。自社の状況を確認しながら、取るべき対応を判断してください。
| 状況 | 確認事項 | 優先対応 |
|---|---|---|
| 従業員50名未満・産業医なし | 面談記録の有無/就業規則の整備状況 | 面談記録の即時整備/外部専門家への相談 |
| 従業員50名以上・産業医選任あり | 産業医との連携体制/就労判定プロセス | 産業医面談の活用/三者面談の記録化 |
| 就業規則に録音禁止規定なし | 懲戒規定の有無・内容 | 就業規則の見直しを専門家と検討 |
| 面談記録がまったくない | 過去のメール・連絡記録の有無 | 記録フォーマットの整備と周知 |
| 既にトラブルが顕在化している | 録音データの内容・発言の有無 | 弁護士・社労士への早急な相談 |
特に50名未満で産業医が選任されていない企業では、メンタル不調の社員への対応全体が担当者の個人的な判断に委ねられがちです。面談の設計・記録・フォローまでを体系的に整備することが、法的リスクを下げる根本的な対策になります。
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まとめ
社員が面談を無断で録音することは、原則として違法ではありません。録音データは労働審判・訴訟・行政調査においても証拠として機能しうるため、「違法だから問題ない」という認識は危険です。会社側が取るべき対応は、削除の強要ではなく、録音されても問題にならない面談の質を高めることと、会社側の記録を確実に残すことです。退職強要・病状への不用意な言及・秘密保持の強要と受け取られる発言を避け、面談後は必ず記録を作成・共有する習慣をつけましょう。就業規則の整備や産業医との連携も、規模や状況に応じて段階的に検討することをお勧めします。
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