「何度も注意してきたのに、また同じことを繰り返している」「このまま放置もできないが、解雇して訴えられたら怖い」——専任人事のいない中小企業では、問題社員への対応を一人で抱え込み、判断を先送りしてしまうケースが少なくありません。しかし、対応を先延ばしにするほど、職場環境の悪化と法的リスクの両方が積み重なっていきます。この記事では、解雇手続きにおいて「何をどう記録すればいいか」を中心に、リスクを最小化するための実務的な流れを解説します。
解雇が「無効」になる本当の理由
日本の法律は解雇を厳しく制限している
「問題社員だから解雇できる」と思って動くと、後から解雇無効を宣告されるケースがあります。労働契約法第16条は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でないと認められる解雇は無効」と定めています。つまり、問題行動があるだけでは不十分で、「改善機会を与えたか」「手続きは適正だったか」も厳しく問われます。適切な解雇手続きの記録があってこそ、法的根拠が生まれるのです。
「口頭で何度も注意した」は証拠にならない
多くの中小企業で起きるのが、「ずっと注意してきた」という認識はあるのに、書類が何も残っていないというケースです。労働審判や訴訟において、口頭での注意は相手が「言われていない」と言えば反論できません。裁判所が判断の材料にできるのは、あくまで客観的な記録だけです。記録がない指導は、法律上「指導がなかった」と同じ扱いになりうることを理解しておく必要があります。
中小企業に労働審判が来たときのコスト
労働審判は申立てから約3か月以内に結論が出るため、大企業より中小企業に対して使われやすい手続きです。弁護士費用(対応側)だけで50万〜100万円以上かかることもあり、解決金として数十万〜数百万円を支払うケースも珍しくありません。金銭的コストに加え、経営者や管理職が審判対応に費やす時間と精神的負担も無視できません。「訴えられてから考える」では手遅れになります。
解雇前に踏むべき段階的対応の流れ
問題行動の把握と記録の開始
まず最初にすべきことは、問題行動を「感覚」ではなく「事実」として記録し始めることです。遅刻であれば「何月何日、何時何分に出勤、定刻より〇分遅れ」と具体的に記録します。業務上のミスであれば「いつ・どの業務で・どのような影響が出たか」を残します。記録には日時・内容・目撃者・当事者の反応をセットで記載するのが基本です。タイムカードや業務ログなどの客観的データも合わせて保存しておきましょう。
口頭指導から書面指導へのステップアップ
問題行動が確認できたら、まず口頭で指導を行いますが、その際も必ず面談記録を残します。記録には「日時・参加者・指導した内容・本人の発言や反応」を書き留めます。口頭指導を繰り返しても改善が見られない場合は、書面(指導書・警告書)に切り替えます。書面は本人に署名・捺印を求めるか、受領確認のあるメールで送付し、控えを保存します。「受け取りを拒否された」という事実も記録として残すことが重要です。
改善計画(PIP)の設定とモニタリング
警告書を交付した後も改善が見られない場合は、業務改善計画(PIP:Performance Improvement Plan)を作成します。PIPには「いつまでに・何を・どのレベルまで達成するか」を具体的に明記し、評価指標を数値化することが重要です。たとえば「3か月間、無断遅刻をゼロにする」「週次報告書を毎週金曜17時までに提出する」といった形です。その後は定期面談(週次または月次)を行い、改善状況を継続的に記録していきます。この記録の積み重ねが、後の解雇手続きを支える根拠になります。
残すべき記録の種類と具体的な形式
問題行動・指導の記録
問題行動の記録は、専用の「指導記録票」を一枚のフォーマットとして整備しておくと管理しやすくなります。記録すべき項目は、発生日時・問題の内容・関係者・指導の内容・本人の反応・次回確認予定日の6点です。面談を行った場合は、可能であれば本人にも確認のサインをもらいましょう。メールでのやり取りも証拠になるため、削除せずフォルダに保存しておくことをお勧めします。
指導書・警告書の作成と交付
書面による指導は、口頭指導と異なり「会社として正式に問題を認識し、対応した」という証拠になります。指導書には、問題行動の具体的な事実・就業規則の違反条項(該当する場合)・改善を求める内容・期限・再度同様の行為があった場合の措置(懲戒の可能性)を明記します。本人が署名を拒否した場合でも、「本人に手渡した」「本人宛メールに添付して送付した」という事実を記録しておけば、交付の証拠として使えます。
懲戒処分を行う場合の手続き記録
重大な非違行為(横領・ハラスメント・無断欠勤の長期継続など)に対して懲戒解雇を検討する場合、就業規則に懲戒規定が整備されていることが大前提です。規定がない場合、懲戒解雇そのものが無効になるリスクがあります。手続きとして、必ず本人に「弁明の機会」を与え、その内容を記録します。懲戒委員会を設ける場合は議事録を作成し、処分決定の経緯を書面で保存します。「言い訳を聞く場を設けた」という記録が、後の裁判で重要な判断材料になります。
メンタル不調が疑われるときは解雇手続きを止める
「サボり」と「病気のサイン」の区別が難しい理由
遅刻・欠勤の増加、ミスの多発、無気力な態度は、一見すると問題行動に見えます。しかし、これらはうつ病や適応障害などのメンタル不調のサインである可能性があります。両者を外見だけで区別するのは専門家でも難しく、「怠慢だと思っていたら重度のうつだった」というケースも実際に起きています。問題行動の背景にメンタル不調の可能性があると感じたら、解雇手続きに進む前に立ち止まることが必要です。
受診勧奨と休職対応を先に行う
メンタル不調が疑われる場合、まず行うべきは受診の勧奨と産業医(または主治医)との連携です。本人が受診を拒否する場合でも、「会社として受診を勧めた事実」を記録しておくことが重要です。受診の結果、就労が困難と診断された場合は、就業規則に定める休職制度を適用します。休職期間中は定期的に本人の状況を確認し、復職判断の流れも就業規則に基づいて進めます。メンタル不調を理由にした即時解雇は、解雇権濫用に加えて不法行為責任を問われるリスクが高く、慎重な対応が不可欠です。
休職期間満了後の対応と注意点
就業規則に「休職期間満了時に復職できない場合は退職または解雇とする」旨の規定があれば、期間満了後の退職・解雇は法的に有効となりえます。ただし、この規定が就業規則に明記されていること、従業員に周知されていることが条件です。また、障害者雇用促進法第35条は障害を理由とした不利益取扱いを禁じているため、精神障害を抱える従業員に対しては、合理的配慮の検討も求められます。メンタル不調に関わる対応は、通常の問題社員対応とは別のルールで動くと理解しておきましょう。
退職勧奨と解雇の違いと使い分け
「辞めてほしい」を伝える方法は一つではない
退職の流れには、大きく分けて「合意退職(退職勧奨)」と「解雇」があります。退職勧奨は、会社が「退職してほしい」と本人に伝え、本人の合意のもとで退職してもらう方法です。本人が自ら退職届を出す形になるため、解雇紛争になりにくいというメリットがあります。一方、解雇は会社が一方的に労働契約を終了させるもので、要件を満たさなければ無効になります。いきなり解雇通知を出す前に、まず退職勧奨を検討するのが実務上の正しい順序です。
退職勧奨が「強要」にならないための注意点
退職勧奨は本人の自由意思を尊重することが前提です。「辞めなければ懲戒にする」「毎日呼び出して退職を迫る」といった行為は、退職強要として不法行為になりえます。面談の回数は合理的な範囲(2〜3回程度)にとどめ、本人が断った場合には過度に追い詰めないことが重要です。面談の日時・内容・本人の返答も記録として残しておきましょう。退職勧奨に応じてもらえた場合は、必ず「退職合意書」を書面で作成し、本人の署名を得ます。
普通解雇と懲戒解雇の選択基準
退職勧奨に応じてもらえなかった場合、解雇へと進むことになります。能力不足・勤怠不良などが理由の場合は「普通解雇」が対象となり、改善機会の付与と記録の蓄積が前提となります。横領・ハラスメント・無断欠勤の長期継続などの重大な非違行為は「懲戒解雇」の対象ですが、就業規則の懲戒規定と適正手続きの履践が必須です。どちらの場合も、解雇予告は原則として30日前に行うか、30日分の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります(労働基準法第20条)。
まとめ
問題社員への対応で最も大切なのは、「感情で動かず、記録で動く」ことです。問題行動を客観的に記録し、口頭指導・書面指導・改善計画・退職勧奨と段階を踏むことで、解雇が必要になった場合でも法的リスクを大幅に低減できます。また、メンタル不調が疑われる場合は通常の解雇手続きとは別のルールで対応する必要があります。「記録を残す習慣」は、解雇の局面だけでなく、日常の労務管理全体の質を高めます。
とはいえ、「何を記録すればいいかわからない」「この状況はどの手順に当てはまるのか」と迷う場面も多いはずです。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・担当者を対象に、問題社員対応・休職復職支援・人事労務の課題解決をサポートしています。「まず相談だけしてみたい」という段階でも、ぜひお気軽にお問い合わせください。
よくある質問
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