「パートさんには賞与を出していないけど、これって問題になる?」「就業規則を作ったのは10年以上前で、パートと正社員の待遇差に根拠なんて書いていない……」。専任の人事担当者がいない中小企業では、こうした状況が珍しくありません。同一労働同一賃金は2021年4月から中小企業にも適用済みですが、対応が追いついていないケースも多く見られます。この記事では、何から手をつければよいかわからない方向けに、待遇差の整備手順をステップごとに解説します。
中小企業も対応義務あり――今の自社のリスクを把握する
「中小企業はまだ猶予期間があるのでは?」という認識は誤りです。中小企業への適用猶予は2021年4月にすでに終了しており、現在は従業員数にかかわらず対応が義務付けられています。まず自社が抱えるリスクを正しく把握することが、整備の第一歩です。
根拠となる法律を確認する
同一労働同一賃金の根拠法は、パートタイム・有期雇用労働法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)です。主要な条文は次の3つです。
- 第8条(均衡待遇):職務内容・配置の変更範囲・その他の事情を考慮しても不合理な待遇差を禁止
- 第9条(均等待遇):職務内容と配置の変更範囲が正社員と同一の場合は差別的取扱いを禁止
- 第14条(説明義務):パート・有期社員から求められた場合、待遇差の内容と理由を説明しなければならない
「待遇差があってはいけない」のではなく、「合理的な理由のない待遇差が問題になる」というのが正確な理解です。ただし、理由が頭の中にあるだけでは不十分で、文書化して説明できる状態にする必要があります。
「うちは小さいから大丈夫」という誤認が最大のリスク
中小企業経営者に多いのが「自社の規模なら問題にならない」という思い込みです。しかし、パートや有期社員からの問い合わせや、退職後のトラブルで待遇差が争点になるケースは規模を問いません。特に、退職したパート社員から「在職中に待遇差の説明を求めたのに回答がなかった」と主張される場面では、第14条の説明義務違反が問題になりやすいので注意が必要です。
判例が示す「手当・休暇ごとの個別判断」の重要性
2020年10月、最高裁判所は大阪医科薬科大学事件・メトロコマース事件・日本郵便事件の3件を相次いで判決しました。これらの判例が示したのは「賞与・退職金・各種手当・休暇のそれぞれについて、個別に不合理性を判断する」という枠組みです。「全体的なバランスで問題ない」という主張は通りにくく、一つひとつの待遇項目に対して合理的な根拠を示す必要があります。
見落としがちな「待遇」の対象範囲を把握する
同一労働同一賃金の対象となる「待遇」は、基本給・賞与だけではありません。福利厚生や教育訓練、各種休暇まで幅広く含まれます。まず対象範囲を正しく理解することが、漏れのない整備につながります。
見落とされやすい待遇項目
「時給が違うのは当然」という感覚で思考が止まってしまうケースが多いですが、実際には次のような項目も同一労働同一賃金の整備対象になります。
| 待遇項目 | 実務上の注意点 |
|---|---|
| 通勤手当 | 同じ交通費がかかるのに上限額に差がある場合、説明が必要 |
| 慶弔休暇・病気休暇などの法定外休暇 | 正社員のみ付与している場合は理由の明文化が必要 |
| 賞与 | 「正社員のみ支給」の根拠が就業規則に書かれていない場合はリスク大 |
| 食事補助・社員食堂の利用 | 福利厚生の利用制限は特に問題になりやすい |
| 教育訓練 | 職務遂行に必要な訓練はパートにも機会を提供する義務がある |
「雇用形態による区別」が当然に成立しない理由
「パートだから賞与なし」「パートだから食堂は使えない」という運用は、それ自体が直ちに違法というわけではありませんが、なぜその差があるのかを言語化できなければ対応したとは言えません。特に福利厚生の制限については、日本郵便事件の判決で「正社員と同じ業務をしている場合に年末年始勤務手当を除外するのは不合理」と判断されたことが示すように、業務実態と待遇のズレが問題視されます。
待遇差の根拠整理に不安を感じたら、一度専門家に現状の就業規則を見てもらうことで、優先順位が明確になります。
待遇差を整備する具体的な手順
整備の手順は「現状の見える化」から始め、「根拠の文書化」へと進めるのが基本です。以下のステップを順番に進めることで、どの会社規模でも対応できます。
現状の待遇を一覧化する
まず最初に、雇用形態ごとに支給されているすべての待遇を書き出します。基本給・各種手当・賞与・退職金・休暇制度・福利厚生・教育訓練の機会といった項目を縦軸に、「正社員」「パートタイム」「有期契約社員」を横軸に並べた一覧表を作成します。この作業で「そもそも差があること自体を把握していなかった」という状況を解消できます。
就業規則や賃金規程、雇用契約書を横に並べながら確認すると抜け漏れが防げます。創業時のひな型をそのまま使っている場合は、実際の運用と規程の内容がずれていることもあるため、現場の実態を確認しながら進めることが大切です。
差がある項目ごとに合理的理由を確認する
次に、待遇差がある項目について「なぜ差があるのか」を整理します。判断の基準は、パートタイム・有期雇用労働法第8条が示す3つの要素です。
- 職務内容:業務の種類や責任の程度が異なるか
- 職務内容・配置の変更範囲:転勤・配置転換・職務変更の有無や範囲が異なるか
- その他の事情:合理性を補完できるその他の背景はあるか
ここで注意が必要なのは、「将来的に正社員登用の可能性があるから待遇差は当然」という説明です。転換制度があるだけでは不十分で、実際に登用実績があるか、配置転換や昇格の範囲に実質的な違いがあるかまで説明できなければ、合理的理由として通用しにくくなります。
規程と説明書類に落とし込む
合理的な理由を確認したら、その内容を就業規則・賃金規程・パート用就業規則に明文化します。「正社員には業績連動型の賞与を支給するが、短時間勤務者については業績評価の対象範囲が限定されるため別途定める」といった形で、差を設ける根拠を規程の本文に記載することが重要です。
また、パート・有期社員から説明を求められた際に即座に対応できるよう、待遇差の説明書類(ひな型)をあらかじめ準備しておくことをおすすめします。「口頭で説明した」だけでは記録が残らないため、書面または電子メールで交付する運用フローを整えてください。
説明義務への対応――求められたときに答えられる状態にする
パートタイム・有期雇用労働法第14条に基づき、パートや有期社員から待遇差の説明を求められた場合、会社には書面等で説明する義務があります。この説明義務への備えが、実務上もっとも手薄になりやすい部分です。
説明義務が発生するタイミング
説明義務は「パートや有期社員が採用されたとき」「雇用形態が変わったとき」「本人から説明を求められたとき」の3場面で生じます。特に「求められたとき」は、社員から突然問い合わせが来た場合でも対応できる準備が必要です。「確認して折り返します」で数日経過してしまうと、対応態度そのものが問題視されることもあります。
説明書類の文例イメージ
説明書類には決まった書式はありませんが、以下の内容を含めることが推奨されます。
- 対象となる待遇の名称(例:賞与、慶弔休暇)
- 正社員とパートの待遇の違い(金額や有無の違いを明示)
- 待遇差を設けている理由(3要素に基づいて説明)
- 制度改定の予定がある場合はその旨
たとえば賞与について説明する場合は、「正社員は全社業績・個人評価に連動した賞与を支給しています。パートタイム社員は担当業務の範囲が限定されており、全社業績への貢献度の評価基準が異なるため、現時点では賞与の対象外としています」といった形で、差の内容と理由をセットで記載します。
対応フローをあらかじめ整備する
説明を求められてから書類を作り始めると時間がかかります。あらかじめ待遇項目ごとの説明ドラフトを作成しておき、担当者が対応できる状態にしておくことが実務上の正解です。会社の規模が小さくても、「パートから質問が来たら、この書面を交付する」という手順書を1枚用意しておくだけで、対応の質が大きく変わります。
就業規則・賃金規程の見直しポイント
同一労働同一賃金対応では、就業規則や賃金規程そのものの整備が土台になります。規程に根拠がない待遇差は、どれだけ口頭で説明しても法的な裏付けを欠いた状態になります。
ひな型のまま使っていることのリスク
創業時に社労士やインターネット上のひな型で作成した就業規則を、一度も見直していない会社は少なくありません。こうした規程は「正社員用」として作られていることが多く、パートや有期社員の待遇差についての記載がそもそも存在しないケースがあります。現在の就業規則にパートの待遇に関する条文がなければ、まずその追記が必要です。
正社員用とパート用の規程を別建てにする場合の注意点
パートタイム社員向けに別規程を作成している会社も多いですが、両規程の間で矛盾が生じていたり、更新が片方だけになってしまうことがあります。正社員用の規程を改定したら、パート用規程との整合性を必ず確認する運用ルールを設けておきましょう。
また、「パートタイム用就業規則では賞与について定めなし」という表現のまま放置していると、「定めがないから支給義務はない」という根拠も弱くなります。「不支給の根拠」を明示的に書くことが重要です。
まとめ
同一労働同一賃金への対応は、「待遇差をゼロにすること」ではなく「待遇差に合理的な根拠を持たせ、説明できる状態にすること」が本質です。まず現状の待遇を一覧化して差を可視化し、次にその差の根拠を言語化し、就業規則・賃金規程・説明書類に落とし込む――この流れを順番に進めることで、専任人事がいない環境でも対応できます。
ただし、独自判断で進めると法的なリスクを見落とす可能性も。人事労務の課題は一人で抱え込まず、専門家のサポートを活用することで確実な対応につながります。
「そもそも自社の就業規則がどんな状態か不安」「パートへの説明義務にどう対応すれば良いかわからない」という場合は、現状の規程診断から始めることをおすすめします。ウェルセンス株式会社では、中小企業の人事労務課題に伴走する支援を提供しています。一人で抱え込む前に、まずは気軽にご相談ください。
よくある質問
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