ある日突然、裁判所から封書が届いた。開封すると「債権差押命令」と書かれた書類と、「第三債務者」という見慣れない言葉。「うちの会社が何かしたのか?」「これは何をしなければいけないのか?」——そう混乱する経営者・人事担当者は少なくありません。給与差押えの通知は、受け取った会社にも明確な法的義務が生じます。この記事では、会社(第三債務者)として取るべき対応を、手順・計算方法・注意点ともに整理してお伝えします。
第三債務者とは何か、会社に届く書類の意味
給与差押えの命令が届いた時点で、会社は「第三債務者」という法律上の立場に置かれます。これは”加害者”や”関係者”という意味ではなく、「債務者(社員)に対してお金を支払う義務を持つ第三者」という位置づけです。会社は社員に毎月給与を支払う義務があるため、債権者からすると「そこを経由して回収できる」対象になります。
届く書類と法的根拠の確認
裁判所から届く書類は主に「債権差押命令」と「陳述催告書」の2点です。差押命令は民事執行法第143条に基づくもので、給与という継続的な債権(毎月発生する支払い義務)への差押えを認めています。書類には差押えの対象となる債権の範囲・差押金額・債権者の情報などが記載されています。
まずは書類を落ち着いて確認し、命令が到達した日付を必ず記録してください。この到達日が、後続の手続きの期限を計算する起算点になります。
会社がやってはいけないこと
給与差押えの通知を受けた後、会社は差押えの対象となった給与部分を社員に直接支払うことができなくなります(民事執行法第155条)。差押可能額をそのまま社員に支払い続けると、債権者から損害賠償請求を受けるリスクがあります。「社員がかわいそう」「面倒だから後回しにしよう」という判断は、会社にとって大きなリスクになることを認識してください。
最初にすべき手続き——陳述書の提出
給与差押え命令が届いたら、まず優先すべきは「陳述書(第三債務者の陳述)」の提出です。これは民事執行法第147条に定められた法的義務であり、命令到達から2週間以内に裁判所へ提出しなければなりません。
陳述書に記載する内容
陳述書には、主に以下の事項を記載します。
- 差押えの対象となった給与債権の存否(実際に雇用関係があるか)
- 差押可能額はいくらか(手取り給与と計算根拠)
- すでに他の差押えや仮差押えがあるか否か
- その他、支払いに影響する事情(休職中・退職予定など)
書類には裁判所が用意した書式が同封されていることが多いため、その書式に沿って記載します。記載内容が不明な場合は、弁護士や社会保険労務士に相談することをお勧めします。
提出を怠ると損害賠償リスクがある
陳述書を正当な理由なく提出しなかった場合、または虚偽の内容を記載した場合、民事執行法第147条第2項により、債権者に生じた損害を賠償する責任を負う可能性があります。「給与差押えは債権者と社員の問題だから、うちは関係ない」という認識は誤りです。
2週間という期限は非常に短いため、書類到達後は速やかに対応を始めてください。
差押可能額の計算方法
給与差押えにおける差押可能額は「手取り給与の4分の1」が原則ですが、手取りが一定額を超える場合は別の計算式になります。民事執行法第152条と民事執行法施行令に基づいて計算します。
基本の計算式と具体例
「手取り給与」とは、総支給額から社会保険料・所得税・住民税を控除した後の金額です。通勤交通費は一般的に含まない扱いとされています。
| 手取り給与の金額 | 差押可能額の計算方法 |
|---|---|
| 33万円以下の場合 | 手取り給与 × 1/4 |
| 33万円を超える場合 | 手取り給与 ー 33万円 |
具体例を挙げると、手取り給与が24万円の場合、差押可能額は24万円 × 1/4 = 6万円となり、社員には18万円を支払います。手取りが40万円の場合は、40万円 ー 33万円 = 7万円が差押可能額となり、社員には33万円を支払います。
33万円という金額に注意が必要な理由
この33万円という基準額は民事執行法施行令によって定められており、政令改正によって変更される可能性があります。給与差押え命令を受け取った時点での最新の政令額を必ず確認してください。また、社員が複数の手当(家族手当・役職手当など)を受け取っている場合も、原則として合算した手取り額をベースに計算します。
賞与(ボーナス)も給与と同様の計算ルールが適用されます。
複数の差押えが競合した場合
同一の社員に対して複数の債権者から給与差押え命令が届いた場合は、取扱いが異なります。この場合、会社は各債権者への按分送金ではなく、差押可能額を法務局へ「供託」する手続きが必要になることがあります(民事執行法第156条)。供託とは、支払うべきお金を法務局に預けることで、会社としての義務を履行したとみなす制度です。
複数の給与差押えが重なったケースでは、弁護士への相談を強くお勧めします。
毎月の実務フローと差押えが終わる条件
給与差押え対応は1回で終わりではなく、差押えが解除されるまで毎月継続します。実務フローを把握しておくことで、担当者が変わっても対応が継続できます。
毎月の処理の流れ
差押可能額を計算したら、給与支給日に差押可能額を取立権者(債権者本人または代理人弁護士)へ送金します。残りの金額は通常どおり社員の口座へ振り込みます。送金の記録は毎月保管しておき、給与差押えが終了するまで継続します。
社員には、差押えの事実を会社側から通知することが実務上必要です。社員が知らないまま給与が減額されると、不信感やトラブルの原因になります。伝え方はプライバシーへの配慮が求められるため、人事担当者や経営者が個別に話す機会を設け、第三者に聞こえない環境で事実と理由を伝えることが望ましいです。
差押えが終わる条件を把握する
給与差押えが終了するのは、主に以下のいずれかのタイミングです。
- 債務が完済された場合
- 債権者から差押え取下げの通知が届いた場合
- 差押命令が裁判所によって取り消された場合
- 対象社員が退職した場合
退職の場合は注意が必要で、「退職したから自動的に終了」ではなく、退職の事実を裁判所と債権者へ速やかに通知する義務があります。また退職金が発生する場合は、給与差押えとは別に、退職金にも差押えが及ぶ可能性があります。退職金の差押可能額は通常の給与とは計算方法が異なるため、この場面でも専門家への確認をお勧めします。
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専任人事不在の中小企業が特に注意すべき落とし穴
20~50名規模の会社では、経理担当者や総務担当者、あるいは経営者本人が給与差押え対応を担うことがほとんどです。そのため、手続きの見落としや誤った処理が起きやすい環境にあります。
陳述書の放置と期限切れ
最も多いトラブルが、陳述書の提出忘れです。裁判所からの封書が「重要性の低い書類」と判断されてしまったり、開封はしたものの担当者が対応の意味を理解できずに保留したりするケースがあります。
繰り返しになりますが、陳述書は法律上の義務であり、2週間以内という期限は非常に厳しいものです。書類が届いたらその日のうちに責任者へ回付し、誰が対応するかを決める体制を整えておくことが重要です。
退職後の放置と社員本人への配慮不足
給与差押えを受けた社員が退職した場合、処理を放置してしまうケースも散見されます。差押命令は退職によって自動的に失効しないため、必ず裁判所と債権者へ退職の事実を通知してください。
また、社員本人への伝え方に迷う担当者も多いですが、給与差押えの事実を知らせること自体は違法ではありません。ただし、他の社員に漏れる形での通知はプライバシーの観点から問題になり得ます。個別面談の形で、事実・会社の対応方針・社員が取り得る選択肢(債務整理など)を落ち着いて伝えることが、信頼関係の維持につながります。
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まとめ
給与差押えの通知が届いた会社は、第三債務者として法律上の義務を負います。まず命令到達日を記録し、2週間以内に陳述書を提出すること。差押可能額は手取り給与をベースに民事執行法第152条に基づいて計算し、毎月の給与支給日に差押可能額を債権者へ送金し、残額を社員へ支払います。
専任人事がいない中小企業では、書類の放置・退職後の対応漏れ・計算ミスといったトラブルが起きやすいため、早期に専門家へ相談することが最大のリスク回避策です。
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