「もう治りました。来週から出社できます」——そう連絡してきた社員に、主治医の意見書を求めると「なぜ書類が必要なんですか?信用されていないんですか?」と言われてしまった。こうした場面で、どう対応すればよいか迷ってしまう経営者・人事担当者は少なくありません。実は、主治医意見書は社員を疑うためではなく、会社として安全に復職を進めるために法的根拠のある合理的な手続きです。この記事では、復職時に主治医意見書が必要な理由、本人への効果的な説明方法、意見書なしで対応した場合のリスク、そして中小企業が今すぐ整備できる手続きをわかりやすく解説します。
復職の可否は「本人の申告」だけでは決まらない
「元気そう」は判断の根拠にならない理由
メンタルヘルス不調による休職からの復職対応で、多くの経営者が直面するのが「本人は元気そうなのに、どう判断すれば?」というジレンマです。電話口での声が明るい、メールの文章がしっかりしている——これらは回復の一面ではありますが、職場環境でのプレッシャーに耐えられるかどうか、再発のリスクはないかどうかとは別の話です。
うつ病などのメンタル疾患は、一時的に症状が落ち着いても、就労による負荷で再発しやすい特性があります。「元気そうに見える」という印象だけで復職を認めることは、会社にとっても本人にとっても、リスクの高い判断になってしまいます。
復職の最終判断は会社が行う——法的根拠
労働契約上、休職制度は会社が就業規則などで定めるものです。そのため、復職の可否を最終的に判断するのは会社であり、本人が「もう大丈夫」と主張しても、それはあくまで申告にすぎません。会社がその申告を唯一の根拠として復職を認める義務はないのです。
大阪地裁の東海旅客鉄道事件(平成11年10月4日判決)においても、「業務に堪えられる状態にあるかどうかの判断は会社が行う」という考え方が示されています。つまり、本人の意思だけで復職が確定するわけではなく、会社として必要な確認を行う権限があることが、法的にも認められているのです。
「主治医意見書を求めること」は冷たい対応ではない
主治医意見書の提出を求めることや、条件が整うまで復職を待ってもらうことを「冷たい」と感じてしまう担当者の方もいます。しかし実際には、確認なしに復職させて数週間後に再発・再休職した場合のほうが、本人にとっても会社にとっても大きなダメージとなります。
「しっかり確認したうえで、安心して戻ってきてほしい」という姿勢で手続きを進めることが、真の意味での本人への配慮です。意見書を求めることは、関係を壊す行為ではなく、より良い復職を実現するための投資なのです。
主治医意見書が必要な理由——法的根拠と実務的意義
安全配慮義務という会社の法的義務
会社が主治医意見書の提出を求めることには、明確な法的根拠があります。それが労働契約法第5条に定める「安全配慮義務」です。この条文は「使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定しています。
つまり会社は、労働者が安全・健康に働ける環境を整える義務を負っており、そのための情報収集として医療上の意見書を求めることは、合理的な措置として認められるのです。主治医意見書の提出を求めることは「社員を疑っている」のではなく、「安全に職場に戻れるかを確認する義務を果たしている」行為に他なりません。
厚生労働省ガイドラインが示す復職支援の5つのステップ
厚生労働省が発行する「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(令和4年改訂)は、メンタルヘルス不調からの復職プロセスとして以下の5ステップを明示しています。
- 第1ステップ:休業開始・休業中のケア
- 第2ステップ:主治医による職場復帰可能の判断(診断書の提出)
- 第3ステップ:産業医・会社による職場復帰の可否判断
- 第4ステップ:最終的な職場復帰の決定
- 第5ステップ:復職後のフォローアップ
注目すべきは、第2ステップと第3ステップが明確に分けられていることです。主治医が「復職可」と判断しても、それはゴールではなくスタートラインにすぎません。会社・産業医がさらに独自に判断するプロセスが必要であり、主治医意見書を省略することはこのガイドラインの想定外の対応となるのです。
主治医と産業医の役割は異なる
主治医はあくまで「患者(社員)の治療と回復」を目的とした医師です。そのため、職場の実際の業務内容や人間関係、ストレス要因を十分に把握せずに「復職可」と判断することもあります。
一方、産業医は「職場環境の観点から就労可能かどうか」を中立的に評価する役割を担います。50名以上の事業場では産業医の選任が義務付けられており(労働安全衛生法第13条)、50名未満の場合も地域産業保健センター(労働者健康安全機構)を無料で活用できます。
主治医意見書は重要な情報源ですが、それだけで判断せず、職場実態を知る立場からの評価も加えることが、再発防止の鍵となります。
本人への説明——感情的な衝突を避ける伝え方
「信用していないから」ではなく「ルールだから」と伝える
「なんで書類が必要なんですか?」と聞かれたとき、感情的な返答をしてしまうと話がこじれます。ポイントは、意見書の提出が「あなた個人を疑っているからではなく、会社の手続きとして決まっていること」として説明することです。
たとえば次のように伝えることができます:
「休職からの復職については、会社として必ず主治医の意見書をご提出いただくことを手続きとして定めています。これは安全に職場復帰していただくために、厚生労働省のガイドラインでも推奨されているプロセスです。○○さんのことを心配しているからこそ、正式な手順を踏みたいと思っています」
このように、個人への疑念ではなく組織的なルールとして伝えることで、感情的な対立を避けやすくなります。
「書類取得にかかる期間」をあらかじめ案内する
本人が「すぐ出社したい」という気持ちを持っている場合、「書類を用意してから」と言われると焦りや不満につながることがあります。そのため、主治医への相談から意見書の受け取りまでに通常1〜2週間程度かかること、その間に会社として復職後の業務内容や配慮事項を整える準備をしていることを同時に伝えると、待機期間に対する納得感が生まれやすくなります。
「一緒に準備しましょう」という姿勢が、復職への前向きな雰囲気をつくり、本人の不安も軽くなるでしょう。
主治医意見書に記載してほしい具体的な内容を伝える
主治医意見書は、「復職可能」という一言が書かれているだけでは実務上不十分な場合があります。会社として確認したいのは、以下のような項目です:
- 就業上の制限(残業の可否、出張の可否、業務負荷の目安など)
- 通院の継続有無と頻度
- 症状の安定度合い
- 再発リスクに関する見解
- 職場復帰後の注意事項
社員本人に対して、「主治医に以下の点も記載していただけるよう相談してください」と具体的な確認項目を事前に渡しておくと、意見書の内容が充実し、復職判断の精度も格段に上がります。
復職を拒否した場合・無条件で認めた場合の法的リスク
主治医意見書なしで復職させた場合のリスク
「元気そうだから」という理由だけで主治医意見書なしに復職を認め、数週間後に再発・再休職となった場合、会社が「安全配慮義務を果たさなかった」と問われる可能性があります。
特に、以下のようなケースでトラブルに発展しやすいです:
- 復職直後に業務量が多かった
- 配慮が不十分だと評価された
- 会社が無理に働かせたと主張される
こうした場合、損害賠償請求に発展するケースもゼロではありません。また、再休職の際に「休職期間の通算をどうするか」「休職満了扱いにできるか」などの問題も発生し、なし崩し的な対応が後々のトラブルにつながるのです。
正当な理由なく復職を拒否し続けた場合のリスク
逆に、正当な理由なく、あるいは手続きを踏まずに復職を拒否し続けると、「復職拒否による不当な取り扱い」として労働審判や訴訟リスクが生じます。
重要なのは「意見書提出を求めること」と「理由なく復職を拒み続けること」は、まったく異なるということです。会社が意見書の提出を求め、産業医や専門家を交えて適切な判断プロセスを踏んでいれば、合理的な対応として法的に守られやすくなります。手続きの「プロセス」を記録しておくことが、会社を守る防衛策になるのです。
就業規則の規定が「盾」になる理由
就業規則に「復職の際は主治医の診断書(意見書)を提出すること」「会社が指定する産業医や医師の面談を受けること」と明記されていれば、それが合理的な業務上の根拠となり、本人から押し切られるリスクが大幅に下がります。
労働基準法第89条は、常時10名以上の労働者を使用する事業場に就業規則の作成・届出を義務付けており、休職・復職のプロセスを具体的に規定することは、実務上の防衛策として非常に重要です。「規則に書いてあるから対応していただく必要があります」という一言が、担当者を守る言葉になります。
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中小企業が今すぐできる復職手続きの整備ポイント
就業規則に盛り込むべき復職手続きの記載例
専任人事のいない中小企業でも、最低限の復職手続きを就業規則に明文化することで、対応の根拠が生まれます。記載すべき内容としては、以下の3つのポイントが重要です。
1. 復職申請の事前申告
「休職期間満了の前に、復職を希望する場合は事前に会社へ申し出ること」と定めます。
2. 主治医意見書の提出
「復職申請には主治医の診断書(または意見書)を添付すること。記載すべき内容は会社所定の様式による」と具体的に記します。
3. 会社指定の医学的確認
「会社は、必要と認める場合に産業医またはその他の医師による面談・受診を命じることができる」という条項も加えておくと、会社指定の確認ができる根拠が整います。
これらを就業規則に入れておくことで、本人への説明が「会社の都合」ではなく「定められたルール」として伝わります。
復職面談の実施と記録の残し方
意見書の受理後は、復職の可否を判断するための面談を設けることが望ましいです。面談では、以下の内容を確認します:
- 現在の体調・通院状況
- 復帰後に希望する業務内容
- 生活リズムの安定度
- 職場復帰への不安点
- 必要な配慮事項
この際、面談の日時・出席者・確認した内容・会社の対応方針を記録として残しておくことが重要です。万が一トラブルが発生した場合に、「会社として丁寧なプロセスを踏んだ」という証拠になります。記録は専用のフォーマットがなくても、日時と要点をまとめたWord文書でも十分です。
復職後のフォローアップ計画を事前に共有する
復職が決まった後も、フォローアップの計画を本人と共有しておくことが再発防止に効果的です。たとえば、復職から最初の1ヶ月は以下のような段階的な復帰計画(リワークプラン)を実施します:
- 時短勤務(例:午前のみ、または午後のみ)
- 残業なし
- 出張禁止
- 月1回の面談で体調確認を行う
この計画を本人と合意しておくことで、「無理させた」というトラブルを防ぐとともに、本人の安心感にもつながります。
まとめ
復職時に主治医意見書を求めることは、社員を疑う行為ではなく、安全配慮義務(労働契約法第5条)を果たすための合理的かつ法的根拠のある手続きです。厚生労働省のガイドラインも、主治医判断だけで復職を確定させず、会社・産業医が改めて判断するプロセスを明示しています。
本人への説明は「個人を疑っているのではなく、定められた手続き」として伝えることが感情的衝突を避けるコツです。また、就業規則に復職手続きを明文化しておくことが、会社にとっての最大の防衛策になります。
意見書なしの復職は、安全配慮義務違反のリスクを抱えるだけでなく、再発・再休職時の対応も複雑化します。適切なプロセスを踏むことが、会社にとっても本人にとっても最善の選択なのです。
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