採用で手書き書類を求める前に確認したいリスクと管理ルール

採用で手書き書類を求める前に確認したいリスクと管理ルール コンプライアンス
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「うちは昔から手書き履歴書で受け付けているし、それで問題が起きたことはない」——採用担当を兼務しているみなさんの中には、そう思っている方も多いかもしれません。しかし近年、採用選考における個人情報の取り扱いへの目は厳しくなっており、「問題が起きていない」ことと「リスクがない」ことは別の話です。手書き書類の指定、筆跡による評価、選考後の書類の放置……いずれも、気づかないうちに法的な問題を抱えている可能性があります。この記事では、採用担当者が知っておくべきリスクの全体像と、すぐに始められる管理ルールの整備方法を解説します。

手書き書類の提出を求めることは問題になるのか

履歴書を手書きで提出させること自体は、直ちに違法にはなりません。ただし、その目的や運用によっては法的リスクが生じます。

「手書き指定」が問題になるケース

手書き履歴書の提出を求める行為そのものは、現時点で明示的に禁止する法律はありません。しかし問題になるのは、そこから何を読み取り、どう評価するかです。たとえば「字が上手いかどうか」を評価基準にする場合、それが業務遂行能力と合理的な関連性を持つかどうかが問われます。書道教室のスタッフを採用するなら関連性はありますが、一般的な事務職や営業職の選考でその基準を使うことは、厚生労働省の「公正な採用選考をめざして」指針が求める「能力・適性に基づく選考」という原則と齟齬をきたすリスクがあります。

「誠実さ・熱意の確認」という理由の危うさ

「手書きにしているのは応募者の本気度を確かめるため」という声もよく聞きます。しかし「本気度」は、業務を遂行する能力や適性とは別の概念です。手書きを作成できない身体的・技術的な事情を抱えている応募者を、意図せず排除してしまうリスクもあります。また、手書きの負担を理由に優秀な人材が応募を断念するという機会損失も、採用競争が厳しい中小企業には看過できない問題です。「なんとなく手書き指定にしている」慣行は、一度立ち止まって見直す価値があります。

手書きを指定するなら明確な目的を設定する

手書きの提出を続ける場合でも、「なぜ求めるのか」を社内で言語化し、その目的が採用選考の合理的基準に照らして説明できる状態にしておくことが重要です。目的が曖昧なまま慣行として続けるのが最もリスクの高い状態です。

筆跡診断・筆跡鑑定を選考に使うことのリスク

筆跡診断ツールを採用選考に使うことは、本人が開示していない内面情報を間接的に収集する行為とみなされる可能性があり、法的リスクが高いです。

何が「アウト」になるのか

筆跡から性格・価値観・精神的傾向を推定しようとするサービスやツールが市場に存在します。こうした手法を採用選考に用いることの問題点は、取得する情報の性質にあります。職業安定法第5条の4は、採用選考において応募者の思想・信条・社会的身分などを収集することを禁じています。筆跡診断が「性格」や「価値観」を推定する場合、それは本人が自ら開示していない内面情報——思想・信条に準じる情報——を間接的に収集することになります。これは個人情報保護法における適正取得の原則(法第20条)にも抵触するリスクがあります。

「合理的関連性」が判断の分岐点

採用選考で収集・利用できる情報は、「その職務を遂行する能力・適性と合理的な関連性があるもの」に限られるというのが厚生労働省の指針の基本的な考え方です。筆跡から性格傾向を推定した情報が、具体的な職務遂行能力とどのように関連するのかを合理的に説明できない場合、その評価基準は問題になり得ます。「なんとなく字からその人の雰囲気を見ている」という運用は、担当者の無自覚な偏見が入り込みやすく、公正な選考という観点からも望ましくありません。

すでにツールを導入している場合の対処

筆跡診断サービスをすでに使っている、あるいは検討中であれば、まずそのツールが取得・処理する情報の内容と目的を確認してください。「業務適性」ではなく「性格診断」に近い分析を行うものは、採用選考への使用を中止するか、専門家に相談して運用方法を見直すことをお勧めします。採用プロセスに関する判断に迷った際は、人事労務の専門家に一度相談してみることで、属人的な判断を避け、組織全体のリスク低減につながります。

採用書類の取得時に必要な個人情報の説明

採用書類を受け取る際には、個人情報保護法に基づき、利用目的をあらかじめ応募者に明示する義務があります。この対応が抜けているケースが非常に多いです。

「利用目的の特定・通知」という義務

個人情報保護法第17条は、個人情報を取得する際に利用目的を「できる限り特定」することを求めています。また第21条では、取得時に本人へ利用目的を通知または公表する義務が定められています。採用の文脈では、採用ウェブサイト・募集要項・エントリーシートの冒頭などに「ご提出いただいた個人情報は、採用選考の目的のみに使用します」と明記することが基本対応です。

「目的外利用」になりやすいパターン

採用選考を経て内定・入社した応募者の情報を、そのまま人事管理や社会保険手続きに使い続けることは、厳密には「採用選考目的で取得した情報の目的外利用」になります。個人情報保護法第18条は、特定した利用目的の範囲を超えた取り扱いを原則禁止しています。入社者の情報を人事管理に継続して使う場合は、入社時に改めて利用目的を通知し、必要に応じて同意を取得する対応が必要です。また、不採用者の情報を別の求人に流用したり、営業目的でアプローチしたりすることは明確な違反です。

採用ページに最低限明示すべき内容

規模の小さい企業でも、採用ページや応募フォームに以下の要素を記載することで、法的なリスクを大幅に減らせます。

  • 個人情報の利用目的(採用選考のためのみ、と明記)
  • 個人情報の管理責任者または管理部門
  • 開示・訂正・削除請求への対応窓口
  • 第三者提供の有無(原則しない旨)

選考書類の保管・廃棄ルールを整備する

不採用者の選考書類は、選考終了後おおむね3〜6ヶ月を目安に廃棄するルールを設けることが実務上の標準的な対応です。

保管期間に法定基準はないが「放置」はリスク

労働基準法が定める書類の保存義務は、雇用後の書類を対象としており、採用選考段階の書類については法定の保管期間が明示されていません。しかし「ルールがないから保管し続けてよい」ということにはなりません。不採用者から「自分の情報を削除してほしい」という請求があった場合(個人情報保護法第35条に基づく保有個人データの利用停止等の請求)、保管期間や廃棄方針が定まっていないと、適切に対応できません。また、個人情報を長期間保有し続けることは、情報漏えいのリスクを高めるだけです。

廃棄方法と記録の残し方

書類の廃棄は「確実な方法で行い、記録を残す」ことが重要です。紙書類はシュレッダー処理または情報処理専門業者への委託が基本です。電子データはシステム上からの完全削除を行い、バックアップデータの削除も忘れずに確認してください。廃棄した日時・対象書類・担当者名を記録に残しておくと、万一のトラブル時の証拠になります。

企業規模別の整備の優先度

従業員規模 優先して整備すべき事項
20名以下 採用ページへの利用目的明示・不採用書類の廃棄タイミングの決定
20〜50名 上記に加え、保管場所・アクセス権限の明文化・廃棄記録の運用
50名以上 個人情報管理規程の整備・削除請求対応フローの文書化・担当者教育

就業規則・採用ルールの文書化が「担当者交代リスク」を防ぐ

採用プロセスや書類取り扱いのルールが担当者の頭の中だけにある状態は、担当者の異動・退職によってリセットされる最大のリスクです。

文書化されていないと何が起きるか

採用業務を一人で担っている兼務人事担当者の場合、「自分がやり方を知っているから大丈夫」と思いがちです。しかし担当者が変わると、前任者が暗黙的に守っていたルール(「不採用者の書類は3ヶ月で捨てる」「採用ページに個人情報の使用目的を毎回掲載する」など)が引き継がれません。その結果、意図せず個人情報保護法違反や不適切な選考基準の適用が生じるリスクがあります。

最低限、文書として残すべき内容

就業規則に採用選考の手続きをすべて盛り込む必要はありませんが、別途「採用選考規程」や「個人情報取り扱い方針(採用版)」として以下を文書化しておくことを推奨します。書類の種類・保管場所・アクセスできる担当者の範囲・保管期間・廃棄方法・廃棄記録の残し方、そして開示・削除請求があった場合の対応手順です。これらを一枚のチェックリストや社内マニュアルとしてまとめておくだけでも、担当者が変わったときの引き継ぎリスクを大きく下げられます。

就業規則との整合性も確認する

採用に関する社内ルールを整備する際は、既存の就業規則と内容が矛盾しないかも確認してください。特に、採用書類を入社後の人事管理に流用する場合の同意取得のタイミング、個人情報の第三者提供に関する規定などは、就業規則や雇用契約書の関連条項と整合していることが必要です。就業規則の見直しが必要な場合は、社会保険労務士など専門家のサポートを受けることを検討してください。

まとめ

採用で手書き書類を求める慣行は、それ自体が即座に違法になるわけではありません。しかし、筆跡診断による内面情報の間接収集、利用目的の未告知、不採用者情報の放置、担当者依存の属人的な運用——これらが重なると、個人情報保護法や職業安定法上のリスクが積み上がっていきます。専任人事がいない中小企業ほど、採用書類の取り扱いルールが曖昧になりやすい構造があります。「問題が起きていない」今こそ、ルールを整備するタイミングです。

採用プロセスや個人情報管理の課題は、人事だけで抱え込まず、必要に応じて外部の専門家に相談することで、より実効性の高いルール作りが可能になります。ウェルセンス株式会社では、人事労務の仕組みづくりや個人情報管理体制の整備について、中小企業の実情に合わせた相談対応を行っています。「自社の採用プロセスに問題がないか確認したい」「就業規則との関係を整理したい」という段階からでも、ぜひお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 手書き履歴書の提出を求めること自体は法律違反になりますか?

A. 現時点では手書き指定を直接禁じる法律はなく、即座に違法とはなりません。ただし、筆跡を性格や思想の推測に使ったり、書類作成が困難な応募者を排除したりすることは、職業安定法の公正採用の原則に反するリスクがあります。目的を明確にしたうえで運用することが重要です。

Q. 不採用になった人の履歴書は、どのくらいの期間保管してよいですか?

A. 採用選考書類の保管期間を定めた法律上の規定はありません。ただし実務上は、不採用通知後3〜6ヶ月を目安に廃棄することが一般的です。不採用者から個人情報の削除請求があった場合に適切に対応できるよう、廃棄ルールと廃棄記録を社内で文書化しておくことを推奨します。

Q. 採用時に取得した個人情報を、入社後の人事管理にそのまま使ってよいですか?

A. 「採用選考のため」と特定して取得した情報を、入社後の人事管理目的で継続使用することは、個人情報保護法第18条が定める目的外利用にあたる可能性があります。入社時に改めて「人事管理・給与・社会保険手続きに使用する」という利用目的を通知し、必要に応じて同意を取得する対応が適切です。

Q. 採用書類の個人情報管理について、何か社内に文書を用意しなければなりませんか?

A. 法律上、すべての企業に詳細な管理規程の整備が義務付けられているわけではありませんが、個人情報保護法は事業者に「安全管理措置」を講じることを求めています(法第23条)。保管場所・アクセス権限・廃棄方法・廃棄記録の残し方を最低限文書にまとめておくことで、担当者交代時のリスクや、万一のトラブル時の対応力が大きく変わります。

Q. 筆跡診断サービスを採用で使うことは、完全にアウトですか?

A. サービスの内容によります。「筆圧や字の整い方で業務への集中度を見る」程度の主観的観察と、「筆跡から性格・価値観・精神傾向を診断する」ツールの使用では、リスクの度合いが異なります。後者は思想・信条に準じる内面情報の間接収集とみなされるリスクがあり、職業安定法および個人情報保護法の観点から問題となる可能性が高いです。現在使用中の場合は、専門家に内容を確認してもらうことをお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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