使用人兼務役員の残業代請求を防ぐ5つの対策

使用人兼務役員の残業代請求を防ぐ5つの対策 コンプライアンス
Photo by Pavel Danilyuk on Pexels

「取締役に就任してもらったのに、退職時に残業代を請求された」——中小企業の経営者から、こうした相談が増えています。「役員なのだから残業代は不要」という認識は、実務上必ずしも正しくありません。使用人兼務役員と呼ばれる立場の人物は、会社法上の役員でありながら、労働基準法上の「労働者」としても扱われるケースがあるからです。本記事では、使用人兼務役員の残業代請求が起きる仕組みと、今日から取り組める5つの予防策を、専任人事のいない中小企業の担当者向けにわかりやすく解説します。

「役員だから残業代不要」が通じないケースがある

役員登記をしていても、実態が「労働者」と判断されれば、残業代を含む労働基準法の保護が全面的に適用されます。これが使用人兼務役員をめぐるリスクの核心です。

労働者性は「実態」で判断される

労働基準法第9条は、「労働者」を「事業に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義しています。裁判所や労働基準監督署が労働者かどうかを判断する際、登記上の肩書きは一つの参考に過ぎず、実態に基づく総合判断が行われます。昭和60年の「労働基準法研究会報告」では、主な判断基準として以下が示されています。

  • 業務依頼に対して諾否の裁量がない(断れない)
  • 具体的な指揮命令を日常的に受けている
  • 時間や場所の拘束がある
  • 報酬が労務の提供に対する対価として支払われている
  • 自ら機械・設備を負担しておらず、事業者としての独立性がない

名目的役員・執行役員は特に要注意

代表取締役のように会社の意思決定権を持つ人物は、労働者性が認められにくい傾向があります。一方、業務執行権のない平取締役、名目的役員、会社法上の役員ではない「執行役員」は、実態によって労働者と判断されやすいポジションです。「社員から役員に昇格したが、業務内容は部長のまま」というケースがその典型例です。

使用人兼務役員と認定された場合のダメージ

労働者性が認められると、過去にさかのぼって残業代を請求される可能性があります。令和2年の労働基準法改正により、未払い賃金の消滅時効は原則3年(当面の間は3年)に延長されました。月30時間の残業が発生していた役員が3年分の請求を起こせば、その金額は想定外の規模になりかねません。加えて、雇用保険・労災保険の遡及適用義務、解雇規制(労働契約法)の適用も生じます。

使用人兼務役員とは何か——法的な立ち位置を整理する

使用人兼務役員とは、取締役などの役員職と、部長・工場長などの使用人職(従業員としての職務)を同時に担う人物です。会社法・税務・労働法それぞれで異なる扱いがあり、混同しないことが重要です。

会社法・税務上の定義

会社法第2条15号は、取締役が同時に使用人を兼ねることを認めています(ただし監査役は兼務不可)。税務上(法人税法第34条・同施行令第69条)は、役員報酬と使用人分給与を区分することで、使用人分給与を損金算入できるという優遇があります。この区分が、後述する報酬設計リスクとも深く関わります。

労働法上の位置づけ

使用人兼務役員は、使用人部分については労働基準法・労働契約法の保護対象となります。就業規則の適用、残業代の支払い、年次有給休暇の付与義務が生じる点で、通常の役員とは扱いが異なります。「役員だから就業規則は関係ない」という認識は、この立場には当てはまりません。

自社に「兼務役員」はいないか、確認ポイント

以下に該当する人物がいる場合、使用人兼務役員として扱う必要があるか検討してください。

  • 登記上は取締役・執行役員だが、部長・課長の業務を担っている
  • タイムカードや勤怠管理の対象になっている
  • 上司から日常的に業務指示を受けている
  • 役員報酬と別に「給与」として賃金が支払われている

残業代請求リスクを高める「報酬設計」の落とし穴

使用人兼務役員への支払いで最も見落とされやすいのが、役員報酬と使用人分給与の区分です。この区分が曖昧なまま運用していると、残業代算定の基礎額が大きくなるリスクがあります。

役員報酬と使用人分給与を分けない場合のリスク

労働者性が認められた場合、割増賃金(残業代)の算定基礎となるのは「使用人としての職務に対応する賃金」です。しかし役員報酬と使用人分給与が一本化されている場合、報酬総額を基準に算定を求められる可能性があります。月額報酬が高い役員ほど、遡及請求額も膨らむ構造です。

適切な区分設計の考え方

税務上も区分が求められることから、役員報酬と使用人分給与は支払名目・金額・根拠規程を明確に分けて設計・支給することが原則です。「役員報酬50万円+部長職給与30万円」のように明示することで、労働法上の残業代算定基礎を使用人分給与に限定できる根拠となります。

設計変更のタイミングと注意点

すでに一本化して支払っている場合、区分設計への変更は税務上のルール(事業年度開始から3か月以内の定期同額改定等)を確認した上で行う必要があります。また、給与の実質的な引き下げが生じる場合は、本人との合意形成も欠かせません。設計変更は、社会保険労務士や税理士と連携しながら進めることを推奨します。

残業代請求を防ぐ5つの具体的な対策

リスクを予防するための対策は、契約・規程・実態の整備という3つの軸に整理できます。以下の5つを優先度の高い順に確認してください。

雇用契約書と労働条件の明示

使用人兼務役員についても、使用人部分に関する雇用契約書(または労働条件通知書)を締結・交付することが基本です。労働時間・賃金・職務内容を書面で明示することで、後の争いを防ぐ根拠になります。「役員だから不要」と判断して何も交わしていないケースが最もリスクが高い状態です。

就業規則の適用範囲の整備

就業規則に「使用人兼務役員の適用範囲」を明記します。「使用人としての職務に関しては本規則を適用する」と定めることで、労働時間管理・休暇付与・残業の取り扱いが明確になります。適用除外の記載だけでは不十分で、兼務役員に適用される範囲を積極的に定義することが重要です。

勤怠管理の実施

労働者性の判断において、時間的拘束の有無は重要な要素です。使用人兼務役員についても、勤務時間・残業時間を客観的に記録・管理することで、実際の労働実態を把握できます。また、適切に残業代を支払っている記録があれば、請求リスク自体を下げる効果もあります。

役員報酬と使用人分給与の明確な区分

前述のとおり、報酬の区分設計は残業代算定基礎の管理に直結します。支払明細・議事録・規程の3点セットで区分の根拠を残しておくことが、紛争時の防御力を高めます。

兼務解消・役員専任化の検討

会社の成長にともない、役員が実務から離れ経営に専念できる段階になったら、使用人職を正式に解消し、役員専任とすることが最も根本的な解決策です。このタイミングを逃し続けることがリスクの蓄積につながります。組織体制の見直しとあわせて、定期的に確認することを習慣にしてください。

対策 主な効果 優先度
雇用契約書・労働条件の明示 争いの根拠となる書面を整備
就業規則の適用範囲の明記 労働時間・休暇の取り扱いを明確化
勤怠管理の実施 労働実態の記録・残業代の適正支払い 中〜高
役員報酬と使用人分給与の区分 残業代算定基礎の限定
兼務解消・役員専任化 リスクの根本的な解消 中長期

問題が起きてからでは遅い——退職・解任前の事前確認が重要

使用人兼務役員に関するトラブルの多くは、退職・解任・関係悪化のタイミングで初めて表面化します。関係が良好な間は請求されなくても、離職後に未払い残業代の請求を受けるケースは珍しくありません。

退職前に確認すべきこと

使用人兼務役員が退職・辞任する場合、使用人部分と役員部分それぞれの処理を分けて行う必要があります。使用人部分は雇用終了(解雇・合意退職)、役員部分は辞任・解任と手続きが異なります。退職合意書で残業代請求の有無を確認しておくことも有効です。

関係が良好なうちに整備を進める理由

書面の整備・規程の見直し・勤怠管理の導入は、信頼関係があるうちに進めることで本人の協力も得やすくなります。「問題が起きたから急いで整備した」という経緯は、かえって紛争の材料になることもあります。年に一度、役員の処遇実態を経営者・人事担当者が確認する機会を設けることを習慣化してください。

自社の状況に応じた優先順位の判断

従業員数10名以下の段階では、まず雇用契約書の整備と勤怠管理の導入を優先してください。20名を超え、役員が複数いる段階では就業規則の適用範囲の明記と報酬区分の設計が重要になります。30名を超えて役員専任化が現実的になったタイミングで、兼務解消の検討を始めると組織運営がスムーズになります。

まとめ

使用人兼務役員への残業代請求リスクは、「役員登記をしているから大丈夫」という認識のままでは防げません。労働者性は実態で判断されるため、雇用契約書・就業規則・勤怠管理・報酬設計の整備が具体的な予防策となります。特に退職・解任時にトラブルが集中することを踏まえ、関係が良好なうちに整備を進めることが重要です。

ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の経営者・兼務人事担当者からの相談に対応しています。「自社の使用人兼務役員の扱いが適切かどうか確認したい」「就業規則や雇用契約書をどこから手をつければよいかわからない」といった段階でのご相談も歓迎しています。お気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 取締役として登記していれば、残業代を支払わなくてよいですか?

A. 登記の有無だけで判断することはできません。実態として上司の指揮命令を受けて働いている、時間的・場所的な拘束がある、報酬が労務の対価として支払われているといった事情があれば、労働基準法上の「労働者」と判断される可能性があります。特に業務執行権のない平取締役や、社員から役員に肩書きだけ変わったようなケースは要注意です。

Q. 使用人兼務役員に就業規則は適用されますか?

A. 使用人(従業員)部分に関しては適用されます。「役員だから就業規則は関係ない」という扱いは誤りで、使用人兼務役員の労働時間・休暇・残業については労働基準法が適用されます。就業規則に使用人兼務役員への適用範囲を明記しておくことが、後のトラブル防止につながります。

Q. 残業代はいつまでさかのぼって請求されますか?

A. 令和2年の労働基準法改正により、未払い賃金の消滅時効は原則3年(当面の間は3年)に延長されました。退職後も3年以内であれば請求が可能です。月単位の残業時間が多い人物ほど、遡及請求額は大きくなります。在職中から勤怠を適切に管理し、残業代を正しく支払っておくことがリスク低減の基本です。

Q. 役員報酬と使用人分給与を分けて設計するメリットは何ですか?

A. 税務上は使用人分給与を損金算入できるというメリットがあります。労働法上は、残業代の算定基礎を使用人分給与の範囲に限定できる根拠になります。一本化している場合、報酬総額を基準に残業代が算定されるリスクがあるため、区分設計は早めに整備することをおすすめします。変更の際は税理士・社会保険労務士への確認が必要です。

Q. 監査役も使用人兼務役員になれますか?

A. なれません。会社法第2条15号の規定により、監査役は使用人を兼務することができません。監査役の独立性・中立性を確保するための規定です。「監査役兼総務部長」のような形での運用は会社法違反となるため、注意が必要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

タイトルとURLをコピーしました