試し出勤の交通費・労災は会社負担になる?

試し出勤の交通費・労災は会社負担になる? メンタルヘルス対応
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「とりあえず、無理のない範囲で来てみてください」——休職中の社員にそう伝えた翌朝、ふと不安がよぎる。もし通勤途中にケガをしたら?体調が悪化したら?交通費は出すべき?そもそも給与は発生するのか?試し出勤は「制度」として整備されていないまま運用されているケースが多く、何かあってから対応を迫られる会社が後を絶ちません。この記事では、試し出勤中の労災保険の適用可否・交通費の取り扱い・法的な位置づけを、中小企業の実務担当者が自社の状況に当てはめて判断できるよう整理します。

試し出勤とは何か、なぜルール整備が必要か

試し出勤(リハビリ出勤・慣らし出勤とも呼ばれます)は、法律に定められた制度ではありません。そのため「やっていいかどうか」の前に、「どういうルールで運用するか」を会社が自ら設計する必要があります。

法的な定義がないという現実

厚生労働省が公表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(以下「職場復帰支援の手引き」)は、試し出勤に相当するプログラムの実施を推奨しています。しかし同手引きでも、試し出勤を法律上の制度として定義しているわけではなく、あくまで会社が自社の判断で設計・運用するものと明記されています。つまり、試し出勤の期間・目的・対応ルールは、法律が決めるのではなく会社が決めるものです。

「とりあえず来てみて」が最大のリスク

専任人事のいない中小企業では、試し出勤の開始が口頭のやりとりだけで進んでしまうことがあります。書面も、期間も、万一の際の対応フローも決まっていない状態では、何かトラブルが起きたときに会社・社員どちらにとっても不利になります。とくに「労働なのかリハビリなのか」が曖昧なまま進めることは、後述する労災保険・賃金の取り扱いに直結するため、事前の整理が欠かせません。

試し出勤は「労働」か「リハビリ」か——法的位置づけの整理

試し出勤が「労働」にあたるかどうかは、賃金・労災の両方に影響します。判断の鍵は「使用者の指揮命令下に置かれているかどうか」です。

指揮命令下に置かれていれば「労働時間」になる

労働基準法上、「労働時間」とは使用者の指揮命令下に置かれた時間を指します(労働基準法第32条)。試し出勤であっても、会社が「この業務をやってください」「この時間に来てください」と指示している場合は、実態として指揮命令下にあると判断されます。その場合、賃金の支払い義務が生じる可能性があります。

「本人の自主的なリハビリ」として扱う場合の注意点

一方、「本人が自主的にリハビリとして出勤する」という位置づけにすれば、賃金不要とする余地は生まれます。しかし実際には、社員が職場に来て、会社の施設を使い、上司が状況を確認している時点で「会社の管理下」と見なされるリスクがあります。「無給リハビリ」として運用するなら、その旨を書面で明確にし、業務指示を一切行わないことが条件になります。口頭で「任意です」と伝えるだけでは不十分です。

自社の運用タイプを確認する

まず自社の試し出勤がどちらのパターンに近いかを確認してください。

運用タイプ 特徴 賃金の扱い
労働型(有給) 業務指示あり・勤怠管理あり 支払い義務が生じる
リハビリ型(無給) 業務指示なし・本人の意思による出勤 支払い義務はないが書面整備が必要

どちらの場合も、就業規則や個別の合意書に明記しておくことが、後のトラブル防止につながります。

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試し出勤中の労災保険——適用されるケースとされないケース

試し出勤中の通勤途中や職場内でのケガ・体調悪化が労災保険の対象になるかどうかは、「その出勤が就業に関するものかどうか」で判断されます。運用タイプによって結論が異なるため、注意が必要です。

通勤災害の基本的な考え方

労働者災害補償保険法第7条では、「通勤」を「就業に関し、住居と就業の場所との間を合理的な経路・方法で往復すること」と定義しています。ここでのポイントは「就業に関し」という要件です。通常の勤務であれば問題なく満たされますが、試し出勤は「就業」と言えるかどうかが争点になり得ます。

有給(労働型)の試し出勤の場合

賃金が発生する「労働」として試し出勤を行っている場合は、通勤災害・業務災害ともに労災保険の適用対象となりえます。会社として指揮命令を行い、労務の提供を受けている実態があるため、「就業に関し」の要件を満たすと判断される可能性が高いです。

無給(リハビリ型)の試し出勤の場合

業務指示がなく、本人の自主的なリハビリとして行っている場合は、「就業に関し」との関係が不明確になり、通勤災害として認められないリスクがあります。厚生労働省から明確な通達は出されておらず、実務上は「労働としての実態があるかどうか」で個別に判断されます。つまりグレーゾーンです。無給で運用する場合は、このリスクを事前に認識した上で、書面による合意・安全配慮義務の履行(無理な出勤を求めない等)をセットで整備することが重要です。

実務的なポイント: 「労働型か無給リハビリか」の判断が曖昧だと、実際にトラブルが起きたときに対応に困ります。必要に応じて社会保険労務士に相談し、自社の運用方針を明確にしておくことをお勧めします。

試し出勤中の交通費——払うべきか、払い方はどうするか

試し出勤中の交通費は、法律上の支給義務があるかどうかと、任意で支給する場合の正しい処理方法の両面から検討する必要があります。

支給義務が生じるケース・生じないケース

試し出勤が「労働」と認定される場合は、通勤手当の支給義務が生じる可能性があります。就業規則や雇用契約書に通勤手当の規定がある場合、その規定が適用されるかどうかも確認が必要です。一方、無給のリハビリとして位置づけている場合は、法的な支給義務はありません。ただし、「交通費を出さないと来にくい」という実態的な課題がある場合、会社が任意で実費支給することは可能です。

任意支給する場合の処理上の注意

無給リハビリ中に交通費を任意支給する場合、「賃金」とみなされないよう、次の点に気をつける必要があります。まず実費精算とし、領収書・交通系ICカードの記録など根拠を残すことが基本です。また、傷病手当金を受給中の社員に賃金を支払うと、健康保険法の規定により傷病手当金の額が調整(減額)されます。交通費が賃金と判断されると、この調整が必要になるため、社会保険労務士に確認した上で運用することを推奨します。

傷病手当金受給中の社員への対応

休職中に傷病手当金を受け取っている社員が試し出勤を行う場合、賃金(交通費を含む)の支給が傷病手当金の受給に影響することがあります。健康保険法上、賃金が支払われた日については傷病手当金が支給されない、または差額のみ支給されるという仕組みがあります。社員本人が不利益を受けないよう、事前に説明と確認を行うことが安全配慮義務の観点からも重要です。

安全配慮義務と就業規則——会社が整備すべき最低限のルール

試し出勤を行う上で、会社には安全配慮義務(労働契約法第5条)が課せられます。「来ていいよ」と伝えた時点から、その社員の安全に配慮する責任が生じます。

安全配慮義務として押さえるべきこと

安全配慮義務とは、使用者が労働者の生命・身体・健康を危険から守るために必要な配慮をする義務です。試し出勤の文脈では、次のような対応が求められます。主治医・産業医の意見を確認した上で開始すること、無理な業務負荷をかけないこと、体調悪化時の対応フロー(帰宅・受診・連絡先)を事前に定めること、などが基本的な配慮として挙げられます。産業医が選任されていない(従業員50名未満の)会社であっても、主治医の診断書と会社側の観察を組み合わせて判断する仕組みを持つことが重要です。

就業規則への記載と個別合意書の活用

試し出勤のルールは、就業規則に規定するか、個別の「試し出勤実施合意書」を作成して社員と取り交わすことで、後のトラブルを予防できます。合意書に盛り込むべき内容の例は以下のとおりです。

  • 試し出勤の目的・期間・出勤日数・時間帯
  • 賃金の有無(無給の場合はその旨を明記)
  • 交通費の取り扱い(支給する場合は精算方法も)
  • 業務内容の範囲と制限
  • 体調悪化時の連絡・対応フロー
  • 復職判断のスケジュールと基準

「試し出勤が終わっても復職OKか NGかの判断基準がない」という状況を防ぐためにも、試し出勤の開始前に復職判断の条件を書面で合意しておくことが不可欠です。

復職判断は誰が、何をもって行うか

試し出勤の結果を誰が評価し、どのような基準で復職可否を判断するかを事前に決めておく必要があります。主治医が「復職可能」と診断書に書いたとしても、それはあくまで医療的な判断であり、職場環境・業務負荷・チームとの関係性を踏まえた会社判断とは別物です。産業医が選任されている場合は産業医の意見を踏まえ、いない場合は上長・担当者が観察した記録をもとに会社として判断するプロセスを設計してください。「社員から復職を求められたときに断る根拠がない」という状態は、記録と基準の不在から生まれます。

まとめ

試し出勤は法律に定められた制度ではなく、会社が自ら設計・運用するものです。「労働型(有給)」として行う場合は賃金・労災保険の適用が生じやすく、「リハビリ型(無給)」として行う場合は書面整備と安全配慮義務の履行がより重要になります。交通費は運用タイプによって支給義務の有無が変わり、傷病手当金受給中は賃金性の判断に特に注意が必要です。労災保険の適用については「就業に関し」の要件が争点になるグレーゾーンが残るため、有給・無給に関わらず実施前に社会保険労務士や専門家に確認することを推奨します。

試し出勤のルール整備は、人事だけで抱え込まず、専門家の知見を取り入れることで初めて実効性を持ちます。ウェルセンス株式会社では、休職・復職支援に関する実務的なご相談を承っています。「試し出勤のルールをこれから作りたい」「今の運用に不安がある」という段階でのご相談も歓迎しています。まずはお気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 試し出勤中に通勤途中でケガをした場合、必ず労災保険は使えますか?

A. 必ずしも使えるわけではありません。試し出勤が「就業に関し」行われているかどうかが判断基準となります。賃金が発生する労働型の試し出勤であれば適用される可能性が高いですが、無給のリハビリとして位置づけている場合は認定されないリスクがあります。厚生労働省から明確な通達は出ていないため、グレーゾーンとして個別判断になる点を事前に認識しておくことが重要です。

Q. 試し出勤中は無給でいいですか?給与を払わなければいけませんか?

A. 試し出勤の実態によります。会社が業務を指示し、指揮命令下に置いている場合は「労働時間」となり、賃金の支払い義務が生じる可能性があります。一方、本人の自主的なリハビリとして位置づけ、業務指示を一切行わない場合は無給とする余地があります。ただし、その場合でも書面で無給である旨を明確に合意しておくことが必要です。

Q. 傷病手当金を受け取っている社員に交通費を支払うと、問題になりますか?

A. 支払った交通費が「賃金」とみなされると、健康保険法の規定により傷病手当金が減額・不支給となる場合があります。実費精算の形をとり、賃金と判断されないよう書類を整備することが重要です。社員への事前説明と、社会保険労務士への確認をあわせて行うことをお勧めします。

Q. 産業医がいない会社でも、試し出勤を実施してもいいですか?

A. 産業医の選任が義務づけられていない従業員50名未満の会社でも、試し出勤を実施することは可能です。ただし、主治医の診断書の確認・会社側による観察記録・体調悪化時の対応フローの整備など、安全配慮義務を果たすための代替的な仕組みを設けることが必要です。外部の専門家(社会保険労務士・産業保健スタッフ等)を活用することも有効な選択肢です。

Q. 試し出勤のルールは就業規則に書く必要がありますか?

A. 法律上の義務はありませんが、就業規則に明記するか、個別の「試し出勤実施合意書」を整備しておくことを強く推奨します。期間・賃金の有無・交通費の取り扱い・復職判断の基準などを書面で合意しておくことで、「社員から復職を求められたが断れない」「トラブルになったときに根拠がない」といった事態を防ぐことができます。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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