「この社員、もう3ヶ月休んでいるけど、見舞金って出すべきだったのか……」――そう気づいたとき、社内に明確な基準が何もない、という状況は珍しくありません。とくにメンタル不調による休職は、身体疾患と違って「いつ・どうやって渡せばいいか」すら判断が難しく、担当者が一人で抱え込んでしまいがちです。この記事では、休職中の見舞金について「法的に何が求められるか」「規程に何を書けばトラブルを防げるか」「メンタル不調の場合に特有の注意点は何か」を順を追って整理します。
見舞金支給に法律上の義務はあるか
結論から言えば、休職中の従業員に見舞金を支給する法律上の義務はありません。ただし、社内規程に支給規定を設けた瞬間から、それは労働契約の内容となり、支給しなければ債務不履行となります。
義務はないが、規程があれば義務が生まれる
労働基準法第89条は、常時10人以上の従業員を使用する事業場に就業規則の作成・届出を義務付けており、同法第90条は就業規則が労働条件の最低基準となることを定めています。慶弔規程をはじめとする任意の社内規程も、就業規則に附属させる形で整備した場合は労働契約の一部とみなされます。つまり「規程に書いたら出さなければならない」「書いていなければ義務はない」という二択の構造です。
「慣行」が暗黙の義務を生むリスク
落とし穴になりやすいのは、規程がないまま過去に何度も見舞金を支給してきた場合です。労働契約法第3条の趣旨や判例法理において、繰り返された取扱いは「労働慣行」として支給義務の根拠になりえます。「前回は出したから今回も当然出るはず」という従業員側の期待が法的に保護される場面があるのです。慣行の棚卸しは、規程整備と同時に行ってください。
雇用形態による均等・均衡待遇への配慮
正社員にのみ見舞金を支給し、パートタイム・有期雇用社員には支給しない場合、パートタイム・有期雇用労働法に基づく「待遇の相違に関する説明義務」が生じます。小規模企業でも適用されるため、規程を作成する際は対象者の範囲とその合理的理由をセットで整理しておきましょう。
メンタル不調の休職者への見舞金対応が難しい理由
メンタル不調による休職は、骨折や手術入院といった身体疾患の休職と異なり、「連絡すること自体」がリスクになりえます。見舞金をどう渡すかという手続き論の前に、接触方法の判断が不可欠です。
直接の連絡・訪問が症状を悪化させる可能性がある
うつ病をはじめとするメンタル不調では、上司や会社担当者の突然の訪問や電話が強いプレッシャーとなり、回復を遅らせるケースがあります。厚生労働省の職場復帰支援ガイドラインでも、休職初期は「連絡を最小限にする」ことが推奨されています。見舞金を渡すつもりで自宅に出向いたことが、ハラスメントや不法行為として問題になった事例も実務上は存在します。
主治医・産業医の意見を必ず確認する
見舞金を支給する際は、現金や品物の受け渡し方法を決める前に、主治医または産業医に「本人との連絡手段・頻度」を確認してください。多くの場合、郵送や家族への代理交付が最も安全な方法です。会社が一方的に「気持ちとして渡したい」と判断して動くのではなく、医療サイドとの連携を基本とすることが、会社を守ることにもつながります。
「出た・出なかった」の差が生む不信感
骨折で入院した社員には見舞金を渡したのに、メンタル不調で休んだ社員には渡さなかった、あるいは渡し忘れた――こうした事実が後から発覚すると、「精神疾患だから軽く見られた」という受け取り方をされ、職場復帰後の信頼関係に深刻なひびが入ります。支給漏れを防ぐためにも、規程に支給トリガー(例:休職開始後30日以内など)を明記することが重要です。
判断に迷うケースが多い場合は、外部の産業医やメンタルヘルス支援の専門家に一度相談し、自社の運用方針を固めておくことをお勧めします。
見舞金の金額相場と税務上の取り扱い
社会通念上相当な金額の見舞金は所得税が非課税となります。ただし「社会通念上相当」の範囲は明確な数値基準がなく、実態が給与補填と見なされると課税される可能性があるため、設計には注意が必要です。
非課税となる見舞金の条件
所得税法施行令第30条は、「心身の傷病に対して支払われる見舞金で、社会通念上相当な金額のもの」を非課税と定めています。一般的に、慶弔規程に基づき一律に支給される見舞金であれば非課税として扱われるケースが多いですが、以下のような場合は給与所得として課税される可能性があります。
- 休業中の給与補填を目的として支給している実態がある場合
- 役員・特定の従業員にのみ不均衡に高額な見舞金を支給している場合
- 規程がなく、会社代表者が裁量で支給している場合
社会保険料についても、非課税と判断される見舞金は標準報酬月額の算定基礎に含まれないのが原則ですが、実態が給与補填であれば含まれるリスクがあります。判断が難しい場合は、社会保険労務士や税理士に事前確認することをお勧めします。
金額設定の考え方
中小企業の実務でよく見られる設定例として、入院を伴う傷病に対して一律1〜3万円程度、長期休職(1ヶ月超)の場合は別途支給するといった区分があります。ただし、金額の多寡よりも「規程に基づき一律で支給している」という事実が税務・労務の両面で重要です。金額は会社の規模・財務状況に応じて設定し、恣意的な差をつけないことが基本原則です。
慶弔規程に盛り込むべき最低限の要素
規程が曖昧なまま運用されている企業ほど、個別対応のたびにトラブルが生じます。以下の要素を慶弔規程に明記することで、担当者の判断負荷を大幅に下げられます。
規程に記載すべき項目
| 項目 | 記載すべき内容の例 |
|---|---|
| 支給対象者 | 正社員・契約社員・パートタイム社員の別、雇用期間の要件(例:入社6ヶ月以上) |
| 支給要件 | 傷病の種類(業務上・業務外)、入院の有無、休職期間の下限 |
| 支給金額 | 一律金額または職位別金額(差をつける場合はその合理的理由) |
| 支給のタイミング | 休職開始後〇日以内、または診断書提出確認後〇日以内 |
| 支給方法・渡し方 | 郵送・手渡し・家族への代理交付。メンタル不調の場合の特則を明記 |
| 手続き | 申請者(会社側が起点か、本人・家族の申請か)、承認フロー |
メンタル不調への特則を別途明記する
慶弔規程に「精神疾患による休職の場合は、主治医または産業医の意見を踏まえ、郵送による支給を原則とする」といった特則を設けることで、現場の管理職が独断で動くリスクを防げます。規程に明記することで「なぜ直接渡しに行かないのか」という本人・家族からの疑問にも会社として説明しやすくなります。
休職規定との整合性チェック
「休職中は賃金を支払わない」旨の規定がある場合、見舞金は賃金とは別建ての任意給付として設計することが可能です。ただし、両規定が矛盾していると従業員から「休職中も給与は出るはず」という誤解を生む場合があります。就業規則の休職条項と慶弔規程を並べて読んだときに整合が取れているかを必ず確認してください。
管理職・現場担当者が迷わないための運用ポイント
規程を整備しても、運用する管理職が迷っては意味がありません。「誰が・いつ・どう動くか」を社内プロセスとして明確にしておくことが、規程整備と同じくらい重要です。
支給の起点を「会社側」に設計する
「本人や家族が申請してきたら支給する」という設計では、メンタル不調の休職者の場合、申請自体ができないまま支給漏れになるリスクがあります。休職開始の報告を受けた時点で人事担当または直属上長が規程に従って手続きを開始する、という「会社起点」の設計が実務的に安全です。
管理職への事前レクチャーを行う
慶弔規程を整備したら、管理職向けに「何をしてはいけないか(直接訪問・強引な連絡)」「何をすべきか(人事への報告・郵送手続きの開始)」をまとめた簡易マニュアルを用意することをお勧めします。規程の存在を知らない管理職が善意で動いたことがトラブルになるケースは少なくありません。
支給記録を必ず残す
誰に・いつ・いくら・どのような方法で支給したかを記録しておくことは、後からの「もらっていない」「差別的扱いをされた」という主張への反証に不可欠です。簡単なExcel台帳でも構いませんので、支給ごとに記録する運用を徹底してください。
現場で判断に迷う場面が続くようであれば、これは会社全体で人事労務体制を見直すタイミングかもしれません。
まとめ
休職中の見舞金支給に法律上の義務はありませんが、社内規程に定めた時点で支給義務が発生し、過去の慣行も義務の根拠になりえます。メンタル不調の場合は「渡し方そのもの」が症状悪化やハラスメントのリスクになるため、慶弔規程には支給対象・金額・タイミング・渡し方の特則を明記することが不可欠です。また、社会通念上相当な金額であれば非課税ですが、実態が給与補填と見なされると課税リスクが生じます。
まず既存の就業規則・慶弔規程の有無を確認し、ない場合は最低限の項目を盛り込んだ規程整備を優先してください。「毎回その場で判断している」「以前と対応がバラバラかもしれない」と感じている場合、それは組織リスクのサインです。一人で判断を抱え込むのではなく、人事労務の専門家の視点を入れて、会社として一貫した対応ルールを作ることが、従業員の信頼と会社の守りにつながります。ウェルセンス株式会社では、メンタル不調者への対応・休職復職支援・就業規則や慶弔規程の整備に関するご相談を承っています。まずは現状をお聞かせください。
よくある質問
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