「慶弔休暇って、有給にしなきゃいけないんでしたっけ?」——採用面接や入社手続きの場面で、ふと従業員にそう聞かれて答えに詰まった経験はありませんか。慶弔休暇は多くの企業で当たり前のように有給で運用されていますが、実は法律で義務づけられているわけではありません。規程の整備が後回しになりがちな中小企業では、根拠があいまいなまま運用が続いているケースが少なくありません。この記事では、慶弔休暇の有給・無給の判断基準から就業規則への記載方法、運用変更の手続きまで、実務に即して整理します。
慶弔休暇に賃金支払い義務はあるか
結論からいえば、慶弔休暇は法律上の設置義務も賃金支払い義務もなく、有給か無給かは会社が自由に決められます。ただし「自由」であるがゆえに、規程で明確に定めておかなければ後々トラブルになります。
法定休暇と法定外休暇の違い
休暇には大きく分けて「法定休暇」と「法定外休暇」があります。年次有給休暇(労働基準法第39条)や産前産後休業(同第65条)、育児休業・介護休業(育児・介護休業法)は法定休暇であり、会社の規模や業種を問わず付与が義務づけられています。一方、慶弔休暇(結婚休暇・忌引き休暇など)は法令に設置義務の定めがない「法定外休暇」です。設けるかどうか、何日与えるか、賃金を払うかどうかも、すべて会社が就業規則で自由に設計できます。
「無給が原則」は本当か
就業規則に慶弔休暇の記載がない場合、法的な解釈としては原則無給とされます。賃金は「労働の対価」であり、労働義務が免除された休暇日に賃金を支払う義務は、特段の定めがなければ生じないというのが基本的な考え方です。ただし、後述するように「長年有給で運用してきた」という事実があると話が変わります。「規程がないから無給で問題ない」とは必ずしも言い切れない点に注意が必要です。
有給にする場合に決めるべき計算方法
慶弔休暇を有給とする場合、「どの金額を払うのか」も就業規則に明記する必要があります。年次有給休暇の場合は労働基準法第39条第9項に「通常の賃金」「平均賃金」「標準報酬日額」の三択が定められていますが、法定外休暇にはこの規定が直接適用されません。そのため就業規則に「所定労働時間分の賃金を支払う」など支払い基準を明確に書いておかないと、後から「何を払えばよかったのか」という紛争になりやすくなります。
就業規則への記載は義務なのか
慶弔休暇を会社として付与しているなら、就業規則への記載は義務です。「なんとなく与えている」という状態は、法令違反のリスクを抱えています。
絶対的必要記載事項とは
労働基準法第89条は、就業規則に必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」を定めています。その中に「休暇に関する事項」と「賃金の決定・計算・支払い方法に関する事項」が含まれています。慶弔休暇を実際に運用しているにもかかわらず就業規則に記載がない場合、この絶対的必要記載事項を欠いた状態となり、法令上の問題が生じます。従業員数が10名以上の場合は就業規則の作成・届出義務(同法第89条・第90条)があり、10名未満でも作成している場合は記載漏れに注意が必要です。
規程に何を書くべきか
慶弔休暇の規程には、最低限以下の項目を盛り込む必要があります。
- 対象となる事由(本人の結婚、配偶者・子・親・兄弟姉妹・祖父母等の死亡 など)
- 付与日数(続柄ごとに分けて記載する)
- 有給か無給かの区分
- 有給の場合の賃金計算方法
- 申請・証明書の提出に関するルール
「忌引き休暇を与える」とだけ書いて賃金の取扱いを記載していない規程は、絶対的必要記載事項を満たしていないため、整備が必要です。
規程がない・古い場合の優先対応
創業期に作成した就業規則をそのまま使い続け、慶弔休暇の条文が存在しないケースは珍しくありません。この場合、まず現在の運用実態(何日間有給か無給か)を整理したうえで、実態に合う内容で規程を新設または改定することが最優先です。改定の際には労働基準監督署への届出(従業員10名以上の場合)と従業員への周知が必要になります。
「ずっと有給で処理してきた」場合のリスク
就業規則に明記がなくても、長年にわたって有給で運用してきた実績がある場合は「労使慣行」として有給扱いが労働契約の内容に組み込まれているとみなされるリスクがあります。「書いていないから変えても問題ない」という判断は危険です。
労使慣行とは何か
労使慣行とは、使用者と労働者の間で長期間にわたって繰り返し行われてきた取扱いが、明示的な合意や規程がなくても労働契約の内容として定着している状態を指します。裁判例においても、一定期間継続して行われてきた取扱いが労働条件として固定化されたと判断されたケースがあります。慶弔休暇を長年有給で処理してきた事実は、こうした労使慣行を形成している可能性があります。
規程がないまま無給に変えると何が起きるか
規程への記載がないことを根拠に一方的に無給に変えると、従業員から「賃金未払い」や「不利益変更」を主張されるリスクがあります。特に、「今まで有給だったのに突然無給になった」という状況は、個別の労使トラブルに発展しやすいポイントです。対処法は、現状の運用を書面で規程化し、変更が必要な場合は適切な手続きを踏むことです。
自社の運用実態が不明確な場合や、規程変更への従業員対応が不安な場合は、人事専任がいない企業の課題に詳しい専門家に相談することで、後々のトラブルを未然に防ぐことができます。
運用を変更したいときの手続き
有給から無給への変更や日数の削減は「不利益変更」にあたる可能性が高く、一方的な改定では効力が認められない場合があります。変更には合理的な理由と適切な手続きが不可欠です。
不利益変更に該当するかどうかの判断
労働契約法第9条は、就業規則の変更によって労働者に不利益な変更をすることを原則として禁止しています。ただし、同法第10条は「変更に合理的な理由があり、かつ労働者に周知された場合」は例外的に効力を持つと定めています。合理性の判断には、変更の必要性、変更内容の相当性、代償措置の有無、労働者が受ける不利益の程度などが総合的に考慮されます。
変更手続きの流れ
以下は、慶弔休暇の運用変更(例:有給→無給、日数削減)を行う際の基本的な流れです。
| 対応事項 | ポイント |
|---|---|
| 変更内容・理由の整理 | 経営上の必要性や代償措置(他の休暇拡充など)を文書化する |
| 労働者代表への意見聴取 | 従業員10名以上の場合、労働基準法第90条に基づき意見書が必要(同意とは異なる) |
| 就業規則の改定・届出 | 10名以上の場合は労働基準監督署へ届出。意見書を添付する |
| 従業員への周知 | 掲示・配布・社内イントラなど、閲覧できる状態にする(周知方法は問わない) |
| 個別同意の取得(推奨) | 不利益変更は個別同意があると紛争リスクが大幅に下がる |
意見聴取と同意は異なります。労働基準法第90条が求めるのは「意見を聴く」ことであり、反対意見が出ても届出自体は可能です。ただし、不利益変更の合理性が問われる場面では、個別同意の有無が重要な証拠になります。
従業員数10名未満の場合の注意点
従業員数が10名未満の場合、就業規則の作成・届出義務はありませんが、作成している場合は変更時に周知と合理的な手続きが求められます。また、10名未満であっても労使トラブルのリスクは同じように存在します。変更を検討している場合は、書面での合意取得を強くお勧めします。
有給・無給の選択基準と実務上の判断ポイント
有給と無給のどちらを選ぶかは、法的な義務ではなく経営判断です。ただし、従業員との信頼関係や採用・定着への影響も踏まえた総合的な視点が必要です。
有給にするメリット・デメリット
有給とする場合、従業員にとっては年次有給休暇を消化せずに慶弔事由に対応できるため、安心感につながります。特に慶弔事由は突発的に発生するものであり、年次有給休暇の残日数を気にせず休める環境は、従業員の心理的安全性を高める効果があります。一方で、会社としては賃金コストが発生し、規程化・管理の手間も生じます。また、一度有給と定めると、前述の労使慣行の問題から変更が難しくなる点も念頭に置く必要があります。
無給とする場合の運用上の工夫
慶弔休暇を無給とする場合でも、従業員が年次有給休暇を取得することは可能です。「慶弔休暇は無給だが、別途年次有給休暇を取得することができる」と規程に明記し、運用上の混乱を防ぐことが重要です。また、無給と定める場合でも、欠勤扱いにはせず「特別休暇として欠勤カウントしない」旨を規程に含めると、従業員の不満を和らげる効果があります。
業種・企業文化による現実的な選択
実態として、多くの企業が慶弔休暇を有給として運用しています。採用競争が激しい業種や、従業員定着を重視する経営方針の会社では、有給とすることが人材確保の観点からも合理的です。一方、パート・アルバイト比率が高い業種や、収益構造上コスト管理が厳しい場合は、慶弔休暇を無給として年次有給休暇の取得で対応する設計も現実的な選択肢です。いずれにせよ、選択の結果を就業規則に明確に記載することが最優先事項です。
まとめ
慶弔休暇は法定外休暇であり、設置義務も賃金支払い義務も法律では定められていません。有給か無給かは会社が就業規則で自由に決められますが、「自由だから何も決めなくていい」わけではなく、就業規則への明記が法令上の義務です。長年有給で運用してきた実態がある場合は労使慣行として固定化されているリスクがあり、変更には合理的な理由と手続きが必要です。まず自社の規程の現状を確認し、記載が不十分であれば整備を優先してください。
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