降格・給与引き下げを同意なしで進める際の注意点

降格・給与引き下げを同意なしで進める際の注意点 労務管理
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「パフォーマンスが低下している社員を降格させたいが、本人が同意しない。このまま進めても大丈夫なのか?」——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こうした相談が増えています。降格や給与引き下げは法的にデリケートな対応が求められる領域です。誤った手順で進めると、後から「無効」と判断されるリスクがあります。この記事では、同意なしで降格・給与引き下げを行う際の法的根拠と注意点を、実務に即して解説します。

「降格」には2種類ある——混同が最大のリスク

人事権行使としての降格(降職)

経営判断や組織再編の一環として、職位・役割を変更するのが「人事権行使としての降格(降職)」です。たとえば「マネージャーとしての成果が出ていないため、一般社員に戻す」といったケースがこれにあたります。法的根拠は就業規則の人事権条項と労働契約であり、懲戒処分とは性質が異なります。

懲戒処分としての降格(懲戒降格)

不正行為やハラスメントなど、問題行動に対する制裁として職位を下げるのが「懲戒降格」です。こちらは就業規則の懲戒規程に明確な根拠条文がなければ実施できません。また、手続き(弁明の機会付与など)も厳格に求められます。

混同するとどんなリスクが生じるか

「問題のある社員を懲らしめたい」という意図で懲戒降格を行いたいのに、就業規則に懲戒規程がなく、人事権行使として処理してしまうケースがあります。逆に、業務上の必要性による降職なのに懲戒処分の手続きを踏んでしまうケースも見られます。いずれも手続き上の瑕疵となり、後日「無効」と判断されるリスクがあります。まず「どちらの降格か」を明確にすることが、適法な手続きの大前提です。

同意なしの降格は違法か——人事権行使の限界

同意なしでも降格できる条件

人事権行使としての降格は、一定の要件を満たせば本人の同意がなくても実施できます。必要な条件は大きく三つです。まず就業規則に「人事権(配置転換・職位変更)の根拠条項」が存在すること。次に「業務上の必要性」があること(パフォーマンス不振・組織再編・役割消滅など)。そして「権利濫用に当たらないこと」、つまり不当な目的や過大な不利益を社員に与えていないことです。法的根拠は労働契約法第3条・第16条(解雇権濫用法理の類推)などに求められます。

「業務上の必要性」とは何か

業務上の必要性は、感覚的な「なんとなく合わない」では認められません。たとえば「半期連続で目標達成率が50%を下回り、複数回の改善面談を経てもパフォーマンスが改善しなかった」「組織改編でマネージャーポストが廃止された」など、客観的に説明できる事実が必要です。日ごろから面談記録・業績データ・改善指導の記録を残しておくことが、後のトラブル防止につながります。

権利濫用と見なされる典型パターン

業務上の必要性があっても、降格の目的や不利益の程度によっては「権利濫用」と判断されます。たとえば「産休・育休取得後に突然降格させた」「メンタル不調による休職明けに事前説明なく職位を下げた」「特定の人物を組織から排除する目的で降格した」などが典型例です。降格の目的と理由は、常に客観的・業務的な根拠に基づいている必要があります。

給与引き下げは降格とは別に考える

降格が有効でも給与が自動的に下がるわけではない

降格(職位変更)と給与引き下げは、法的に別々の問題です。「降格を辞令一枚で通知すれば給与も下がる」という認識は誤りで、中小企業でよく見られる危険な誤解です。降格が適法に行われたとしても、給与引き下げが自動的に有効になるとは限りません。

就業規則の等級連動型か、個別合意型かで対応が変わる

給与の決まり方には大きく二つのパターンがあります。就業規則に「〇等級=月給〇〇万円」と明記されている「職位連動型」の場合、降格による等級変更に伴って給与が変更される根拠が規則上存在します。一方、個人ごとに個別契約で給与が定められている「個別合意型」の場合は、労働者の個別同意が必要です。法的根拠は労働契約法第8条(合意による労働条件変更)・第9条(就業規則による不利益変更の禁止原則)などです。まず自社の給与体系がどちらに該当するかを確認してください。

不利益変更として無効になるケース

就業規則の変更によって給与を引き下げる場合、労働契約法第10条の「合理性」要件を満たさなければなりません。最高裁判例(秋北バス事件・みちのく銀行事件など)の流れを踏まえると、特に高賃金層に対する大幅な引き下げは合理性の基準が厳しく判断される傾向があります。「降格したから給与も下げた」という事後的な説明では不十分で、変更前に十分な説明と合意形成のプロセスを踏むことが重要です。

同意書は「もらえば安心」ではない

最高裁が示した同意の有効性基準

2016年の山梨県民信用組合事件において、最高裁は労働条件引き下げへの同意の有効性について重要な判断基準を示しました。それは「労働者が自由な意思に基づいて同意したといえるか」という点です。単にサインがあるだけでは足りず、不利益の内容・程度を十分に説明した上での理解と同意であること、また同意しなかった場合の代替手段が提示されていたかどうかも考慮されます。

無効と判断されやすい同意取得のパターン

実務でよく見られる問題のある同意取得には次のようなパターンがあります。面談の場でその場でサインを求め、考慮時間を与えない。「サインしなければ解雇になる」などと示唆して圧力をかける。変更後の給与額や変更時期を明示しないまま同意書を作成する。これらは後日「強迫・錯誤による同意であった」として無効と判断されるリスクがあります。

適切な同意取得フローとは

有効な同意を得るためには、まず降格理由と新しい職位・給与の内容を書面で明示した面談を実施します。次に、最低でも数日間の考慮期間を付与します。その後、本人が自発的にサインした同意書を受領し、就業規則・雇用契約書との整合性を確認します。このプロセスを記録として残しておくことで、後日のトラブルに備えることができます。

メンタル不調・休職後の降格に潜む追加リスク

復職後の降格が「不利益取扱い」と見なされるリスク

休職中の社員が復職した後に降格・降給を行う場合、休職理由との因果関係が問われます。特に休職の原因が職場のパワハラや過重労働にある場合、復職後の降格が「報復的措置」と見なされるリスクがあります。また、メンタル不調が精神障害として認定されている場合、障害者雇用促進法第35条に基づく「障害を理由とした不利益取扱いの禁止」に抵触する可能性もあります。

産業医・主治医の意見なき職位変更の危険性

復職後の職位変更は、産業医や主治医の意見を踏まえずに行うと、安全配慮義務違反(労働契約法第5条)に問われるリスクがあります。「以前と同じポジションに戻すのが難しい」という業務上の理由があったとしても、医療的な視点からの配慮なく職位を下げることは、再休職や症状悪化につながる恐れもあります。復職後の対応は、人事判断だけでなく、医療・産業保健の専門家を交えたプロセスで進めることが不可欠です。

「合理的配慮」との兼ね合い

障害者雇用促進法上の合理的配慮提供義務は、精神障害・発達障害を持つ労働者にも適用されます。復職後に職場環境の調整(業務量の軽減・フレックス勤務など)を検討せず、いきなり降格という形をとると、合理的配慮の不提供と評価されかねません。降格の前に「どのような配慮をすれば元のポジションで機能できるか」を検討・記録するステップを必ず踏んでください。

実務でありがちな失敗と対策

就業規則の整備不足という根本問題

多くの中小企業で共通しているのが、就業規則に「人事権条項」「等級・給与テーブル」「懲戒規程」が整備されていないという問題です。根拠のない降格・降給は、後日「労働条件の一方的変更」として無効と判断されるリスクが高まります。降格・降給の対応を適法に行うには、就業規則の整備が大前提です。現在の就業規則が実態に合っているか、今一度確認してみてください。

「辞令一枚で処理」という落とし穴

降格と給与引き下げを一枚の辞令で同時に通知するケースが中小企業では珍しくありません。しかし前述のとおり、両者は法的性質が異なります。降格(職位変更)は人事権の行使として処理できたとしても、給与引き下げは別途の合意取得または就業規則上の根拠が必要です。辞令の発行前に「給与変更の法的根拠はどこにあるか」を必ず確認してください。

記録が残っていないことで後から反論できなくなるケース

「業務上の必要性があった」「十分に説明した」という会社側の主張も、記録がなければ証明できません。面談記録・業績データ・改善指導の経緯・書面での条件提示——これらをすべて書面で残しておくことが、労使紛争が発生した際の最大の防御になります。「もめたくないから記録まで残さなかった」という対応が、逆にリスクを高める典型例です。

まとめ

降格・給与引き下げを同意なしで進めることは、一定の要件を満たせば法的に可能です。しかし「降格の種類の区別」「業務上の必要性の客観的根拠」「給与変更のための別途の法的根拠」「同意取得プロセスの適切性」「メンタル不調・休職との関係における追加リスク」——これらすべてを正確に押さえなければ、後から無効・違法と判断されるリスクがあります。

特に就業規則の整備が不十分な中小企業では、今の対応が正しいのか判断が難しいケースも多いはずです。降格・降給を進める前に、まずは現在の就業規則と対応内容が法的に適切かを確認することをお勧めします。自社の状況が複雑で判断に迷う場合は、法務・人事の専門家に相談するのが確実です。

「降格・降給を同意なしで進めて問題がないか確認したい」「就業規則の整備から相談したい」「メンタル不調を抱える社員の対応に不安がある」という場合は、ウェルセンス株式会社にお気軽にご相談ください。人事専任担当者がいない企業でも安心して相談できる体制を整えており、貴社の状況に合わせた実践的なアドバイスをお提供します。

よくある質問

Q. 就業規則に人事権条項がない場合、同意なしの降格は一切できないのですか?

A. 就業規則に人事権条項がない場合、同意なしの降格は「労働条件の一方的変更」として無効と判断されるリスクが著しく高くなります。法的には本人の同意が必須になると考えるべきです。降格・給与変更を進める場合は、先行して就業規則に人事権条項を整備し、その上で本人と協議することが必要です。就業規則の整備については、社労士などの専門家に相談することをお勧めします。

Q. 本人が同意書にサインしたのに、後から「強制されたので無効だ」と主張された場合はどうなりますか?

A. 裁判所は同意の「実質」を厳しく判断します。十分な説明があったか、考慮時間が与えられたか、代替案の提示があったか、圧力や脅迫がなかったかなどが詳細に審査されます。単なるサインの有無ではなく、同意に至るプロセスが重視されるため、面談記録・書面での条件提示・考慮期間の付与といったプロセスを記録として残しておくことが、会社側の主張を裏付ける最も重要な証拠になります。

Q. メンタル不調で休職した社員が復職後に以前の業務をこなせない場合、同意なしで降格できますか?

A. 業務遂行能力の低下を理由とした降格自体が即違法とはなりませんが、産業医・主治医の意見を踏まえたプロセスが法的に不可欠です。また、降格する前に合理的配慮(業務内容の調整・勤務時間の調整・段階的復職プログラムなど)を検討・実施した記録が必要です。それらを経てもなお職位変更が必要という業務上の根拠を客観的に示せるかどうかが、有効性の判断の分かれ目になります。

Q. 降格と同時に給与を30%引き下げたいのですが、同意なしでできますか?

A. 30%という大幅な引き下げは、不利益の程度が大きいと評価され、合理性の基準が厳しく審査されます。就業規則の職位連動型テーブルに明確な根拠がある場合でも、説明・合意のプロセスを丁寧に踏むことが強く求められます。個別合意型の給与体系の場合は、本人の有効な同意なしに引き下げることは原則として法的に認められません。安全に進めるには、十分な説明期間を設けた上で本人の同意を取得することをお勧めします。

Q. 懲戒降格と人事権行使による降格は、社員への通知方法や手続きが変わりますか?

A. 大きく変わります。懲戒降格の場合は、就業規則の懲戒規程に基づいて「懲戒処分通知書」を発行し、事前に弁明の機会を付与するなどの手続きを踏む必要があります。人事権行使による降格の場合は、業務上の理由を説明した上での「人事異動(職位変更)辞令」として発行し、本人との合意形成プロセスを重視します。両者を混同した形式で通知すると手続き上の瑕疵が生じるため、必ず区別して処理してください。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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