「試用期間中の社員がハラスメントをしたようだ。でも、本採用を断っていいのか判断できない」——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こうした相談が増えています。専任人事のいない職場では、調査の進め方もわからないまま、毎日その社員と顔を合わせながら対応しなければならない。しかも、被害を申告してきた既存社員のフォローも同時に求められる。この記事では、試用期間中にハラスメントが疑われた場合の事実調査の手順と、本採用判断の正しい進め方を実務的に解説します。
「試用期間中なら本採用拒否は自由」は誤りです
試用期間中の本採用拒否は解雇より広い範囲で認められていますが、合理的な理由と適正な手続きなしには行えません。この前提を理解しておくことが、後のトラブルを防ぐ出発点です。
試用期間中の本採用拒否の法的性質
試用期間中の本採用拒否については、最高裁昭和48年12月12日の三菱樹脂事件判決が重要な先例です。この判決では、試用期間付き労働契約は「解約権留保付き労働契約」であり、本採用拒否は留保された解約権の行使と位置づけられています。通常の解雇よりも広い範囲で認められるものの、「客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当と認められない場合」は権利の濫用として無効になります。つまり、「試用期間中だから理由がなくても断れる」は誤りです。
「なんとなく不安」では通用しない
よくあるのが、「ハラスメントがあったかもしれない」という漠然とした懸念だけで本採用拒否の通知を出してしまうケースです。後日、当該社員から「不当な本採用拒否だ」として労働審判や民事訴訟を起こされたとき、会社が「合理的な理由があった」と説明できなければ、拒否は無効と判断される可能性があります。事実調査を経た記録と判断根拠が必要です。
ハラスメント対応義務は試用期間中でも同じ
労働施策総合推進法(パワハラ防止法)第30条の2は、事業主にパワーハラスメントの相談に対して迅速かつ適切に対応する義務を課しています。セクシュアルハラスメントは男女雇用機会均等法、マタニティハラスメント等は育児・介護休業法にも同様の措置義務があります。加害者が試用期間中であっても、事業主のこの対応義務は変わりません。また、被害を申告した既存社員に対しては、労働契約法第5条に基づく安全配慮義務も生じます。
ハラスメント事実調査の進め方
事実調査は、申告の受理から認定まで順序よく進めることが重要です。調査の公正性と記録の正確性が、その後の本採用判断の根拠になります。
申告の受理と記録化
まず最初に、被害申告を受けたその日のうちに内容を文書に残します。申告者の氏名、申告日時、申告内容(いつ・どこで・誰が・何をしたか)を具体的に記録してください。口頭での申告であっても、担当者がメモに書き起こして保存します。また、申告者に対しては「プライバシーを守ること」「調査が完了するまで社内での口外を控えること」を丁寧に伝えましょう。これは申告者を黙らせるためではなく、調査の公正性を守り、二次的なトラブルを防ぐためです。
ヒアリングの順番と方法
ヒアリングは必ず「被害申告者→第三者(目撃者・関係者)→加害者(試用期間中社員)」の順で行います。加害者へのヒアリングを最後にするのは、事前に情報が漏れてしまうと証言の整合性が失われるためです。ヒアリング中は録音または詳細なメモを取り、後から証言の変遷を確認できるようにしておきます。なお、専任人事がいない場合、ヒアリングを行う担当者が加害者・被害者の両方と日常的に接している状況は珍しくありません。公平性への懸念がある場合は、外部の専門家(社労士・弁護士・ハラスメント対応の専門機関)に調査支援を依頼することが有効です。
客観的証拠の収集と事実認定
ヒアリングに加え、メール・チャット(Slack等)・業務日報・勤怠記録など客観的なデータを可能な限り収集します。証言と客観的記録を照合し、「ハラスメントがあった」「なかった」「判断困難」のいずれかに事実認定を行います。認定のプロセスと判断根拠は文書にまとめて保存してください。この記録が、本採用判断の正当性を証明する唯一の根拠になります。
事実認定の結果と本採用判断の対応表
事実認定の結果によって、本採用判断の方向性と必要な対応が変わります。以下の表を参考に、自社のケースに当てはめて検討してください。
| 事実認定の結果 | 本採用判断 | 実務上の留意点 |
|---|---|---|
| ハラスメントの事実が認定できた | 本採用拒否が可能(正当な理由となりうる) | 理由・根拠を文書化し、本人への説明を行う |
| 事実が認定できなかった | この事実のみを根拠とした本採用拒否はできない | 申告者への丁寧なフォローを継続する |
| グレー(判断困難) | 慎重な総合判断が必要 | 勤務態度・能力等を含む総合評価で対応。専門家への相談を推奨 |
「ハラスメントがあった=自動的に本採用拒否OK」ではなく、調査と認定を経た上で判断することが重要です。また、事実が認定できなかったからといって、申告者の訴えを無視してよいわけではありません。申告者の心理的安全を守ることも、安全配慮義務の一環です。
「グレー」のケースで迷ったときの考え方
事実認定が「どちらとも言えない」グレーな状況は、実務上もっとも対応が難しい場面です。ここでは、判断を進めるための考え方と注意点を整理します。
グレーでも総合評価は可能
ハラスメントの事実認定がグレーな場合でも、試用期間中の本採用判断は「その社員の採用基準への適合性」を総合的に評価する場です。たとえば、勤務態度の問題(無断遅刻の繰り返し、上司の指示への反発)や、業務能力の明らかな未達が別途認められる場合、それらを複合的な理由として本採用を見送ることは、合理的な判断として認められやすくなります。ただし、「ハラスメント申告があったから本採用しなかった」という事実が後に明らかになると、申告を理由にした不利益取扱い(パワハラ防止法等で禁じられている)として問題になるリスクもあるため、理由の整理は慎重に行ってください。
弁護士・専門家への相談を先延ばしにしない
グレーなケースや、事実が認定されていても本採用拒否に踏み切るかどうか迷う場合は、労働法に詳しい弁護士や社会保険労務士への相談を早めに行うことを強くすすめます。「問題が大きくなってから相談する」という流れになると、選択肢が狭まります。調査が進行中の段階で相談することで、手続きのリスクを最小化できます。
調査担当者が公平性を保てない場合の対処
専任人事のいない中小企業では、調査担当者が被害者・加害者の両方と顔見知りであることが多く、中立的な立場での調査が難しいケースがあります。このような場合は、外部機関に調査支援を依頼するか、調査プロセスを複数名で確認し合う体制を作ることが有効です。調査の公平性が担保されているかどうかは、後に本採用拒否の正当性が争われたときの重要な論点になります。
調査の進め方に不安がある場合、判断を誤ると後の対応が大きく変わります。人事だけで抱え込まず、外部専門家に一度相談することをお勧めします。
本採用拒否の通知と記録保存の実務
本採用を拒否すると決定した後の通知方法と記録保存は、後日のトラブルを防ぐために慎重に行う必要があります。
本採用拒否の通知方法
本採用拒否は、口頭のみで終わらせず、書面(通知書)を交付することが基本です。通知書には、本採用を拒否すること、その理由(事実調査の結果に基づくこと)、最終勤務日を明記します。理由の記載は「ハラスメント行為が認められたため、当社の就業環境の維持・既存社員の安全配慮の観点から本採用を見送ることとしました」のように、具体的な事実認定に基づいた表現にすることが重要です。理由を曖昧にすると、後から「不当な拒否だ」と争われたときに反論しにくくなります。
記録の保存期間と管理
調査記録・ヒアリングメモ・通知書・関連するメールやチャットのログは、少なくとも数年間は保管することをすすめます(労働基準法上の書類保存期間を参考にしつつ、労働審判・訴訟のリスクを踏まえて判断してください)。電子データの場合はフォルダを分けてバックアップを取り、紙の場合は施錠できるキャビネットで管理します。調査にかかわった担当者以外がアクセスできない状態を保つことで、情報漏洩リスクも低減できます。
就業規則の整備状況も確認する
就業規則にハラスメントの禁止規定や、試用期間中の本採用基準に関する条項が整備されているかどうかも確認してください。常時10名以上の従業員を雇用する事業場は就業規則の作成・届出義務があります(労働基準法第89条)。就業規則にハラスメント関連の規定がない場合、本採用拒否の根拠が弱くなることがあります。規定が不十分であれば、この機会に整備を検討することをすすめます。
試用期間中の判断はその後の会社運営に大きく影響します。対応に迷ったら、専門家のサポートを受けながら進めることで、リスクを大幅に減らせます。
まとめ
試用期間中にハラスメントが疑われる場合、「試用期間中だから自由に本採用を拒否できる」という思い込みは危険です。三菱樹脂事件判決が示すとおり、本採用拒否には客観的に合理的な理由と適正な手続きが必要です。パワハラ防止法等に基づく事業主の対応義務は試用期間中の社員についても変わらず、被害申告があれば事実調査を進める責任があります。
調査は「申告受理と記録化→ヒアリング(被害者→第三者→加害者の順)→客観的証拠の収集→事実認定」という流れで進め、認定結果を文書化した上で本採用判断を行います。グレーなケースや社内での調査が難しい場合は、早めに専門家に相談することが最善策です。
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