休職前の有給一括消化に応じる義務と会社側の対応ポイント

休職前の有給一括消化に応じる義務と会社側の対応ポイント メンタルヘルス対応
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「有給が30日残っているので、全部使ってから休職に入りたいです」——メンタル不調を抱えた社員からこう申し出られたとき、すぐに「わかりました」と答えることも、「業務に支障が出るので困ります」と断ることも、どちらも正解ではないかもしれません。専任の人事担当者がいない環境では、何が法的に正しいのか判断材料がなく、対応が止まってしまうケースが少なくありません。この記事では、有給一括消化の要求に会社はどう向き合うべきか、法的根拠と実務の流れをわかりやすく整理します。

有給一括消化の要求、会社は原則として応じる必要がある

結論から先に言えば、メンタル不調を理由に休職する前の有給一括消化の要求は、原則として会社は受け入れなければなりません。年次有給休暇の取得は労働者の権利(労働基準法第39条)であり、会社側の「承認」は法律上は必要とされていないからです。

有給休暇は「届出」で成立する権利

多くの会社では「有給申請書を提出して上長が承認したら取得できる」という運用をしていますが、法律上の仕組みはやや異なります。労働基準法第39条では、労働者は時季を指定して年次有給休暇を取得できると規定されており、使用者の承認を得ることは取得の条件になっていません。会社が独自ルールとして承認制を設けている場合でも、それによって取得自体を拒否することはできません。また、取得を理由として不利益な取り扱いをすることも同法第136条で禁じられています。

「認めたくない気持ち」が生むリスク

有給一括消化を認めたくない理由としてよく聞かれるのが、「業務が回らない」「長すぎる」「なぜ休職前にまとめて取る必要があるのか」といった感情的・業務的な懸念です。気持ちとしては理解できますが、明確な法的根拠なしに拒否した場合、後々「有給取得妨害」として労基署への申告や損害賠償請求につながるリスクがあります。感情的な判断ではなく、「時季変更権が行使できるかどうか」という法的な視点で対応を判断することが重要です。

時季変更権は「断る権利」ではない——適用できる範囲と限界

時季変更権とは、労働者が指定した有給取得の時季を会社が別の時季に変更できる権利のことです(労働基準法第39条第5項)。ただし、これは「有給を取らせない」権利ではなく、「別の時期に取らせる」権利であり、休職前の一括消化には事実上使いにくいケースが多いのが実態です。

時季変更権が認められる条件

時季変更権を行使できるのは、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限られます。たとえば、社員の半数が同じ時期に有給申請を出した場合や、繁忙期の直前に唯一の担当者が長期休暇を申請した場合などが典型例です。ただしこの場合でも、会社は「変更先の時季」を具体的に提示することが前提となります。つまり、「今は困るから来月取ってほしい」と言える状況でなければ、時季変更権は成立しません。

休職直前に時季変更権がほぼ使えない理由

メンタル不調による休職直前という状況では、変更先の時季が現実的に存在しません。有給消化後に休職に入るのであれば、「来月取ってください」と言ったところで、社員は来月も働いていないことになります。裁判例においても、変更先の時季が実質的に存在しない場合に時季変更権を行使することは権利の濫用にあたりうるという考え方が採られています。「繁忙期だから断れる」という認識は誤りであり、変更先を提示できない限り時季変更権の行使は困難と理解しておく必要があります。

時季変更権が使えるケース・使えないケースの整理

状況 時季変更権の行使 理由
繁忙期前だが変更先の時季を提示できる 可能性あり 変更先があれば行使の余地がある
休職直前で変更先の時季がない 事実上困難 変更先を提示できないため権利行使が成立しない
退職直前で残日数を一括消化 事実上困難 同上
代替要員がおらず業務が完全に止まる 要件は満たしうるが変更先が必要 業務支障は要件を満たすが変更先提示が必須

有給消化中も安全配慮義務は消えない

有給消化中であっても、労働契約は継続しています。つまり会社の安全配慮義務(労働契約法第5条)はその期間も有効であり、メンタル不調が確認されている社員を「有給中だから関係ない」と放置することは義務の観点から問題になりえます。

放置すると何が起きるか

有給消化中に状態が著しく悪化した場合、「会社は不調を把握していたのに何もしなかった」として、安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。特に、主治医がいることが確認できていない場合や、社員本人と全く連絡が取れていない状況が続いている場合は注意が必要です。適切な支援につながっているかどうかを確認するための最低限の関与は、会社として必要な行動です。

連絡・関与の「適切な範囲」とは

一方で、有給消化中の社員に頻繁に連絡したり、業務に関する確認をしたりすることは逆効果になる場合があります。メンタル不調の回復には休養が最も重要であり、過度な連絡はかえって症状を悪化させかねません。望ましい関与の例としては、「休養状況の確認のための月1回程度の連絡」「診断書取得の依頼と受領確認」「傷病手当金などの手続き案内」などが挙げられます。業務の進捗確認や早期復帰を促すような連絡は、有給消化中は控えるべきです。

産業医・就業規則がない場合の対応

常時50人未満の事業場では産業医の選任義務がありません。また、就業規則の作成義務が生じるのは常時10人以上の事業場(労働基準法第89条)ですが、10人未満でも就業規則を整備していない場合は、休職の取り扱いに関するルールが存在しないことになります。この場合、「有給消化が終わった後に休職として扱う」という判断の根拠がなく、対応が宙に浮いてしまいます。産業医がいない場合は、主治医からの診断書を取得することが実務上の判断軸になります。就業規則がない場合は、この機会に最低限の休職条項を整備することを強くお勧めします。

有給消化から休職へのスムーズな移行は、就業規則の整備と事前の診断書確認が鍵となります。対応の流れが不透明なときは、実務経験のある専門家に相談することで後のトラブルを防げます。

有給消化から休職への切り替えは、別の手続きが必要

有給消化が終わったからといって自動的に休職に移行するわけではありません。休職は法律上の制度ではなく、就業規則の規定に基づいて会社が命じる措置です。有給消化を認めることと休職命令を発することは、まったく別の手続きです。

有給終了後の休職移行の流れ

実務上は、有給消化を認める段階から休職移行を見越した準備を並行して進めることが重要です。まず有給申請を受け取ったタイミングで、就業規則の休職条項(休職の要件・期間・手続き)を確認します。次に、有給消化中に診断書の取得を依頼し、就業規則に定める休職要件(例:連続○日以上の療養が必要な場合など)を満たすかどうかを確認します。有給終了が近づいたら、休職開始日・期間・連絡ルールを明記した休職命令書を準備し、本人に交付します。この流れを事前に整理しておくことで、有給終了後に手続きが滞るリスクを防げます。

「有給を認めると休職を拒否できなくなる」は誤解

「一度有給を認めてしまうと、その後の対応で不利になる」という懸念を持つ経営者の方は少なくありません。しかし、有給休暇の取得を認めることと、その後の休職命令・復職判断は、それぞれ独立した判断です。有給を認めたことで、休職期間の設定や復職条件の判断を変更する必要はありません。有給と休職は制度として別物であり、有給を認めた事実が後の対応を縛ることは法的にありません。

傷病手当金と社会保険手続きの確認

有給消化中は給与が支払われているため、健康保険の傷病手当金(連続4日以上の欠勤が要件)の受給開始は原則として有給消化終了後になります。この点を社員に事前に説明しておくことで、休職移行後の金銭的不安を和らげることができます。また、休職中も社会保険料の本人負担分は発生するため、徴収方法(口座振込・立替等)についても休職開始前に取り決めておく必要があります。

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会社が取るべき実務上の対応フロー

有給一括消化の申し出があった時点から、休職移行後の初期対応まで、会社がどのように動くべきかを整理します。感情的な対応や場当たり的な判断を避けるためにも、あらかじめ流れを把握しておくことが重要です。

申請受領時にやること

有給申請を受け取ったら、まず時季変更権が行使可能かどうかを判断します。変更先の時季を具体的に提示できる状況でなければ、時季変更権の行使は現実的ではありません。次に、就業規則の休職条項を確認し、休職要件・手続き・期間の定めを把握します。就業規則がない場合は、この段階で基本的なルールを整理する必要があります。また、本人に対して診断書の提出を依頼し、状況の把握に努めます。

有給消化中にやること

過度な介入は避けつつも、状況把握のための最低限の連絡は維持します。診断書を受領できたら、就業規則の休職要件を満たすかを確認します。有給終了日が近づいたタイミングで、休職命令書の準備・交付と傷病手当金・社会保険手続きの案内を行います。定期的な連絡頻度(例:月1回、メールまたは電話)についても事前に本人と合意しておくと、後のトラブルを防げます。

  • 有給申請受領時:時季変更権行使の可否判断、就業規則の休職条項確認、診断書提出依頼
  • 有給消化中:状態把握のための最低限の連絡維持、診断書受領と要件確認、休職命令書の準備
  • 有給終了前後:休職命令書の交付、傷病手当金の案内、社会保険料の徴収方法の取り決め、連絡ルールの合意
  • 休職移行後:定期連絡の実施、復職に向けた主治医情報の把握、復職支援の準備開始

有給から休職への手続きは一度の判断では完結しません。段階ごとの判断ポイントを事前に整理しておくことで、個別対応の負担を大幅に減らせます。

まとめ

メンタル不調社員からの休職前の有給一括消化要求は、原則として会社は受け入れる必要があります。時季変更権は「有給を取らせない」権利ではなく「別の時季に移す」権利であり、休職直前という状況では変更先の時季が存在しないため、事実上行使が困難なケースがほとんどです。有給消化中も安全配慮義務は継続するため、過度な介入は避けつつも最低限の状況把握を維持することが重要です。また、有給消化を認めることと休職命令を発することは別の手続きであり、有給を認めたことで休職や復職の判断権限が失われるわけではありません。

専任人事のいない環境では、こうした個別対応の判断が経営者や兼務担当者一人の肩にのしかかりがちです。ウェルセンス株式会社では、メンタル不調社員への対応・休職復職支援・就業規則の整備まで、中小企業の実情に合わせた伴走支援を行っています。「うちのケースはどう対応すればいい?」と思ったときは、まずお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 有給が40日残っている社員に、全部消化させなければなりませんか?

A. 原則として、残っている有給日数のすべてを取得させる必要があります。時季変更権を行使するには「別の時季を提示できること」が前提条件ですが、休職直前の状況では変更先の時季が存在しないため、事実上の拒否は困難です。ただし、就業規則で有給の繰越上限(法定は最大40日)が定められている場合は、時効消滅した分については当然に行使できません。残日数の計算を正確に確認することも重要です。

Q. 有給消化中に社員と連絡が取れなくなりました。どうすればいいですか?

A. まずメールや郵便など記録が残る方法で連絡を試みてください。それでも応答がない場合は、緊急連絡先(家族等)への確認を検討します。連絡がまったく取れない状態が続くと、安全配慮義務の観点で問題が生じる可能性があります。有給消化中の連絡ルールは、申請受領時に事前に合意しておくことが最善の予防策です。

Q. 就業規則に休職の規定がない場合、有給終了後はどう対応すればいいですか?

A. 休職は法律上の制度ではなく就業規則の定めによって成立するため、規定がない場合は「休職命令」の法的根拠がない状態になります。この場合、有給終了後に出勤できなければ欠勤扱いとなり、その後の対応(懲戒・解雇等)も複雑になります。10人以上の事業場では就業規則の作成が義務となりますが、規模にかかわらず早急に休職条項を含む就業規則を整備することを強くお勧めします。

Q. 有給消化中に診断書の提出を求めることはできますか?

A. できます。診断書の提出義務は就業規則や雇用契約の定めによりますが、休職移行を適切に判断するために診断書の提出を依頼することは、会社として合理的な対応です。強制ではなく「休職の手続きをスムーズに進めるために必要」という説明をしたうえで、本人に協力を求めるかたちが望ましいです。

Q. 有給消化を認めたあと、「やはり早く復帰してほしい」と会社から言えますか?

A. 有給消化中は労働者が権利として取得している期間ですので、早期復帰を強く求めることは適切ではありません。有給消化後の休職期間中も同様に、復職の判断は主治医の診断書と就業規則の復職要件に基づくべきであり、会社の都合だけで「戻ってきてほしい」と迫ることは安全配慮義務違反やハラスメントにつながるリスクがあります。復職の条件・タイミングについては、就業規則に明確なルールを定めておくことが重要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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