メンタル不調による休業に雇用調整助成金を活用する方法

メンタル不調による休業に雇用調整助成金を活用する方法 メンタルヘルス対応
Photo by Pavel Danilyuk on Pexels

「診断書が出てきた。でも、これって雇用調整助成金の対象になるんだろうか?」——メンタル不調の社員への対応が初めてで、そんな疑問を持ったことはありませんか。コスト負担を少しでも減らしたいという思いから、雇調金(雇用調整助成金)を検討する経営者・担当者は少なくありません。しかし実は、メンタル不調による休業と雇調金の間には、制度として根本的なミスマッチがあります。この記事では、その誤解を正したうえで、正しい制度の使い方と実務手順をわかりやすく解説します。

雇用調整助成金とは何か——制度の目的を正しく理解する

雇用調整助成金は、「景気悪化などで売上が落ちた会社が、それでも社員を解雇せず雇用を維持した」場合に支援する制度です。個人の体調不良を理由とした休業を補填するものではありません。

雇調金が生まれた背景

雇用調整助成金(以下、雇調金)は、雇用保険法第62条(雇用安定事業)を根拠とする助成制度です。リーマンショックや新型コロナウイルス感染症の流行期に大幅に拡充されたため「コロナの給付金」というイメージを持つ方も多いですが、本来は景気変動・経済的事由(受注減・売上減少など)によって事業活動が縮小した際に、雇用を守るための制度として設計されています。

支給の三つの要件

雇調金を受給するには、大きく三つの要件を満たす必要があります。

  • 雇用保険の適用事業所であること
  • 直近3か月間の売上高または生産量が一定割合以上減少していること
  • 労使協定に基づいた休業等計画届を事前に労働局へ提出していること

これらはすべて「事業の経済的縮小」という文脈で組み立てられた要件です。社員個人の体調や療養状況は、いずれの要件にも関係しません。

「休業」の定義が制度の根本にある

雇調金で対象となる「休業」は、事業主が事業活動の縮小のために命じる一時帰休(会社都合の一時的な就業停止)です。一方、メンタル不調の社員が療養のために職場を離れるのは「私傷病休職」であり、本人都合の療養です。この二つは法的な性質がまったく異なります。混同することで、誤った申請につながるリスクがあります。

メンタル不調による休業に雇調金は使えるか

結論からいえば、メンタル不調を理由とした私傷病休職に雇用調整助成金を適用することは、原則としてできません。誤って申請した場合は不正受給となるリスクがあります。

「使えない」理由をきちんと理解する

うつ病やその他の精神疾患による休業は、業務外の傷病を理由とした社員の療養であり、「事業活動の縮小」とは無関係です。雇調金は事業主が経済的理由で休業させた労働者に支払う休業手当の一部を補填するものですから、社員が自身の体調不良で休む場合は、制度の前提条件を満たしていません。

「たまたま条件が重なる場合」の落とし穴

「景気悪化で売上が落ちており、そのタイミングでメンタル不調の社員もいる」という状況では、形式的な要件を満たす可能性があるように見えます。しかし、その社員の休業が療養目的である以上、雇調金の「休業」として計上することは制度の趣旨に反します。

万一これが発覚した場合、以下のリスクを負うことになります。

  • 助成金の全額返還
  • 加算金の請求(不正受給の場合は支給額の2倍相当の納付命令)
  • 事業主名の公表

「グレーゾーンだから大丈夫」という判断は、中小企業にとって致命的なリスクになり得ます。

正しい制度は「傷病手当金」

メンタル不調による休業において、社員の所得を補填する正しい制度は健康保険法第99条に基づく傷病手当金です。

業務外の傷病による療養で労務不能となり、連続3日以上欠勤した場合(待期完成)に、4日目以降の欠勤日に対して標準報酬日額の3分の2が最長1年6か月支給されます。

会社が費用を直接負担するわけではなく、社員が健康保険から受け取る給付です。会社は申請書の「事業主記載欄」に必要事項を記入して支援するだけでよく、経営負担を直接抑える効果があります。

雇調金と私傷病休職——二つの制度を比較する

雇調金と私傷病休職は、根拠・目的・手続きのすべてが異なります。下の表で整理しておきましょう。

項目 雇用調整助成金(雇調金) 私傷病休職+傷病手当金
根拠法令 雇用保険法第62条 健康保険法第99条(傷病手当金)
休業の理由 事業活動の縮小(経済的事由) 社員個人の業務外の傷病
休業を命じる主体 事業主(会社都合) 就業規則に基づき発令(本人の状態起因)
給付の受取人 事業主(休業手当の補填) 社員本人(所得補填)
売上減少要件 必要 不要
労使協定 必要 不要

「休職」という言葉の意味を整理する

日常語として「休職」と「休業」は混用されがちですが、労働実務では意味が異なります。

  • 休職:労働契約を維持しながら就労義務を免除する状態であり、就業規則に根拠があります
  • 休業(雇調金の対象):事業主が経済的事由で一時的に就労を停止させる措置

この区別を理解することで、「どの制度を使うべきか」の判断が明確になります。

中小企業で就業規則がない場合

常時10人以上の労働者を使用する事業場では就業規則の作成・届出が義務付けられています(労働基準法第89条)。しかし現実には、休職規定が整備されていないケースも多くあります。

就業規則に休職規定がない場合、休職命令の根拠が曖昧になり、本人が「なぜ休まされるのか」と反発するリスクがあります。まだ規定がない場合は、社労士等の支援を受けて早期に整備することを強くお勧めします。

私傷病休職の実務手順——診断書から復職まで

メンタル不調の社員が出た場合の実務対応は、診断書の受領から復職後のフォローまで一連の流れで管理することが重要です。場当たり的な対応は、二次トラブルや退職紛争のリスクを高めます。

休職開始までに会社が行う手続き

対応の流れは次の通りです。

  1. 医師の診断書を受け取り、休職の医学的根拠を確認する
  2. 就業規則の休職規定に従って休職命令を書面で発令する(口頭だけでは後日トラブルになるため、命令書を交付し、本人の受領サインを得る)
  3. 休職中の取り扱いを書面で本人に通知する(無給か有給か、社会保険料の本人負担の徴収方法、傷病手当金の申請方法など)
  4. 傷病手当金の申請をサポートする(会社は申請書の事業主欄に欠勤期間と賃金支払い状況を記入して提出)

休職中の社会保険料負担に注意する

休職中も社会保険(健康保険・厚生年金)の被保険者資格は継続するため、保険料の支払い義務はなくなりません。

  • 会社負担分:会社が支払う
  • 本人負担分:本人が支払う

無給休職の場合、給与から控除できないため、あらかじめ本人に「毎月〇日までに指定口座へ振り込んでもらう」などのルールを書面で取り決めておきましょう。この取り決めがないまま休職が長期化すると、社会保険料の未収が積み上がるという実務上の問題が生じます。

復職判断と職場環境の整備

主治医から「復職可」の診断書が提出されたとしても、それだけで即復職させるのはリスクがあります。主治医は日常生活の回復を診ていますが、職場環境への適応については必ずしも評価していないからです。

産業医がいる場合(常時50人以上の事業場では選任義務があります)は産業医の意見書も取得し、業務負荷・勤務時間・配置などを調整した復職プランを作成してください。

産業医がいない規模の会社であれば、以下の活用を検討する価値があります。

  • 地域の産業保健総合支援センターへの相談
  • 外部の産業医サービスの利用

復職後は試し出勤や軽減業務から段階的に通常業務へ戻す「リワーク支援」的なアプローチが再発防止に有効です。

不調者対応を、人事だけで抱えない。精神科・心療内科の産業医が初動からサポート | ウェルセンス

会社の状況別——対応判断のポイント

メンタル不調への対応は、会社の規模・就業規則の整備状況・産業医の有無によって取るべきアクションが変わります。自分の会社の状況を確認しながら判断基準を整理しておきましょう。

就業規則の休職規定の有無で変わること

就業規則に休職規定がある場合は、その規定に従って手続きを進められます。規定がない場合は、個別の合意書を作成する方法が現実的ですが、法的な効力やトラブル時の対応力が低くなります。

中長期的には規定整備が不可欠です。また、休職期間満了後の「自然退職」規定の有無も重要です。この規定がないと、休職が終了しても退職の根拠がなく、雇用関係が宙ぶらりんになるリスクがあります。

産業医・社労士の有無で変わること

  • 産業医あり(常時50人以上):産業医の意見書を復職判断に組み込む。職場復帰支援プランの策定に関与させる
  • 産業医なし(50人未満):地域の産業保健総合支援センター(無料相談窓口あり)や外部産業医サービスを活用する
  • 社労士契約あり:傷病手当金の申請サポート、就業規則整備、休職命令書の作成などを依頼できる
  • 社労士契約なし:最低限、労働局や社会保険事務所の窓口相談を活用する。書類の不備は受給漏れや手続き遅延につながるため、専門家への相談を早期に検討する

雇調金が本当に使えるケースを見極める

もし「景気悪化による売上減少」という経済的事由が実際に存在し、そのうえで事業全体として休業措置を取っているのであれば、雇調金の要件を満たす可能性はあります。

その場合でも、メンタル不調の社員を「雇調金の対象休業者」として申請するには慎重な確認が必要です。その社員の休業が「療養目的」ではなく「事業縮小に伴う一時帰休」であると明確に説明できるかどうかが判断軸になります。

少しでも曖昧な場合は、申請前に必ず労働局や社労士に確認してください。

まとめ

メンタル不調による休業に雇用調整助成金を使うことは、原則としてできません。雇調金は「経済的事由による事業縮小」に対応する制度であり、個人の私傷病療養を目的とした休職とは制度の根本が異なります。誤って申請すれば不正受給リスクを負うことになります。

メンタル不調の社員が出た場合に使うべき制度は、健康保険の傷病手当金です。会社は費用を直接負担せずに済み、社員は最長1年6か月、報酬の3分の2相当を受け取ることができます。

対応の流れとしては、まず診断書を受け取って就業規則に基づく休職命令を書面で発令し、傷病手当金の申請をサポートする。そして、主治医の診断書と(可能であれば)産業医意見書をもとに復職プランを立て、段階的に職場復帰を支援するという流れが基本です。

就業規則の整備状況・産業医の有無・社労士との契約状況によって取るべきアクションは異なりますが、「何もしないまま状況を悪化させない」ことが最優先です。

ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業を対象に、メンタル不調社員への初期対応から休職・復職支援、就業規則整備のサポートまで一貫してお手伝いしています。「どこから手をつければいいかわからない」という段階からでも構いません。実務的な課題を抱えている場合は、気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. メンタル不調の社員に雇用調整助成金を使うことはできますか?

A. 原則としてできません。雇調金は「経済的な事業縮小」を理由とした事業主都合の休業を対象とする制度です。社員個人の私傷病(うつ病・適応障害など)による療養目的の休職は制度の対象外です。誤って申請すると不正受給となり、助成金の返還命令や加算金が課されるリスクがあります。メンタル不調の社員に使うべき制度は、健康保険の傷病手当金です。

Q. 傷病手当金はどれくらいの金額が、いつから支給されますか?

A. 傷病手当金は、連続して3日間欠勤した後の4日目から支給が始まります(最初の3日間を「待期」といいます)。支給額は標準報酬日額の3分の2が目安で、支給期間は最長1年6か月です。会社が費用を直接負担するわけではなく、社員が加入している健康保険(協会けんぽや健康保険組合)から支給されます。

Q. 休職中も社会保険料は支払い続けなければなりませんか?

A. はい、休職中も社会保険(健康保険・厚生年金)の被保険者資格は継続するため、保険料の支払い義務は続きます。会社負担分は会社が、本人負担分は本人が引き続き支払います。無給休職の場合は給与から控除できないため、事前に本人に振込方法などを書面で取り決めておくことが重要です。

Q. 就業規則に休職規定がない場合でも、休職させることはできますか?

A. 就業規則に休職規定がなくても、本人との個別合意によって休職を設定することは可能です。ただし、休職期間の長さ、無給か有給か、期間満了時の取り扱いなどが不明確になりやすく、後々トラブルになるリスクがあります。常時10人以上の事業場では就業規則の作成・届出が義務です(労働基準法第89条)。休職規定の整備は早めに行うことをお勧めします。

Q. 主治医が「復職可」と言っているのに、会社が復職を拒否することはできますか?

A. 主治医の診断書はあくまで日常生活の回復を示すものであり、職場への適応可否を必ずしも保証するものではありません。就業規則に「産業医の意見を踏まえて復職を判断する」旨の規定があれば、産業医意見書を根拠に復職時期の調整が可能です。ただし、合理的な理由なく復職を拒み続けると賃金請求や損害賠償のリスクが生じます。産業医がいない場合は外部の産業医サービスや産業保健総合支援センターへの相談を活用し、復職可否の判断を書面で残すことが大切です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

タイトルとURLをコピーしました