「試用期間が終わってから社会保険の手続きをしようと思っていた」——採用担当を兼務しているビジネスオーナーや人事担当者から、こうした声をよく耳にします。しかし、この判断は法律上のリスクを伴います。試用期間中であっても、社会保険の加入義務は入社初日から発生するため、手続きを後回しにすることはできません。本記事では、手続きのタイミング・遡及加入のリスク・早期退職者への対応まで、実務に即して解説します。
試用期間中でも社会保険加入は「初日から」義務
結論から言えば、試用期間中であっても社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入義務は雇用初日から発生します。「本採用が決まってから手続きすればよい」というのは完全な誤りです。
試用期間は「お試し」ではなく雇用契約の開始
試用期間とは、企業が採用した労働者の適性や能力を確認するための期間であり、法的には雇用契約はすでに成立しています。最高裁判例(三菱樹脂事件・昭和48年12月12日)では、試用期間中の法律関係を「解約権留保付き労働契約」と定義しており、労働者としての地位は入社初日から存在すると明示されています。つまり試用期間中の従業員も、法的には正式な「労働者」です。
根拠となる法令
社会保険の加入義務は、健康保険法第3条および厚生年金保険法第9条に基づきます。適用事業所に「使用される」労働者であれば、試用期間・本採用の区別なく対象となります。法令上、試用期間中の加入を猶予する規定はどこにも存在しません。雇用保険についても同様で、雇用保険法第6条・第7条により、週20時間以上・31日以上の雇用見込みがある場合は採用時から加入義務が生じます。
「どうせ辞めるかもしれないから」は通用しない
試用期間中は本採用に至らないケースもあるため、「様子を見てから手続きしたい」という気持ちは理解できます。しかし、法令は雇用の確実性ではなく「現に使用されているかどうか」で加入義務を判断します。試用期間中であっても給与を支払って働かせている以上、社会保険の加入手続きを後回しにする理由にはなりません。
資格取得届の提出期限と窓口
社会保険の手続きは、保険の種類によって提出先と期限が異なります。特に健康保険・厚生年金の期限は極めて短く、見落としが起きやすいポイントです。
保険種別ごとの提出先と期限
| 保険種別 | 提出先 | 提出期限 |
|---|---|---|
| 健康保険・厚生年金 | 年金事務所(または健保組合) | 資格取得日(採用日)から5日以内 |
| 雇用保険 | ハローワーク | 資格取得日の翌月10日まで |
健康保険・厚生年金の「採用日から5日以内」という期限は特に短く、採用対応の忙しさの中で見落とされがちです。採用が決まった段階で、手続き担当者へのタスク共有と期限管理を仕組みとして組み込んでおくことが重要です。
提出が遅れた場合はどうなるか
資格取得届の提出が期限を過ぎた場合でも、手続き自体は受け付けてもらえます。ただし、資格取得日は採用日に遡って設定されるため、その間の保険料が一括で発生します。会社負担分はもちろん、本人負担分も発生し、給与からの控除処理が後からまとめて必要になります。遅延が続くと年金事務所から指導を受けるリスクもあるため、遅れに気づいた段階で速やかに手続きを進めることが重要です。
窓口が複数あることへの注意
専任人事がいない企業でとくに多い落とし穴が、社会保険(年金事務所)と雇用保険(ハローワーク)の窓口が異なることへの対応漏れです。片方の手続きだけ済ませて、もう片方を忘れてしまうケースが現場では少なくありません。採用時のチェックリストを作成し、両保険の手続き完了を確認する運用にしておくと安心です。
遡及加入・追徴保険料のリスクを知る
手続きを怠った場合、最大2年間にわたって保険料を遡及して徴収されるリスクがあります。これは金額的にも、事務的にも大きな負担です。
遡及適用の仕組み
年金事務所は、適用状況の確認を目的とした調査(特定適用事業所調査など)を定期的に実施しています。この調査や従業員からの申告によって未加入が発覚した場合、健康保険法第193条等に基づき、資格取得日(採用日)に遡って保険料が徴収されます。遡及期間は最長2年間であり、その間の会社負担分・本人負担分が一括で発生します。試用期間が3か月の場合でも、その3か月分の保険料が追徴されることになります。
従業員からの申告で発覚するケース
退職した従業員が「自分は試用期間中に社会保険に加入させてもらえなかった」と年金事務所やハローワークに申告するケースもあります。特に試用期間中に早期退職した場合、在職期間が短い分だけ感情的なトラブルに発展しやすい面があります。こうした申告があれば会社側は調査対象となり、遡及保険料の負担だけでなく、労使関係の悪化にもつながります。
「バレなければよい」ではなく、仕組みとして対応する
未加入のリスクは「見つかるかどうか」の問題ではなく、「見つかったときに対応できるかどうか」の問題です。追徴保険料の支払いに加え、事務処理の煩雑さや社内への説明コストを考えると、初めから正しい手続きをする方がはるかに低コストです。採用手続きの標準化・チェックリスト化によって、担当者が変わっても対応できる体制を整えることが望まれます。
兼務人事の実務課題として、社会保険手続きの判断や遡及リスクの対応に頭を悩ませるケースは多くあります。
雇用形態・勤務時間による加入要件の判断
社会保険の加入義務は、フルタイム正社員であれば原則として全員対象ですが、パートタイムや試用期間中に短時間勤務としているケースでは加入要件の判断が必要になります。
4分の3基準とは何か
パートタイム・アルバイト等の短時間労働者については、週所定労働時間および月所定労働日数が「通常の労働者の4分の3以上」であれば社会保険の加入義務があります。たとえば、フルタイムが週40時間であれば、週30時間以上が加入義務の目安となります。試用期間中だけ週4日・1日6時間など、加入要件を下回る設定にしているケースは、要件を満たす場合と満たさない場合で対応が変わります。
令和6年10月改正による適用拡大
令和6年10月の法改正により、短時間労働者への社会保険適用が拡大されました。従来は従業員100人超の事業所が対象でしたが、改正後は51人以上の事業所にまで拡大されています。20~50名規模の企業では直接の対象外となる場合もありますが、今後さらなる拡大も議論されているため、自社の従業員数の変化に合わせて定期的に要件を確認しておくことが重要です。
試用期間中だけ短時間勤務にするケースの注意点
「試用期間中は週3日・1日5時間で様子を見る」といった設定をしている企業では、その勤務時間が4分の3基準を下回っていれば加入義務が生じない場合があります。ただし、実態として週30時間以上働かせていながら契約書の所定時間だけ少なく設定しているケースは、実態主義で判断されるため注意が必要です。また、本採用後に勤務時間が増えて要件を満たすようになった時点で、改めて加入手続きが必要になります。
試用期間中に早期退職した場合の処理
試用期間中に退職者が出た場合でも、在職期間中の社会保険加入手続きは必要です。「どうせ辞めるから」と手続きを省略することは、法的に許されません。
資格取得と資格喪失を両方手続きする
入社から短期間で退職した場合でも、資格取得届(採用日付)と資格喪失届(退職日の翌日付)の両方を年金事務所に提出する必要があります。在職期間が1か月未満であっても、その期間に発生した保険料は会社・本人の双方に負担義務があります。手続きを省略したまま放置すると、後から遡及で発覚したときに追徴保険料と延滞金が一度に発生するリスクがあります。
本人負担分の精算をどう行うか
退職時に未払いの保険料がある場合は、最終給与から控除するか、退職後に本人から直接徴収することになります。最終給与での控除が最もスムーズなため、退職が決まったタイミングで給与計算担当者と連携して処理を進めることが重要です。また、健康保険証の回収も退職手続きの中で忘れずに行う必要があります。
健康保険給付をすでに受けていた場合
試用期間中に体調不良などで医療機関を受診していた場合、保険給付との整合性も確認が必要です。社会保険未加入のまま健康保険証が発行されていない状態で受診していた場合、全額自己負担となっていたはずであり、遡及加入後に健保組合から返還請求が発生するケースもあります。こうした事態を防ぐためにも、採用初日からの適切な加入手続きが必要です。
まとめ
試用期間中であっても、社会保険(健康保険・厚生年金)および雇用保険の加入義務は雇用初日から発生します。「本採用後に手続きすればよい」という判断は法律上の誤りであり、発覚した場合は最大2年間の遡及追徴保険料というリスクを伴います。健康保険・厚生年金の資格取得届は採用日から5日以内、雇用保険は翌月10日までが提出期限です。また、試用期間中の早期退職者が出た場合も、資格取得・喪失の両手続きは省略できません。パートタイムや短時間勤務の場合は4分の3基準をもとに加入要件を判断し、令和6年10月の適用拡大にも注意が必要です。
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