メンタル不調退職の合意書|清算条項の作り方と文例

メンタル不調退職の合意書|清算条項の作り方と文例 メンタルヘルス対応
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「退職合意書にサインをもらったはずなのに、数ヶ月後に弁護士から内容証明が届いた——」これは決して珍しいケースではありません。特にメンタル不調が背景にある退職では、本人が後から「判断能力がなかった」「強制された」と主張し、合意書の効力が争われるリスクがあります。清算条項の文言が曖昧だったり、秘密保持条項が抜けていたりすると、せっかくの合意書が機能しません。この記事では、メンタル不調による退職に対応した合意書の作り方を、法的背景と実務的な文例を交えて解説します。

退職合意書と退職届は別物:まず基本を整理する

退職合意書は「会社と従業員の双方が署名する契約書」であり、退職届とは法的性質がまったく異なります。この違いを押さえておくことが、後のトラブルを防ぐ第一歩です。

退職届との根本的な違い

退職届は従業員が一方的に退職の意思を表明するものですが、退職合意書は双方が合意した内容を文書化した「和解契約」(民法695条)です。両者が互いに譲歩した上で争いを終わらせることを目的とするため、清算条項を適切に盛り込めば、その後の請求を遮断する効力が生じます。逆に言えば、退職届だけでは清算効果はなく、後から未払い残業代や損害賠償を請求されるリスクが残り続けます。

退職の種類と合意書が必要かどうかの判断

退職の経緯によって、合意書の必要性と盛り込むべき内容が変わります。以下の表を自社のケースに当てはめて確認してください。

退職の種類合意書の必要性特記事項
自己都合退職(本人からの申し出)任意だが推奨後の紛争防止のため作成しておくと安心
合意退職(双方の合意)必須清算条項・秘密保持条項を必ず入れる
退職勧奨後の合意退職必須勧奨の経緯の記録も合わせて保管する
解雇(会社からの一方的通知)合意書ではなく解雇通知書合意書の問題とは別に検討が必要

メンタル不調ケースでは「合意退職」の形をとることが多い

休職期間満了や復職面談を経て退職に至る場合、多くは「合意退職」の形をとります。この場合、退職合意書の作成は必須です。「本人が自分で辞めると言ったから退職届だけでいい」と考えるのは危険で、後から「辞めさせられた」と主張された際に反論する根拠が薄くなります。

清算条項の作り方:射程を意識した文言にする

清算条項は「一切の債権債務がないことを確認する」という文言を入れれば十分、と思われがちですが、それだけでは不十分なケースがあります。何を清算の対象に含めるかを明示することが重要です。

清算条項が効かないケースとは

判例の流れでは、合意時点で双方が「存在を認識できなかった債権」については、清算条項の射程外と解釈される場合があります。たとえば、在職中の未払い残業代が大量に積み上がっていたのに、退職合意書の段階で誰もその存在を把握していなかったケースでは、清算条項の有効性が争われることがあります。一方、労働基準法違反の賃金請求権については、私法上の清算条項で遮断できるとする見解が有力ですが、双方が認識した上で明示的に合意した形をとることが望ましいとされています。

清算の対象として明記すべき権利の種類

メンタル不調が背景にある退職では、以下の権利が後から問題になりやすいため、清算条項の中で明示的に触れておくことが実務上の安全策です。

  • 在職中の未払い賃金・残業代に基づく請求権
  • 安全配慮義務違反(民法415条・労働契約法5条)に基づく損害賠償請求権
  • 不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求権(ハラスメントを含む)
  • 退職金その他在職中の給付に関する一切の請求権

清算条項の文例

以下は実務で使える清算条項の文例です。会社を「甲」、従業員を「乙」として記載します。

「甲及び乙は、本合意書に定めるものを除き、本合意書締結日時点において、賃金・残業代・退職金・損害賠償(安全配慮義務違反に基づくものを含む)その他名目のいかんを問わず、互いに一切の債権債務が存在しないことを確認する。」

「名目のいかんを問わず」という表現と、安全配慮義務違反への言及を明示することで、射程を広くとることができます。ただし、退職金など別途支払うものがある場合は「本合意書に定めるものを除き」という留保文言を忘れずに入れてください。

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秘密保持条項:SNS・口コミリスクに備える

秘密保持条項は、退職後に元従業員が会社の情報や在職中の出来事をSNS・口コミサイトで公表することを防ぐ条項です。メンタル不調に関わる退職では特に重要で、省略すると大きなリスクになります。

秘密保持条項が必要な理由

メンタル不調で退職した元従業員が「会社のせいで病気になった」「適切な対応をしてもらえなかった」といった内容をSNSや求人口コミサイトに書き込むケースは、実際に起きています。こうした投稿が拡散すると、採用活動や取引先への信頼に影響が出ます。一方で、会社が一方的に有利な情報封鎖を狙う条項を入れると、それ自体がトラブルの火種になることもあります。双方にとって合理的な範囲で定めることがポイントです。

秘密保持条項に盛り込む内容

秘密保持の対象として明記すべき内容は次のとおりです。会社の業務上の機密情報(顧客情報・売上データ・技術情報など)に加えて、「退職に至る経緯および本合意書の内容」を対象に含めることで、SNS投稿や第三者への漏洩を防ぐ根拠になります。

秘密保持条項の文例

「乙は、在職中に知り得た甲の業務上の秘密情報(顧客情報・財務情報・人事情報を含むがこれに限らない)および本合意書の内容を、第三者に開示・漏洩・公表してはならない。ただし、法令上の義務による開示を妨げるものではない。」

なお、「本合意書の存在自体を口外しない」という条項(いわゆるNDA条項)を入れることもありますが、それが元従業員の正当な権利行使(労働組合への相談・行政機関への申告など)を妨げる内容になってはいけません。「法令上の義務による開示を妨げるものではない」という但し書きはセットで入れておくことが必要です。

メンタル不調時の合意書が無効になるリスクと対策

メンタル不調の状態でサインをもらった合意書は、後から「判断能力がなかった」「強要された」として無効・取消しを主張されるリスクがあります。このリスクを知った上で、適切な手続きを踏むことが不可欠です。

無効・取消しの主な根拠

法的に問題になりうる主な根拠は以下のとおりです。精神疾患の種類や重症度によっては「意思能力の欠如」(民法3条の2)が問われる場合があります。意思能力がない状態での法律行為は無効です。また、退職を強く迫られたと主張される場合は「強迫」(民法96条)による取消し、誤った情報をもとに合意したと主張される場合は「錯誤」(民法95条)による取消しが問題になります。さらに、会社が著しく有利な条件を押しつけた場合は「公序良俗違反」(民法90条)として無効とされる可能性もあります。

リスクを下げるための実務的な対策

合意書のサインを取り付ける前後に、次のような手続きを踏んでおくことでリスクを大幅に軽減できます。まず、退職の合意に向けた話し合いを開始する前に、主治医や産業医(在籍している場合)に本人の判断能力の状態について確認します。次に、本人に十分な検討期間を与えます。「今日中に返事が欲しい」という進め方は「強迫」と受け取られる余地があります。また、本人が希望する場合は家族や信頼できる人の同席を認め、その旨を記録に残します。最後に、話し合いの日時・出席者・やり取りの概要をメモや議事録として保管しておきます。

就業規則や産業医の有無による対応の違い

産業医が選任されている企業(原則として従業員50名以上)では、産業医に面談を実施してもらい「就業可否の見解」を書面で取り付けることができます。これが退職合意の前提として機能し、後からの「判断能力なし」の主張への反論材料になります。産業医がいない企業(従業員50名未満の中小企業)では、外部の産業医サービスを単発で利用するか、主治医の意見書を取得する方法が現実的です。就業規則に休職・復職に関する規定がない場合は、まず規定整備から始めることを推奨します。判断能力の確認をスポット産業医に依頼することで、後のトラブルを大きく軽減できます。

退職合意書の全体構成と各条項の位置づけ

退職合意書は、いくつかの条項をセットで盛り込むことで初めて機能します。清算条項・秘密保持条項だけ入れれば良いわけではなく、全体の構成を理解した上で作成することが重要です。

退職合意書に盛り込む主要条項の一覧

  • 退職の合意条項:退職日・退職の形式(合意退職)を明記する
  • 退職金・未払い賃金等の支払い条項:支払う金額・支払い日・振込先を明記する
  • 清算条項:上記で解説した広い射程の文言を入れる
  • 秘密保持条項:対象情報の範囲と例外を明記する
  • 誹謗中傷禁止条項:双方が相手方を不当に誹謗中傷しないことを約束する条項
  • 合意書の内容の不争条項:本合意書の効力を争わないことを確認する条項

退職の合意条項の文例

「甲(会社名)と乙(従業員氏名)は、乙が●年●月●日をもって甲を合意退職することを確認する。」この一文が合意書全体の前提になります。退職日の記載漏れは意外と多いため、必ず確認してください。

自社で作れる範囲と弁護士に依頼すべき場面

退職の経緯がシンプルで、双方の間に大きな認識のズレがない場合は、文例をベースに社内で作成することは十分可能です。一方、次のような状況では弁護士への相談を強く推奨します。退職勧奨の過程でトラブルがあった場合、本人がすでに代理人弁護士をつけている場合、ハラスメントや安全配慮義務違反の主張が出ている場合、本人が精神科に入院中または重篤な状態にある場合です。「書類を作ってからトラブルが起きて弁護士に相談する」より「作成段階で一度だけ確認してもらう」ほうが、結果的にコストが低くなることが多いのが実情です。

メンタル不調での退職対応は、人事だけで判断すると後々の法的リスクが大きくなります。迷ったときは早めに専門家に相談しておくことで、トラブルの芽を摘むことができます。

まとめ

メンタル不調を背景とした退職では、退職合意書の作り込みが後のトラブルを防ぐ最大の防衛線になります。清算条項は「一切の債権債務を清算する」という漠然とした文言では不十分で、未払い残業代・安全配慮義務違反に基づく損害賠償・不法行為に基づく損害賠償を明示的に対象に含めることが必要です。秘密保持条項はSNS・口コミリスクへの現実的な備えであり、双方にとって合理的な範囲で定めることがポイントです。また、メンタル不調の状態でのサインは「意思能力の欠如」や「強迫」を理由に後から争われる余地があるため、十分な検討期間の付与・主治医への確認・経緯の記録保管が欠かせません。

ウェルセンス株式会社では、メンタル不調による休職・退職対応の相談を承っています。退職合意書の作成から実際の面談対応まで、人事の専門知識がない中でも進められるようサポートいたします。「うちのケースでは何から始めればいいか」という段階からでも構いません。まずはお気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 退職合意書にサインをもらえば、その後の訴訟リスクは完全にゼロになりますか?

A. 完全にゼロにはなりません。清算条項を盛り込むことで請求を遮断する効力は生じますが、「意思能力がなかった」「強迫された」「錯誤があった」などを理由に合意書の無効・取消しを主張されることがあります。適切な手続きと文言の両方を整えることでリスクを最小化するのが現実的な目標です。

Q. 精神科に通院中の従業員でも、退職合意書は有効に結べますか?

A. 通院・投薬中であることだけで合意書が無効になるわけではありません。ただし、精神疾患の種類や重症度によっては意思能力(民法3条の2)が問われる場合があります。主治医に判断能力の状態を確認し、本人に十分な検討期間を与えた上で合意するプロセスを記録に残すことが重要です。

Q. ネットで見つけたテンプレートをそのまま使っても問題ないですか?

A. テンプレートの流用は出発点として使えますが、清算条項の射程・秘密保持条項の対象・退職の経緯の固有事情が反映されていないことが多く、そのまま使うのはリスクがあります。特にメンタル不調が背景にある場合は、ケースの特殊性を踏まえた修正が必要です。テンプレートを参考にしつつ、専門家に一度確認してもらうことを推奨します。

Q. 退職合意書に秘密保持条項を入れれば、口コミサイトへの投稿も止められますか?

A. 秘密保持条項を結ぶことで、違反があった場合に損害賠償請求の根拠になります。ただし、条項があっても元従業員が投稿を強行するケースはあり、投稿を物理的に止める効果は限定的です。また、元従業員の正当な権利行使(行政機関への申告など)を制限する内容にすると条項自体が無効とされる可能性があるため、範囲の設定に注意が必要です。

Q. 産業医がいない従業員30名の会社ですが、どこに相談すれば良いですか?

A. 従業員50名未満の企業には産業医の選任義務はありませんが、外部の産業医サービスやメンタルヘルス専門の支援会社を単発・スポットで活用することができます。退職合意書の作成や休職対応の方針決めに際して、人事の専門家や社労士・弁護士と連携した支援機関に相談することが現実的な選択肢です。ウェルセンス株式会社では、こうしたスポット相談にも対応しており、外部産業医の手配もお手伝いしています。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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