「残業が多いのはわかっているけど、忙しい時期だし、本人も頑張ってくれているし……」。そう思いながら、気づけば数ヶ月が経っていた——そんな経験はないでしょうか。月45時間を超える残業が続く社員に対して、会社には法律上の対応義務が生じています。「残業代を払っているから大丈夫」では済まされない安全配慮義務の問題であり、対応を怠ると損害賠償リスクにも発展します。この記事では、月45時間超の残業に対して何をいつまでに・誰が・どのように対応すべきかを、専任人事のいない中小企業の実情に合わせて解説します。
月45時間超の残業が「問題になる」理由
残業代の支払いと健康への配慮は、法律上まったく別の義務です。残業代を払っていても、社員の健康が損なわれた場合には安全配慮義務違反として会社が責任を問われます。
残業代と安全配慮義務は別の話
労働契約法第5条は、使用者が「労働者の生命・身体・健康を危険から保護するよう配慮しなければならない」と定めています。これが安全配慮義務です。残業代(賃金)をきちんと支払っていることと、健康への配慮義務を果たしていることは、まったく別の問題です。過労による精神疾患や健康障害が発生した場合、「何も対策を講じていなかった」ことが安全配慮義務違反として損害賠償請求の対象になりえます。
月45時間という数字が持つ法的な意味
労働基準法第36条(いわゆる36協定)では、時間外労働の原則上限を月45時間・年360時間と定めています(2019年施行の改正法)。これを超えるには「特別条項付き36協定」の締結が必要ですが、それにも年6回までという発動回数の制限があります。つまり月45時間超の残業が「続く」状態は、協定の上限管理の観点からも放置できない状態を意味します。さらに月80時間超・月100時間超になると、後述するように会社の対応義務がより重くなります。
「管理職だから対象外」は誤り
管理監督者(いわゆる管理職)は労働時間規制の適用除外ですが、健康確保のための面接指導や健康管理時間の把握は義務として残ります。「うちの管理職は月45時間超の残業管理をしなくていい」という認識は法令上誤りですので、注意が必要です。
残業時間に応じて変わる会社の対応義務
会社が取るべき対応は、残業時間の水準によって段階的に変わります。以下の表を自社の状況に当てはめて確認してください。
| 残業時間の水準 | 会社が取るべき主な対応 |
|---|---|
| 月45時間超が続く | 上司による状況確認・業務量の見直し検討・記録 |
| 月80時間超 | 労働者からの申出を受けて医師による面接指導を実施・記録を5年保存 |
| 月100時間超、または2〜6ヶ月平均80時間超 | 申出がなくても会社が把握・面接指導を実施。特別条項の発動回数管理も確認 |
月45時間超の段階で動き始める理由
「まだ80時間には達していないから」と放置するのは危険です。月45時間超が数ヶ月続けば、累積した疲労が一気に健康障害として表れることがあります。また、特別条項の発動回数(年6回)の管理義務もこの段階から問われます。問題が深刻になる前の早期対応が、会社・社員双方にとって最善です。
月80時間・100時間超で義務が明確になる
労働安全衛生法第66条の8に基づく面接指導制度では、月80時間超の時間外・休日労働をした労働者から申出があった場合、会社は医師による面接指導を実施しなければなりません。月100時間超または2〜6ヶ月の平均が80時間超の場合は、申出を待たず会社が自ら把握して対応することが求められます。この義務は会社の規模に関係なく適用されます。従業員50名未満でも免除はありません。
「残業時間を把握していること」が対応の大前提
どの対応も、会社が労働時間を客観的に把握していることが前提です。「なんとなく忙しそう」では義務を果たしたことになりません。
客観的な記録が必要な理由
厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(2017年)は、タイムカード・PCのログ・勤怠管理システムなど客観的な方法で労働時間を把握することを使用者に求めています。上司の目視確認や社員の自己申告だけでは不十分とされる場合があります。万が一のトラブル時に「会社は適切に把握・対応していた」と証明するためにも、客観的な記録は不可欠です。
勤怠管理が整っていない場合の対処
専用の勤怠システムがない場合でも、Excelや紙のタイムシートを使って客観的に記録する仕組みを整えることから始めましょう。重要なのは「社員本人が記録し、上司が確認・承認する」というフローを明文化することです。記録のないところに義務の履行は証明できません。
面談の進め方と記録の残し方
面談は「声をかけた」だけでは義務を果たしたことになりません。誰が・何を確認し・どう記録したかが重要です。
月45時間超の段階では上司による状況確認から
まず最初に行うべきは、直属の上司による1対1の状況確認です。「最近忙しそうだけど、体の調子はどうですか」といった切り口で始め、業務量・睡眠・食欲・気分の変化などを確認します。この段階では医師は不要ですが、話した内容・日時・参加者・確認した事項・今後の対応方針を簡単なメモとして残しておくことが重要です。記録が残っていれば、のちに「会社は早期から対応していた」という証拠になります。
判断に迷う場合や、面談後の対応方針をアドバイスしてほしい場合は、人事労務の専門家に相談するのも方法です。
月80時間超になったら医師による面接指導へ
月80時間超の段階では、医師による面接指導が義務となります。面接指導の記録には、実施日時・対象者氏名・確認した労働時間数・疲労や症状・業務上の状況・医師の意見・就業上の措置の内容を含める必要があります。この記録は5年間保存する義務があります(労働安全衛生法施行規則第52条の6)。書式は法定のものはなく任意ですが、上記の項目を漏れなく記載することが重要です。
面談後の「措置」も記録する
面接指導の結果を踏まえ、会社は労働時間の短縮・深夜業の制限・配置転換などの就業上の措置を検討・実施する義務があります。措置を実施しなかった場合でも、「なぜ実施しなかったか」という判断の根拠を記録に残してください。「検討したが、本人の希望により現状維持とした」といった記録があるだけで、会社の対応の適切さを示すことができます。
産業医がいない中小企業はどう対応するか
従業員50名未満の企業には産業医の選任義務はありませんが、面接指導の義務は規模を問わず適用されます。「産業医がいないからできない」は通らない理由です。
地域産業保健センターを活用する
各都道府県に設置されている「産業保健総合支援センター」の傘下に、市区町村単位の「地域産業保健センター」があります。従業員50名未満の事業場を対象に、医師による長時間労働者への面接指導を無料で提供しています。産業医を選任していない中小企業にとって、まず活用すべき公的資源です。最寄りのセンターは「産業保健総合支援センター」のウェブサイトから検索できます。
就業規則への記載と運用のセット
就業規則に「一定の時間外労働が続いた場合に面談を実施する」旨を明記しておくことで、会社の対応が制度として定着します。「月45時間超が2ヶ月連続した場合、上長と人事担当者が面談を実施する」といった基準を設けると、個人の判断に頼らない仕組みができます。就業規則の整備と実際の運用が伴ってはじめて、会社としての対応が機能します。
管理職への周知も会社の義務
管理職が「忙しいから面談なんてやっていられない」と感じているケースは少なくありません。しかし管理職が部下の労働時間を把握し、適切に対応することは会社の指示のもとで行われるべき業務です。管理職向けに「残業管理と面談の手順」を簡単なマニュアルや研修で共有しておくことが、組織として義務を果たす第一歩です。
会社を守る「記録」の具体的な作り方
トラブルが起きたとき、会社を守るのは「適切に対応した記録」です。何をどう残すかを事前に決めておきましょう。
残しておくべき記録のリスト
- 勤怠記録(タイムカード・システムログ等):客観的な労働時間の記録
- 上司による状況確認メモ:日時・確認内容・対応方針を簡潔に記録
- 面接指導の記録:実施日時・氏名・労働時間数・確認した健康状態・措置内容(5年保存)
- 就業上の措置の記録:措置の内容または実施しなかった理由と根拠
- 特別条項の発動記録:年間の発動回数と対象月の確認
記録は「事後」ではなく「その都度」残す
問題が起きてから記録を作ろうとしても、信憑性が疑われます。面談のたびにその日のうちにメモを残す習慣をつけることが重要です。Googleドキュメントや共有フォルダに日付・氏名・内容をテンプレートで記録するだけでも、継続的な対応の証拠になります。形式の整ったシートより、「その都度・確実に・保存する」ことのほうが実務では重要です。
まとめ
月45時間を超える残業が続く社員への対応は、「残業代を払っているから大丈夫」では済みません。安全配慮義務(労働契約法第5条)に基づき、会社は早期の状況確認・面談・記録・就業上の措置という一連の対応を行う必要があります。月80時間超になれば医師による面接指導が義務となり、従業員50名未満でも適用されます。産業医がいない場合は地域産業保健センターの無料相談を活用でき、就業規則への明記と管理職への周知が組織的な対応の土台になります。
こうした対応を「人事だけで判断する」のは負担が大きいかもしれません。ウェルセンス株式会社では、中小企業の残業管理・面談フロー設計・記録の残し方についての相談をお受けしています。就業規則の整備や管理職向け研修も含めた包括的なサポートが可能です。まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
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