兼務手当の設定方法|金額根拠から就業規則整備まで3ステップ

採用・定着

「担当者が突然辞めて、残った社員に仕事を引き継がせたけれど、手当をいくら払えばいいか分からない」——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こうした相談が後を絶ちません。兼務手当は法律で金額が定められているわけではないため、根拠なく決めてしまいがちです。しかし「なんとなく決めた」ままでは、後から社員との摩擦や法的リスクに発展することがあります。この記事では、金額の算定根拠・就業規則への記載・既存社員への説明という3つのステップで、兼務手当の正しい設定方法を解説します。

兼務手当に法的な「相場」はない——だからこそ根拠が重要

兼務手当の金額について、労働基準法や関係法令に「いくら以上払わなければならない」という定めはありません。ただし、根拠のない金額設定は社員からの不信感や労務トラブルの原因になるため、社内で説明できる算定ロジックを持つことが不可欠です。

なぜ「とりあえず決めた」手当が問題になるのか

組織改編や退職による突発的な兼務が発生した際、「月1万円でどうか」と感覚で決めてしまうケースは少なくありません。しかしこの方法では、後から本人が「業務量に見合っていない」と感じたときに根拠を示せず、交渉が感情論になりやすくなります。また、同じ状況の社員が複数いる場合に金額がバラバラになると、「なぜあの人と違うのか」という不満が生まれます。金額そのものより、「どういう基準で決めたか」を説明できるかどうかが重要です。

算定の考え方:代表的な3つのアプローチ

中小企業で実用的な兼務手当の算定方法は主に3つあります。それぞれの特徴と向き不向きを以下に整理します。

アプローチ 考え方 向いている場面
役割・責任加算型 兼務する職責の責任範囲に応じた定額を設定(例:部門責任者相当なら月3万円) 兼務先の役職が明確な場合
時間・工数比率型 本来業務と兼務業務の工数比率を見積もり、基本給に比率を掛けて算出 兼務時間を客観的に把握できる場合
市場参照型 兼務先の職種の市場賃金と比較し、不足分を補填する形で設定 専門性の高い職種を兼務させる場合

専任人事がいない中小企業では、役割・責任加算型か市場参照型がシンプルで説明しやすい傾向があります。たとえば「総務部長が人事業務も担当する」場合、人事担当者の採用市場における報酬水準を参考に、兼務分として月2〜3万円を設定するという考え方は、社員にも分かりやすく伝わります。

算定根拠は「文書」に残しておく

どのアプローチを選んでも、算定の過程をメモや社内文書として残しておくことが重要です。「このポジションの市場賃金を参照し、工数の約20%相当として月XX円とした」という記録があるだけで、後の説明責任を果たせます。口頭合意だけでは「言った言わない」になりやすく、労務リスクに直結します。

兼務手当の設定でお迷いでしたら、社内の人事規程を一度見直す段階からサポートを受けることで、後の手戻りを防げます。

就業規則への記載:手当新設に必要な3つの手続き

兼務手当を新設または変更する際は、就業規則の変更と労働基準監督署(以下、労基署)への届出が必要です。手続きを省いたまま運用していると、手当そのものの法的効力が問われるリスクがあります。

就業規則の変更が必要になる理由

労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対し、就業規則の作成と労基署への届出を義務付けています。賃金の決定・計算・支払方法は「絶対的必要記載事項」であり、手当を新設すれば必ずこの部分に変更が生じます。「個別に合意しているから就業規則を変えなくていい」という考え方は誤りで、届出なしの変更は法的リスクを抱えます。なお、常時9人以下の事業場でも、就業規則がある場合には整合性を保つために変更・整備することが望ましい対応です。

変更手続きの流れ

就業規則の変更は、まず就業規則の改訂案を作成するところから始まります。次に、労働者の過半数代表者(または労働組合)から意見を聴取します。労働基準法第90条に基づくこの手続きは「同意」ではなく「意見聴取」であるため、代表者が反対意見を述べても変更自体は可能です。ただし手続きを省くと就業規則の効力が争われる可能性があるため、必ず実施してください。意見書を添付のうえ、所轄の労基署に届け出て、変更後の就業規則を社員に周知することで完了です。

就業規則の記載例:押さえるべき4つの項目

兼務手当の規定には、以下の4点を必ず盛り込みます。

  • 支給対象者の定義:「会社が業務上の必要により、本来の職務に加えて他部門または他職種の業務を担当することを命じた者」など
  • 支給金額または算定方法:定額の場合は金額、工数比率の場合は計算方法を明記
  • 支給条件・開始時期:辞令発令日から、など
  • 兼務解消時の取り扱い:「兼務を解消した場合、翌月から兼務手当の支給を終了する」など廃止・減額の条件を明確に記載

特に兼務解消時の取り扱いは見落とされがちです。労働契約法第9条・第10条では、手当の廃止・減額は労働条件の不利益変更にあたると定められており、合理的な理由と周知がなければ無効となります。兼務が解消されたら手当がなくなることを、就業規則と辞令で事前に明示しておくことが、後のトラブル防止に直結します。

辞令と就業規則のセットで運用する

就業規則の整備に加え、個別の辞令を発行することで「言った言わない」のリスクを防ぐことができます。辞令は就業規則の集合的なルールを個人の状況に当てはめる文書であり、両方が揃って初めて運用上の根拠が完成します。

辞令に記載すべき内容

兼務手当に関する辞令には、兼務する職務・部門の名称、手当の金額、支給開始日、兼務解消時の手当消滅に関する一文を含めます。たとえば「20XX年X月X日付で総務部人事業務を兼務命令し、兼務手当として月額XX円を支給する。兼務解消の辞令発令日の翌月から手当の支給を終了する」という記載が具体的です。本人の署名または受領確認を得て保管しておくと、後の証明資料になります。

口頭・メール合意だけでは不十分な理由

社内メールや口頭での合意だけで兼務手当を運用しているケースは少なくありませんが、就業規則に根拠規定がない手当は、労基署の調査や賃金トラブルの際に問題として浮上することがあります。兼務が複数名に広がると、統一されたルールがないまま個別対応が積み重なり、金額や条件がバラバラになりがちです。就業規則と辞令のセットを整えることは、会社を守ることと同時に、社員への誠実な対応でもあります。

既存社員への説明とバランスの取り方

兼務手当を新設する際に経営者が最も頭を悩ませるのが、「なぜあの人だけ手当が出るのか」という既存社員からの疑問や不満への対応です。透明性のある基準と丁寧な説明が、組織内の公平感を保つカギになります。

「自分も実質的に兼務している」という声への対処

少人数の組織では、誰もが多少の業務横断をしている場合があります。このとき重要なのは、「兼務手当の対象となる兼務」の定義を明確にすることです。たとえば「会社の辞令に基づき、本来の職責とは別の部門または職種の責任を正式に担っている状態」と定義すれば、日常的な業務協力とは区別できます。この定義を就業規則に盛り込み、手当対象者の選定基準として示すことで、恣意的な運用という印象を防げます。

説明のタイミングと伝え方

兼務手当を新設する際は、対象者への個別説明と、チーム全体への趣旨説明の両方を行うことが望ましい対応です。全体への説明では金額の開示は必須ではありませんが、「どういう基準で支給を判断するか」は共有しておくと、後の不満を予防しやすくなります。特に組織改編に伴う兼務の場合は、変更の背景・兼務の期間の見通し・評価への影響を合わせて伝えることで、本人の納得感も高まります。

非正規社員が同じ兼務をしている場合の注意点

正社員と非正規社員(パートタイム・有期雇用)が同じ兼務業務を担当している場合、手当の有無や金額に不合理な格差があると、パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条(同一労働同一賃金)の問題になり得ます。非正規社員に兼務を命じる場合は、正社員との処遇の均衡を確認したうえで手当の要否を判断してください。

兼務解消時・手当廃止のリスクと対策

兼務手当でよく見落とされるのが、「一度払い始めた手当をやめられるのか」という問題です。廃止・減額は労働条件の不利益変更にあたるため、事前の設計が重要です。

不利益変更とならないための事前設計

労働契約法第9条は、労働者の同意なく労働条件を不利益に変更することを原則として禁じています。ただし、就業規則に「兼務解消と同時に手当を終了する」旨が明記されており、兼務命令の辞令にも同条件が記載されている場合は、支給終了が合理的な条件として認められやすくなります。つまり、「払い始める前」の就業規則と辞令の設計が、「やめるとき」のトラブルを防ぐことに直結します。

評価制度との連動も視野に入れる

兼務手当を設定する際、「どの水準まで兼務業務をこなしたら正式に昇格・昇給するか」という出口設計を持っておくと、本人のモチベーション管理がしやすくなります。手当はあくまで暫定的な処遇であり、兼務が恒常化した場合は役職や職務の見直しを検討することを、設定当初から経営者・本人双方が認識しておくことが健全な運用につながります。

就業規則の整備に不安がある場合や、既存の運用を見直したい場合は、人事の専門家と一度整理しておくことをおすすめします。

まとめ

兼務手当の設定は、金額の算定根拠を固めるところから始まります。まず役割・責任加算型や市場参照型のアプローチで根拠を文書化し、次に就業規則に支給条件・金額・兼務解消時の取り扱いを明記して労基署へ届け出ます。そして辞令を発行し、既存社員への基準説明を行うことで、公平感のある運用が実現します。「とりあえず払っている」状態を放置すると、賃金トラブルや社員の不満が積み重なるリスクがあります。

就業規則の整備と手続きに不安がある場合や、現在の兼務手当の運用を見直したい場合は、専門家のサポートを受けながら進めることをおすすめします。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない成長企業の経営者・兼務担当者が直面する人事労務の課題に伴走しています。兼務手当の設計・就業規則整備・社員への説明設計など、「何から手をつければいいか分からない」段階からご相談いただけます。まずはお気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 従業員が9人以下の場合、就業規則の整備は不要ですか?

A. 労働基準法第89条による作成・届出義務は「常時10人以上」の事業場に課されています。ただし、9人以下でも就業規則が存在する場合はその内容と整合させる必要があります。また、手当に関するルールを文書化しておかないと個別トラブルの際に根拠を示せなくなるため、規模に関わらず社内規程として整備しておくことを推奨します。

Q. 兼務手当は残業代の計算に含めなければなりませんか?

A. 原則として、兼務手当は割増賃金(残業代)の計算基礎となる「通常の労働時間の賃金」に含める必要があります。職務手当や役職手当に準じた性格を持つ手当は、除外できる要件(労働基準法第37条第5項に定める家族手当・通勤手当等)に該当しないため、残業代の基礎単価に算入して計算することが必要です。設定前に顧問社労士や専門家に確認することを推奨します。

Q. 兼務が恒常化した場合、手当を払い続けるべきですか?

A. 兼務が一時的な措置ではなく恒常的な状態になっている場合、手当で対応し続けるよりも、役職や職務区分そのものを見直すことが望ましい対応です。手当はあくまでも暫定的な処遇補完の手段であり、業務実態と乖離した状態が続くと、本人の処遇への不満や人事評価との整合性の問題が生じやすくなります。設定時点で「兼務の見直し基準」を定めておくことが有効です。

Q. 労働者代表への意見聴取で反対された場合、就業規則は変更できませんか?

A. 労働基準法第90条の意見聴取は「同意」を求める手続きではなく、意見を聞いて意見書に添付したうえで届け出る手続きです。代表者が反対意見を述べても、変更自体は会社が行えます。ただし、労働者に不利益をもたらす変更については、労働契約法第10条の「合理性」要件を満たす必要があるため、変更の内容と理由を十分に検討したうえで進めることが重要です。

Q. 兼務手当を設定していない状態でも、既存の社員に兼務をさせることは問題ありませんか?

A. 労働契約の範囲内での業務命令は可能ですが、業務量や責任が明らかに増加している場合に手当がないと、「労働条件の一方的な変更」として問題になるリスクがあります。また、手当なしで兼務が続くと、退職の原因や未払い賃金トラブルの引き金になることもあります。兼務を命じる際は、その範囲と処遇を明確にし、就業規則と辞令で整備することが安全な対応です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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