障害を告知せず入社した社員への配慮義務はいつから生じる?

コンプライアンス

「診断書を見て初めて知った」——入社後に社員の障害が発覚したとき、多くの経営者・人事担当者が最初に感じるのは困惑と、「なぜ最初に言わなかったのか」という戸惑いではないでしょうか。そしてすぐに頭をよぎるのが、「告知がなかったのだから、会社には何も対応義務はないはずだ」という考え方です。しかし、この直感は法的には正確ではありません。告知の有無と配慮義務の発生は、実は別の問題として考える必要があります。この記事では、配慮義務がいつ・どのように生じるのか、発覚後の具体的な対応手順、そして今後のトラブルを防ぐ就業規則の整備ポイントまでを整理します。

「告知なし=対応不要」は通用しない

採用時に障害を告知していなかった社員であっても、入社後に一定の条件が整った時点で会社に合理的配慮義務が生じます。これは多くの経営者が誤解しやすい点であり、放置すると法的リスクに直結します。

合理的配慮義務の法的根拠

合理的配慮義務の根拠となるのは、障害者雇用促進法第36条の3・第36条の4です。2016年の改正により、民間事業主にも障害のある労働者への合理的配慮提供が義務化されました。重要なのは、この義務のトリガーが「採用時の告知」ではなく、「本人からの申し出」である点です。つまり、入社後であっても本人が「業務上の困難がある」と申し出た時点から、会社側の対応義務が発生します。採用前に告知がなかったことは、この義務の発生を妨げません。

申し出がなくても義務が生じるケース

さらに注意すべきなのは、本人が明示的に申し出ていなくても、会社が実質的に障害・疾患の存在を把握した場合です。たとえば、業務中の著しいミスの続発、体調不良による頻繁な早退、医師の診断書の提出といった状況から会社が障害の存在を認識した場合、何もしないことが安全配慮義務違反(労働契約法第5条)やハラスメントのリスクにつながる可能性があります。「本人が言わなかった」という事実は、会社が知り得た情報への対応を免除するものではありません。

「未告知=経歴詐称」として解雇できるか

障害の未告知を理由に懲戒解雇を検討するケースがありますが、法的なハードルは非常に高いです。そもそも、採用選考時に障害の開示を求めること自体、プライバシー保護や障害者差別解消の観点から問題になりうるため、法律上、応募者に障害の告知義務はありません。懲戒解雇を成立させるには、「未告知の事実が労働契約の重要な部分に影響する虚偽申告である」という立証が必要であり、単に「障害があることを言わなかった」というだけでは根拠として不十分です。採用時の未告知の問題と、入社後の配慮義務の問題は、切り離して考えることが不可欠です。

発覚後の対応手順:何から始めるか

障害の存在が入社後に発覚したら、まず本人との丁寧な面談を設定することから始めます。対応を急ぐ必要はありませんが、放置することは避けてください。

本人との初回面談で確認すること

最初のステップは、本人との個別面談です。この場では、業務上どのような困難が生じているかを本人の言葉で確認します。「どんな業務が難しいか」「どのような環境があれば働きやすいか」を具体的に聞くことが重要です。ただし、「障害の詳細な診断名」や「治療の経緯」などプライバシーに深く関わる事柄を無理に聞き出す必要はありません。業務上の配慮を検討するために必要な情報に絞って確認することが、二次トラブルを防ぐ上でも大切です。面談は必ず記録を残し、本人の同意のもとで保管してください。

社内での情報管理ルール

障害・疾病に関する情報は、個人情報保護法上の「要配慮個人情報」(第2条第3項)に該当します。収集・利用・管理には、目的の明示、本人の同意、アクセス権限の限定が必要です。「誰が情報を持つか」については、直属の上司や役員が全員知る必要はなく、対応上必要な最小限の人員(人事担当者、直属上長など)に限定することが原則です。情報の保管場所・廃棄ルールも明確にしておきましょう。専任人事がいない場合は、経営者と直属リーダーの2名以内で情報を管理するケースが現実的です。

配慮内容の決定と記録

面談の結果をもとに、具体的な配慮の内容を検討します。たとえば、「業務指示を口頭だけでなく文書でも行う」「休憩時間を柔軟に調整する」「特定の業務を一時的に外す」といった措置が考えられます。決定した配慮内容は口頭だけで終わらせず、書面で合意・記録に残すことが重要です。後から「言った・言わなかった」のトラブルを防ぐためでもありますし、配慮の提供実績として会社側を守る証拠にもなります。

「どこまで配慮すればよいか」の判断基準

合理的配慮は「過重な負担にならない範囲」で提供すればよいとされています。ただし、「小さい会社だから何もしなくてよい」という判断は認められません。

過重な負担かどうかを判断する要素

厚生労働省の指針では、過重な負担かどうかの判断に際して以下の要素を総合的に考慮するとされています。

判断要素 具体的な考え方
事業活動への影響の程度 配慮を行うことで他の業務や従業員への影響がどの程度生じるか
実現の困難度 物理的・技術的に対応が難しいかどうか
費用・負担の程度 金銭的コストが企業規模に対して著しく大きいかどうか
企業規模・財務状況 従業員数・売上規模・経営状態
公的支援の活用可能性 助成金や外部支援機関の利用で負担軽減できるか

中小企業に特有の判断のポイント

20〜50名規模の企業では、人員の融通が利きにくいため「過重な負担」と判断される余地が大きい場面もあります。しかし、それはあくまで「配慮の内容や程度」の調整を認める話であり、「何もしないこと」の正当化にはなりません。たとえば、「専用の個室を用意することは困難」であっても、「業務指示の伝え方を変える」「定期的に状況確認の時間を設ける」といった費用ゼロに近い配慮は実施可能です。まずできることから対応し、その記録を残しておくことが、万が一トラブルになった際の会社の誠実さを示す証拠になります。

面談を重ねても判断に迷う場合や、配慮内容が適切か確認したい場合は、外部の専門家に相談しながら進めることで、より安定した対応ができます。

就業規則の整備:今のうちに備えておくべきこと

障害に関する対応手順が就業規則に明記されていない場合、会社は社員に何かを求めることも、自社の判断を「ルール」として提示することも難しくなります。事後対応ではなく事前整備が、長期的なリスク管理の鍵です。

就業規則に盛り込むべき規定

最低限、以下の項目を就業規則または関連する規程に定めておくことをおすすめします。

  • 休職規定:精神・身体の疾患による休職の要件、期間、手続きを明確にする
  • 復職手続き規定:職場復帰に際して必要な医師の意見書や面談の手順を定める
  • 合理的配慮に関する規定:申し出の方法、対応プロセス、情報管理の方針を明記する
  • 健康情報の取り扱い規程:要配慮個人情報の収集目的、管理者、保管・廃棄の方法を定める
  • 就業上の措置に関する規定:医師や産業医の意見に基づいて業務内容を変更できる旨を定める

産業医がいない場合の代替策

従業員50名未満の事業所には産業医の選任義務はありませんが、医療的な判断が必要な場面では外部機関の活用が現実的です。地域の産業保健総合支援センター(産業保健センター)では、産業医相談や保健師によるメンタルヘルス相談を無料で利用できます。外部のEAPサービス(従業員支援プログラム)を契約しておくことも、専任人事がいない企業では有効な選択肢です。就業規則に「必要に応じて外部専門機関の意見を求める」旨を定めておくと、社内に専門家がいない場合でも根拠ある対応が取れます。

規則整備のタイミングと優先順位

「事案が起きてから整備する」では遅く、また現在対応中の案件に既存の規則は適用しにくいという問題もあります。現時点で休職規定が不十分な場合は、まず休職・復職に関する規定の整備を優先し、その後に合理的配慮・健康情報管理の規定を追加するという順序が実務的には進めやすいです。就業規則の変更は、所轄の労働基準監督署への届出と、従業員への周知が必要であることも忘れずに確認してください。

読者の状況別:対応の優先事項

自社の状況によって、今すぐ取り組むべきことは異なります。以下を参考に、現在地を確認してください。

すでに発覚案件を抱えている場合

今まさに社員の障害が発覚して対応に迷っている場合、最初にすべきことは本人との面談の設定です。「すぐに解決策を出そう」と焦る必要はありませんが、対応を先送りにすることは避けてください。面談の前に、「何を聞いてよいか・いけないか」の基本的な整理だけでもしておくと、面談の質が大きく変わります。外部の専門家(社労士やEAP機関)に相談しながら進めることが、トラブルを防ぐ上でも有効です。

現時点では該当者がいないが備えたい場合

今は問題が起きていないが、将来のリスクに備えたいという場合は、就業規則の整備と情報管理ルールの策定を優先してください。特に休職規定と復職手続きが曖昧な企業は多く、これを整えるだけでも対応力は大きく向上します。また、日常的に「困っていることがあれば相談してほしい」という文化をマネジメントの中で育てることが、早期発見・早期対応の土台になります。

まとめ

障害を告知せずに入社した社員への合理的配慮義務は、採用時の告知の有無にかかわらず、「本人からの申し出」または「会社が実質的に把握した時点」から生じます。未告知を理由に対応を放置することは、安全配慮義務違反や差別的取り扱いのリスクにつながる可能性があります。発覚後は本人との面談・記録・配慮内容の合意というプロセスを踏み、要配慮個人情報として適切に情報を管理することが重要です。また、こうした事態を想定した就業規則の整備は、事後対応よりも事前準備が確実にリスクを下げます。

人事だけでは判断できない場合、外部の知見を活用することが、より実効的な対応につながります。ウェルセンス株式会社は、メンタルヘルス対応・休職復職支援の専門知見を持つ相談パートナーとして、中小企業の実務的なサポートを提供しています。

よくある質問

Q. 採用面接で「持病はありますか?」と聞いていたのに答えなかった場合、虚偽申告として解雇できますか?

A. そもそも障害・疾病の有無を採用選考で問うこと自体、プライバシー保護や障害者差別解消の観点から問題になりうる行為です。仮に質問をしていたとしても、回答しなかったことを虚偽申告として懲戒解雇の理由にするには、「その情報が労働契約の重要な部分に影響する虚偽である」という立証が必要で、ハードルは非常に高くなります。解雇を検討する前に、必ず専門家(社労士・弁護士)に相談することをお勧めします。

Q. 本人が「配慮は不要」と言っている場合、会社は何もしなくてよいですか?

A. 本人が申し出をしていない場合、合理的配慮の提供義務は原則として生じません。ただし、会社が業務上の問題や体調不良を認識しているにもかかわらず全く関与しないことは、安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点から問題になる場合があります。「困ったときはいつでも相談してほしい」という声かけをしておくこと、また本人の状況を定期的に把握する仕組みを作っておくことが現実的な対応です。

Q. 障害のある社員の情報を、上司や他の社員に共有してもよいですか?

A. 障害・疾病情報は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当するため、本人の同意なく第三者に共有することは原則として認められません。業務上どうしても上司への共有が必要な場合は、共有する内容・範囲・目的を本人に説明し、同意を得た上で行ってください。「誰が情報を持つか」を事前にルール化しておくことが、トラブル防止に有効です。

Q. 従業員が20名の会社ですが、合理的配慮義務は適用されますか?

A. はい、適用されます。障害者雇用促進法による合理的配慮の提供義務は、2016年の改正以降、規模に関わらずすべての民間事業主に課されています。ただし、「過重な負担」かどうかの判断においては企業規模も考慮されるため、大企業と全く同じ水準の対応が求められるわけではありません。自社の規模でできる配慮を検討し、その過程を記録しておくことが重要です。

Q. 就業規則に合理的配慮の規定がない場合、すぐに整備しなければなりませんか?

A. 法的義務としての合理的配慮は、就業規則の有無にかかわらず発生します。ただし、規定がないと「会社としての対応基準」が曖昧になり、トラブル時に会社の正当な対応を証明しにくくなります。まず現行の休職・復職規定を見直し、その後に合理的配慮・健康情報管理の条項を追加するという順序で整備を進めると、実務的に進めやすいでしょう。就業規則の変更には所轄の労働基準監督署への届出が必要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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