「復職したと思ったら、また1ヶ月で休んでいる。これを何度繰り返せばいいのか」——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こうした相談が後を絶ちません。問題の根本は、休職規程に「通算規定」がないまま運用されていることにあります。通算規定がなければ、復職のたびに休職期間がリセットされ、会社は事実上いつまでも雇用を維持しなければならない状況に陥ります。この記事では、通算規定の設計方法から既存社員への適用可否、復職判定基準の明文化まで、実務に直結する知識を整理します。
休職を繰り返す社員が生まれる本当の原因
再休職が繰り返される最大の要因は、「復職の判定基準が曖昧なまま復職させてしまうこと」です。規程の不備と運用の甘さが重なると、再発リスクの高い状態で職場に戻ることになり、結果として短期間での再休職を招きます。
主治医の診断書だけに頼る復職判定の限界
主治医は患者である社員の回復を支援する立場です。職場で通常の業務をこなせるかどうかを評価する立場ではありません。「復職可」の診断書が出ても、実際には定時勤務すら困難なケースは珍しくありません。主治医の診断書は復職プロセスの「入口」であり、最終的な復職可否の判断は会社が行うものです。これは判例においても確認されている考え方であり、診断書のみを根拠に復職させることは、かえって社員にとっても会社にとっても望ましくありません。
規程がないから判断が毎回ブレる
専任人事のいない中小企業では、「前回は3ヶ月で復職させた。今回は何ヶ月待てばいいのか」という判断基準が個人の感覚に委ねられがちです。記録も残っておらず、担当者が変わると前回の経緯すらわからない。こうした属人的な運用が続くと、社員によって扱いが異なり、不公平感や「あの人は何度でも休める」という職場の雰囲気につながります。
通算規定がなければ休職期間は実質的に無期限になる
就業規則に通算規定がない場合、復職後に再休職した社員には「新たな休職期間」がまるごと付与されます。これが繰り返されると、会社は実質的に無期限の休職を認め続けることになります。傷病休職制度は法律上の義務ではなく、就業規則の定めによって設計するものです(労働基準法に明示的な規定なし)。裏を返せば、規程に書いていないことは会社の意図しない形で運用されるリスクがあります。
通算規定の具体的な設計方法
通算規定の核心は、「同一または関連する傷病で再休職した場合、前回の休職期間と合算して上限を管理する」という仕組みです。設計の際は「同一傷病の判定」「空白期間の扱い」「通算上限の設定」の三点を明確にすることが重要です。
同一傷病と別傷病の区別
通算規定を設ける際、まず「何を同一傷病とみなすか」を定義する必要があります。メンタルヘルス不調の場合、うつ病・適応障害・双極性障害など診断名が変わることがありますが、実態として同一の状態が継続しているケースも少なくありません。一般的には、主治医または産業医が「前回と同一または関連する傷病」と判断した場合に通算する、という形で設計します。別傷病(例:精神疾患と骨折)については別起算とすることも可能ですが、その場合も主治医・産業医の確認を要件とすることで恣意的な判断を防ぎます。
空白期間(インターバル)の設定
「復職後どれだけ期間が空けば、次の休職をリセットするか」を規程に明記します。この定めがなければ、復職翌日に再休職してもフルリセットされる慣行が生まれてしまいます。実務上は「復職後6ヶ月以内の再休職は通算する」という設計が多く見られます。会社の規模や業種、過去の運用実績に応じて3ヶ月〜12ヶ月の範囲で設定するのが現実的です。
通算上限の設定例
通算上限は勤続年数に応じて段階的に設計することで、長期勤続者への配慮と会社のリスク管理を両立できます。以下は設計の目安です。
| 勤続年数 | 通算休職上限の目安 |
|---|---|
| 1年未満 | 3ヶ月 |
| 1年以上3年未満 | 6ヶ月 |
| 3年以上10年未満 | 12ヶ月 |
| 10年以上 | 18〜24ヶ月 |
上限はあくまで目安であり、会社の規模・財務状況・業務への影響度によって適宜調整してください。重要なのは「上限を定めること」と「その上限が就業規則に明記されていること」です。
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既存社員への通算規定の適用可否
結論から言えば、合理的な理由と適切な周知を伴えば、通算規定を既存社員にも適用することは可能です。ただし、不利益変更に関する手続きを踏む必要があります。
就業規則の不利益変更と労働契約法第10条
通算規定の新設は、既存社員にとって「休職できる期間が実質的に短くなる」という意味で不利益変更に該当する可能性があります。労働契約法第10条は、就業規則の不利益変更が有効となるために「変更の合理性」と「労働者への周知」を要件としています。合理性の判断要素には、変更の必要性、内容の相当性、労働組合等との交渉の経緯などが含まれます。
「合理性」が認められやすい理由を整理する
メンタルヘルス対策の整備という目的は、会社・社員双方にとって合理的な理由として認められやすい性質を持ちます。また、通算規定は「休職をゼロにする」規定ではなく、「適切な期間を明確にする」規定です。これまで規程がなかった(=運用が不明確だった)状態を是正するという側面を丁寧に説明することで、労働者の理解を得やすくなります。
周知・説明の具体的な手順
規程改定を進める際の手順として、まず改定案を作成し、変更の内容と理由を記載した説明文書を準備します。次に、全社員への書面または電子メールでの通知と、就業規則の閲覧環境の整備(掲示・共有フォルダ等)を行います。そして、質問・意見を受け付ける窓口を設けます。労働組合がある場合は組合との協議が必要です。労働組合がない場合も、過半数代表者への意見聴取と意見書の添付が労働基準法上求められます(労働基準法第90条)。
復職判定基準を規程に明記する
再休職を防ぐための最も重要な施策は、復職判定の基準を規程に明文化し、誰が担当しても同じプロセスで判断できる状態をつくることです。
三段階の復職判定プロセス
復職可否の判断は、次の三段階で設計することが実務上のスタンダードになりつつあります。
- 主治医の復職可診断書の提出:必須書類として位置づけるが、これのみで復職を決定しない
- 産業医または会社指定医との面談:業務遂行能力の観点から意見を聴取する。産業医が選任されていない場合(50人未満の事業場では法的義務なし)は、会社指定医への受診を規程に定める
- 試し出勤(リハビリ出勤)による実績確認:一定期間、軽減業務や短時間勤務で実際の勤務状況を確認してから本復職を判断する
復職基準を具体的な行動指標で補足する
「業務に通常程度従事できる状態」という基準だけでは、判断者によって解釈が異なります。規程または別途定める運用ガイドラインに、具体的な行動指標を盛り込みます。たとえば「週5日・所定労働時間の勤務が継続できること」「一定の業務量をミスなくこなせること」「上司・同僚と必要なコミュニケーションが取れること」といった指標です。これらを書面化しておくことで、復職判定の説明責任が果たしやすくなります。
再休職時は初回より厳格なプロセスを設ける
初回と再休職以降でプロセスを分けることが再発防止の鍵です。再休職の場合は主治医の診断書に加え、産業医(または会社指定医)の意見書の提出を必須とし、試し出勤期間を初回より長めに設定するなど、より丁寧な確認を行います。このプロセスの差異も、就業規則または運用規程に明記しておくことが重要です。
規程改定後の運用で押さえるポイント
規程を整備しても、運用されなければ意味がありません。特に専任人事のいない中小企業では、「誰が、いつ、何をするか」を具体的に決めておくことが継続的な運用の前提条件です。
休職・復職の記録を必ず残す
通算規定を正しく機能させるには、休職開始日・復職日・再休職開始日の記録を確実に蓄積する必要があります。記録がなければ通算の計算ができません。シンプルなExcel管理表でも構いませんので、日付・傷病の概要(詳細な病名は不要)・産業医や会社指定医の意見書の保管状況などをファイルしておきましょう。個人情報・プライバシーへの配慮から、閲覧権限は人事・経営者に限定することも忘れずに。
「また体調が悪い」の初動対応フローを決める
現場の上司から「また体調が悪いと言っている」という連絡が来たとき、毎回ゼロから対応を考えるのは非効率であり、対応の遅れが症状の悪化や労務トラブルにつながることもあります。「社員が体調不良を申し出た→上司が人事(または経営者)に報告→休職診断書の提出を求める→産業医面談のスケジュール調整」という初動フローを一枚の紙にまとめ、上司全員に配布しておくだけで、現場の混乱は大幅に減ります。
会社の状況に応じた対応の分岐
産業医が選任されているかどうかによって、対応の選択肢が変わります。常時50人以上の労働者を使用する事業場には産業医の選任が義務付けられています(労働安全衛生法第13条)。50人未満の場合は義務ではありませんが、地域産業保健センター(リージョナル産業保健センター)の無料相談サービスや、スポット契約で産業医を活用する方法があります。就業規則に「会社指定医」という概念を入れておけば、産業医以外の医師への受診を業務命令として求めることができ、復職判定の客観性を確保できます。小規模企業では産業医選任の義務がない分、必要な時点で外部の産業医サービスを活用する柔軟性が、むしろ強みになり得ます。
まとめ
休職を繰り返す社員への対応で最初にすべきことは、就業規則に通算規定を盛り込み、復職判定基準を明文化することです。通算規定がなければ休職期間は実質無期限になり、会社の意図しない雇用維持が続きます。既存社員への適用は労働契約法第10条の要件(合理性・周知)を満たせば可能であり、メンタルヘルス対策の整備という目的は合理性の根拠として認められやすい性質を持ちます。復職判定は主治医の診断書のみに依存せず、産業医等による面談と試し出勤を組み合わせた三段階プロセスを設計し、再休職時はより厳格な確認を行う仕組みを整えましょう。規程を整えた後は、記録の蓄積と初動フローの明文化を通じて、担当者が変わっても同じ品質で運用できる体制をつくることが継続的な再発防止につながります。
ウェルセンス株式会社では、休職規程の通算規定設計や復職判定基準の整備、産業医との連携体制づくりを中小企業の実情に合わせてサポートしています。規程整備の第一歩として、自社の現状把握からお手伝いいたします。
よくある質問
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