「内定者から『実は精神科に通院中です』と連絡が来た。どう返せばいいのか……」。採用活動を終えてほっとしたタイミングで、こうした申告を受けた経験がある方もいるかもしれません。内定取り消しを検討したくなるのは自然な反応ですが、それは法的に大きなリスクをはらんでいます。この記事では、メンタル不調の申告を受けた際に中小企業の経営者・人事担当者が取るべき3つの対応策を、法的根拠とともに実務レベルで解説します。
内定取り消しは「解雇」と同じ重さを持つ
結論から言えば、メンタル不調の申告だけを理由に内定を取り消すことは、原則として認められません。なぜなら、採用内定には「始期付解約権留保付労働契約」という法的性質があり、取り消しは解雇と同等に扱われるからです。
内定の法的性質——判例が示す重い事実
最高裁昭和54年7月20日判決(大日本印刷事件)により、採用内定の成立は「労働契約の成立」と解されることが確立しています。つまり、内定取り消しは「入社前の辞退」ではなく「労働契約の解除=解雇」に相当します。労働契約法第16条の解雇権濫用法理が準用され、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がなければ無効となる可能性が高いのです。
「申告してくれた」ことを不利益の理由にしてはならない
内定者が自らメンタル不調を申告してきたケースでは、むしろ注意が必要です。誠実に開示した行為を理由として不利益な扱いをすれば、「正直に言わなければよかった」という構造を生み出すことになり、法的リスクはさらに高まります。隠蔽や虚偽申告があった場合とは、まったく異なる状況として判断する必要があります。
取り消しが認められるのはどんなケースか
限定的ではありますが、内定取り消しが認められる余地がゼロではありません。「就労が客観的かつ医学的に不能であることが明確」かつ「採用決定時には知ることができなかった重大な事由」がある場合です。ただし、この判断には主治医・産業医の意見書などの客観的根拠が不可欠です。感覚的な判断や「なんとなく不安」という理由での取り消しは、訴訟・損害賠償請求につながるリスクがあります。必ず顧問弁護士に確認したうえで判断してください。
中小企業にも適用される「合理的配慮義務」とは
2024年4月の障害者差別解消法改正により、民間事業者のすべてに合理的配慮の提供が義務化されました。「大企業の話」ではなく、従業員20〜50名規模の企業にも直接適用される話です。
合理的配慮とは何か——具体的なイメージ
合理的配慮とは、障害のある人が社会参加するうえでの「社会的障壁」を取り除くための、個別・合理的な調整のことです。採用・入社プロセスにおいても適用されます。精神疾患・精神障害・発達障害を持つ内定者に対して、配慮の検討なしに排除することは、差別的取り扱いとみなされるリスクがあります。
「過重な負担」にならない範囲で対応すればよい
合理的配慮には「過重な負担にならない範囲で」という重要な限定があります。たとえば、20名規模の企業が専属の支援担当者を置くことは過重な負担と判断されうる一方、勤務時間の短縮・在宅勤務の部分活用・業務量の段階的調整などは、多くの中小企業でも実施可能な配慮として認められます。重要なのは「何もしない」ではなく「何ができるか対話する」という姿勢です。
障害者手帳の有無と対応の違い
障害者雇用促進法は、障害者手帳を持つ場合に雇用上の不当な差別的取り扱いを明確に禁止しています(第34条・第35条)。ただし、手帳がない場合でも、障害者差別解消法における合理的配慮義務は適用されます。申告内容が「通院中・服薬中」であっても「手帳なし」であっても、一方的な排除は法的問題となりえます。まず状況を正確に把握することが先決です。
メンタル不調申告時の3つの対応策
内定取り消し以外に、実務上有効な対応策が3つあります。状況に応じた選択が、企業・内定者双方にとってリスクの少ない着地につながります。
入社延期——回復を待ってから受け入れる
治療・療養が必要な状態であれば、入社日を繰り延べる「入社延期」が現実的な選択肢のひとつです。ただし、延期は内定者の同意が必要であり、「いつまで」「どんな条件が整えば入社できるか」を書面で明確化しておく必要があります。口頭だけの合意は後でトラブルの原因になります。延期期間の目安や、延期中の連絡方法・確認頻度についても事前に取り決めておきましょう。
条件付き入社——調整しながら受け入れる
「今すぐ入社できないわけではないが、フルタイム・フル業務は難しい」という場合に有効なのが、業務内容・勤務時間・勤務形態を調整したうえで受け入れる条件付き入社です。たとえば、最初の1〜2ヶ月は週4日勤務・業務量を70%程度に設定し、状況に応じて段階的に通常業務へ移行するというアプローチが考えられます。調整内容は就業規則・雇用契約書・覚書などに明記し、口頭だけの約束にしないことが重要です。
産業医・主治医への意見照会——客観的根拠を得る
「どの程度の状態なのか」「どんな配慮が必要か」を企業側が独自に判断するのは限界があります。主治医や産業医への意見照会により、就労可否・必要な配慮内容について医療的根拠を得ることができます。なお、照会には本人の同意が必要です。「診断書の提出をお願いしたい」と内定者に依頼すること自体は可能ですが、拒否された場合に一方的に不利益扱いをすることは避けてください。産業医が在籍しない企業(従業員50名未満が多い)は、外部の産業医サービスや相談窓口の活用も検討してみましょう。
自社の状況別——どの対応を選ぶか
企業の規模・体制によって、取りうる選択肢は変わります。自社の状況に当てはめて判断の参考にしてください。
| 状況 | 優先して検討したい対応 | 注意点 |
|---|---|---|
| 就業規則に入社延期の規定あり・産業医在籍 | 産業医へ意見照会のうえ、入社延期または条件付き入社 | 就業規則の規定に沿って手続きを進める |
| 就業規則はあるが産業医なし(従業員50名未満) | 外部相談窓口・産業保健総合支援センターを活用しつつ、入社延期または条件付き入社 | 主治医への意見照会は本人同意を得てから |
| 就業規則が整備されておらず専任人事もいない | まず対応方針を弁護士・社労士に相談し、書面で合意内容を記録する | 口頭対応のみはリスクが高い。記録を残すことが最優先 |
| 内定者が障害者手帳を保有している | 障害者雇用促進法・差別解消法を踏まえた合理的配慮の具体的検討 | 不当差別禁止の法的義務が明確に適用される |
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対応時に絶対に避けたいNG行動
法的リスクを高める行動パターンがあります。善意の対応であっても、やり方を誤ると後々の紛争につながります。
「言いづらくして」事実上の辞退を誘導する
「入社前に医師の完全就労許可書を出してほしい」「一切の配慮はできないが、それでも入社するか」といった対応で、内定者が自ら辞退するように追い込むことは、実質的な不利益取り扱いと判断されるリスクがあります。こうした対応は、ハラスメントや差別的取り扱いとして後日問題になることがあります。
記録を残さないまま口頭だけで対応する
「延期について口頭で合意した」「配慮内容は口頭で伝えた」という状況は、後のトラブル時に企業側の主張を裏付ける手段がなくなります。対応内容・合意事項・確認日時は必ずメールや書面で残してください。「大げさかな」と思うくらいでも、記録を残すことが企業を守ることにつながります。
焦って即断してしまう
メンタル不調の申告を受けたとき、すぐに「取り消す」「受け入れる」と決める必要はありません。状況の詳細を把握し、内定者との対話を重ね、必要に応じて専門家に相談したうえで判断することが、企業にとっても内定者にとっても最善の結果につながります。返答に少し時間をもらうことは、誠実な対応として多くの場合受け入れてもらえます。
まとめ
内定後のメンタル不調申告は、対応を誤ると法的リスクに直結します。まず覚えておきたいのは、内定取り消しは「解雇」と同等の重さを持ち、申告だけを理由にした取り消しは原則として認められないという点です。実務では、入社延期・条件付き入社・医療的意見照会という3つの選択肢を状況に応じて組み合わせることが基本的なアプローチになります。また、2024年から中小企業にも義務化された合理的配慮義務の観点からも、「排除せず、対話する」という姿勢が法的・組織的リスクを下げることにつながります。
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