「面談を受けてほしいとお願いしたら、『任意でしょ?』と言われてしまい、それ以上何もできなくなった」——20〜50名規模の企業からよく聞く、産業医面談をめぐる場面です。明らかに勤怠が乱れている、ミスが増えている、そんな社員がいるのに、「拒否された」という一言で対応が止まってしまう。専任人事がいない環境では、判断を先送りしているうちに状況が深刻化することも少なくありません。この記事では、産業医面談を拒否した社員に対して就業制限などの措置をとる際の法的根拠と、実務で使える対応フローを整理します。
産業医面談は「任意」ではない場合がある
産業医面談が完全に任意かどうかは、面談の種類と社内規程の有無によって異なります。「任意だから断れる」という社員の主張が必ずしも正しいとは限りません。
長時間労働者への面接指導は受診義務がある
労働安全衛生法第66条の8は、月80時間を超える時間外・休日労働が認められる等の要件を満たす労働者について、事業者が医師(産業医)による面接指導を実施しなければならないと定めています。さらに同条第2項では「労働者は、前項の規定により事業者が行う面接指導を受けなければならない」と明文化されており、法律上の受診義務が労働者側にも課されています。健康診断の受診義務(第66条第5項)と同じ構造です。つまり、長時間労働の要件を満たす社員が産業医面談を拒否しても、法的には通りません。
ストレスチェック後の面接指導は申出後に義務化される
ストレスチェック(50名以上の事業場では法定義務、49名以下は努力義務)で高ストレス者と判定され、本人が面接指導を申し出た場合、事業者には実施義務が、労働者には受診義務が生じます。申出前の段階は任意ですが、一度申し出た後に「やっぱり受けない」とはなりにくい点を押さえておいてください。
就業規則・安全衛生規程がある場合は業務命令として指示できる
就業規則や安全衛生規程に「会社が必要と認めた場合、指定する医師または産業医の診察・面談を受けなければならない」旨の規定がある場合、面談受診は業務命令として指示できます。正当な理由なく拒否した場合は懲戒事由にもなりえます。最高裁昭和61年3月13日判決(電電公社帯広局事件)は、就業規則に基づく受診命令の有効性を認めた先例として実務上よく参照されます。まず自社の就業規則を確認することが出発点です。
就業制限の法的根拠と賃金の取扱い
産業医面談を拒否した社員を就業制限する場合、安全配慮義務を根拠にすることができます。ただし、賃金の扱いを誤るとトラブルに発展するため、事前の整理が欠かせません。
安全配慮義務が会社側の権限を裏付ける
労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体等の安全に配慮する義務を負うと定めています。健康状態が不明または不安定な社員に対し、その安全を確保するために業務を制限・停止することは、安全配慮義務の履行として会社の権限かつ責任として認められます。「強制はできない」と諦めるのではなく、「安全を守るために就業を制限する権限がある」という視点で考えることが重要です。
就業制限中の賃金は「誰の都合か」で変わる
就業制限を行う際に見落とされやすいのが賃金の取扱いです。民法第536条第2項の規定により、会社側の事情で就労を拒む場合(会社都合による休業)は、原則として賃金の支払義務が生じます。一方、社員本人が面談を拒否し健康状態を確認できないために就業制限が必要になった場合は、本人側の事情とも捉えられます。この判断は事案によって異なるため、実施前に社労士や弁護士に確認することを強く推奨します。
懲戒処分を検討する前に確認すべきこと
産業医面談の拒否を理由に懲戒処分を行うには、就業規則に懲戒事由として明記されていること、そして処分の内容が拒否行為の程度に見合っていること(比例原則)が求められます。いきなり重い処分を下すと、不当処分として争われるリスクがあります。懲戒は最終手段と位置づけ、まずは段階的な対応を踏むことが現実的です。
産業医面談拒否への対応フロー
産業医面談を拒否された場合、いきなり就業制限や懲戒に進むのではなく、段階を踏んで対応することがトラブル防止の基本です。以下に実務的な流れを整理します。
| 段階 | 対応内容 | 確認ポイント |
|---|---|---|
| ステップ1 | 面談の目的・必要性を書面で通知 | 就業規則・法令の根拠を明示する |
| ステップ2 | 拒否の理由を確認・記録 | 「正当な理由」の有無を判断する |
| ステップ3 | 再通知・上長または人事からの面談 | 対応記録を文書で残す |
| ステップ4 | 就業制限の検討・実施 | 賃金取扱いを事前に整理する |
| ステップ5 | 懲戒処分の検討 | 就業規則の懲戒規定と比例原則を確認 |
書面による通知が最初の一手
口頭で「受けてほしい」と伝えるだけでは、後から「言った・言わない」の問題になります。産業医面談の受診を求める際は、目的(健康状態の確認・安全配慮義務の履行)、根拠(就業規則の条文番号・労働安全衛生法の該当条文)、日時・場所、拒否した場合の対応方針を書面またはメールで通知してください。この記録が、後の対応を正当化する証拠になります。
拒否の理由を必ず確認する
社員が産業医面談を拒否する理由はさまざまです。産業医への不信感、プライバシーへの懸念、過去の職場でのネガティブな経験などが背景にある場合、強硬な対応は逆効果になることがあります。まず「なぜ受けたくないのか」を直接確認し、その記録を残してください。正当な理由(例:特定の産業医との個人的なトラブル)がある場合は別の産業医への変更を検討するなど、柔軟な対応が関係維持にもつながります。
就業制限を実施する際の実務チェックリスト
就業制限に踏み切る前に、以下を確認してください。就業規則に面談受診義務の規定があるか、就業制限の根拠となる健康上の懸念を具体的に説明できるか(単なる「なんとなく心配」では不十分)、制限の内容・期間・賃金取扱いを事前に社労士と相談しているか——この三点が整っていれば、就業制限は法的にも合理的な対応として認められやすくなります。
就業規則が整備されていない場合の対処法
就業規則に産業医面談の受診義務に関する規定がない場合でも、打てる手はあります。ただし、できることの範囲は限られるため、並行して規程整備を進めることが重要です。
法令上の根拠だけで対応できる範囲
長時間労働の要件(月80時間超の時間外労働等)を満たす社員であれば、就業規則がなくても労働安全衛生法第66条の8の規定を根拠に面談受診を求めることができます。この場合、書面には「労働安全衛生法第66条の8に基づく面接指導の実施について」と明記することで、法令上の義務であることを社員に伝えることができます。
就業規則に追加すべき規定の内容
規程整備がまだの場合は、以下のような条文を就業規則または安全衛生規程に追加することを検討してください。「会社は、社員の健康管理上必要と認めた場合、産業医または会社が指定する医師との面談を受けるよう命じることができる。社員は、正当な理由なくこれを拒否してはならない」という趣旨の文言が基本形です。10名以上の事業場は就業規則の作成・届出義務がありますが、変更の際も所轄の労働基準監督署への届出が必要です。社労士に依頼して早めに整備することをお勧めします。
規程整備前の「つなぎ対応」として使える方法
就業規則改定には時間がかかる場合もあります。その間の対応として、上長や経営者が直接「健康面での懸念から面談をお願いしたい」と真摯に伝えるアプローチは、関係性を損なわずに面談につなげる現実的な方法です。強制力はありませんが、社員との信頼関係を基盤にした対話は、後のトラブルを防ぐ効果があります。強制と対話を組み合わせることが、中小企業では特に重要です。
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社員関係を壊さずに面談につなげるコミュニケーション
法的根拠を整えることと、社員との関係を維持することは矛盾しません。20〜50名規模の企業では、一人の退職が組織全体に影響します。強硬な手段を取る前に、関係性を保ちながら面談につなげるアプローチを試みることが実務上の優先事項です。
「会社があなたのことを心配している」というメッセージを伝える
産業医面談の通知が「監視されている」「問題社員扱いされた」と受け取られると、拒否だけでなく関係悪化や退職につながることがあります。面談の目的を「健康を守るためのサポート」として伝え、本人の不安や疑問に丁寧に答える姿勢を示すことが重要です。特に、面談内容は原則として会社には詳細が共有されないこと(産業医の守秘義務)を説明するだけで、拒否が解消されるケースも少なくありません。
産業医との連携を事前に整えておく
社員が産業医に対して不信感を持っている場合、産業医自身が事前に「面談はあなたの味方として行うもの」というスタンスを社員に伝えることが有効です。産業医と会社の役割分担を明確にし、産業医が「会社の代理人ではない」という認識を社員に持ってもらうことで、心理的ハードルが下がります。産業医との定期的な情報共有体制を整えておくことが、こうした場面での対応力を高めます。
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まとめ
産業医面談は「すべて任意」ではありません。長時間労働の要件を満たす社員には法令上の受診義務があり、就業規則に規定がある場合は業務命令として指示できます。拒否された場合は、まず書面で根拠を示して通知し、拒否の理由を確認・記録した上で、段階的に対応を進めることが法的リスクを最小化する基本です。就業制限を実施する際は、賃金の取扱いを事前に整理しておくことが不可欠です。就業規則に受診義務の規定がない場合は、早急な規程整備と並行して、法令上の根拠を活用した対応を取ってください。
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