「別れた後から態度が急変して、毎日LINEが来るようになった」——ある日、社員からそんな打ち明け話を受けた経営者や兼務人事担当者は少なくないはずです。職場恋愛が破綻したあと、一方の言動がハラスメントに転化するケースは、規模を問わず起こりえます。しかし「交際していたのだから……」という心理的なブレーキが働き、会社として動き出すタイミングを見失いがちです。この記事では、職場恋愛破綻後にハラスメントが疑われたとき、会社が取るべき5つの対応ステップを実務的に解説します。専任人事がいなくても、手順を踏めば適切に対処できます。
「個人の問題」と判断してはいけない理由
職場恋愛が破綻した後の言動がハラスメントに該当する場合、それはもはや個人間の問題ではなく、会社が法的義務を負う職場問題です。この判断を誤ると、会社が安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。
過去の交際は「免責」にならない
「お互いに同意して付き合っていた」という事実は、現在進行中の言動に対する免責にはなりません。男女雇用機会均等法第11条が定めるセクシュアルハラスメント(セクハラ)の判断基準は、「被害者が性的な言動によって不快に感じているか」「就業環境が害されているか」です。元交際相手であっても、別れた後に執拗な連絡・待ち伏せ・性的な発言を繰り返せば「環境型セクハラ」に該当します。加害者側が「昔は許してくれていた」と主張しても、それは法的に通用しません。
会社に課されている3つの法的義務
中小企業であっても、以下の義務から逃れることはできません。
- 男女雇用機会均等法第11条:セクハラについて、相談体制の整備・事実確認・被害者への配慮措置・加害者への措置・再発防止を講じる義務
- 労働施策総合推進法第30条の2:パワーハラスメントについて同様の雇用管理上の措置義務(中小企業は2022年4月から義務化)
- 労働契約法第5条(安全配慮義務):労働者の生命・身体・精神の健康を損なわないよう配慮する義務。ハラスメント被害による精神健康被害を放置した場合、義務違反に問われる可能性がある
被害者が声を上げにくい構造を理解する
被害者自身が「交際していた自分にも非がある」「言い出すと職場に居づらくなる」と感じ、ためらうケースは非常に多いです。そのため、会社が状況を把握するのが遅れがちになります。被害者からの申告がないことを「問題なし」と判断するのは危険です。他の社員からの情報提供や、業務効率の著しい低下・欠勤の増加といったサインにも注意を向けてください。
ハラスメント該当性の判断基準
職場恋愛破綻後の言動がハラスメントに当たるかどうかは、行為の種類・頻度・被害者への影響の3軸で判断します。「どこからが会社の問題か」という線引きを明確にもっておくことが、迅速な初動につながります。
セクハラ・パワハラ・ストーカー規制法の交差点
破綻後に起こりうる言動は、複数の法令領域にまたがる場合があります。以下の表で整理してください。
| 言動の例 | 該当しうる法的概念 |
|---|---|
| 別れた後も「やり直したい」と繰り返し迫る・性的な発言をする | 環境型セクハラ(男女雇用機会均等法第11条) |
| 業務評価を下げる・降格をほのめかすなど職位を利用した圧力 | パワーハラスメント(労働施策総合推進法第30条の2) |
| 職場外での待ち伏せ・執拗なSNS送信・行動の監視 | ストーキング行為等の規制等に関する法律(ストーカー規制法) |
「就業環境が害されている」かどうかの確認ポイント
被害者が「気持ち悪い」「怖い」「仕事に集中できない」と感じているなら、就業環境が害されている可能性が高いです。具体的には次の点を確認します。
- 被害者が特定の場所・時間帯を避けるようになっていないか
- 遅刻・欠勤・業務パフォーマンスの低下が見られないか
- 加害者と同席する打ち合わせや業務を拒否するようになっていないか
「個人の揉め事」と判断してよい境界線
たとえば、破綻直後に1度だけ「復縁してほしい」とメッセージが来た場合を、即座にハラスメント案件として処理することは適切ではない場合もあります。判断の基準は「継続性・反復性があるか」「被害者が明確に拒否を伝えているか」「職場での業務遂行に支障が出ているか」の3点です。これらのいずれかが当てはまれば、会社として介入する段階と考えてください。
事実確認の進め方
事実確認は、まず被害者から聴取することが原則です。加害者が先に話すと情報が漏れて被害者への心理的圧力になるリスクがあります。「言った・言わない」の水掛け論を防ぐために、手順と記録方法を事前に決めておくことが重要です。
被害者から先に聴取する理由と聴き方
被害者の聴取では、まず「あなたを責めているのではなく、会社として状況を把握したい」という姿勢を明確に伝えることから始めます。聴取は1対1ではなく、同性の担当者を同席させるか、第三者(社労士・外部相談窓口の担当者)を交えるのが理想的です。聴取する内容は「いつ・どこで・何が起きたか」「それが何回あったか」「自分がどう感じたか」「加害者に明確に拒否の意思を伝えたか」の4点に絞り、誘導的な質問は避けます。
記録の残し方と署名確認
聴取した内容はその場でメモし、後日文書にまとめて本人に確認させ、内容に相違がなければ署名・捺印を求めます。この記録が後の処分判断や、万一の裁判・行政対応の根拠になります。LINEのスクリーンショットや社内メールのログなど、被害者が保存している証拠があれば、コピーを会社として保管します。調査中は双方に守秘義務を求め、他の社員への情報拡散を防ぎます。
加害者への聴取と「同意があった」という反論への対処
加害者の聴取は被害者の聴取が完了してから行います。「交際中は許してくれていた」「本人も嫌がっていなかった」という反論には、「過去の同意は現在の行為の正当化にはならない」「現時点で相手が不快に感じているかどうかが判断基準」と明確に伝えます。反論の内容も記録し、被害者の供述と突き合わせて矛盾点を整理します。物証が少ない場合は「合理的に見て被害者の供述の信憑性が高いか」を複数人で判断することが重要です。
配置転換・業務分離の現実的な方法
被害者と加害者を物理的・業務的に分離することは、会社の安全配慮義務を果たす上で不可欠です。ただし、20〜50名規模では別部署への異動が難しいことも多く、工夫が必要です。
分離の原則:被害者を不利益な立場に置かない
配置転換は加害者側を動かすことが基本です。被害者を異動させると「問題を起こした方が動かされた」という誤ったメッセージになり、被害者が二重に不利益を受けます。加害者が管理職など業務上の重要ポジションにある場合でも、まず加害者の座席・担当業務を変更する方向で検討します。
部署・拠点が少ない場合の代替策
物理的な異動が難しい場合、以下の手段を組み合わせます。
- 座席を離す(フロアの端と端に配置する)
- 担当顧客・担当案件を完全に分離し、業務上の接点をなくす
- 同じ打ち合わせへの同席を禁止し、必要な情報はメール・チャットでの文書共有のみにする
- 出退勤時間・休憩時間をずらすシフト変更を行う
- テレワーク勤務を一時的に活用する(環境がある場合)
就業規則の根拠がない場合の注意点
配置転換・業務変更を命じるには就業規則上の根拠が必要です。就業規則にハラスメント対応に関する規定が整備されていない場合、加害者が命令に従わないリスクがあります。この状況では、処分の前に社会保険労務士や弁護士に相談することを強く推奨します。既存の就業規則に「会社は業務上必要があると認める場合に配置転換を命じることができる」という規定があれば、それを根拠として活用できます。
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加害者への処分と再発防止規程の整備
事実確認の結果、ハラスメントと認定した場合は就業規則に基づいて処分を下します。処分の根拠規定がなければ処分そのものが無効になるリスクがあるため、規程の確認・整備は対応と並行して進めます。
処分の重さと段階的アプローチ
処分は行為の悪質性・頻度・職位・被害の程度によって段階的に決定します。口頭注意・書面による厳重注意・けん責・減給・降格・出勤停止・諭旨退職・懲戒解雇の順に重くなります。初回の事案で即座に懲戒解雇を下すと、加害者から「処分が重すぎる」として争われるリスクがあります。行為の悪質性が高い場合(ストーキング行為・暴力行為等)を除き、まず書面警告から始め、再発した場合に重い処分に移行するアプローチが現実的です。
就業規則・ハラスメント防止規程の整備ポイント
就業規則にハラスメントに関する規定がない・あるいは曖昧な場合は、以下の内容を盛り込んだ規程を整備します。
- ハラスメントの定義(セクハラ・パワハラ・その他ハラスメント)
- 禁止行為の列挙(職場内外を問わない旨の明記)
- 相談窓口の設置と守秘義務
- 調査手続きの概要
- 懲戒処分の規定(行為の程度に応じた処分の種類)
- 二次被害(被害者への報復行為)の禁止と処分
再発防止のための継続的な取り組み
規程を整備するだけでは再発防止になりません。年に1回程度のハラスメント研修、匿名で相談できる窓口の周知、管理職への定期的なアップデートが必要です。20〜50名規模では外部の社会保険労務士や産業医と連携することで、会社内部だけでは気づきにくい問題の早期発見につながります。
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まとめ
職場恋愛が破綻してハラスメント化したとき、会社が取るべき対応は「ハラスメント該当性の判断」「被害者から始める事実確認」「加害者側を動かす配置転換・業務分離」「就業規則に基づく処分」「規程整備と再発防止」の5つの流れです。過去の交際事実は免責にならず、会社には男女雇用機会均等法・労働施策総合推進法・労働契約法に基づく措置義務があります。特に20〜50名規模の企業では、就業規則の整備が不十分なまま処分を進めてしまうリスクが高く、初動の段階で専門家に相談することが後々のトラブルを防ぐ最善策です。
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